北朝鮮代表の謎

 

〜サッカーW杯

アジア地区最終予選

(Jan. 31, 2005)

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■北朝鮮代表の謎〜サッカーW杯アジア地区最終予選■

サッカー北朝鮮代表の情報は極めて少なく、その実像は謎だ。北朝鮮は96年アトランタ五輪女子柔道では「秘密兵器」を投入して日本に奇襲をかけ、田村(谷)亮子を倒して金メダルを奪ったこともある。

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■北朝鮮代表の謎〜サッカーW杯アジア地区最終予選■

 

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【前回「偽札と覚醒剤〜北朝鮮の『公共事業』」の 内容が、光文社の雑誌『FLASH』05年2月15日号(2月1日発売) p.p 84-85 「現物入手!『ニセ1万円札は北朝鮮製』説を追う」で紹介されます。】

 

04年12月9日、06年ワールドカップ(W杯)サッカーのアジア地区最終予選の組分け抽選が行われ、日本がイラン、バーレーン、北朝鮮と同じB組に決まると、日本サッカー協会の平田竹男ゼネラルセクレタリーは「(この組分けは)想定されるなかでは一番厳しい」と落胆した(日刊スポーツWeb版04年12月9日「W杯最終予選、初戦は北朝鮮と対戦」)。

 

イランは欧州リーグでプレーする一流選手を多数擁し、攻撃力はアジア最強。バーレーンは04年アジア杯で日本が苦戦した相手。そして北朝鮮は「情報が集めにくい」と、日本代表のジーコ監督も警戒する不気味な存在だ(日刊スポーツWeb版04年12月9日「ジーコ監督『6試合すべてが決勝戦だ』」)。NHK-BS1のサッカー番組でも、北朝鮮が難敵である理由として、繰り返し「情報が少ない」ことを挙げている。

 

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●ヤワラちゃんの不覚●

未知の相手と戦うのはイヤなものだ。96年アトランタ五輪女子柔道48kg級決勝では、金メダル確実と見られていた田村亮子(谷亮子)が、当時無名だった、北朝鮮のケー・スンヒに敗れている。この無名選手の手の内は、田村にはほとんどわかっていなかった。他方、田村は国内外の柔道大会で無敵の勢いだったが、それは田村の得意技などの情報が北朝鮮側に丸見えだったことを意味する。北朝鮮側はこの情報格差を利用して奇策を打った。

 

なんとケー・スンヒは決勝戦だけ柔道着の合わせを逆にして登場したのだ。本来なら左が上で右が下のところを、右を上にして左を下にし、田村の吊り手を封じてしまった。これは非常識な策ではあるがルール違反ではなく、これが奏効して北朝鮮は田村を破り、予想外の金メダルを獲得した(二宮清純「唯我独尊」04年12月15日)。

 

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このときと同様、05年2月9日のアジア地区最終予選初戦、日本対北朝鮮戦を前にして、日朝間には情報格差がある。96年の田村と同様に、05年の日本代表選手たちはJリーグや02年W杯、04年アジア杯、04年アテネ五輪を通じてさんざん手の内を見せている。北朝鮮はこれらの試合のビデオを取り寄せて存分に研究できる。

 

他方、北朝鮮代表選手たちは02年W杯にも04年アジア杯にもアテネ五輪にも出ていないし、北朝鮮国内リーグの試合のビデオなどだれも入手できない。だから、日本側が北朝鮮側の手の内を知るために使える情報は、06年W杯アジア地区一次予選のビデオしかない。

 

今回、北朝鮮代表選手たちの主力は、朝鮮人民軍「4.25体育団」に所属する軍人だ。北朝鮮は経済は破綻状態だが、軍だけは優先的に物資の配給を受けられるので、選手たちはそれなりの予算を注入されて育成されているはずだ。となると、2月9日の埼玉スタジアムでは、ケー・スンヒのような、あるいは映画『ロッキー4』のイワン・ドラゴのような秘密兵器(軍人選手)がベールを脱ぐのだろうか?

