当選者73人失職


〜参院選・定数違憲訴訟

(July 08, 2004)

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■当選者73人失職〜参院選・定数違憲訴訟■
参議院選挙区の議員定数配分は、1票の価値の格差が最大5倍以上もあり、04年1月、最高裁判決で「次回このままなら違憲」と指摘されたが、04年7月の参院選は「このまま」行われるため、選挙後に73人の選挙区当選者が全員失職する可能性が高い。

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■当選者73人失職〜参院選・定数違憲訴訟■

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現憲法のもとでの衆議院と参議院の選挙は終戦後の47年、当時の人口分布に基づいて平等に選挙区割りと議員定数配分を行って始まった。

が、その後、工業化、都市化が進み、農村部から都市部への人口の移動が顕著になると、鳥取県、島根県などの地方・農村部の選挙区では相対的に少ない有権者に対して多数の議員定数が配分された形になり、他方、東京都、神奈川県など都市部の選挙区では逆の現象が起き、国会議員1人あたりの有権者数で、著しい地域間格差が生じた。

 

この傾向は60年代の高度成長期から顕著になり、やがて、都市部選挙区の議員1人あたりの有権者数が、農村部選挙区のそれの2倍以上になる事態も生じた。

 

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現憲法は14条1項で「法の下の平等」を定め、15条1項で「(国会議員を含む)公務員の選定と罷免は国民固有の権利」としているが、「格差2倍以上」とは、都市部の有権者が1票しか投票できない国会議員選挙で、農村部の有権者が実質的に2票以上投票できることを意味するので、明らかに「法の下の平等」に反する。つまり「1票の価値」が選挙区によって不平等なのだ。

 

この不平等に怒った都市部の有権者たち(市民運動家や弁護士)は「このような選挙区割り(のもとで行われた選挙)は憲法(14条)違反だから無効」だとする行政訴訟を国(中央選挙管理委員会)を相手に、次々に起こした。

 

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●違憲だが有効●

これらの訴訟を担当することになった裁判官たちは困惑した。

「法の下の平等」を踏みにじって行われた選挙は当然違憲であり、無効とすべきだ。

が、選挙が無効なら、選挙で選ばれた国会議員の当選も無効になり、その国会議員は失職する。参議院の場合は1回の選挙で総定数の半分しか改選しないから「○年○月の選挙は無効」との判決を下しても半分の議員が残るが、衆議院の場合、補欠選挙(補選)以外は常に全議員を選挙する「総選挙」なので、それを「違憲だから無効」とすると、議員が1人もいなくなってしまう。

 

言うまでもなく、衆参両院の選挙区割りや議員定数配分は公職選挙法によって決まっている。これは法律なので、国会で法改正をしない限り、議員定数が不平等でも是正することはできない。そして、裁判所はすでに制定された法律について憲法違反かどうか判断することはできるが(現憲法は立法、行政、司法の役割分担による厳格な「3権分立」を定めているので)裁判所が国会に代わって法改正をするわけにはいかない。

 

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もし、あるときの衆議院の解散・総選挙を、その議員定数の不平等を理由に裁判所が「違憲・無効」とすると、その選挙で当選した衆議院議員は全員失職するので、国会審議を行えない。また、その解散・総選挙の前に議員だった者は「解散」によって、憲法上国会議員でなくなっているので、これも国会審議に参加できない。結局、「違憲・無効」判決を下すと、違憲状態の議員定数配分を直す法改正を審議すべき国会議員が(少なくとも衆議院からは全員)いなくなってしまうので、永遠に定数配分が直せない、というジレンマに陥るのだ。

 

そこで最高裁は仕方なく、衆議院の場合は格差が3倍、参議院の場合は5倍を超えて初めて違憲になる、という大甘な基準を作り出し、さらに「是正のための合理的期間」(国勢調査で人口分布が判明してから、それをもとに定数配分是正の審議をするのにかかる日数)などというへりくつまでこねて、不平等な選挙の無効を求める訴訟に対して「定数配分は違憲だが選挙自体は有効」という奇妙な判決を下した。「違憲だが有効」という判決を出しておけば、そのうちに国家議員たちが責任を自覚し、定数配分を是正するだろう、と裁判官たちは国会の良識に期待したのである。

