道路公団改革のゆくえ

小泉と青木と暴力団

〜「小泉内閣vs.藤井道路公団総裁」の泥沼〜

Originally Written: Oct. 16, 2003(mail版)■小泉と青木と暴力団〜「小泉内閣vs.藤井道路公団総裁」の泥沼■
Second Update: Oct. 16, 2003(Web版)
Third update: Oct. 24, 2003(mail版)■首相秘書官の逮捕?〜「小泉内閣vs.藤井道路公団総裁」の泥沼(2)■
Fourth Update: Oct. 24, 2003(Web版)
Fifth update: Nov. 03, 2003(mail版)■「民・公連立」の密約■
Sixth Update: Nov. 17, 2003(mail版)■東京地検特捜部〜米保守本流の別働隊■

■小泉と青木と暴力団〜「小泉内閣vs.藤井道路公団総裁」の泥沼■
■首相秘書官の逮捕?〜「小泉内閣vs.藤井道路公団総裁」の泥沼(2)■
■「民・公連立」の密約■
■東京地検特捜部〜米保守本流の別働隊■

■小泉と青木と暴力団〜「小泉内閣vs.藤井道路公団総裁」の泥沼■
【「『菅直人首相』へのよいしょ」は → こちら

03年9月に発足した、小泉改造内閣の「目玉」閣僚の1人である石原伸晃(のぶてる)国交相が、03年10月5日、藤井治芳(はるほ)道路公団(JH)総裁に翌6日に辞表を出すよう促したが藤井はそれを固辞し、石原と国交省は藤井の解任を決めた。

が、国家公務員であるJH総裁の身分は法律で保証されているため、解任には解任される側の言い分を聞く「聴聞」などの手続きが要る。
国交省はこれを03年10月17日に設定したが、藤井はこの聴聞を(人事問題なので「原則非公開」なのに)マスコミに公開してほしいと公言した。マスコミ不在の「密室劇」では、石原と国交省が人権無視の不当な扱いをする恐れがあるというのが藤井側の主張だ。石原は03年10月12日放送のテレビ朝日『サンデープロジェクト』で「(5日に藤井は、旧建設省と不正に癒着していた自民党の政治家の名前をばらすぞと石原を脅したので)そんなことは、聴聞会でもメディアの前でも明らかにされたらどうですか、と(その場で藤井に)二度言った」と言ってしまったので、藤井側の公開要求を呑まざるをえず、結局17日の聴聞にはマスコミがはいることになった。

が、これにあわてたのが自民党だ。
上記の『サンデープロジェクト』で石原は「藤井はイニシャルで政治家の名前を出して『死人が出るぞ』と脅した」と言い放ち、司会の田原総一朗も「(そういう、自民党の道路族の政治家は官僚や業界だけでなく)暴力団とも癒着してる」「ぜんぶばらせば、自民党政治の真の構造改革になる」と応じたが、生中継で地方のスタジオから遠隔出演していた安倍晋三・自民党幹事長の声は急に小さくなった。安倍曰く

「(藤井総裁は)総裁を辞任されたあとに、おおやけにお話しになったほうがよろしい」。

藤井の辞表提出拒否と、法廷闘争も辞さない「徹底抗戦」の姿勢から、正式の解任には1か月以上かかることがこの時点で予想されたから(産経新聞03年10月7日付朝刊3面)「総裁を辞任されたあとに」話せ、ということは「総選挙が終わってから話せ」というのと同じことだ。つまり、安倍は投票日までは自民党のスキャンダルを隠蔽しておきたいのだ。

安倍個人は人格者なのかもしれず、JH改革にも「政・官・業」の癒着を断つことにも高いこころざしを持っているのかもしれないが、いまはそんなことは関係ない。安倍が現在「自民党幹事長」というペルソナ(この言葉については拙著『龍の仮面(ペルソナ)』を参照)を身に着けている以上、それに基づいて行動するのだから。

自民党員、とくに幹事長のペルソナは、義務として来たるべき衆議院の総選挙に勝つことを要求される。であるならば、幹事長としては、選挙に不利になるようなスキャンダルが投票日前に暴露されることは避けたい。かくして、安倍がどんなに優れた人格者であろうとも、当面は「スキャンダルの隠蔽」という卑劣な行動に出ざるをえない。それがペルソナだ。

