●みつからないWMD●
そもそもイラクのサダム・フセイン大統領の独裁政権に大量破壊兵器(WMD)を廃棄させることを理由に米英はイラク戦争を始めたのに、03年5月1日(米国時間)の、ブッシュ米大統領の戦闘終結宣言(読売新聞Web版03年5月2日 < http://www.yomiuri.co.jp/features/gulf2/200305/gu20030502_41.htm > )から1か月経っても、WMDもサダムの身柄もみつからない。これには「(米英には戦争をしたい別の理由があり)WMDは戦争に踏み切るためのただの口実だったのでは?」「そもそもイラクにWMDはなかったのでは?」など、世論の批判がかまびすしい(米CNN 03年5月30日)。
とくに厳しい批判を受けているのはブレア英首相で、彼が開戦前に「フセイン政権が生物化学兵器の使用を決定した場合、45分以内に配備できる」と述べたのは不確かな情報に基づく誇張であり、それによって対イラク開戦支持の方向に世論を煽動したのではないか、という批判が、英国内外から浴びせられている( 米CNN 03年5月30日)。このため同首相は、03年6月に仏エビアンで開かれたG8サミット後の記者会見でも、この件の言い訳に大幅に時間を割いたほどだ(03年6月3日放送のNHK-BS1「BSニュース23」)。
●戦争と捕虜●
が、たとえみつかっていたとしても、いま「みつかった」と言うことになんの意味があるのか。
03年5月1日にブッシュが行ったのはあくまで戦闘終結宣言であって、終戦宣言ではない。このため、サダムの政権が倒れ、イラク全土が米英軍などに占領統治されているいまも、依然として国際法上の戦争状態は継続している。
もし、国際法上も終戦となれば、米軍は身柄を拘束して「(戦時の)捕虜」としたイラクの軍や政府の幹部を解放しなければならず、そうなると、WMDのありかやサダムの行方についての取り調べ(尋問)は難しくなる。
逆に、捕虜がWMDの行方などについて決定的な証言をすでにしていたとしても、米国政府が国際法上の「終戦」を宣言するまでは、米軍は、捕虜にしたイラクの軍や政府の幹部の身柄を拘束しておくことができるのだ。
●選挙と戦争●
さて、ほんとうにWMDがみつかっていた場合「みつかった」と発表すれば、それは米英のイラク戦争の「正統性」を世界中の世論に印象付ける一大イベントとなる。世界中のマスメディアは一日中、イラク戦争を振り返る特集を流し続け、ブッシュ政権(米共和党)の決断の正しさと、それに反対した世界中の反戦平和運動(米民主党支持層に多い「リベラル派」)のばからしさが、あらためて実感されることになる。
まさに4月9日のサダムの銅像引き倒し(産経新聞Web版03年4月10日)5月1日の戦闘終結宣言に続く「第3の戦勝」であり、ブッシュの支持率は一気に上がるに違いない。
それなら、何もいま「みつかった宣言」などする必要はあるまい。
ブッシュは04年11月の米大統領選挙での再選をめざしているが、03年6月現在は投票日までまだ1年半もあり、いま「第3の戦勝宣言」をしたところで、投票日までには米国民はそんなことは忘れてしまう。したがって、WMDかサダムの首か、どちらかは04年大統領選挙のヤマ場まで「とっておく」はずだ(から、03年6月現在WMDがみつかっている必要はなく、「みつかっていない」ことを理由にブッシュを非難するのは、筋違いである)。
●戦時の大統領●
米国民は戦時中は大統領を支持する傾向が強いとされる。
米国民は、先祖代々の血筋に基づくアイデンティティが希薄な、移民(や新参者の家系)の集まりである。このため、国難に沈黙していると「非国民」「外国のスパイ」などと隣人から疑われる恐れがある。だから、国家が外敵と戦うときは(理由の如何を問わず)団結して、愛国心を表明する。そしてそれは、全軍の最高司令官であり、民主的な選挙で選ばれた指導者である大統領への支持表明となって表われる。
そこで、ブッシュ(政権を牛耳るタカ派「ネオコン?」)は、04年の大統領選挙でのブッシュ再選を確実にするため、イラクの次はシリアを攻撃し、戦時下で大統領選挙を迎えるという計画がある、という観測も流れた(03年4月13日放送のテレビ朝日『サンデープロジェクト』での、青山繁晴・独立総合研究所代表取締役の「極秘情報」)。
【「ネオコン」というのは意味不明な言葉である。元々は、80年代まで共産主義思想にかぶれていた「親イスラエル派」の、おもにユダヤ系の知識人(しばしば米民主党支持者)が、現実にめざめて超保守派に転向した場合、彼らを指す言葉、つまり転向して保守派になった、新しい(neo)保守派(conservative)という意味で使われた言葉だ。