 

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●自民党の抵抗●

しかし、この「違憲」判決に自民党が抵抗する。

伝統的に農村部を支持基盤として衆参両院の過半数の議席を占めて来た自民党は、新しい人口分布に基づいて選挙区割りや議員定数配分を平等にやり直すと、衆参両院とも著しく議席が減って政権を失う恐れがあるからだ。

 

そこで「衆院で3倍」という大甘な基準に甘えて、衆議院の、格差の甚だしい選挙区(当時は、定数3〜5名の中選挙区制)を数か所ずつ選び、人口の多いほうの選挙区の定数を1名ずつ増やし、少ないほうの選挙区の定数を1名ずつ減らして格差を3倍に収める(3倍に近づける)「8増7減」「9増10減」などの小手先の手直し(86年以前は「増」のみ)でごまかそうとした。

 

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が、70年代後半の安定成長期以降も農村部から都市部への人口流入は止まらなかったため、手直しで一時的に緩和された格差はすぐに3倍以上の「違憲状態」に戻り、市民運動家らの、衆議院議員選挙制度への違憲訴訟はあとを絶たず、最高裁は何度も「違憲だが有効」の判決を出さざるをえなかった。

 

【この間、参議院については、衆議院と違って「格差5倍までは合憲」という大甘な基準を最高裁が示したのをいいことに、自民党はじめ各党は法改正を完全にさぼっていた。】

 

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●違憲シミュレーション●

しかし、何度も「違憲だが有効」の、支離滅裂な判決を出させられているうちに、最高裁の裁判官たちはだんだん我慢できなくなって来た、

 

「民主主義の根幹をなす選挙制度の不平等を放置し続けるなら、最高裁の違憲立法審査権はなんのためにあるのか」と。

 

そこで、裁判官たちは「違憲だから無効」の判決を出した場合のシミュレーションを始めた。

たしかに、衆議院の総選挙を「無効」にすると、全衆議院議員が失職し、公職選挙法の改正ができなくなる。

が、「格差の甚だしい選挙区の議員の当選だけを無効にしてはどうか」と提案する裁判官が現われ、他の裁判官たちも、一時これについては真剣に検討したらしい。

 

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この「一部無効」案は、鳥取県や島根県の有権者が国会に代表を送る権利を一時的にせよ制限することになるので、別の意味で「法の下の平等」に反するが、それでも「国会があまりに怠慢で、重大な憲法違反を放置しているのだから仕方がない」と考える裁判官がいたのだ。

 

もしこの「一部無効」判決が最高裁で下されていたら、島根県選出衆議院議員だった竹下登元首相のような有力国会議員が何人も失職し、政界は一種のパニックに陥っていただろう。

 

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が、そうはならなかった。

90年代にはいると、選挙制度を、政権交代の難しい中選挙区制から、政権交代の容易な小選挙区制(全選挙区の定数 各1名)に変える、「政治改革」を求める声が超党派の国会議員のあいだで上がったからだ。

 

この声は93年の自民連立政権(細川内閣)の成立と、その政権のもとでの、94年の「小選挙区・比例代表並立制」を衆議院に導入する公職選挙法の改正という形で結実した。この大改正の過程で「1票の価値」が見直され、「格差」はすべて3倍以内になったため、以後、衆議院選挙制度に関する違憲訴訟で裁判官たちが悩まされることはなくなった。

 

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●残った参院●

しかし、参議院の選挙制度はそのままだ。00年の公職選挙法の改正で、格差是正の意味も込めて、岡山、熊本、鹿児島の3選挙区で定数1名削減(比例代表も2名削減)という若干の定数配分の変更が行われたが、抜本的な不平等の是正にはなっていなかったため、00年制定の新制度で行われた01年の参院選に関して「憲法違反」とする訴訟が、また一部の有権者によって起こされた。

 

01年参院選の選挙区選挙では、議員1人あたりの有権者数のいちばん多い東京選挙区と、いちばん少ない鳥取選挙区との格差は、判例で合憲の「許容限度」とされた5倍をわずかに超え、5.06倍になっていた(読売新聞04年5月29日付朝刊4面「『格差』、乏しい危機感」)。

