米カリフォルニア州知事選

シュワ知事電力危機の謎

〜2004大統領選に勝つための、米共和党の陰謀!?〜

Originally Written: Oct. 06, 2003(mail版)■シュワルツェネッガー新知事と電力危機の謎〜2004年米大統領選への影響■
Second Update: Oct. 06, 2003(Web版)

■シュワルツェネッガー新知事と電力危機の謎〜2004年米大統領選への影響■
■シュワルツェネッガー新知事と電力危機の謎〜2004年米大統領選への影響■
【前回の「拉致家族の帰国?」は → こちら

米大統領選は、一般国民の票を直接争う選挙ではなく、州ごとに人口に基づいてほぼ比例配分された大統領選挙人を、州住民の投票で奪い合い、全米で獲得した選挙人の合計が多い候補が当選する選挙だ。たとえば00年の大統領選当時、テキサス州は選挙人が32人で全米3位の大票田だったが、ここで、投票した住民の51%の票を得た候補は32人の選挙人全員を獲得する。

メイン州など一部の例外を除きほとんどの州がこの「勝者総取り」方式で選挙人を選ぶので、理論上は、人口の多い20ほどの州でそれぞれ51%の票を得て、全米の選挙人計538人の過半数(270人)を獲得すれば、他の30州での支持がゼロでも、つまり全米の国民レベルの一般得票数で負けていても大統領に当選できる。

じじつ、00年の選挙では、得票数で上回るゴア副大統領(民主党)が、選挙人数でブッシュ・テキサス州知事(共和党。現大統領)に敗れた。

00年のブッシュの勝利は、彼が大票田のテキサス州で実績のある知事だったことに負うところが大きい。もし、彼が人口の少ないデラウェア州の知事だったら、地元で獲得できる選挙人は3人にすぎず、結局獲得選挙人は240前後に留まり落選しただろうし、そもそも共和党の公認候補を選ぶ段階で落ちていた可能性もある。

●カリフォルニアを制する者が全米を制す?●
となると、テキサスよりもさらに人口の多い、全米最大の票田カリフォルニア州(選挙人は00年当時は54、04年には人口増により55に増加)の知事は、常に大統領選の有力候補となりうる。たとえば80年には、同州知事で米共和党員のロナルド・レーガンが大統領に当選している。

が、同州は伝統的に米民主党の地盤で、98年から民主党員のグレイ・デービスが知事を務めている。在米ジャーナリストの佐藤成文は00年11月の、時事通信社向けのコラムで同知事を「02年の州知事再選は確実で、04年大統領選では民主党の有力候補」と評価した(時事通信Web版00年11月15日「2000年の選択」)。

●電力危機は共和党の罠?●
そのデービスが、電力危機に見舞われる。
同州に限らず、民主党の地盤では、リベラル(左翼的)な住民が多いので、左翼的(非愛国的、地域エゴ的)な住民運動も少なくない。とくに同州では、発電所を環境汚染源とみなして「自分の家の裏庭にも作らせない」(Not In My Back Yard)と言い張る過激な環境保護運動(NIMBY)が盛んだったため、90年代には発電・送電設備の増設、更新はほとんど行われなかった(富士通総研の武石礼司・主任研究員「カリフォルニアの電力危機とその教訓」)。その一方でクリントン米民主党政権は90年代(立法手続き上、連邦議会上下両院でともに多数を占める共和党の賛成を得て)全米で電力自由化政策を推進した(カリフォルニアは96年から自由化)。

このため、電力の小口販売(送電)業者が、老朽化した貧弱な設備しか持たない中小発電業者から電力を買いたたいて「電力交換市場」で高値で売って利ざやを稼ぐことになり、販売業者は「市場原理」で利ざやのみを追求し、NIMBY対策も含む環境保護コストのかかる、発送電設備の維持強化は「儲からないから」となおざりにされ、それに投資しようと考える奇特な者はほとんどいなかった。

カリフォルニア州は、シリコンバレーを擁するので、90年代の「ITバブル」景気の間は人口が増え電力需要も増えたが、00年8月の電力需要のピークはなんとか無事に乗り切った。

ところが、00年大統領選を制したブッシュの、共和党政権が01年1月に発足するのとほとんど同時に、カリフォルニア州では最大発電量が最大需要に追い付かないために停電の起きる事態、つまり電力危機が発生した。01年1月の電力需要は、無事に乗り切った00年8月の電力需要の2/3しかないのに(武石前掲記事)突然一部地域を交替で停電にする「停電輪番制」が必要なほどの受給ギャップが生じるのは奇妙だ。