日本では「自称ハト派」は、しばしばラムズフェルド米国防長官を「ネオコン」に分類するが、彼は「ずっと保守派」であってどう見ても「ネオ」ではないし、ユダヤ人でもない(産経新聞03年4月27日付朝刊9面、ジェームズ・アワー米バンダービルト大学教授の「正論」)。彼の最大関心事は、米軍をミサイル防衛や精密誘導兵器中心の、少ない犠牲で勝てる「ニュー米軍」に変貌させる軍事革命(RMA)の推進であり、べつにイスラエルびいきなわけでもない。
「ネオコン」という言葉は、だれかを悪者にして「正義の味方ごっこ」を楽しみたい」(平和にも人命にもなんの関心もなく、自分個人の劣等感を処理したい)だけの連中が用いる、人種差別的なレッテルと考えたほうがよさそうだ。
ちなみに、「ネオコン」と呼ばれる人々はほぼ一律に軍事的教養があり「ニュー米軍」がイラクで圧勝すると予測して的中させた人々が多い。他方、ネオコンを批判する人々は軍事音痴で、イラク戦争の開戦前には「戦闘は長期化して泥沼化する」などとデタラメな予想をしていた者が多い。後者が前者に嫉妬するのは、その知性の差を見れば当然であろう。】
ほかにも「ハト派」の平和主義者のなかには、ブッシュ政権は支持率を維持するために、人命の犠牲もいとわず次々に戦争をするだろうという観測がある(田中宇「▼悪事を隠すためのイラク侵攻」)。
が、シリア戦争はどう見ても割に合わない。
イラクの隣国であるシリアは、イラクと同様に、冬を除いて砂嵐に見舞われるから、開戦できるのは11月〜3月に限られる。
また、戦争が長引くと、敵味方に犠牲者が多数出てブッシュの支持率は下がるので、開戦したらイラク戦争と同様に短期間、3〜4週間以内に首都ダマスカスを陥落させるなど、明白な勝利を得なければなるまい。
次の米大統領選の投票日は04年11月だから、その前に開戦するとなると、いちばん投票日に近いパターンで「04年3月下旬開戦、4月首都陥落」だが、それでも投票日まで半年以上ある(から、投票日までにはブッシュの「戦勝の輝き」はかなり失せているはずだ)。
「4月首都陥落」の時点では、まだブッシュのライバル、米民主党の大統領候補は決まっていない。候補(前大統領夫人のヒラリー・クリントン上院議員が有力)を決める米民主党大会は、7月頃に開かれるが、候補者は「米民主党からの候補指名受諾演説」で、ブッシュ政権下での景気後退や財政悪化を批判すれば、十分に支持が得られると考えられる。
シリアであれイランであれ北朝鮮であれ、大統領選挙に勝ちたいからといって新たな国を相手に戦争をするとなると、開戦時期はもちろん、戦費(予算)や、相手の強さ(北朝鮮はイラクの何倍も強い)などに制約され、都合よく投票日の当日にブッシュが現職大統領として高い支持率を維持していられるかどうかはわからない。
つまり、選挙のためにブッシュが新たな敵をみつけて戦争を始める、という観測は根拠に乏しく、ほとんど国際政治の「しろうとレベル」の意見なのだ。 ブッシュのイラク戦争に反対した「自称ハト派」の平和主義者たちの「期待」に反して、そう簡単にはブッシュ政権は次の戦争は始めないと見て間違いない。
【そもそもブッシュ政権や米軍が「人命の犠牲をいとわない」なら、戦争が長引こうが核兵器を使おうが、また命中精度の低い従来型の兵器で空爆しようがかわまわないはずである。が、実際にはブッシュ政権も米軍も、内外世論に配慮して人命の犠牲を少なくするために、精密誘導兵器を開発し、使用してきた。 80年代までの空爆は「行き先は風任せ」の爆弾を戦闘機から落とすだけだったので、1つの軍事目標を攻撃するのに、何十発もの爆弾と何回もの出撃が必要で、目標周辺の民間施設と民間人が多く犠牲になった。が、03年現在、米軍戦闘機は一度の出撃で複数の軍事目標を正確に攻撃できるまでに進歩し、民間人の無用な犠牲は大幅に減少した。
もし、戦争による人命の犠牲を少なくしたい者を「ハト派」、その反対に、米軍が次々に無謀な戦争をして大量殺戮が行われることを期待する者を「タカ派」と呼ぶなら、精密誘導兵器を(旧来型の兵器に替えて)徹底的に使うことでイラク戦争を短期終結に導いたラムズフェルドは「ハト派」であり、逆に、田中宇らの自称平和主義者は(残虐な大量殺戮を期待していたのだから)「タカ派」ということになる。
この「自称ハト派のタカ派」は、「性暴力犯罪は許せない」という大義名分で犯行の手口を詳しくポルノチックに報道することで、むしろ読者を「欲情」させようとするタイプの記者たちによく似ている。「ハト派」「反戦」の看板にだまされて、その「スケベな」正体を見落としてはならない。