案の定、自民党側は政府、国交省に圧力をかけ、17日の聴聞の公開を形骸化してしまった。「公開」といっても、TVカメラもテープレコーダーも持ち込み禁止で、記者がメモを取ることを許すだけ、というから、聴聞の席で藤井の口から自民党のスキャンダルが暴露された場合に、有権者が受け取る悪い印象を薄めようとする魂胆がミエミエだ。

安倍は「道路族」議員ではないし、小泉のJH民営化の構造改革路線に反対でもない。北朝鮮による日本人拉致問題では、一貫して被害者家族の立場に立った愛国的な姿勢を取っており、もしかすると民主党の菅直人代表より人格的にはよほど優れているのかもしれない……が、そういうことは「自民党幹事長のペルソナ」を身に着けた瞬間に全部消えてしまう。彼はペルソナに基づいて「スキャンダル隠蔽側」にまわったのだ。

このことは、自民党がいかに人材を投入して構造改革に努力しようとも(自民党が組織として存続する限り)構造改革はできない、ということを意味している。

【逆に民主党員の場合は、この問題の処理は簡単だ。たとえ民主党員がバカぞろいでも、彼らが政権をとれば「政・官・業(・暴)」の癒着は自動的に終わる。理由は、ずっと野党だった民主党内には「スキャンダルを隠蔽」してやらなければならないような「与党政治家」がいないからだ。
だいじなのは、この「自動的に」というところだ。有権者は政治家の人柄に基づいて投票すべきでない。有権者は政治を変えたかったから「どんなバカが権力を握っても自動的に変わる」ような選択をすべきだ。筆者は次期衆院選では民主党を支持しているが、支持の理由は彼らのペルソナであって、人柄ではない(だいたい政治家の人柄なんて、どの党だろうと、みんな悪いに決まってるんだから、期待するほうが間違っている)。 (^_^;)】

●石原vs.藤井●
そもそもなぜ、石原国交相(と彼を任命した小泉首相)は、藤井を更迭しようとしたのか?
発端は財務諸表をめぐる混乱だ。『文藝春秋』03年8月号で、当時の片桐幸雄・JH四国支社副支社長が、藤井の「国会答弁の嘘」を告発する中で、「公団には2通りの財務諸表があり、藤井は都合の悪いほうを隠蔽し、真相を知る幹部を左遷した」と述べたのだ。

公団は03年6月に、内部に設置した財務諸表検討委員会の定めた会計基準に基づき財務諸表を作成して発表した。が、02年の時点で公団ではひそかに(非公式の)財務諸表を作ってみたところ、公団財政が深刻な債務超過で、とても今後新規の高速道路を造れるような状態ではなかったので、藤井が(道路族の政治家や業者と癒着して無駄な道路を造り続けるために)その非公式の財務諸表を葬った、と『文藝春秋』前掲記事は言う。

ところが、この問題は、石原の前任者の扇千景・国交相の時代に決着がついている。
真相はともかく、当時の国交省は調査の結果「問題の非公式財務諸表は債務超過でなく資産超過」で、したがって「藤井が隠蔽を指示した事実はない」との結論に達し、この調査結果を扇国交相は了承した……ということは彼女の任命権者である小泉首相が了承した、ということだ。それを、国交相が扇から石原に替わったから急に方針を変えて「やっぱり藤井はウソつきだからクビだ」というのは奇妙な話だ。

藤井が「公団職員や扇前国交相の名誉のためにも、辞表は出さない」と言っているのは、法理論上は、実は正しいのだ(小泉内閣が、どうしても「藤井は間違ってるから解任だ」と言うのなら、その前に小泉首相自身を解任する必要がある)。
(^o^)/~
となると、藤井が「徹底抗戦」するのは、ある意味で当然だ。
石原や政府・自民党の幹部は、聴聞は10月17日の1回で十分だから、20日には解任だ、と決め付けているが、藤井はさらなる聴聞を求め、解任されれば行政訴訟も起こすだろう。となると、安倍にとっては最悪なことに、11月の総選挙の投票日に向かって、マスコミがこの問題を報じる量はどんどん増えることになる。その間、解任も後任人事も決まらずに事態は「泥沼化」し、有権者は「小泉改革は行き詰まった」「小泉は道路族議員をかばっている」という印象を受けることになるから、この問題は、自民党が選挙に敗れて政権を失う最大の要因となろう。