 

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●審判●

ほかにも心配な点がいくつかある。

02年ソルトレーク五輪フィギュアスケートのペアの採点をめぐって審判買収疑惑が浮上し、異例の表彰式のやり直しにまで発展したことで明らかなように、五輪などの国際スポーツビジネスの世界では審判の買収は珍しくない。02年W杯サッカー本大会で6月14日の韓国対ポルトガル戦以降、韓国に有利な「誤審」が頻発したことについても、世界中のサッカー通が買収の可能性を疑っている(小誌Web版02年6月13日の予測的中記事を参照)。

 

今回、北朝鮮が2月9日の日朝戦の審判を買収して反日偏向判定をさせる可能性はないだろうか?………ない。

外国人の審判を買収するには数百万円相当の外貨が要る。が、前回「偽札と覚醒剤」で見たように、外貨準備がないに等しい北朝鮮にとって、1試合あたり数百万円(6試合で計2000万円以上)は途方もなく高額な出費だ(偽1万円札を2000枚以上造って換金する必要がある)。

 

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北朝鮮がアジア地区最終予選への進出を決めたのは昨04年10月13日であり、それ以前から審判買収予算を計上したり、そのための覚醒剤やズワイガニの増産・拡販計画を立てたりすることは不可能だから、買収費用を工面する期間はたった3か月しかなかったことになる。北朝鮮政府が05年1月5日にうっかりスマトラ沖地震・津波被災国への15万米ドルもの援助を表明して外貨事情を逼迫させてしまったこともあり、現在北朝鮮が審判を買収できる可能性はほとんどない。

 

日朝戦の主審が(買収されにくい、豊かな産油国の)サウジアラビア人に決まったことについて、北朝鮮がイチャモンを付けていることを見ても(『週刊ポスト』05年2月4日号 p.38 「ジーコ・ジャパンに流血危機」)この試合で審判の買収がないことは確実だ。

 

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【2月9日には最終予選A組のウズベキスタン対サウジ戦も行われるが、こちらの主審は日本人が務める。この点を取り上げて北朝鮮代表のキム・ジョンシク団長は「日本人とサウジ人の主審が裏取引をし、互いに有利になるように画策する可能性がある」と抗議している(『週刊ポスト』前掲記事)。まったく、04年12月の組分け抽選前の「日本と同組にしろ」(小誌04年12月7日「抽選に政治介入」)という要求以来、キャンキャンキャンキャン子犬のようにうるさい国だ。こういう北朝鮮の主張は………実は正しい。

アジアでは韓国、サウジ、日本、イランの4強がA、B各組でそれぞれ、プレーオフなしでW杯本大会出場が決まる各組2位までにはいるために陰で談合していることは自明の理だ。北朝鮮の主張は、アジアの「サッカー大国クラブ」からはじかれた小国の「負け犬の遠吠え」だが、「だめもと」でも(談合の)証拠がなくても堂々と世界に向かって自己主張を続けるその姿勢は、外交上見習うべき点がある。少なくとも、日本で(在日)朝鮮人が暴漢に襲われると犯人の国籍や背景(北朝鮮の世論工作の有無)が不明なうちから「同じ日本人として恥ずかしい」などと軽々しく「反省」してしまう日本人より、はるかに外交上手だ。】

 

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●ラフプレー●

北朝鮮(A)代表は、中国・海南島で合宿中の05年1月半ば、当地で合宿中の、昨04年の中国国内リーグの覇者、山東魯能に練習試合(A代表同士の試合でないので非公開にできる)を申し込んだが、断られた。地元紙「海南日報」によると、山東魯能が「北朝鮮選手のプレーはハードで怪我をしやすいから」と嫌がったようだ(スポニチWeb版05年1月20日「かく乱作戦?!」)。

 

たしかに北朝鮮の国内リーグの試合は「喧嘩サッカー」と言われるほど激しい。マリーシア(ずるがしこさ)も相当なもので、どの選手もボールを持っている選手には(審判にファウルを取られないように)遠慮するが、その選手がパスを出した途端に強烈なタックルを浴びせる(『週刊ポスト』前掲記事の続き p.39 「一発退場を恐れぬ軍人精神」)。

 

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もしこんな選手が日朝戦でその乱暴なマリーシアを発揮したら、日本代表は怪我人続出………とはならない。

 