彼らは、イラク開戦前にフランスが反戦を唱えたことが、サダムに「米国に降参して亡命しなくてもなんとか権力を維持できるかもしれない」という色気を起こさせ、結局戦争が回避できなくなった、という単純な事実すら認めようとしないし、ラムズフェルドが開戦前に何度も「サダムが亡命すれば戦争はしない」(産経新聞03年1月9日付朝刊5面)と平和主義的な主張をしていたことも正当に評価しない。開戦に至った最大の責任は「反戦派」にあるにもかかわらず。】
●戦争継続宣言●
そこで、上記の戦闘終結宣言である。
上記の宣言で、ブッシュは国際法上の戦争はまだ終わらせず、今後も(WMDやサダムの身柄がみつかるまで)継続することを宣言した。つまり、まだ「戦勝祝い」や(最初の)「終戦記念日」を楽しむ余地があるということだ。
ブッシュは、リスクの大きいシリア戦争や北朝鮮戦争をやるより、もはや「戦闘長期化」の恐れが一切なく、WMDをみつけ(たことにし)さえすれば(好きなときに)「戦勝宣言」を行える、イラクとの戦争を法律上続けることを選んだのだ。
もしかすると、WMDもサダムもとっくにみつかっているかもしれない。が、たとえみつかっていたとしても、ブッシュは「最高のタイミング」が来るまで発表しないはずだ。WMDやサダムの捜索を担う米軍兵士には、海軍のSEAL、陸軍のデルタフォースなどの特殊部隊の隊員がいるが、彼らは隠密作戦を得意とし、口が堅く(最高司令官である)大統領の命令に絶対的な忠節を尽くすので「みつかっても黙ってろ」と言えば、確実に黙っていてくれる。
もっとも、いま英国内世論の厳しい追求を受けているブレア英首相は「みつかっているなら(来年の大統領選挙のことばかり考えないで)早く発表してくれ」と思っているかもしれない。
(>_<;)
●米民主党惨敗のシナリオ●
たとえば04年夏、米民主党党大会で、ヒラリーが大統領候補に選ばれる。
立場上、彼女は、11月の選挙に勝つためにブッシュを批判せざるをえないから、その時点でWMDがみつかっていなければ、ブッシュのイラク戦争を「米国経済を悪化させただけの無用な戦争」と批判するかもしれない。
彼女の、そういう批判的な「候補指名受諾演説」を聞きながら、各紙の記者は「明日の朝刊の1面はヒラリーで決まりだ」と思い、記事を書く。
ところが、そこへ、イラクから「WMDがみつかった!」との一報が届く。戦時捕虜として1年半前から拘束されていたイラク軍幹部がついに(?)口を割ったというのだ。
途端に各紙のデスクはパニック状態。ヒラリーの記事はごみ箱に棄てられ、1面のトップ記事はブッシュの「第3の戦勝宣言」に差し替えられる。ブッシュの支持率は急騰し、ヒラリーは、ブッシュの「正しい戦争」にイチャモンを付けた愚か者として恥をさらし、支持率は低迷……。
【もちろん「発見」されるWMDは、マスコミをだますために巧妙に捏造されたものである可能性もある。が、それでもなお、米国にはイラクのサダムの政権を交代させなければならない(利権がらみでない)理由があった。それは「イスラム人口問題」である。】
この事態を受けて共和党は、04年9月11日、米中枢同時テロの3周年記念日に党大会を開催。ブッシュはそこで、候補指名受諾演説をし、自ら指揮したアフガンとイラクでの「テロとの戦い」の正しさを訴える……。
ブッシュにとって、これが最善のシナリオだ(あるいは、投票直前の04年10月末に「サダムの首」がみつかった……ことにするのもいいだろう)。
ムードに流されて「反戦平和ごっこ」を無責任に楽しむだけの、米軍残虐行為待望型の「タカ派」(自称ハト派)連中よりも、ブッシュやラムズフェルドのほうがはるかに穏健で頭がいい、と筆者は考える。
【ラムズフェルドは、口は悪いが頭は悪くない。イラク開戦前に(無駄な)地上軍の大量投入を主張する制服組と対立していたところから見て、ほぼ確実にRMA路線の「軍縮派」である(産経新聞02年12月23日付朝7面「イラク攻撃を控えた米政権の悩み」、03年3月2日付朝刊5面「イラク戦後米軍兵力 制服組『数十万人必要』/国防総省『大げさ』」)。】
これは、善悪の問題ではなく「頭のよしあし」の問題なのだ。
「シリア戦争論」などのニセ情報に簡単に引っかかるような者には、米政権の軍事戦略の今後を予測するのは不可能だ。
【次回は、先週予告した「なぜ日本人はSARSに感染しないのか」を探る予定。】
【「イラク戦争」や「米国の人口戦略」については次回以降随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)解析します。
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