ポスト堤義明体制
へ粛清必至
〜シリーズ
「トリノ五輪」
(3)
■「ポスト堤義明体制」へ粛清必至〜シリーズ「トリノ五輪」(3)■
「堤義明時代」に日本のスキー・スケート界の要職に就いた者は、06年トリノ五輪で日本が惨敗した責任を問われ、予定どおり追放される。
■「ポスト堤義明体制」へ粛清必至〜シリーズ「トリノ五輪」(3)■
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【前回「日本フィギュアスケート界の暗闘〜シリーズ『トリノ五輪』(2)」は → こちらをご参照下さい。】
長野五輪、ソルトレーク五輪で2大会連続メダルを獲得したフリースタイルスキー女子モーグル選手で、フジテレビ社員の里谷多英のささいな行状が05年3月、週刊誌上で「大スキャンダル」のごとく報じられた結果、彼女は全日本スキー連盟(SAJ)から、その年の世界選手権への派遣を見送るなどの厳しい処分を受け、選手として才能を磨く機会を失った(小誌05年6月30日「地デジ vs. 堤義明〜シリーズ『2011年のTV』(3)」)。
小誌既報のとおり、日本と世界の五輪ビジネスは84年ロス五輪から、某大手広告代理店(A社)の強い影響下にある(小誌05年5月30日「読売の抵抗〜シリーズ『2011年のTV』(2)」)。他方、A社は日本のマスコミ界に強い影響力を持っている。べつに凶悪犯罪や薬物犯罪を犯したわけでもない有力なメダリスト候補を、逮捕も起訴もされないうちから犯罪者のごとく断罪する記事など、A社が週刊誌の版元に「日本が次の五輪で勝つために…」と要請しさえすれば、簡単に止められたはずだ。
が、A社は敢えてそうはしなかった。
記事を差し止めなかったため、里谷は「犯罪者」になり、その結果小誌(05年6月30日)が予測したとおり、フジテレビは「ウチの社員が出てるんだから」という理由で、02年ソルトレーク五輪の際に獲得した五輪本番の女子モーグルのTV放送権を、06年トリノ五輪では失い、日本時間06年2月12日未明の生放送はNTVとNHK-BS1が行った(小誌前掲記事「地デジ vs. 堤義明〜シリーズ『2011年のTV』(3)」)。
●トリノ五輪は捨てゲーム?●
里谷の記事が週刊誌に出た時点で筆者は「A社は、トリノ五輪で日本選手がメダルを取ることよりも、かつて日本のウィンタースポーツを牛耳っていた堤義明コクド前会長が残した(負の)遺産、すなわち、さまざまな約束(口約束)や人事、慣行、既成事実などを清算し『ポスト堤義明体制』を確立することを優先しているのではないか」と感じた。つまり、「堤義明派残党」を一掃する大義名分を手に入れるために日本選手団にはトリノで惨敗してもらおう、という「捨てゲーム」の予感がしたのだ。
フジが五輪モーグルの放送権を得たのは、堤が日本オリンピック委員会(JOC)名誉会長やSAJ会長を務めていた「堤義明王朝」の全盛時代だ。が、04年にはいると、コクド会長、西武鉄道会長としての堤の犯罪(証券取引法違反)が暴露され、05年3月、ついに堤は逮捕され、もちろん、それと相前後してJOC、SAJなどのスポーツ団体のポストも辞任した。
●長野五輪招致●
しかし、堤がウィンタースポーツを中心に日本のスポーツ界に残した(悪)影響は、堤本人がいくつかのポストを辞任したぐらいではなくならない。なぜなら、98年長野五輪招致に向けて、各団体に送り込まれた「堤派残党」がまだ生き残っているからだ。
長野五輪成功の立役者はもちろん堤だ。堤は、長野県にあるコクド(西武)グループの施設で大儲けしたくて、国際オリンピック委員会(IOC)のサマランチ前会長との個人的関係をフルに活用し、98年冬季五輪の長野開催を勝ち取ったが、これには国内的な条件整備が必要だった。
それは、冬季五輪の「当事者」である5つの競技団体、すなわち、SAJ、日本スケート連盟(JSF)、日本アイスホッケー連盟(JIHF)、日本ボブスレー・リュージュ連盟(JBLF)、日本近代五種・バイアスロン連合(MPBUJ)の同意である。たとえば、もしSAJが「長野の山風はジャンプ競技に適さない」などと表明すれば、長野は国内の開催地争いで、当時立候補していた旭川や山形に破れてしまっただろう。