●青木vs.藤井●
そもそも、なぜ03年10月5日に、石原は藤井と会見し、辞任を求めたのか……それはもちろん、翌6日の朝刊のトップに、5日に行われた、自由と合併した新生民主党の党大会の記事ではなく、「藤井辞任」の記事を載せたかったからだ。 新生民主党は、合併によって政権交代可能な巨大野党になったため、マスコミの扱いは大きい。その党大会の日にぶつけて、「JH改革の悪玉」である藤井のクビを切れば、有権者の関心を民主党から奪い、小泉内閣が(民主党より)確実に改革を進めているという印象を与えられると読んだからにほかなるまい……と大手誌紙は言っている(『週刊文春』03年10月23日号p.28)。
が、民主党の党大会にぶつけるパフォーマンスが「クビ切り」しかない、というのは不思議な話だ。

そもそも、小泉と石原は、藤井を更迭したあと、だれを後継総裁にするつもりなのか? もし、それが内定しているのなら、さっさと藤井のクビなど9月中に切ればいい。たとえ藤井が辞表を出さずとも、後継総裁を、それこそ10月5日にマスコミに「お披露目」すれば、石原は「(新生民主党はマニフェストで、高速道路無料化などと暴論を言っているが)小泉内閣はりっぱな人を総裁に据えて着実にJH民営化を進めます」とアピールできる。その人事構想に国民世論の支持が集まれば、藤井はゴネても勝ち目はなく、結局早晩辞任に追い込まれるはずだ。

いったいだれが次期総裁なのか?
JHと並んで小泉が「民営化する」と公約している郵政公社の総裁には、小泉は03年4月、商船三井会長の生田正治を就任させた。「民営化」とは公営企業を民間企業に変えることだから、民間企業経営のベテラン、つまり財界人に舵取りを任せないとJHの民営化もうまく行くまい。

そこで財界の重鎮、日本経団連の奥田碩会長(トヨタ自動車会長)には、03年10月6日の定例記者会見の席で、後任人事についての質問が相次いだ。が、奥田は現段階で政府から相談を受けていないことを明らかににしたうえで、今後相談があれば協力するか、という記者の問いに答えて「ない」と断言した(産経新聞03年10月7日付朝刊3面)。

ただ、協力しない、だけではない。
奥田はこの席で「(後継)総裁はものごとを公平に判断し、数字に強く、指導性を持った人がふさわしい」ので「(鉄、セメント、自動車など道路に関連する企業の出身者は)できたらはずしたほうがいい」とまで言い、某有力候補を念頭に置いて総裁就任を「妨害」する趣旨の発言までしているのだ(朝日新聞Web版03年10月6日)。

10月5日の石原との会見でも藤井が述べたことだが、藤井は、扇国交相在任中の03年8月に、諸井虔・太平洋セメント相談役を本部長とする改革本部を設け、藤井なりの改革をするつもりで「新日鉄や富士通総研など約10名の方々に改革への協力を頂いている」(『週刊文春』03年10月23日号p.29)。上記の奥田の、わざわざ「鉄」「セメント」と列挙した発言は、新日鉄関係者や諸井が次期総裁に就任することはない、という財界の意思表示にほかなるまい。

となると、たとえ藤井の解任が成立しても、次期総裁には財界人ではなく、官僚が就任する可能性が高い。
新総裁が民間人の場合は、解任劇の泥沼化は致命傷だ。政府は04年1月からの通常国会にJH民営化法案を提出する予定だが、総裁は、JHの組織分割や債務償還などの問題を通常国会開会前によく勉強しておく必要がある。そうでないと、とても法案は国会審議に耐えられない。が、11月の総選挙が終わると新総裁は国会(総選挙後に首相を選び直す特別国会。予算を審議する通常国会とは別)への対応に追われて「勉強の時間がほとんどとれない」というのが国交省幹部の見方だ(産経新聞03年10月7日付朝刊3面)。
しかし、新総裁が国交省(の前身の建設省)の官僚(OB)なら話は別だ。彼らはいまさら資料を読んで勉強などしなくても、元々「公団を形式上民営化しても、事実上公的資金を投入して無駄な道路を造り続けるための、国会対応のごまかし方」などを知り尽くしているので、問題ない。

その官僚とはだれなのか?
実はもうわかっている。元建設省事務次官の小野邦久・不動産適正取引推進機構理事長だ。
彼は、道路族の超大物、故・竹下登元首相に寵愛され、竹下亡きあとその権力基盤(と道路利権)、すなわち小野と政界との人脈は青木幹雄・自民党参院幹事長(2人とも選挙区は島根県)に相続された(『週刊文春』03年10月23日号p.31)。