 

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この現状に対して、04年1月、最高裁は「合憲・有効」判決を下した。

が、票決は割れ、15人中6人の裁判官は「違憲・無効」を唱えた。

そのうえ、「合憲・有効」とした9人の裁判官のうち4人も、判決文の補足意見で「仮に次回選挙でもなお漫然と現在の状況が維持されたままなら、違憲判断の余地は十分にある」と警告を発している(朝日新聞04年1月15日付朝刊39面「『合憲』4判事も警告」)。

 

そして、それから半年、国会は参議院議員の選挙制度についてほとんど審議せず、「漫然と現在の状況が維持されたまま」04年7月11日に「次回選挙」を迎えることになった。

 

ということは、この04年参院選の直後に、選挙の違憲訴訟を起こせば、こんどこそ「違憲・無効」判決が出る可能性がある、ということだ。

 

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●違憲で無効●

従来、この種の裁判で最高裁が選挙「無効」判決を下すのをためらって来た最大の理由は、「無効」にすると、違憲状態を正す法改正を審議する国会議員がいなくなってしまうことにあった。

 

が、04年参院選に関しては、その心配はない。

この選挙を判決で「無効」にしても、その判決の効力は、すでに04年1月の最高裁判決で「有効」とされている01年参院選の当選者121人(任期は07年の改選までの6年間)にはおよばない。したがって、参議院議員の総定数(242人)の半数はそのまま議員活動を続けられる。

 

また、04年参院選の当選者121人(任期は10年の改選までの6年間)のうち、比例代表で当選する48人は、選挙区ごとの「格差」の問題と無関係なので、その当選は有効のはずだ。

 

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したがって当選が「無効」とされるのは、04年参院選で当選する議員のうち、選挙区選出の73人だけである。

この73人が失職しても参議院議員はまだ169人も残っており、これは総定数の約70%にあたるから、国会審議は十分可能だ。

 

【「失職」する当選者を選んだ各選挙区の有権者は法理論上、04年参院選の比例代表選挙当選者を通じて全国平等に自分たちの民意を参議院に伝えた形になっているので「別の意味での、法の下の平等」にも反しない。】

 

つまり、04年参院選の違憲訴訟に関しては、裁判官たちは「遠慮」する理由がまったくないのだ。

 

この訴訟は、普通の民事訴訟と異なり、地裁ではなく高裁を一審として始まり、長くても二審の最高裁までで終わる。01年参院選の違憲訴訟は約2年半で最高裁判決が出ているから、04年参院選訴訟もほぼ同じ期間で決着すると考えられる。つまり、04年参院選の選挙区選挙の当選者73人は、07年1月頃、3年半の任期を残して全員失職する可能性があるのだ。

 

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●大物が失職●

もし「全員失職」となると、政局上、非常に興味深い事態になる。

比例代表の当選者は選挙の有効性を問われないので、04年参院選に立候補している候補者のうち、自民党の竹中平蔵・金融・経済財政担当相や、社民党の福島瑞穂代表は(当選しさえすれば)6年間安泰だ。が、島根選挙区選出の青木幹雄・参院自民党幹事長は当選しても任期途中で失職するのだ。

 

青木は、参院橋本派(平成研究会。旧竹下派)所属議員41人(失職者を除くと26人)を束ね(産経新聞03年11月11日付朝刊15面「国会新勢力分野」)、それを通じて参院自民党全体を牛耳る実力者であり、03年自民党総裁選における小泉首相(総裁)再選の立役者であり、建設族議員のドンでもある。

 

その彼が失職すれば、小泉政権の土台や、自民党の「族議員政治」の構造に激震が走り、政局が大きく動くと考えられる。

 

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かつて93年、東京地検特捜部と国税庁が、自民党竹下派の大実力者にして建設族のドンであった金丸信・元副総理を逮捕したことで竹下派が分裂し、小沢一郎・元自民党幹事長らの自民党離党、新生党結成、同党を中心とした自民連立政権の成立に至る「政界大再編」の引き金が引かれたことがあった。

 

最高裁判決による青木の失職はそれに匹敵する衝撃を永田町にもたらすだろう。

できれば、07年と言わず、06年中にも、一刻も早く「違憲・無効」判決を下してほしい、と期待するのは、筆者だけではあるまい。

 