そこで、堤は、上記5団体を長野開催に同意させるため、SAJとJIHFの会長ポストを自分で占め、他の3つの団体のトップも自分の息のかかった「堤派」幹部で固めた。そして、この策が奏効し、5団体が一致して長野を推したからこそ、長野五輪は実現したのである。
さて、長野五輪の招致活動は89年頃に盛んになり、91年のIOC総会で決定され、そして98年に無事開催された。
となると、98年以降は「堤派」が5団体を牛耳る意味はあまりないはずだが、堤の後ろ盾で、各競技団体で地位や名誉やVIP待遇を得ることに慣れてしまった幹部たちは、用がなくても(幹部としての能力がなくても?)堤とともにそのままウィンタースポーツ界に君臨し続けた。
05年3月、「親分」の堤は逮捕され、ウィンタースポーツ界への影響力を完全に失った。が、堤なきあとも「堤派」はそのまま各競技団体に残留し、わがもの顔で振る舞い続けた。その典型が、JSFのフィギュアスケート強化部(とくに城田憲子強化部長兼トリノ五輪代表監督)であろうか。
●城田の暴走●
前回述べたように、05年秋から、ドリカムの「頭の中チェーック♪」の歌で始まるロッテのCMが日本のTVに流れたが、まだフィギュアの05-06年シーズンの結果がほとんど出ていないこの段階で、JSF(城田)は、村主章枝(すぐりふみえ)、荒川静香、安藤美姫の女子シングル3選手をあたかもトリノ五輪代表に決まったかのごとく見せかけるため、このCMに出演させた。このため、日本中が「この3人がトリノに行くのが当然」「この3人以外にメダル候補はいない」と誤解した。
しかし、A社は広告代理店である。JSF(の人選を受けたJOC)とロッテとの間を取り持ったのはA社だ。
JSFよりはるかに広告ビジネスに詳しいA社は「正式な五輪代表が決まらないうちからそんなCMを流すのは問題」「この3人以外の有力選手が台頭して来てたらどうするのか」と諫言し、JSF(城田)の先走った人選を止めることができたはずだ。
ところが、A社は敢えてそれを止めず、JSF(城田)を「暴走」させた。その結果、前回述べたように、明らかに安藤を上回る実力を持つ浅田真央や中野友加里が落ちて安藤が選ばれる、という強引な代表選手選考が行われ、当然のように安藤はトリノ五輪本番で、メダルはもちろん入賞すら逸した。
●シズカな謀叛●
とはいえ、トリノ五輪では城田監督のもと荒川が金メダルを取ったのだから、それは城田の功績になる……かというと、ことはそう単純ではない。
前回述べたように、城田は「全国有望新人発掘合宿」で発掘した10歳前後の逸材に海外留学や外国人コーチの指導を義務付ける「城田システム」とも言うべき強化育成制度を確立した中心人物だが、どうもこのシステムがうまく機能していないのだ。
安藤は「城田システム」の申し子であり、城田の言いなりになって、05年春から練習拠点を米国に置いて米国人コーチの指導を受けるようになったが、それ以降急激に不振に陥った。
また、荒川も城田の選んだ外国人コーチ、タチアナ・タラソワを途中で断り、五輪直前の05年12月に自分の希望で別の外国人コーチ、ニコライ・モロゾフと交代させる、という「謀反」に打って出た。
これは前例のない危険な賭けであり、この問題を取材した、06年1月15日放送のNHKスペシャル『女子フィギュア“レベル4”への挑戦』でも、彼女の悪戦苦闘ぶりが紹介されていたので、筆者は前回記事で「(トリノでは)荒川のメダルはない」と予想してしまった。
結果は(うれしいことに)みごとに予想がはずれて荒川は優勝し、アジア初の五輪フィギュアの金メダリストになったが、これは、どう見ても「城田システム」が機能した結果ではない。つまり、荒川は(城田のお陰で優勝したのではなく)城田のお節介に邪魔されたにもかかわらず優勝したのである。
フィギュアの選手は演技を終えたあと、リンクサイドの控えコーナー「キスアンドクライ」で、コーチとともに得点発表を待つが、安藤、村主をキスアンドクライで迎えた日本人の女性コーチは、城田だった。が、荒川を迎えたのはモロゾフ、佐藤久美子の両コーチだけで、城田の姿はなかった(05年11月のグランプリシリーズ中国杯のときはまだ、城田の姿はあった。06年2月25日放送のNHKスペシャル『荒川静香・金メダルへの道』)。どうやら荒川は、3人のトリノ五輪日本代表女子選手のなかでただ1人「城田門下生」ではないらしい。
