「砕氷船」テーゼの

定義(基本コンセプト)

Originally Written: Oct. 10, 1997
Last Update: Oct. 10, 1997

あらゆる軍事戦略のうちで、もっともきたない手口のもの。「ABを砕氷船に仕立てて(だまして「あて馬」のように利用して)、Cという氷を砕かせた(獲物を手に入れた)」のように用いる。

たとえば、AB2隻の船が南極大陸上陸競争をしていたとする。そして、BAに勝つために先を行き、目の前の氷山を砕きながら進み、他方、Aはその後塵を拝することを余儀なくされていたとする。この場合、Bの船体は氷山との衝突で傷付き、激しく消耗することになるが、そのままリードを保ち、Aの進路をふさいでいれば確実に勝てる。

ところが最後に、Bが南氷洋を泳ぎきり上陸する間際になって、ABを背後から攻撃、撃沈したとする。さすれば、Aは船体にかすり傷一つ負うことなく勝利を手にすることができる。この場合結果的にBの果たした役割を「砕氷船」、このコンセプト全体を「砕氷船テーゼ」と言う。一般に「砕氷船」(B)と、それを利用する者(A)のあいだには、共謀関係はない。両者は共犯関係ではなく、利用する者(A)とされる者(B)、罠にはめる者(A)とはめられる者(B)の関係であることが多い(が、まれには両者が共謀している場合もある。筆者は1996年から1997年にかけて展開された「テレビ朝日株転売事件」が、このまれな例だと考えている)

このテーゼは、地政学の研究家の故倉前盛通(くらまえ・もりみち)亜細亜大学教授が『悪の論理』(日刊工業新聞社大手町ブックス、1977年刊。角川文庫、1980年刊)の中で詳しく紹介している。筆者は、失礼ながら当初は、倉前氏のような特異な主義主張を持った学者だけが使うマイナーな概念と思っていた。が、1991年のロンドンサミット直後の8か国首脳会談に出席したソ連のゴルバチョフ大統領(当時)が西側記者とのインタビューでの応答の際にこの言葉を用いたことから、筆者も重要な概念として注目するようになった。

一般に政治・軍事戦略を、通常の学問より高度な次元で説明するときに(学問の世界のつまらぬ縄張り分けなど気にせず、純粋に真実を知りたいという視点で追求するときに)有効である。が、この概念がもっとも典型的にあてはまるのは、やはり戦争である。A国がC国を攻略して自分の属領にしようとする場合、直接侵略するよりも、スパイ工作等によって第三者のB国にまずC国を攻撃させるほうがよい。C国がA国に助けを求めても当初はわざと無視し、C国の軍事力が完全に破壊され、またB国の国力が侵略戦争によって消耗するのを待って「正義の味方ただいま参上」とばかりにB国の軍隊を背後から攻撃し、C国に「解放軍」として進駐し、そのまま居座ってC国を事実上A国の属領にしてしまうのである(このもっとも典型的な事例は、太平洋戦争に見ることができる)

この場合A国は、戦力の消耗を免れるという軍事的メリットのほかに、「侵略者を排除した」という「正義」すなわち政治的メリットも手にすることができる。

他方、C国は莫大な領土的、物理的損害をこうむるのみならず、「助けてくれた」A国にあたまがあがらない、といった政治的、心理的な「負債」を抱えることになる。そして、いちばん悲惨なのがB国である。実態はともかく表面上は明らかにC国への加害者であるため、「侵略者」の汚名を着せられ、半永久的にAB両国から指弾され続ける恐れすらある。

具体例は、この「砕氷船テーゼ」のコーナーで順次とりあげていくので、目次に戻って適宜参照されたい。この概念は、政治、軍事に限らずあらゆるパワーゲームにあてはまる。とくに現代の先進資本主義諸国の一般市民にとっては、企業のM&Aや企業内人事抗争のほうが、わかりやすい事例かもし れない。

このテーゼは数十年前の西洋の革命でも、数百年前の日本のクーデターでも実践された。おそらく数千年前の古代文明世界の権力抗争においても見られたであろう。

そして、いまも息づいている。いまこの瞬間にも、世界のどこかで政治家や軍人や企業の「乗っ取り屋」が、このテーゼに基づいてひそかに爪を研いでいるのだ。


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