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実は、05年中にも「激震」が走る可能性がある。

高裁の一審判決で「違憲・無効」が出ると、被告・国(政府)側は最高裁に上告して争おうとするだろうが、その際、野党とマスコミが「上告するな」「一審で確定判決にしてしまえ」と世論を盛り上げると、与党・自民党は不利になる。

 

野党の場合(実は連立与党の公明党も)選挙区選出の参議院議員は少ないし、自民党の青木のような大物もいないので、73人全員が失職してもあまり実害がない。

 

もちろん、政府は野党の声など無視して上告するだろうが「上告するな」の世論が強ければ強いほど、青木や参院自民党の政治的な立場は弱くなる。

 

そして、一審判決の1年か1年半後、最高裁で違憲判決が出れば、青木は国会を追い出される。

 

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●補選なし●

そうはさせじと青木は、参議院選挙区の定数是正法案の成立を急がせるだろうし、法案が通れば補選で参院に返り咲くことをめざすだろう。一般論では、1名だろうと73名だろうと、参議院議員に欠員があれば補選が行われるはずだからだ。

 

が、補選は、選挙制度(区割り、定数)が変わらない場合に「同じ枠組みで同じ有権者に選び直してもらう」ものであって、定数是正で制度が変わる場合は、そもそも「補欠」という概念が成り立たないので、補選はない。

 

したがって、04年参院選の選挙区選挙に立候補した青木ら73人が再挑戦すべき(同じ都道府県での)選挙区選挙は、10年までないはずだ。

 

【憲法上、参議院議員の任期は6年と決まっているので、たとえば07年に、青木らを当選させる目的で「10年まで任期3年の参議院議員を全国の都道府県の新選挙区で選ぶ」ことはできない。「任期3年」の議員を選べるのは、選挙制度が変わらない場合に「たまたま本選と補選の時期が重なったから一緒にやる」という理由で、本選の選挙区選挙の次点候補者を「補欠当選」させるパターンだけだ。】

 

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青木が10年以前に国会に戻るには、たとえば同じ島根選挙区選出の、自民党の景山俊太郎など07年に改選を迎える議員を押しのけて07年参院選(本選)に立候補するか、衆議院議員に転身するしかない。

 

が、青木は景山より10歳も高齢なので、景山を「どかす」理由はない。かといって、もし青木本人が「オレも衆議院に鞍替えするしかないか」などと口走ったら、大変だ。島根県選出衆議院議員(1区の細田博之・官房長官と、2区の竹下亘)の支持者たちが猛反発し、そこで青木の政治生命は事実上終わってしまう。

 

結局、04年中に70歳になる青木は、違憲判決が出た段階で政界引退に追い込まれる。そうなれば参院自民党はバラバラだ。

 

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●2007年問題●

かつてコンピュータ2000年問題(Y2K)が語られ始めた98年頃、コンピュータの専門家を含む大多数の人々は「そんな大規模なプログラムの修正問題がほんとうにあるのか」と半信半疑だった。が、99年になると「Y2K」が流行語になるほど、この問題への認識は国民各層に広まった。この定数是正問題(是正しないと07年参院選が不可能)も同じような経緯をたどって、いずれ広く知れ渡り、05〜06年頃には「国家的課題」(参院2007年問題?)になっているはずだ。

 

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●小泉は強運?●

04年参院選では、自民党が比例代表で野党・民主党より当選者が少なく、全体でも40議席台前半しか取れずに惨敗する、という予測がある(『週刊新潮』04年7月8日号 p.p 24-26)。

 

が、「全体」より「73人失職」時の議席数のほうが重要だ。この場合、参議院議員総数は169、過半数は85で、自民党は非改選議員が66人だから、比例代表で19人当選すると(01年参院選では20人)衆議院と同様「単独過半数」になり、公明党との連立は不要になる。小泉政権は国民に「信任」されたことになり(!?)小泉首相は青木にも公明党にも縛られずに政権を運営できる。

 

比例代表当選者が18人以下の場合は、公明党(非改選だけで13人)との連立は、参院での過半数確保のために維持される。

 

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 (敬称略)

 

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