この際だから、もう城田は安藤にまつわり着くのもやめたらどうか。
本人にとって必要もない外国留学や外国人コーチを城田に押し付けられて、安藤はすっかり調子を崩してしまった。
安藤の本来の「必殺技」は4回転ジャンプのはずだったが、五輪本番直前の練習では、その成功率は1割台にまで落ちた。この競技では「成功率1割台への挑戦」を、イチかバチかの賭けなどと肯定的に呼ぶことはないようだ(92年仏アルベールビル五輪で五輪女子選手で初の3回転半、トリプルアクセルを跳んだ伊藤みどりは、5割以上の成功率で本番に臨み、一度試みて失敗したあと、二度目に成功させたのだから)。むしろ「自爆」と呼んだほうが正しかろう。
安藤は06年2月23日の五輪本番の女子シングル・フリーで、4回転に失敗し、総合15位に終わったあと、マスコミのインタビューに答えて「五輪の舞台で(4回転に)トライできただけですてきな思い出になった」と語ったが(読売新聞Web版 06年2月24日「安藤『すてきな思い出』、4回転ジャンプに挑戦」)、安藤に蹴落とされて五輪に出られなかった中野にとっては、「自爆」を「すてきな思い出」にされたのではたまらない。前回述べたように、中野は五輪代表決定直前に安藤と三度直接対決し、そのすべてに勝っているにもかかわらず(城田門下生でないために?)五輪代表をはずされたのだから。
【もっとも、中野の存在がなければ安藤は4回転に挑戦しなかっただろう。メダルもねらえる中野を押しのけて五輪に出たことを中野に納得してもらうには、安藤はかなりのハイスコアを上げる必要があり、たとえコーチが反対していたとしても4回転に挑まざるをえなかったのだろう。荒川も「真央が出れば金メダルだったのに」と言われないために頑張ったに違いないのだから(06年2月27日放送のテレビ朝日『スーパーモーニング』)。】
城田が安藤にくっついていると安藤はダメになるし、その安藤を城田がえこひいきすることで五輪代表をはずされるほかの選手も迷惑する。城田がJSFの現在のポストにいる限り、4年後のバンクーバー五輪の代表選考でも、また今回の中野と同じ悲劇を味わう選手が出る恐れがある。
トリノで、城田の言いなりになった安藤が惨敗し、逆に、城田にさからった荒川が金メダルを取ったことで、「城田システム」(による外国人コーチの選定)が有効に機能していないことがはっきりした。これで、A社は堂々と城田の「権力」に対して異議申し立てをする大義名分を手に入れたことになる(現状では、JSFは城田システムという「無駄な公共事業」を営む特殊法人のようなものだ)。
【おそらく約1年以内には、城田はホリエモンに次ぐ「国民の敵」になって、世論の集中砲火を浴び、現在の地位を失うだろう。】
●粛清の嵐へ●
もちろん、A社の異議申し立てを受ける「権力者」は城田だけではないし、トリノ惨敗の責任を問われる競技団体もJSFだけではない。日本は雪の降る国なのに、トリノで獲得したメダルの数(金メダル1個)が、雪の降らないオーストラリア(金1個、銅1個)より少ない、という惨憺たる成績だったのだから(とくに五輪開催中、用もないのに開催地でVIP待遇で「観光旅行」をしている無駄飯食らいの団体幹部は一掃される可能性がある。選手が112名なのに、付き添う役員が126名というのは、どう見ても異常だ)。
スキーのモーグルもジャンプもノルディック複合も、スピードスケートも(A社の思惑通りに)惨敗してくれたので、これらの競技にかかわる団体、とくにSAJとJSFのトップの進退問題に発展する可能性は十分にある(但し、前々回述べたように、「前組の転倒」がなければ、スピードスケート男子500メートルで加藤条治が勝手にメダルを取ってしまう可能性はあった。小誌06年2月16日「わざと転倒?〜トリノ五輪スピードスケート・加藤条治の前組の謎」。しかし、たとえそういうメダルが1つや2つ増えたとしても、大筋ではA社の「惨敗作戦」が機能していたことには変わりがない)。
