狂言誘拐説の検討


〜シリーズ「イラク日本人人質事件」(2)

(April 12, 2004)

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■狂言誘拐説の検討〜シリーズ「イラク日本人人質事件」(2)■
04年4月に発生した「イラク日本人人質事件」が狂言誘拐だという証拠はないが、ほんものの誘拐だという証拠もない。

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■狂言誘拐説の検討〜シリーズ「イラク日本人人質事件」(2)■

04年4月に発生した「イラク日本人人質事件」には、謎が多すぎる。

最大の特徴は、犯人の「ふまじめさ」だ。まじめに自分たちの要求(自衛隊のイラクからの撤退)を実現する気があるとは思えないほど、彼らがマスコミに送り付けて来た手紙(犯行声明文)やビデオの内容が雑で、これでは、たとえ日本政府に自衛隊を撤退させる意思があったとしても、要求に応じるのは不可能だ。

今後、もし政府が自衛隊を撤退させなかった結果、人質が殺されても、その責任は政府にはなく、すべて犯人(と外務省の退避勧告を無視してイラクに入国した人質たちの無謀さ)に帰せられるべきだ。

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●素人の兵士●

犯人側の「雑」な点の最大のものは、マスコミ(カタールの衛星放送アルジャジーラのバグダット支局)に送り付けて来たビデオに、余計なものが映りすぎている点だ。

たとえば、ほぼ同時期にイラク国内で米国人を誘拐(拉致)した「まじめな武装勢力」の場合は、人質1人だけを巨大なイラク国旗の前に立たせ、背景の窓や壁を隠した状態でその姿を撮影し「この人質を殺されたくなかったら、イラク駐留米軍は要求を呑め」と脅迫している(時事通信Web版04年4月11日、ほか)。

背景の壁や、窓の外の景色、犯人自身の姿などは、犯人たちの隠れ家や背後関係を特定するヒントになるので、映さないのが常識だ。

ところが、日本人人質事件で送られた来たビデオには、窓が映っている。それどころか、これみよがしにライフルや携帯型ミサイル(対戦車ロケット)を持つ犯人たちが、目隠しをされて座らされた人質のそばに立って、同じ部屋でいっしょにいるのが見えるのだ。

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これにはみんな呆れている。

危機管理の専門家でもある民主党の首藤信彦・衆議院議員は、犯人たちの体格がよいことから、イラクと違って食糧事情のよい外国の出身者ではないかと推理し、さらに犯人たちの持つ銃が異なる機種で、仲間同士銃弾の互換性がないこと(実戦でタマ切れになりやすいこと)や、ほとんど使われてない新品の武器を自慢げに持っていること指して、犯人たちの未熟ぶりを嘲笑した(04年4月11日放送のテレビ朝日『サンデープロジェクト』)。

【野党民主党が、今回の件でいちはやく政府を支持し「テロリストの要求に屈する形で自衛隊を撤退させるべきでない(撤退の問題は人質事件とは別に議論する)」と表明した背景には、犯人たちの、ばかばかしいほどのレベルの低さに、民主党幹部が「やってられない」と思ったことがあるのではないか。】

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軍事評論家の宇垣大成は、室内で対戦車ロケットを撃てば発射時に出るガスで大火傷を負うことや、ライフルを撃っても銃弾が壁ではねて撃った者も負傷することなどを、犯人たちが理解していないと指摘した(04年4月11日放送のフジテレビ『EZTV』)。さらに宇垣は「武器を持って人質のそばに立つと、人質ともみ合いになったとき暴発の危険がある(人質がライフルを棍棒のように振り回して殴ることもできる)」ので、そんなことも知らないこの犯人たちは、兵士として十分に訓練されていない、と結論付けた(04年4月10日放送のフジテレビ『ワッツ!?ニッポン』)。

が、犯人が武器を持って「安心して」人質のそばに立つことができる理由は、ほかにもある。宇垣のような、大手マスコミに出演する専門家は言いにくいだろうから、代わりに筆者が言おう。それは、人質と犯人の間に「信頼関係」がある場合だ。

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●犯行声明文の謎●

大野元裕・中東調査会上席研究員によると、4月8日にアルジャジーラに届いた、アラビア語の手紙(犯行声明文)には、アルカイダなどのイスラム原理主義過激派の犯行声明によくある、コーランの引用がないこと、日付が西暦のみで書かれていること、など不自然さが目立つという(04年4月8日放送のNHKニュース)。アルカイダならイスラム暦のみを書き、イラク人ならイスラム暦を書いたあとに西暦を書くのが普通だ。高橋和夫・放送大学教授も「イスラムの知識に乏しい者が書いたのではないか」と指摘する(04年4月10日放送のNTV『ウェークアップ』)。