青木が03年9月の自民党総裁選で小泉再選を強く支持したことは周知の事実だ。つまり総裁再選後の小泉が、急に藤井をクビにすると言い出したのは、青木のせいなのだ。
小泉は(表面上は)JHに民間経営のセンスを入れてその経営を立て直すために藤井の更迭を望んだが、青木は民営化されたあとのJHを自分の利権の金城湯池にするために(自分と親しい小野を総裁にするために)折り合いの悪い藤井を更迭したかったのだ。

【82年に火災で焼失したホテルニュージャパンの跡地は90年代半ばには、バブルの崩壊で所有者の千代田生命にとって最大の不良債権になっていた。竹下は、自身の有力後援者である当時の神崎安太郎・千代田生命社長に泣きつかれ、跡地を建設省傘下の財団法人・民間都市開発推進機構に高値で買わせたうえで、在日韓国人フィクサー許永中らのアジア系資本に転売し高層ビルを建てさせて跡地の(実質的な)資産価値を補填する、という計画を立てた(おそらく、田原が『サンデープロジェクト』で言及した暴力団関係者とは、イトマン事件の特別背任で有罪になった、許永中被告に違いない。毎日新聞Web版01年3月29日を参照)。 が、建設事務次官時代の藤井は「民都機構を一企業のために使うな」とこれを潰した。建設省には技官系と文官系の2つの派閥の対立があり、竹下(青木)が寵愛してきたのは文官系だが、藤井は技官出身だった(『週刊ポスト』00年11月24日号)。】

●小泉vs.財界●
ただ、官僚の藤井には民営化はできない、ということで更迭しておきながら、その後任も(民間人でなく)官僚(OB)、というのでは筋が通らない。だから、小泉は総選挙の投票日(03年11月9日)までは、石原を善玉、藤井を悪玉と印象付ける茶番劇で有権者を欺き、投票日のあとに「小野新総裁」を発表する算段だろう。

小泉は当初は民間人の後継総裁候補を探しただろうが、財界が(構造改革に反対する青木ら「抵抗勢力」の支持がないと権力を維持できない小泉の足元を見透かして)人材提供を渋ったので、仕方なく官僚OBの新総裁を容認したに相違ない。

しかし、これで財界が小泉を支持していないことがはっきりした。奥田らは、かけ声ばかりで実施的な改革をまったく進められない小泉の政権など潰れてもいいと思っているのだ。だから、選挙前に小泉が「魅力的な民間人の次期総裁を紹介して、有権者に改革の進展を印象付ける」機会を、財界は奪ったのだ(総裁が民間人なら小野は副総裁になる、という妥協案もあったが、それもほぼ不可能となった。『週刊文春』03年10月23日号p.31)。

藤井が、あっさり辞任していれば受け取れたはずの退職金2600万円を解任によって失う危険を冒してまで、辞任を拒んだ理由は2つ考えられる。1つは、藤井が小泉のJH改革を、改革とは名ばかりの、青木に利権を与えるためのごまかしと見抜き、旧建設省時代から大嫌いな青木のために自分が犠牲になるのはイヤだと反発したこと。もう1つは、財界が、退職後の就職先と引き替えに、藤井を「小泉潰し」に協力させた可能性だ。

●民主党vs.青木●
これで、次期総選挙における民主党の攻め手は決まった。
まず、小泉の口から、次期JH総裁候補の名を言わせることだ。官僚(OB)の名が出れば、その瞬間に小泉のJH改革が茶番であることがはっきりする。
次に、青木と許永中のスキャンダルを暴くことだ。暴力団がらみの暗い疑惑報道が選挙前に沸騰すれば、自民党は惨敗する。すでに岡田克也・民主党幹事長は「(藤井が5日の石原との会見で不正を行った政治家を指摘したが)そのなかに小泉首相が自民党総裁選でお世話になった人も含まれているかもしれない」と、明らかに青木を念頭に置いた発言をしている(時事通信Web版03年10月15日)。

10月17日の聴聞で藤井が青木の名前を、それ以降の報道でマスコミが許永中の名前を出すのを、筆者は楽しみに待っている。
(^^;)

■首相秘書官の逮捕?〜「小泉内閣vs.藤井道路公団総裁」の泥沼(2)■
【前回「小泉と青木と暴力団」から続く。】

「03年12月の時点で日本の首相は菅直人・民主党代表」と予言してあてるのは簡単だ。あてずっぽうで言っても(小泉現首相か菅のどちらかなので)確率50%であたるのだから、そんなものは予言(予測)する価値もない。

