靖国神社の財政破綻
〜「靖国問題」は20年
以内にすべて解決?
■靖国神社の財政破綻〜「靖国問題」は20年以内にすべて解決?■
靖国神社に寄付金や会費を納める戦没者遺族が高齢化し年々減っていくため、神社財政は苦しい。同神社は元々宗教法人ではなく官僚機構だったので、今後新たな財源ほしさに変節する可能性がある。
■靖国神社の財政破綻〜「靖国問題」は20年以内にすべて解決?■
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この記事は2006年現在の靖国(靖國)神社のあり方の是非を論じたものではなく、同神社が近い将来どうなるかをシミュレーションしたものである。したがって政治的、思想的、宗教的には中立を心がけて執筆したつもりである。
結論から言うと、靖国神社は20年後に「消滅、またはそれに近い状態まで衰退している」か「2006年現在の現状から著しく変質して存続している」可能性がある。
●始まりは非宗教●
靖国神社は1869年(明治2年)に、天皇のために明治維新で戦死した兵士を慰霊(顕彰)するための政府機関「東京招魂社」として創建された。当時は神社ではなく、したがって宮司(神社の神官のトップ)もいなかった。
その後、政府が陸軍省、海軍省を設けるとその共同管理下にはいり、1879年に「靖国神社」と改称され、宮司、神官も着任し、初めて宗教施設となった。
当時の日本には憲法も、政府の宗教への干渉(援助)を禁じる政教分離原則もなかったので、この「神社」の財源は国家予算だった。祭神として慰霊される対象は、明治維新後は西南戦争や外国との戦争の戦死者に拡大され、日中戦争(靖国神社の表現では「支那事変」)の戦死者まで含めて、第二次大戦(同「大東亜戦争」)以外の戦争だけですでに累計30万柱前後に達した(靖国神社Web「靖国神社概要」より計算)。
1945年(昭和20年)に日本が第二次大戦に敗れ、米軍に占領されて主権を喪失し、米占領軍の指導のもとにその後、宗教法人令が改正され、新憲法が制定され、政教分離原則が規定されると、靖国神社は国家から独立した宗教法人となった。
このとき陸軍省、海軍省も解体され、同神社に祀られるべき戦死者を確認する機関が消滅したため、戦死者の霊を神社に祀る「合祀」の手続きも停滞した。そのうえ、戦後の同神社は、主たる財源だった国家予算を失った。
が、第二次大戦の戦死者(戦没者)など200万柱以上(前掲「靖国神社概要」)が戦後、新たに祭神(英霊)となったため、彼らの遺族(個人や企業)の寄付(靖国神社奉賛会の会費や寄付金)を財源として、同神社は生き延びることができた。日本がサンフランシスコ講和条約を締結、批准して主権を回復した1951年以降、未合祀の戦死者200万以上の合祀を求める世論が、その遺族を中心に全国的に巻き起こり、これに応えて1956年、政府(厚生省引揚援護局)が、1953年に成立していた恩給法と戦傷病者戦没者遺族等援護法で「公務死」と認められた者を「祭神名票」に記載して同神社に通知し、神社側はこれをもとに合祀した。
恩給法は50年代以降たびたび改正され、最終的には「公務死」の犠牲者に、第二次大戦の戦勝国が指定したA、B、C級の戦争犯罪人(戦犯)も(日本の国内法では犯罪者ではないという理由で)含まれることになった。このため、第二次大戦を指導した政府高官、いわゆるA級戦犯(靖国神社の表現では「昭和殉難者」)も合祀対象となり、1966年にA級戦犯14名の名前が祭神名票に記載されて同神社に送付され、1978年、この14柱は合祀された。
●官僚主義●
上記のように靖国神社は戦後、財政的には国家から独立した。が、祭神の決定に関しては主体性も責任感も持っていない。それは神社自身が明言している:
「もちろん新たな祭神合祀にあたっての決定権は、昭和21年2月2日の『宗教法人令改正』によって一宗教法人となった靖国神社にあるわけですが、神社創建以来『戦時または事変において戦死・戦傷死・戦病死もしくは公務殉職した軍人・軍属およびこれに準ずる者』という合祀の選考基準に変わりはなく、戦争による公務死に該当するか否かは靖国神社当局が勝手に判定し得るところではありませんので、国の認定に従うのは当然の手続きだといえるでしょう」(靖国神社Web「昭和殉難者の靖国神社合祀」)