とくに注目すべきは日付だ。西暦とは、キリスト教暦であり、キリスト教徒が「われらが主イエスが生まれてから何年」と数えるための暦なので、イスラム教徒がアラビア語で手紙を書いたのに「イスラム暦の日付がなくて西暦のみ」などということは、常識では考えられない。しかもこの西暦はアラビア文字でなく、算用数字で「2004.4.8」と書いてあったのだ。

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筆者は、翻訳会社ユニカル・インターナショナルの佐々木かをり社長の従姉弟ではない(4月1日特集)。

(^^;)

が、翻訳会社に外国語のビジネスレターの翻訳を依頼したことはあるので、その作業が実態としてどのように行われるかは、話で聞いて知っている。

いちばんよくある間違いは、日付だ。

依頼人は翻訳会社(翻訳者)に「日付のところは、あとで自分で入れるから、空白にしておいて」と言って手紙の翻訳を頼むことが少なくない。が、ここに落とし穴がある。

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依頼人の語学力が乏しい場合は、英国人に出すレターの日付(日月年)を米国式(月日年)にしてしまったり、フランス語の手紙の日付としてうっかり「2004.4.8」などと、算用数字を日本式に並べてしまう、などのミスを犯す依頼人が少なくない、という(正解は「8 Avril 2004」)。

つまり、上記の犯行声明文の日付の間違いは、イスラムの知識がないどころか、アラビア語のわからない者が、アラビア語のわかる者に翻訳を依頼し、その際元原稿に日付がはいっていなかった結果、と考えると、辻褄が合うのである。

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この日付の間違いは、日本のマスコミでさんざん指摘されたので、犯人たちも反省(?)したようだ。9日の日付で10日に送り付けて来た第2の手紙(犯行声明文)では、ちゃんと、イスラム暦と西暦の(算用数字でなく)アラビア文字で書かれていた。

しかし、この第2の手紙も、イスラム暦と西暦の日付のずれ(訂正ミス)や単語の綴りなどの間違いが5〜6か所もあるなど文が雑で、しかも自分自身の名前まで間違えている、と大野は指摘する(04年4月11日放送のフジテレビ『EZTV』)。第1の手紙では差出人は「イラクの聖戦士旅団(サラヤ・ムジャヒディン、戦士隊)」となっていたが、第2の手紙では、単なる「聖戦士旅団」となっていたのだ。

名前が違っても内容には連続性があるので、同一グループ内の違う人物が書いた、という見方で専門家たちはほぼ一致しているようだが、それにしても自分の名前を間違えるとは……よほどアラビア語の苦手な者がリーダーなのではあるまいか。

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●日本的記述●

一般に、イスラム過激派が外国を非難するときは「われらの聖地(聖なる国土)から異教徒(または外国人)の軍隊は出て行け」などと述べるはずだ。この異教徒(外国人)にはキリスト教徒(欧米人)や日本人だけでなく、当然韓国人も該当する。

ところが、この犯人たちは異常なほど「日本」にこだわっており、韓国についてはなんの非難もしない(4月10日の共同通信Web版によれば、ほぼ同時機に韓国人の牧師7人を拘束した犯人グループは日本人人質事件の犯人と同じである可能性が高いのに、韓国軍の撤退は要求せずに短時間で牧師7人を釈放した、という)。これは不自然だ。第1の手紙にある「いままで日本人は友人だったし好きだったが、米国に追随して自衛隊をイラクに派遣して、イラク人を裏切った」という口調は、まるで日本の反戦活動家のセリフのようだ、と内藤正典・一橋大学大学院教授は言う(産経新聞04年4月10付朝刊2面)。

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第2の手紙にも「広島と長崎に原爆を落とした米軍云々」という下りがあり、これをフジテレビの和田圭解説委員は「ホントにイラク人がこんなこと言うのか、と政府内でもみんな呆れている」と苦笑しながら解説したほどだ(04年4月11日放送のフジテレビ『EZTV』)。

これには、同席していた大野がその場で「教養のあるイラク人は広島、長崎のことはよく知っている」と、いちおう犯人を「弁護」したものの、「実は、手紙では『ヒロシマ、ナガサキ』は『ホロシマ、ナザキ』と書いてあるので、教養のない人が書いたのではないか」とすぐに弁護を撤回している。

となると、2つの手紙は「アラビア語のわからない日本人が元原稿を書いて現地人に翻訳してもらった(ためにミスが発見されずに送付された)もの」と考えるのが、もっとも自然ではあるまいか。

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●犯行予告?●

筆者は4月10日夜の時点で「家族愛に恵まれていない、と不満を抱く者が『自分がどれぐらい愛されているか』を確認する目的で起こした狂言誘拐事件」という疑いを抱いた(前回記事の最終節「●18歳の英霊」を参照)。そこで知人の大手週刊誌の女性記者に意見を聞いてみた。