が、「菅首相」が誕生する場合、どういう経緯でそうなるのか、を予測することには意味がある。なぜなら、それは菅内閣に参加する「連立与党」の顔ぶれを予測することにつながり、新内閣の政策も読めるようになるからだ。

●民主党、197±25議席●
政治広報センターの宮川隆義社長は、全国300小選挙区と比例11ブロックの情勢を分析した結果、衆議院全480議席は以下のようになるという(『週刊文春』03年10月30日号p.139「衆院選『当落予測』」、10月20日時点の立候補予定者のデータによる):

自 民 党 215
公 明 党 031
保守 新党 003
与党系 ※ 004
(連立与党全体 253)
民 主 党 197
社 民 党 013
共 産 党 012
野党系 ※ 005

【※ -- 選挙後に与党入りしそうな諸派・無所属の候補は与党系、そうでない者は野党系。】

以下、この宮川の予測が正しいと仮定してシミュレーションしてみる。

宮川によると、自民党と民主党が互角に戦っている小選挙区が50あり、上記の数字は、そのうち両党が各々25ずつとるという計算に基づいている。

ということは、民主党の議席は最大増えても222にしかならず、単独過半数の241には届かないということだ。
民主党には、300の小選挙区のうち公認候補も推薦候補も立てない「不戦敗の空白区」がかなりあるので、今後、自民党政治家のスキャンダル発覚など、どんなに有利な追い風が吹いても、これ以上は増えない。

民主党はいくつかの選挙区で社民党と選挙協力をしているので、その議席を足すと235にはなるが、これでもまだ過半数にならない。

となると、総選挙後に民主党は、10月22日に自民党に離党届を出した田中真紀子元外相を含む野党系無所属議員をなるべく多く自陣営に引き入れようとするだろうが、全員獲得しても240だから、まだ足りない。

共産党が閣外協力してくれると民主党にとってはありがたいが、共産党は、民主党とは安保、外交、消費税などの重要政策で一致しないので、共産党の12議員が首班指名投票で「菅直人」と書いてくれる保証はない。

ただ、まさか共産党が自民党を支持することはありえないので、どちらにもくみしない「局外中立」を貫く可能性が高い。そうなると、共産党12議席を除く議席総数の過半数は235なので(憲法の規定により参議院の結果にかかわらず)民主党、社民党、田中真紀子らの支持が235票集まれば「菅首相」は実現する計算になる。

が、上記のように、共産党は、民主党が年金財源として消費税(増税)を挙げていることなどを批判しているので、「菅内閣」は政権は取っても、国会に提出する予算案や法案はことごとく自民党や共産党の反対で否決され、何もできない「死に体内閣」になってしまう。

となると、菅内閣がまともに機能するためには、自民党陣営(連立与党)のなかから何名か裏切り者が出て、民主党陣営に鞍替えする必要がある。

逆に、「鞍替え」の動きが選挙前に表面化すれば、それによって与党自民党の敗北が決定的になるので政権交代が確実になる、とも言える。

●日米政財界の「工作」●
03年8月の株高は自民党総裁選で小泉の再選に有利に作用したが、その後の円高と、それによる株価の伸び悩みは小泉の衆議院総選挙には不利に作用する可能性がある。一部で噂されていた、選挙前の「拉致家族の帰国」という、自民党圧勝の追い風になる大事件はなく、逆に、道路公団(JH)の藤井治芳総裁解任問題の泥沼化、という自民党に逆風になりそうな事件が惹起された。

これらの動きを見て、米共和党政権(保守本流グループ、国際石油資本、ロックフェラー)と、米投機筋、日本の財界などが「第一志望=菅首相、第二志望=小泉首相、第三志望=なし(小泉以外の自民党首相は許さない)」という方向で、日本の政局を転換するために大規模な工作を行っているのではないか、と筆者は小誌で繰り返し述べてきた。

90年代、クリントン米民主党政権は、日本を弱体化させ中国を持ち上げるという対アジア外交方針を持ち、それに基づいて日本に「日米貿易不均衡是正のための内需拡大」を求める外圧をかけ、それを口実に自民党橋本派(野中広務元幹事長)などの族議員が「無駄な公共事業」をやって日本の経済・財政を悪化させ、故意に国力を落とした。

01年に米国にブッシュ共和党政権が誕生すると、同政権がアジア外交でまずやったことは「日米同盟の再構築」であり「内需拡大の外圧の停止」であり「日本が不良債権処理を進めて経済、国力を再建しないと(中国の軍拡に対抗する)日米(軍事)同盟にも悪影響がおよぶ」という、パウエル米国務長官の発言だった。米共和党は、米民主党とはまったく異なる対日観、対中観を持っているからだ。