まるで官僚の国会答弁のような文章だ(自らを「当局」と称する神社は極めて珍しい。明治神宮、東郷神社、日光東照宮のWebにはそういう表現はない)。
無理もない。靖国神社は元々宗教施設ではなく陸海軍省の附属機関、つまり「役所」、官僚機構だったのだから。
政党政治の発達した米国などでは近代民主主義の草創期には、選挙によって国や地方自治体のトップ(大統領、州知事、市長など)が交代すると、役所の管理職が古いトップ(旧与党)の支持者から新しいトップ(新与党)の支持者へとごっそり交代し、行政機構がなかなか公正中立に機能しないという問題が起きた。だから欧米諸国では、政権交代に左右されずに機械のように精密に動く理想的な官僚機構が出来上がるのに永い歳月を要した。が、日本の場合は早かった。
1889年(明治22年)の大日本帝国憲法(明治憲法)発布以来、日本の官僚は「天皇の官吏」であり、政権交代とは無縁だったからだ。官僚たちは、形式上天皇によって交付される法令や、それに基づいて自身に与えられる職務や権限に仕えているのであって、特定の政治家や政党に仕えているわけではなかったのだ。
たとえば大蔵(財務)官僚であれば「先輩に教わったとおりに必要な資料をそろえないと、次年度の予算編成に支障が出て上司に怒られる…」といったことばかりを毎日、本能的に考える。彼らの最大関心事は日常業務を規定する細かい法令や「前例」であり、業務を支障なく遂行できる組織や予算の維持であり、国家観や政府の大方針は必ずしも重要ではない。
と言うと、官僚とはまるで「意志を持たないロボットか」と感じられるかもしれないが、にんげんよりもロボットであったほうが都合のいい場合は多い。
たとえば広義の官僚に含まれる裁判官の場合は、日本では、明治憲法発布の2年後からすでにロボットのように公正中立であり、そのことで欧米諸国から称賛されたことがある。1891年、滋賀県大津市で日本の警察官が訪日中のロシア皇太子を斬り付ける「大津事件」が起きた際、政府は帝政ロシアの報復攻撃を恐れるあまり「(日本の)皇族を負傷させた者の最高刑は(殺人未遂でも)死刑」という当時の刑法の規定を拡大解釈し、犯人の警察官を死刑に処すべきと考え、裁判所に促した。
が、当時すでに「天皇の官吏」として目の前の法律を守ることしか念頭になかったロボット……じゃなくて児島惟謙(これかた)大審院院長(現在の最高裁長官に相当)は、この政治的圧力をはね付け「その規定は外国の皇族への殺人未遂にはおよばない」という機械的な法律論に固執した。
これを見た欧米諸国は「日本には三権分立、司法の独立がある」「一人前の法治国家だ」と判断し、明治維新以前に日本(徳川幕府)が「黒船」に脅されて欧米諸国と結んだ、治外法権などを定めた「不平等条約」の改正に次々に応じてくれたのである。
このように日本の官僚機構は発足当初から伝統的に、ロボット並みの中立性、正確性を保持して来たので、第二次大戦後、日本が米軍に占領された際、米軍のダグラス・マッカーサー将軍率いる占領当局、連合軍最高司令官総司令部(GHQ)から当面の仕事と給料を保証されると、その占領統治に全面協力し、まさに機械のように正確に機能した。つまり、本来「天皇の官吏」であったはずなのに、一夜にして「マッカーサーの官吏」になったのである。
さて、こうした「ロボット」たちと同じように、靖国神社の神官たちも官吏である。彼らの歴史も、大蔵官僚や裁判官と同様に「天皇の官吏」として始まったが、やがて「陸海軍省の官吏」になり、戦後は「厚生省引揚援護局の官吏」になった。
靖国神社は元々非宗教の国家機関であるから、その宗教的信念は他の宗教法人とは性格を異にする。
たとえば、「天皇のために戦死した者を祀る」という創建以来の原理原則は明治・大正時代には厳格に考えられていたため、日露戦争の勝利に絶大な功績のあった陸軍大将、乃木希典(まれすけ)は合祀されていない。彼は、明治天皇の死後、そのあとを追って殉死するほどの「忠臣」だったが、その死が戦死ではなく殉死(自殺)だったからだ。