すると、筆者の疑念とはべつにインターネット上では、「人質の1人、今井紀明さんが、事件発覚の直前、某BBS(ネット掲示板)に『これからスゴイことが起きる』と自慢げに投稿した」という、「狂言誘拐」を強く示唆する未確認情報が乱れ飛んでいる、ということが彼女の話でわかった。

彼女はそれを記事にしたかったが「ネットで検索してもみつからず、裏付けが取れない」ので躊躇しているという。 そこで、筆者はすかさず彼女に「でも、(狂言でなくて)ほんものの誘拐事件だという裏付けは?」と聞いてみた。 すると、「そう言えば、そっちもないですよね」という結論になってしまった。

世界中のマスコミがこの事件を誘拐事件として報道する根拠は、上記の手紙とビデオしかないが、それに多くの疑問点がある以上(つまり、あまりにも犯人が「ふまじめ」である以上)、「誘拐事件だ」と裏付ける証拠にはならないのだ。

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●「途中から本気」も●

狂言誘拐は、いわば一種の芝居であり、「犯人」役と「人質」役との間には共謀関係や報酬の授受などがあるのが普通だ。が、報酬をめぐってトラブルが起きた場合、あるいは「狂言」がばれて罪に問われそうになった場合、「犯人」と「人質」の間にトラブルが生じ、どちらか、あるいは双方が死傷する恐れもある。

【また、米軍特殊部隊やイラクの現地警察に居場所を特定され包囲されて、犯人が「無駄な抵抗」をした場合にも、「犯人」と「人質」が大勢または全員死傷する恐れがある。が、この事件に狂言の可能性があることは、テロや誘拐事件に詳しい日本の警察官僚や米軍の専門家ならすぐにわかるので、「無駄足」になりかねない特殊部隊の突入は軽々しくは行われないだろう。】

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【もっとはっきり言うと、このような不自然な事件では、わたくし佐々木敏に限らず推理作家ならだれでも……よほどイデオロギー的に偏向していない限り……狂言を疑うのが当然だ。そういう推理には、必ずしも誘拐事件の捜査経験は必要ではなく、むしろ「常識」がいちばん役に立つ。】

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いずれにせよ、「誘拐犯人」と「人質」の双方全員が死亡するケースはありえる。その場合は、真相は永遠に明るみに出ることはなく、始まりが狂言でも、結果的には「ほんものの誘拐事件」として歴史に記録される恐れがある。

が、たとえそうなっても依然として、ほんものの誘拐事件だという確たる証拠は何もない。

だから、たとえ最悪の結果になろうとも……日本国民全員はムリでも、せめて小誌読者の方々だけは……証拠もなしに「人質の生命を軽視した日本政府が悪い」などと非難することはやめて頂きたい。

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【ほんものの誘拐事件なら、最善の結果(人質生還)にせよ最悪の結果(全員死亡)にせよ、結果は比較的早く出る。が、狂言誘拐の場合は、「人質」は、専門家が手紙やビデオの矛盾点をさんざん指摘したあとに、日本に帰国することになる。その場合、当初の予定では、北朝鮮に拉致された拉致被害者のように(国民全体の寵児か英雄のように)凱旋したかっただろうが、もうその目論見ははずれた。「手なずけた犯人」から無事解放された人質は、日本に戻るなり、マスコミと警察から質問攻めに遭うことになろう。帰国記者会見で何か言うたびに、テレビで大野のような専門家から「現地の習慣ではそれはありえない」などと突っ込まれるので、いずれ確実にボロが出る。となると、狂言の場合、人質はもう引っ込みがつかないから、そう簡単には帰国できず、極端な話「死んだふり」をする可能性すらある。事件の「解決」までは長引くと覚悟したほうがよい。】

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とにかくいま現在、ほんものの誘拐事件だという証拠も裏付けもないのだ。

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大手マスコミの皆さんには、「報道の原点」に立ち返って「裏付けを取ってから」報道して頂きたい。つまり、現時点でこの事件を「ほんもの」と決め付けて報道することは避けるべきだ、と進言したい。

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【筆者が「狂言誘拐」の可能性を最初に論じたのは04年4月10日のblogであり、それは日本時間11日未明に第2の手紙(24時間以内に人質を解放すると予告する犯行声明)がアルジャジーラで紹介される前であった。おそらく、筆者に限らず、多くの専門家や推理作家にとって、11日未明のまぬけな第2の犯行声明文は、さほど意外なものではなかっただろう。】

 

 

 

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狂言である場合、その動機や背景については、次回以降にさらに検討したい。

 

 

 

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万が一「今井紀明さんがインターネット上で事件を予告した投稿」をみつけた方は、ぜひご一報を。

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 (敬称略)

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【この問題については次回以降も随時扱う予定です。
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