このため、米共和党政権は日本国内でなんらかの工作を行って、橋本派の影響の薄い政権を作ろうとするだろう、と筆者は感じたので、01年3月17日、小泉純一郎(現首相)が自民党総裁選に立候補を表明するに「いまから1年以内に(橋本派の支持を受けない)小泉の内閣ができる」と予言(でなく科学的予測)をし、それは5週間後に的中した(「米国ご指名、小泉首相」)。

筆者が小泉内閣の誕生を予言(予測)した時点で、大手マスコミではだれもそんなことは言っていなかったから、米国政府などの「工作」をもとに日本政局を読む、という筆者の見方は(たとえ常識に反しようと)相当な実績と権威があるのだ。

そして、この見方が正しいなら、米共和党政権や日本の財界は、自分たちの「第一志望」を実現するために、03年11月9日の衆議院総選挙までに何か新たな「工作」をするはずだ。そうでないと、小泉が首班指名されずに菅内閣も死に体になる、という、だれから見ても好ましくない、にっちもさっちも行かない事態になる恐れがあるからだ。

●「第二次小泉内閣」は不安定●
いちおう米共和党らの「第二志望」も検討しておこう。
自民党の衆議院の現有議席は246だが、これが減る(つまり、負ける)ことは確実だ。

世論調査での小泉内閣の支持率や、安倍晋三・自民党新幹事長の人気は関係ない。
実は、自民党は相当数の選挙区で候補者調整に失敗しているので、支持率や人気に関係なく負けるのだ。

たとえば自民党内では、各地で大物議員が自分の身内を後継候補に立てる「世襲」が横行しており、これに反発する若手新人候補が党の公認を求め、それが得られないと無所属で立候補し「保守分裂選挙」になってしまう、というケースがかなりある。「分裂」に至らずとも、後援会の組織票しかとれない世襲候補に、民主党が若手エリート官僚からの転身組をぶつけて有利な戦いを展開している選挙区も多い。このため、小選挙区だけで17人もいる自民党の世襲新人候補(親や祖父が現職でなく元職の場合も含む)は、大半が落選しそうな情勢だ。

これでは、自民党はたとえ連立与党3党で過半数を維持し政権を守れたとしても、議席がかなり減り、党執行部(安倍幹事長や党総裁の小泉首相)の責任問題になる可能性が高い。
伯仲している50小選挙区のうち25しかとれないと、自民党の議席数は31も減って215になるが、これは、総裁選で小泉を「04年参院選に勝てる選挙の顔」として支持した青木幹雄・参院自民党幹事長にとっては深刻だ。

小泉は(少なくとも表面上は)道路族議員の利権を潰すためのJH改革(民営化)を掲げている。青木は「とにかく選挙に勝てないと話にならない」という論理で、ホンネではJH改革に反対している道路族議員や参院橋本派を説き伏せ、小泉を支持させた経緯がある。だから、もし「小泉を『顔』にして戦ったら30議席減った」となると、道路族や04年に改選を迎える参議院議員は猛反発し、青木は立場がなくなり、小泉内閣の支持基盤が揺らぐことになる。

もちろん、小泉の「敗戦責任」を問う声も族議員などから上がるから、第二次小泉内閣は、発足できたとしてもかなり不安定になる。

つまり、このままでは小泉内閣、菅内閣のどちらができても不安定になり、構造改革による日本経済の再建も、日米同盟の強化(イラク復興支援のための自衛隊派遣)も、何もできない、という米共和党にも日本財界にも最悪の事態になりかねない。

●裏切り者、大募集●
これを防ぐには、自民党陣営(連立与党)か民主党陣営(社民党を含む野党)から大量の、少なくとも数十人の「裏切り者」を出して、相手陣営に鞍替えさせるほかない。

もちろん共産党が自民党と連立することはあるまい。
(^_^;)
社民党も、最近ずっと自民党批判ばかりしているので、無理だ。

民主党を抜け出して自民党陣営に鞍替えする者もまずいないだろう。すでに失敗例があるからだ。
02年末、民主党の熊谷弘は数人の同志とともに脱党して保守党に合流し、保守新党を結成し、熊谷は保守新党代表になったが、03年総選挙では、彼の選挙区(静岡7区)では自民党県連が独自候補を立てたため「保守分裂選挙」になり、自身の当選が危ない。そのうえ、保守新党全体でも現有9議席から3議席に激減しそうで「絶滅寸前」だ。
熊谷の二の舞になりたいと願う民主党員など、いないだろう。