上記のロッテのCMで明らかなように、いまや競技団体に強化育成資金をもたらしてくれるのは(堤の政治力ではなく)A社の広告ビジネスなのだ。他方、トリノでの汚名返上のための、新たな強化育成システムの樹立には当然、多額の資金がかかる(たとえば、日本には諸外国と違って1年間通して練習できるスピードスケートのリンクがないので、新たなリンクを建設するか、海外で夏季合宿を張るしかない。共同通信06年2月24日付「JOC:冬季競技、通年強化の環境作り提案 - 竹田会長」)。となると、A社は、JOCの強化育成策の提案に同意する際には、トリノ惨敗の「A級戦犯」の追放を条件として要求できる。
とくに深刻なのは、メダルゼロに終わったSAJの幹部たちだ。05年3月にうっかり「罠」にはまって里谷を処分して精神的に殺してしまったために、有力なメダリスト候補を1人失っただけでなく、同僚の女子モーグル選手、上村愛子にも多大なプレッシャーをかけることとなり、結果的に2人とも潰してしまった(「1人でなく3人で日の丸を背負わせ、選手の精神的負担を軽く…」という、前回紹介した城田の論理が正しいなら、SAJの里谷への処分は軽率だった)。
「堤義明時代」のSAJは、雪印、デサントなどの企業運動部の寄り合い所帯であり、五輪代表(候補)選手でさえ、日本代表としての合宿よりも所属企業の合宿を優先させる得手勝手な強化育成策をとっていた。が、05年にジャンプ五輪代表のヘッドコーチに就任したフィンランド人のカリ・ユリアンティラは、このトリノ五輪までは(A社の意向を受けて?)企業優先のSAJの悪弊を敢えて正そうとせず、「日の丸飛行隊」の実力を弱いままに放置した(産経新聞06年2月22日付朝刊17面「失速“飛行隊”に荒療治を」)。
ユリアンティラはトリノ五輪後は、従来の日本の悪弊を一新する厳しい指導を始める方針だが、それを実現するには、堤義明時代に得た「既得権益」にあぐらをかいて来たSAJの幹部たちを一掃する必要がある(そうでないと、五輪中継放送のTV視聴率が伸びず、A社の広告ビジネスも打撃を受ける)。
●政治家を擁立●
A社がSAJ、JSFの会長を更迭する場合、その後任には政治家が就任する可能性が高い。
なぜなら、堤が逮捕されたあと、スポーツ競技団体のトップには政治家が就任するケースが多いからだ(たとえば、安倍晋三現官房長官は全日本アーチェリー連盟会長に、福田康夫元官房長官は日本カヌー連盟会長に、そして森喜朗前首相は日本体育協会会長に就任している)。すでに、冬季五輪の当事者5団体のうちの1つ、MPBUJのトップには、堤派でない政治家の衛藤征士郎元防衛庁長官(自民党森派)が就任している。
衛藤の例も含めて、競技団体のトップに就く政治家は、全員保守系で、しかも自民党の森派の国会議員や、小泉政権で党や政府の要職に就いていた者が多い。
とすると、今後、SAJやJSFの会長ポストを占める政治家としては、自民党なら武部勤幹事長(山崎派)や中川秀直政調会長(森派)、町村信孝前外相(森派)、細田博之前官房長官(森派)(民主党なら鳩山由紀夫幹事長か小沢一郎前副代表)あたりが予想される。小泉純一郎首相自身も、首相退陣後は有力競技団体に、強力な「スポーツロビイスト」として迎えられる可能性が十分にある。
堤は各競技団体のトップを自分に忠実なイエスマンで固めることで長野五輪招致を実現した。A社は、政治家の「豪腕イエスマン」を集めていったい何をするつもりであろうか………2020年夏季五輪招致か、それとも国家事業としての(スピードスケートやカーリングの)強化育成施設の建設か。
【CDMA 1X WIN で機種がW11H/W11Kの方は、『踊る大捜査線』の作者・君塚良一氏推薦の、佐々木敏の小説『中途採用捜査官 SAT、警視庁に突入せよ!』電子版(本文のみ \1260)をお読み頂けます。ご購入は → http://ez.spacetownbooks.jp/esharp_test/Top
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