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北朝鮮選手のマリーシアは国内リーグの審判の基準で許されているにすぎない。国際試合では外国(中立国)の審判が笛を吹くのだから「いつも通り」というわけにはいかない。もし2月9日、6万人もの大観衆が集まる埼玉スタジアムで、試合開始早々サウジ人の主審が北朝鮮選手の「普通のタックル」にイエローカードを1枚でも出せば、北朝鮮選手は「国際試合ではこの程度でもイエローなのか」と怯えて、虎が猫になったかのように萎縮してしまうに違いない。

 

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それでも、彼らの大半は軍人だから「軍人精神」を奮い立たせて玉砕(レッドカードで一発退場)を覚悟して、日本の中心選手を負傷させようと「削りに」来るかもしれない………が、たとえ怪我人が出ても、日本側はあわてる必要はない。北朝鮮側の1人が玉砕するということは、その瞬間から北朝鮮は10人で戦うということだ。格上の日本相手に1人少ない状況では引き分けすら望めまい(というより、大量失点の恐れが出て来る)。

 

そのうえ、ルール上その「玉砕選手」は次の試合に出られない。日本と違って選手層の薄い(薄いから在日朝鮮人の2選手を助っ人に呼んだ)北朝鮮にとって、レギュラーが1人欠けることは致命的だ。下手をすれば次の試合も惨敗して、3〜4試合目あたりで早々と「B組3位以下」が決定的になるかもしれない。

 

だから北朝鮮選手は、日頃やり慣れたラフプレーといえども、最終予選ではそう簡単にやるわけにはいかないのだ。

 

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●経験格差●

そもそも、なぜ北朝鮮代表の情報が少ないのかと言えば、北朝鮮が大きな国際大会でほとんど戦っていないからだ。それは単に国際舞台での「経験不足」を意味しているのであって、べつに「神秘のベールに包まれている」わけではない(経験不足だから、国際試合の審判の基準もよく知らないのだ)。

 

もちろんケー・スンヒだって田村と戦うまでは大した国際経験はなかった。しかし、この差は、個人競技の柔道とは異なり団体競技のサッカーでは大きい。

 

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中国で開催された04年アジア杯決勝トーナメント(T)では、日本代表は中国人観衆の反日ブーイングと度重なる審判の反日偏向判定に悩まされた。が、日本は決勝Tの対戦相手ヨルダン、バーレーン、中国のいずれよりもはるかに国際経験が豊富だった。アジア杯の日本代表には五輪やW杯の大舞台を経験した選手が多く、MF中村俊輔のようにイタリアの一流リーグでプレーする選手もいたから、中国側の、その程度の「小細工」には動じなかった。

 

とくに準々決勝のヨルダン戦はPK戦にもつれ込む接戦になり、しかも主審は蹴り難い、荒れたエンドで日本にヨルダンより1回多くPKを蹴らせ、2回多く失敗させてからエンドを替える、という非常識な裁定をしたため、日本は劣勢に立った。が、周知の如く日本のGK川口能活が神がかり的なセーブを連発し、日本が逆転勝ちした。これは、アトランタ五輪本番でブラジルを破った経験を持つ川口を初めとする日本代表選手たちと、そのような大舞台を経験していないヨルダン代表選手たちとの国際経験の差が勝因だ。土壇場でモノを言うのは「経験」なのだ。

 

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現在の北朝鮮代表は(04年アジア杯に出ていない分だけ確実に)このヨルダン代表より国際経験が少ない。北朝鮮代表のユン・ジョンス監督が、(在日朝鮮人への差別感情の強い)北朝鮮国内の(在朝鮮人の)反対を押し切って(05年1月1日放送のNHK-BS1『サッカー日本代表 ドイツへの最終章』)2人の在日朝鮮人Jリーガー、MF安英学(アンヨンハッ)とMF李漢宰(リ・ハンジェ)を最終予選から代表に加えたのは、なんとかして代表チームに北朝鮮国外での経験を注入したい、という思いからにほかならない。つまり、日本代表における中村の、伊セリエAレジーナでの経験が国際経験であるのと同様に(?)北朝鮮代表では安英学(名古屋)と李漢宰(広島)のJリーグでの経験でも貴重な国際経験なのだ。

 

北朝鮮にしてみれば「アジア地区一次予選の6試合だけではいかにも経験不足だから」ということなのだろうが、たった2人のJリーグでの経験にすがるとは、なんともなさけない(Jリーグの「国内経験」なら日本代表は全員持っている)。