となると、米共和党や日本財界は、自民党陣営内に数十人の裏切り者を作って「ひきはがす」しかない。
彼らにとっては幸いなことに、自民党陣営には公明党という議席数30前後の(自民党内の派閥ではなく)独立した政党がいる。これをまるごと民主党陣営に寝返らせれば、万事うまく行く。

公明党が民主党側に参加すると、議席数は250〜260以上だから、過半数241をはるかに超える安定政権になる。 しかも日米同盟にとってプラスだ。
公明党は連立与党の一員として03年7月に国会でイラク復興支援法案に賛成しているので、彼らが参加した政権では、自衛隊は米軍のイラク戦後の占領統治に協力する、ということになろう。03年3月のイラク戦争開戦前に、菅は開戦に反対していたので、彼が首相になると日米関係が停滞する、という懸念が日米の保守政財界には根強くあるが、そのマイナス面は公明党の政権参加ですべて相殺される。

また、公明党が参加するなら、菅は、現実的な政権運営の障害になりかねない、日米同盟に否定的な、社民党の「非現実主義者」を入閣させず、閣外協力に留めおくことも可能になる。

米共和党から見て、公明党の鞍替えぐらい都合のいい手はないのだ。では、どうすれば実現するのか?

●公明党離脱の条件●
03年7月18日、秘書給与詐欺で、社民党の辻元清美・元衆議院議員や、土井たか子社民党党首の元政策秘書の五島昌子らが逮捕、起訴された。

翌19日、土井は記者会見し、自分の元秘書が逮捕されたにもかかわらず「党の信頼回復に力を尽くす」と語り、党首を辞任しないと述べた。
これに対して翌20日、公明党の冬柴鉄三幹事長は

「自分の政策秘書がつかまったんだから、少なくとも党首をやり抜くというのはない。(中略)国民からみれば(党首辞任が)『常識』ではないか」

と、土井党首の引責辞任を要求した。公明党の神崎武法代表も同日「党首の監督責任を含め、責任を国民に明確にすべきだ」と語ったから(朝日新聞Web版03年7月20日)公明党では「党首は自分の秘書が逮捕されたら辞任」が「常識」らしい。

03年10月現在、公明党の代表、幹事長は依然として神埼、冬柴だ。
もし小泉首相(自民党の党首)の秘書官が逮捕されたら、彼らは自動的に小泉に党首を辞めること、つまり首相の退陣を要求せざるをえない。これはまさにペルソナ(この言葉については拙著『龍の仮面(ペルソナ)』を参照)の問題だ。

●飯島と青木と道路公団●
米共和党などにとっては好都合なことに、小泉の側近、飯島勲秘書官には、青木と結託してJH総裁人事に干渉した、という疑惑がある。技官出身の建設事務次官だった藤井現JH総裁は、文官出身の建設事務次官だった小野邦久・不動産適正取引推進機構理事長と対立関係にあり、小野は青木と親しく、青木は飯島と親しかったので、この3人が組んで藤井を小野と交代させようとしている、というのだ(『週刊文春』03年10月30日号 p.p 26-30「青木幹雄・小泉総理飯島秘書官、政治家行政介入の内幕」)。

【小泉内閣(石原伸晃国交相)が藤井を更迭しようとしているのは、青木と飯島が小泉に要求したからだが、青木は道路族であり、青木と飯島が藤井を更迭したい理由は(JHを健全に民営化して構造改革をしたいからではなく)民営化を骨抜きにして民営化後のJHを道路族の金城湯池にしたいからにすぎない。これでは、道路族議員と建設業界の癒着による税金の無駄遣いは止まらず、結局小泉はなんの改革もできない。】

米共和党などにとっては、さらに好都合なことに、JHの料金別納制度にからむ不正を、東京地検特捜部が内偵捜査中だという(『週刊文春』前掲記事)。

それなら「首相秘書の逮捕」で政権を交代させる工作は、さほど難しくはあるまい。少なくとも米共和党にとっては「やらなきゃ損」だ。

●「別納」の闇●
高速道路通交料金「別納」制度とは、基本的には大口利用者に最高30%の高速料金を割り引く制度だ。
たとえば、東京から名古屋までの正規の料金は約2万円だが、この制度に加入していると料金は後払いで、しかも30%(6000円)割り引かれる。
が、割引料金は月に700万円以上利用しないと適用されない。そこで、中小運送業者は多数集まって「異業種組合」を作り、組合としてこの制度に加入し「別納カード」を持ち、組合加盟業者はそれぞれ高速を使うたびに同じ口座(番号)のカードを料金所で提示し、それがJHの料金精算コンピュータに記録される。が、JHは、後払いによる取りっぱぐれを防ぐため、別納カードを使う組合には多額の引当金を積むことをことを義務付けている。