ところが、第二次大戦の終戦(敗戦)間際、東条(東條)英機首相兼陸相(陸軍大将)は米軍の対日占領と戦争責任の追及を覚悟すると、天皇への責任追及を防ぐため、自身が全責任を負って自殺すると決意し、陸軍省を通じて靖国神社に「自殺者も戦死者とみなす」ように規則を改正させる(05年8月13日放送のNHKスペシャル『靖国神社』)。
結局、東条は自殺に失敗し、他の戦争指導者とともに米国を中心とする戦勝国による戦争責任追及手続き、いわゆる「東京裁判」の被告(A級戦犯)となり、有罪判決を受けて死刑に処せられるが、ここで注目すべきは「自殺者は(たとえ乃木大将でも)合祀しない」という原則があっさり変更されたことだ。
靖国神社に合祀されているA級戦犯のなかには松岡洋右(ようすけ)元外相のようにまったく軍歴のない者が含まれているため、愛国心に篤い軍人や政治家からは「戦勝功労者の乃木が祀られていないのに、敗戦責任者の東条や松岡が祀られているのはおかしい」という批判が絶えないが、神社当局にとってはべつにおかしなことではない。「乃木の合祀を命ずる法令やそれに基づく通知はないが、東条や松岡の合祀を促す法令やそれに基づく通知はある」ので、そのとおりにしただけなのだ。
靖国神社は元々宗教家の宗教的信念に基づいて生まれた宗教法人ではないので、神社当局には宗教的な原理原則はないに等しい。神社当局がWebで述べているように、この神社は、最大の使命である祭神の選択を勝手に行う権利を放棄した、主体性のない、無責任な法人であり、およそ宗教法人の名に値する組織ではない。
【したがって、A級戦犯合祀の根拠になっている祭神名票を国会や政府が無効にすれば、神社当局は自動的に合祀を撤回するはずだ。「一度合祀した霊は神道の教義上、分祀(合祀撤回)できない」という説が宗教学者らのあいだにあるが、自分で祭神を選べない神社が宗教上の原則(教義)を語れるはずはないので、この説は間違いだ。この神社は創建以来常に、宗教原則より法令に対して優先的に従って来たのだから。】
靖国神社は多数の日本国民にとって精神的に特別な空間、一種の聖地であることは間違いない。しかし、その空間を管理する神社当局の性格は、役人の天下り先になっている無責任な「特殊法人」とあまり変わらない。
普通の特殊法人なら、なんらかの方法で国の資金を注入してもらえるのだが、形式上宗教法人である同神社の場合、国の資金援助を得ることは、日本国憲法20条、89条に違反するので、不可能だ。このため同神社の財源はおもに戦没者(祭神)遺族の寄付(会費)に依存することになるが、殉職自衛官が靖国神社に祀られないため、今後寄付をしてくれる遺族が減ることはあっても増えることはない。
ここにこの法人の経営の難しさがある。元々「お役所」であるから宗教的宣伝もマーケティングも下手なうえに、国庫補助が得られず、最大の「顧客」が近い将来激減する運命にあるのだ。
日本人の平均寿命から計算すると、もっとも熱心な寄付・会費提供者である戦没者の妻子など直接の遺族は、失礼ながら、あと20年以内にほとんどいなくなるはずだ。つまり、この神社は、まるでかつての国鉄のような、慢性赤字体質に陥りつつあるのだ。
しかし、役所というものは、まさに官僚主義によって、自分たちの(天下り先を含む)職場や仕事を守り、組織として生き延びようとするものだ。たとえば、国鉄は1987年に分割民営化されてJR各社に生まれ変わったが、そのうちJR九州は2004年、山陽新幹線(新大阪〜博多)と接続していない、あまり儲かりそうもない九州新幹線(新八代〜鹿児島中央)などという「赤字ローカル線」を開通させ、「無駄な公共事業」をやりたがる「お役所」時代の体質を温存していることを示した。
●民営化維持コース●
いずれにせよ、不足する財源を補わない限り、靖国神社は倒産してしまう。戦後(200万以上の戦死者の遺族から)大した営業努力もせずにタナボタ式に莫大な財源(寄付)を得て、それにあぐらをかいて(?)財政を運営して来た「特殊な法人」に、そういう資金がもうはいらなくなる、という事態は相当に深刻で、この財源不足は、いくら「英霊への感謝」を訴えても解決できまい。
今後、靖国神社が宗教法人であり続けるなら、新たに寄付や参拝をしてくれる「大口顧客」(若いリピーター)を獲得するしか生きる道はなく、その方法はおそらく以下の2つしかない:
#1: 殉職自衛官の合祀