 

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脱北したユン・ミョンチャン元北朝鮮代表監督も現在の北朝鮮代表について「(国際試合の経験不足から)ビッグゲームに萎縮し、実力が発揮できない懸念」があり「(経験した試合数自体の絶対的不足から)チームの精神的な柱になれる選手が育っていない」と指摘する(『週刊現代』05年2月5日号 p.53 「チームの要は北のジダン≠セ」)。つまり、チームを精神的に引っ張ることもできず、満足な国際舞台も経験していない北朝鮮のMFキム・ヨンジュンを、世界最強軍団レアルマドリードの中心選手である元フランス代表主将になぞらえて「北のジダン」などと呼ぶのは、完全に的外れなのだ。

 

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北朝鮮にとってもっとも痛いのは、安英学と李漢宰を加えた状態でのコンビネーション(連携)を、(A)代表クラスの強い相手との実戦で試す機会がほとんどないことだ。中国で合宿中の北朝鮮代表の、練習試合の相手は、山東魯能よりはるかに弱い、中国やシンガポールの弱小クラブチームばかり。カザフスタン、シリアのA代表と壮行試合(国際サッカー連盟でいう「Aマッチ」)を戦う日本代表とはかなりの差がある。

 

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アテネの日本五輪代表は、五輪本番前に韓国五輪代表などと盛んに壮行試合を行った。が、チームの柱、MF小野伸二は、所属するオランダのクラブ、フェイエノールトの許可が遅れてなかなか五輪代表に合流できず、壮行試合にはまったく参加できなかった。結局、日本五輪代表は小野を加えた状態での連携を、直前合宿中の、ドイツのユースチームとの練習試合でしかテストできないまま五輪本番に臨んだ。

 

案の定、連携が乱れた。五輪本番初戦のパラグアイ戦の前半、日本守備陣は大混乱に陥って3失点し、山本昌邦・五輪代表監督は、その試合の後半からあわてて小野のポジションをトップ下からボランチに変更した(結局「3-4」で敗退。小誌04年8月20日「長嶋Japanと山本Japanの差」)。

 

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【この苦い経験があるので、今回日本は、長く日本代表から遠ざかっている、伊セリエAフィオレンティーナ所属のMF中田英寿を召集するにあたって、2月9日の北朝鮮戦直前ではなく、2月2日のシリアとの壮行試合より前にしようとした。事前にA代表同士の実戦で、他の選手との連携をテストしない限り、中田は代表チームに入れられない、ということだ。が、フィオレンティーナ側はリーグ戦を戦う都合上「9日の直前まで出せない」という方針で、結局日本代表は「中田抜き」になった。が、相手が北朝鮮なので、とくに心配はない(但し、同様の理由で中村も壮行試合に出られないのは、中村が04年アジア杯などで現在の代表選手との連携を経験済みとはいえ、若干気になる)。】

 

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北朝鮮にとって、04年11月17日のW杯アジア地区一次予選の対アラブ首長国連邦(UAE)戦は、最終予選進出決定後の消化試合だったから、もし在日朝鮮人の2人を召集するならこの試合からにして、ここで彼ら2人と他の選手との連携をテストしておくべきだった(そうしておけば、たとえ財政難でも、余分な遠征・招聘費用をかけずに「壮行試合」ができた)。が、それは国際経験の乏しい北朝鮮代表監督には思い付くはずもないことだった。

 

このまま北朝鮮代表が強い相手と壮行試合をせずに2月9日を迎えると、試合開始早々、日本五輪代表がアテネ五輪本番初戦で見せたのと同様の醜態をさらす恐れがある。

 

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さすがに、それではまずい、と思ったのだろう。北朝鮮は1月24日、急遽クウェートと2月3日に北京でA代表同士の親善試合(Aマッチ)をすることを決めた(産経新聞Web版05年1月25日)。

 

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が、その試合が始まれば(本番と違う背番号を使うかもしれないが)北朝鮮の手の内はすべて明らかになってしまう(山東魯能に非公開試合を断られたのは痛かった?)。

 

その瞬間から、北朝鮮代表はもう秘密兵器でもなんでもない。ただの「弱小クラブ」だ。

 

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