このため、組合加盟業者はまず正規料金を組合に支払い、組合はそれを引当金として積み立て、月末に別納カードで精算し、700万円を超えているとわかった時点で割引料金でJHに支払い、加盟業者にはそれぞれの正規料金の30%を還流する、という形になる……はずだ。

ところが、実際には15%ぐらいしか還流していない。割引料金は年間2200億円もあるので、その半分の1100億円がどこかに消えていることになる(『週刊ポスト』03年8月8日号「道路公団疑獄『料金別納』『ファミリー企業』政官利権争奪の内紛東京地検特捜部が汚職システム解明に動く)。

その1100億円は、政治家と暴力団に流れている、と言われている。中小運送業者には伝統的に暴力団が関与していたため、それらを束ねて組合を作るには、暴力団が根回しをし、政治家が組合の理事・役員に名を連ねないとまとまらないのだ。たとえば、東京にある「平成高速協同組合」の理事には岸田文雄・元文部科学副大臣(衆院広島2区)が就任している。岸田は建設政務次官を務めた典型的な自民党道路族で、組合からは年に360万円の給与を受け取っている。給与でなく、政治献金として組合から金銭をもらっている自民党の政治家としては亀井静香・元政調会長、中川秀直・国対委員長らの名前も、政治資金収支報告書で明らかだ。

もちろん、同報告書に記載された献金は政治資金規正法に違反せず、合法だ。が、組合加盟企業の同意なく組合幹部が勝手に献金すれば横領や背任になりうるし、献金捻出のために節税すれば脱税に問われうる。まして、暴力団に上納すれば完全に違法だ。だから、別納がらみの脱税(朝日新聞03年8月7日付朝刊27面)や架空の組合加盟業者名で割引料金の適用を受ける不正(朝日新聞Web版03年10月3日)があとを絶たない。ひとたび検察が「別納」を追求し始めれば、青木らの道路族議員や小野、飯島にまで捜査の手がおよぶ確率は高いのだ。

●「高速道路無料化」の強み●
東京地検特捜部は政治家などの巨悪と戦うことを使命としているが、選挙前に与党の大物を逮捕することは、選挙に露骨に影響し、事実上、検察の手で次期首相を決めてしまう「検察ファッショ」になりかねない。本来なら、そういう捜査は控えるはずだ。

が、もし選挙後に「別納」不正事件で自民党の大物を逮捕したら、どうなるか?
こんどの選挙では道路問題が争点だ。民主党がマニフェスト(政権公約)で掲げる高速道路料金の無料化を、自民党は「実現不可能で無責任」と批判しているが、それを信じて自民党に投票した有権者の多くが、選挙後に自民党道路族の不正を知ったら「自民党にだまされた」「小泉にはJH改革はできない」「こんなことなら民主党に入れたのに」と怒るだろう。そして、地検は(かつて、故・金丸信元副総理の政治資金規正法違反を略式起訴でごまかそうとしたときと同様に)世論の集中砲火を浴びるだろう。

だから、地検は現在内偵捜査中なら、たとえ証拠不十分でも、選挙前に大物政治家の摘発に踏み切らざるをえないはずだ。
そして摘発が始まれば、選挙は民主党の圧勝だ。
「別納」などの不正は、高速道路が有料だから起きるのであって、民主党が政権を取って無料化を実現すれば、自動的に不正はなくなる。「無責任」なのは自民党のほうだったということになり、民主党のマニフェストは圧倒的な説得力を持つことになる。

また、摘発開始とともに公明党も「連立離脱」を表明するので、都会の小選挙区で自民党候補者は公明党支持者の票を失って苦戦する。結局、自民党は50議席以上減らす歴史的大敗を喫して野党に転落し、数年間は与党に戻れない。
さすれば各種業界団体の献金や陳情は行き場を失い、族議員政治は自動的に終わる。

これがほんとの構造改革だ。

■「民・公連立」の密約■
こちらに収録。

■東京地検特捜部〜米保守本流の別働隊■
こちらに収録。

【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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 (敬称略)

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