【筆者は、何者かがまだ使える発送電設備を突如使用不能にするなど、民主党の知事に不利になる工作が行われたのではないか、と疑っている。】

突如、デービスと米民主党は、州民から電力危機の責任を問われる立場となり、デービスは02年の州知事再選があやしくなってきた。

【デービスは、ネバダなど隣接州との州間送電網を経て電力を購入しようとしたが、カリフォルニア側で大量に購入すると、ネバダ側で市場原理により電力料金が高騰するのでうまく行かず、両州住民には、クリントン民主党政権時代に始まった「電力自由化」の欠陥が強く印象付けられることとなった。尚、カリフォルニアに近い、共和党の地盤でブッシュの地元であるテキサス州では、送電網は他州から完全に切り離されており、またNIMBYのような左翼的な運動もないので、電力危機はまったく起きなかった。】

そこで、デービスは州内の電力交換市場で高値で売買される大量の電力や、発電設備のいくつかを州政府が買い上げることで、強引に停電を回避し、なんとか02年の再選ははたした。

が、このために莫大な州の予算を費やしたため、州の財政赤字が膨張し、再選したあと、デービスはこの失政を州民から責められ、リコール(解職請求)を求める州民投票に追い込まれた。

かくして03年10月7日、リコールの可否を問う州民投票と、それが成立した場合の新知事を選ぶ知事選挙の投票が、同時に行われることとなった。投票直前の10月1日から4日にかけて実施された米メディア、ナイト・リッダー社の世論調査によると、デービス解職賛成は54%(反対は41%)、新知事候補の支持率は共和党公認候補で俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーが支持率36%で大差の首位(2位は民主党の現副知事で29%)という、米民主党にとっては悪夢と言っていいほどの、数年前には予想だにしなかった事態になった(共同通信Web版03年10月5日)。

こうなった原因は、01年の電力危機にある。01年に成立したブッシュ米共和党政権が、デービス米民主党州知事に冷淡で、なんの援助もせず(とくに、豊富な発電余力を持つ、近隣のテキサス州などからの送電をまったく検討もせず)静観したことが最大の要因だ(武石前掲記事)。

【これにより、米民主党は04年大統領選でデービスを大統領候補に立てて勝つ可能性を失ったっだけでなく、彼を副大統領や閣僚の候補として取り込んで、カリフォルニア州の大統領選挙人55人を獲得することも難しくなった。】

●237人から292人へ●
共和党のブッシュ現大統領が04年に再選をはたすのに必要な選挙人は270人だが、02年の中間選挙終了の時点で、共和党が知事を置く州の選挙人をたすと、237人になる(東奥日報Web版02年11月6日)。

とくに、人口の多い州ベスト4のうち、2位のテキサス、3位のニューヨーク、4位のフロリダの3州(人口増により04年大統領選の選挙人は3州あわせて100以上になる予定)で共和党員が知事になったことの意味は大きい。なぜなら、00年に10年ぶりに行われた国勢調査で、州選出下院議員の選挙区割りの変更が、共和党知事の監督(州議会決定に拒否権を発動することも可能)のもとで行われることになったからだ。

04年には大統領選と同時に下院議員選挙が行われるが、上記3州では、下院の選挙区割りは共和党に有利に行われ、その結果大統領選でも共和党陣営への支持が(共和党の実力以上に)盛り上がると予想される。

これに、03年10月7日の投票でシュワルツェネッガーが当選してカリフォルニア州の選挙人55人が加わると、どうなるか?
「シュワルツェネッガー新知事」は、選挙区割りにかかわることはもうできないが、それでも04年の時点で、共和党が知事を置く州の大統領選挙人の合計は292となり、過半数を超える。

【広大な国土に多様な言語を話す人の住む米国では、日本で行っているような「国民1人ずつ」を調べる精度の高い国勢調査は難しいので、9割ぐらいを調べたあと、残りは適当にサンプリング調査で推計する。その際、共和党の支配する州では、民主党支持者の多い黒人居住区を(教育がなく調査票が読めない住民が多いから、などの理由で)故意に「調査漏れ」にし、差別的な選挙区割りをすることがある。日本太平洋資料ネットワーク(JPRN)01年4月号を参照。】

●共和党知事たちの、約束された「成功」●
そうは言っても、04年11月の大統領選投票日まではまだ1年以上ある。その間に、共和党が知事を置く州で知事が失政をすれば、その知事への州民の怒りはそのまま共和党への怒りとなり、04年の投票日に共和党(ブッシュ現大統領)が勝つのは難しくなる。とくに、俳優としては有名でも政治家としては素人の「新知事」が、04年11月の投票日までの1年間に何か失敗をしたら、共和党にとっては悪夢となる。まさか共和党は無謀な賭けに出たのだろうか?