#2: 天皇および首相の公式参拝(による大衆的な英霊追悼機運の盛り上げ)
しかし2006年7月現在、産経を除くすべての大手新聞が、A級戦犯の合祀を理由に首相の靖国神社参拝に反対している現状では(筆者は賛成だが)天皇の公式参拝などありえず、現に1975年以降一度もない(産経新聞05年7月4日付朝刊12面「社説検証 首相の靖国参拝 読売が『反対』に転じる 産経は賛成の姿勢貫く」)。とすると、靖国神社は国民的慰霊施設とはみなされないので、国会が「殉職自衛官の名を靖国神社への祭神名票に記す」などという法律を制定する可能性もない。
●再国有化コース●
最近、自民党の古賀誠元幹事長(日本遺族会会長)や麻生太郎外相は、靖国神社の宗教法人格を取って国の管理下に置く案を提唱した(共同通信06年6月21日付「靖国神社を政府管理に 古賀氏、宗教法人見直しも」)。
政府が一宗教法人に「宗教法人格を返上せよ」と言うことは憲法の政教分離原則に違反するので、不可能だ。が、同神社は財政的に追い詰められているので、組織として生き延びるためにほかに方法がないとなれば、(元々宗教法人ではないので)自ら進んで宗教法人格を棄てるぐらい簡単だ。
もちろん、国家管理に戻ったあとは国民の大半が納得するような活動しかできないので、A級戦犯の合祀を継続するかどうかは世論次第である。そして、もし国会や政府が「継続反対」の世論を多数と見てA級戦犯14柱の祭神名票を無効にする法令を定めれば、もはや宗教法人でなくなった靖国神社(でなくて靖国招魂社?)には神道の教義も関係ないので、14柱の分祀(合祀撤回)に抵抗する理由はない。
●神々への裏切り●
筆者は「一度死刑という重い刑罰を受けた東条らを、死後に再度罰するような分祀など、日本人の死生観になじまない」と思う。が、元々宗教的信念が希薄な「官僚ロボット」にすぎない靖国の神官たちは、天皇の参拝による「追悼ブームで寄付殺到」を狙う場合も、再国有化で国庫補助を求める場合も、自分たちが組織として生き延びるためなら、世論や政府に媚びへつらって東条らを「人柱」(でなくて「柱柱」)にするぐらいのことは平気でやるだろう。
2006年7月、昭和天皇がA級戦犯の合祀に反対だったことを示す故・富田朝彦元宮内庁長官のメモがみつかった(日経新聞06年7月20日付朝刊1面「昭和天皇が不快感」)。この「富田メモ」の信憑性やメモが書かれていた手帳の文章の、前後の文脈とのつながりについては、評論家の櫻井よしこ、岡崎久彦らが疑問を呈しているが(06年7月23日放送のテレビ朝日『サンデープロジェクト』)、案外、このメモの発見をいちばん喜んでいるのは(櫻井や岡崎が批判している「親中国派」や左翼的な「反靖国」勢力ではなく)靖国神社の神官たちではあるまいか。
なぜなら、この報道でA級戦犯合祀問題に国内外の関心が異様に集中し、「分祀さえすれば『靖国問題』は終わり」(未来永劫、靖国神社は安泰)という雰囲気が生まれたうえ(時事通信06年7月20日付「日中関係の障害除去を 『昭和天皇メモ』に注目 中国」、読売新聞06年7月21日付「昭和天皇メモ、総裁選への影響など韓国でも報道」)、その「解決策」を実施する大義名分が手にはいったからだ。
靖国神社が「変節」して東条らの祭神を裏切ったり、国家へ「身売り」したりするのを防ぐには、櫻井や岡崎らの保守指導層が200万戦没者遺族に代わって莫大な寄付をするか、神社当局が経費節減に努めて財政赤字を抑えるしかない。
しかし、財界からの寄付も1989年(平成元年)をピークに激減しており、そのうえ、過剰な財源に甘えていったん放漫財政に走った「元お役所」にとって、赤字抑制のための厳しい「行政改革」が困難であることは(JR九州を見てもわかるとおり)歴史の証明するところである。現に靖国神社は1999年から、年間予算の何倍にもあたる、100億円規模の特別予算を組んで、付設博物館「遊就館」の改装と新館建設、祭神の経歴情報のコンピュータ化といった「創建130周年記念事業」(無駄な公共事業?)を実施し、「財政の放漫化」を加速させたのだから(『國民新聞』03年5月25日「靖国神社 苦しい財政」 )。
(>_<;)
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