とんでもない。すべて計算ずくだ。
カリフォルニア州民の最大関心事は財政赤字とその要因になった電力危機だ。シュワルツェネッガーは知事就任後ただちにテキサス州知事と会見し「共和党員同士のよしみ」で、州間送電網の共同建設計画を発表すればよい。

元々、カリフォルニアの発送電インフラは、01年1月の危機発生時より需要の多かった00年8月のピークを無事に乗り切っているのだから(共和党員の電力業者の妨害工作さえなければ?)問題の解決は簡単だ。シュワルツェネッガーの政策顧問には、シュルツ元米国務長官のような超大物が付いているから、政策立案態勢も完璧だ。

テレビ映りのいいシュワちゃんが、カメラに向かってテキサスの発送電インフラの強さと共和党知事同士の協力の堅さをアピールすれば、それは全米に波及する。

●米民主党の地盤にのみ電力危機●
なぜなら、同じ問題をほかの州も抱えているからだ。
03年8月、ニューヨーク州など米東部の広範な地域(とカナダの一部)で、01年1月のカリフォルニアと同様に、(発)送電設備の老朽化が原因で、大規模な停電が発生した(朝日新聞Web版03年8月15日)。

原因はもちろん(カリフォルニアのNIMBYほどではないにせよ)エゴイスティックで左翼・リベラル(米民主党)的な環境保護運動(「アメリカの原子力発電と地球温暖化」)と、90年代に米民主党政権下で始まった「電力自由化」による、設備の更新をほったらかしにした「市場原理」である。

伝統的に、米民主党の支持者はカリフォルニアなどの西海岸と、ニューヨークなどの東海岸の都市部に多く、逆に共和党の支持者は東西両海岸を除く中央部に多い。そして、この米民主党の地盤である東西両海岸地域の住民の最大関心事は、いまや電力危機になっている。
そこへ10月7日、救世主、あるいは正義の味方ターミネーターが降臨する。

「民主党の知事と大統領が電力危機を招いた。われわれ共和党に任せてくれれば解決できる。民主党のやつらは全員解職(トータル・リコール)だ」

東西両岸の住民には、イラク戦争を「正義の戦争でない」などとみなしてブッシュ政権を批判する者が多いが、救世主がひとこと叫んだ途端に、彼らは(90年代に議会共和党が電力自由化法案を阻止しなかったことは忘れて)雪崩を打って共和党支持に走る。

人は正義がなくても生きていけるが、電気がないと生きていけない。
日本の左翼的(リベラル)な原発反対派が真夏に、原発でできた電気でクーラーをガンガンかけているのを見ても想像できることだが、米国リベラル派の正義感など、しょせん薄っぺらなものだ。
彼らもにんげんだ。自分が冷蔵庫やパソコンを自由に使えることのほうが、地球の反対側で、会ったこともないイラク人が死ぬことよりはるかに重要に決まっている。

米保守本流(共和党、ロックフェラー、石油資本)は、そのことを知り尽くしたうえで、東西で大停電を起こした、あるいは起きても仕方がない状況を作ったに相違ない。

【ロックフェラーらの国際石油資本は、これを契機に電力業界に進出し、石油業界で独占体を形成したときと同様に、中小の生産(発電)業者や販売業者を吸収合併して「全米電力資本」への道を突き進むだろう。】

●Hasta la vista, Davis!●
03年10月7日、シュワルツェネッガーが新知事に当選したら、そのニュースを伝えるTV画面に映る、落胆したデービス現知事に向かって、スペイン語の得意なブッシュはきっと、04年の再選を確信しつつこう言うだろう、

「アスタラビスタ(地獄で会おうぜ)、ベイビー」。

『ターミネーター2』のこの名セリフは、アクション映画の大好きな若いヒスパニック系男性をねらった、映画会社のマーケティング戦略から生まれたものだ。

ヒスパニックには米民主党支持者が多く、したがってデービスの支持者(リコール反対)も多いはずだったが(在ロス日本総領事館「南カリフォルニアの政治情勢」)彼らの「英雄」が登場してしまっては、デービスの勝ち目は薄い(『ニューズウィーク日本版』03年8月27日号 p.34)。

マーケティング上、英雄が勝つのは当然だ。
選挙戦の序盤でもたついて心配させ、「1週間で政策を(シュルツから)猛勉強した」と奇跡的な努力を装う情報を流し、共和党の公認決定も、当て馬候補(共和党員のマクリントック州上院議員)の出馬辞退もわざと遅らせ(産経新聞Web版03年9月30日)終盤、9月下旬のTV討論で一気に形勢を逆転する「演出」も含めて、「映画は好きだが政治は無関心」な若者の関心を集めて浮動票を掘り起こすため、共和党はぜんぶ計算してるんだぜ、ベイビー!
(^_^)

【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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 (敬称略)

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