04年2月9日、イラク復興支援のための自衛隊派遣(派兵)計画を承認する国会決議が可決された。
が、ここに至るまでの国会審議では、民主党の強硬な反対姿勢が目立った。04年7月の参院選での与党との対決を意識しているからだろうが、菅直人・民主党代表が04年1月21日、衆議院の代表質問で派遣を憲法違反と断じたのに始まり、他の民主党議員も「そもそもイラク戦争に大義があったか」などの、かつての「なんでも反対社会党」のようなかたくなな態度をとったため、保守良識派のなかには民主党を、イラク復興支援自体に反対している(か弱きイラク国民に敵対する)政権担当能力のない無責任野党のようにみなす論調も出て来た。
じっさい、民主党のなかにすら、保守系議員を中心に派遣賛成の考えを持つ議員は少なからずおり、また、派遣賛成の世論も小泉内閣の支持率も増えている(朝日新聞04年1月19日付朝刊1面。03年12月の派遣賛成34%、反対55%。1月の賛成40%、反対48%。12月の小泉内閣支持41%、不支持41%。1月の支持43%、不支持38%)。
●民主党の賭け?●
もし自衛隊のイラク派遣部隊が現地で死傷することなく無事に任務をこなし、現地住民に感謝されつつ04年7月を迎えた場合、参院選では、派遣反対を声高に叫んだ民主党は、確実に窮地に立たされる。これについて、民主党のある中堅議員は「(菅ら党執行部の)派遣反対一辺倒の姿勢は一種の賭け」と述べ、不安を隠さない(産経新聞04年1月24日付朝刊4面)。
小沢一郎・民主党代表代行は「(世論調査では)小泉内閣への支持も、小泉内閣が決めた自衛隊イラク派遣への賛成も増えているのは事実だが、もしイラクで重大な事態に直面したり経済情勢が急変したりすれば、そんな内閣支持率は一気に下がる(から、民主党の選挙戦略・政権戦略上こわくない)」と言い切っている(04年2月10日放送のTBS『ニュース23』)。
とすると、菅も小沢も「見境もなく破れかぶれで賭けに出た」のだろうか?
●日本の民主党と米共和党●
しかし、思い出してほしい。小誌で再三取り上げて来たように、日本の民主党は、現ブッシュ米共和党政権発足以前から(自民党の加藤紘一元幹事長らとともに)米共和党と特殊な関係を築いていた(朝日新聞00年11月17日付朝刊2面)。また、小沢は、米共和党や国際石油資本を含む米保守本流グループの要人J・D・ロックフェラー4世(本人は米民主党員だが親戚一同は米共和党員)に自著『日本改造計画』の英語版の序文を書いてもらうなど、米共和党系人脈に属する。
そして、その米共和党が現在米国防総省(米軍)を含む米国政府を握っており、その米国防総省は、04年春、気温の上昇を待ってアフガニスタンで大規模な掃討戦を行うと発表した。01年9月11日の米中枢同時テロの首謀者オサマ・ビンラディン拘束のため、アフガンと、アフガン国境に近い無政府状態のパキスタン領(部族地域)で戦闘態勢を強化するというのだ(米国時間04年1月28日、日本時間29日放送の米CNNニュース、韓国KBSニュース)。
これは何を意味するのだろう。
●カウンターアタック●
前々々回述べたように現米共和党政権は、発足以来一貫して日本に「構造改革による日本経済の回復が日米同盟の維持強化に必要」と述べている。にもかかわらず、小泉現自民党政権は、自民党内の(道路)族議員に足を取られて道路公団(JH)民営化などの構造改革を額面どおり実行することができず、その結果、無駄な公共事業の削減も財政再建も、金融機関の不良債権処理も進まず、米国の最大の同盟国・日本の経済力は日に日に劣化している(産経新聞04年2月12日付朝刊13面「正論」で評論家・屋山太郎は、小泉政権の「上下分離」式のJH民営化でできる「上」の道路運営会社と「下」の道路保有機構との間では、「下」はいくら無駄遣いして道路を造っても「上」にツケをまわせるので、赤字や借金はかえって増大すると警告)。
族議員は、与党にいて、選挙区の有権者や業界団体の陳情を受けるから族議員なのであり、野党に転落すれば(陳情されても何もできなくなるので)一瞬にして族議員でなくなり、族議員政治は終わる。だから、現米共和党政権は、小泉内閣を退陣させ、自民党を野党に落としたいと思っているはずだ。
それに、現米共和党政権は「01年9月11日のテロを、事前に防げるのにわざと防がずに『自作自演』し、アフガンなどで反テロ戦争をする口実に利用した」と噂される政権だ。日米同盟強化のため、日本の政権交代(民主党政権樹立)のため、3月以降、アフガン、イラクでの反テロ戦争を強化し、その課程で(米政権の陰謀で)自衛隊員が生命にかかわる深刻な事態(自衛隊有事)に直面するように画策……などと、極端なことを想像する必要はぜんぜんない。
米軍が、アフガンやイラクで、アルカイダや旧フセイン政権残党などの反米テロ勢力とグルになる、などとという陰謀論は、ここでは無用だ。
米軍は、春に、アフガンで激しいテロ掃討戦をやる予定なのだ。
掃討戦を激しくやれば、当然、掃討されるテロ勢力の側は死に物狂いでカウンターアタック(反撃)に出る。装備や索敵・通信技術で劣るテロ側が勝つには、攻める米軍側を、ベトナム戦争当時のように国内外の世論から孤立させるしかない。だから、テロ側の反撃は、アフガンやその周辺での活動に留まることはない。
当然(03年5月のブッシュ米大統領の「大規模戦闘終結宣言」以来)毎日のように米兵の死者が出ているイラクも、反撃の最前線になる。イラクでの活動激化をねらうアルカイダ関係者間の書簡も発見されているから、これは確実だ(産経新聞04年2月13日付朝刊3面「シーア派との内戦計画」)。
しかし、アルカイダが反撃してイラクで米兵の死者を出しても(すでに米兵は何百人も死んでいるので)とくに大きなニュースにはならない。だから、それによって米国内外世論の、米軍の反テロ戦争への支持が大きく減ることはない。
ところが、04年3月以降、イラクには、米国の同盟国・日本の軍隊(自衛隊)が600人規模の部隊を展開しているはずだ。この軍隊は発足以来一度も国外で「有事」(殉職)を経験したことがないうえ、そのイラク派遣をめぐっては、日本国内でも国民の約半分が反対している。
これはテロ勢力にとって非常に魅力的なターゲットだ(04年1月24日放送のTBS『ブロードキャスター』におけるロシア人ジャーナリストの意見)。イラクで米兵を3人殺しても、その記事が米国内で新聞の一面に載ることはあまりない。ところが、自衛隊員を1人でも殺せば、その死亡記事は日米はもちろん世界中の新聞記事の1面を飾る。
そうなれば、日本の野党や国民が小泉政権の派遣決定を糾弾し、日本政府の、米国の反テロ戦争への支持がゆらぐかもしれない……とテロ勢力は期待できるので、当然彼らはイラクで自衛隊をねらう。
つまり、米軍とテロ勢力が「共謀」する必要はまったくない。ただ、米軍がアフガンで戦闘を強化すると決めさえすれば自動的にイラクで自衛隊が危険にさらされる、という関係が成り立っているのだ。
日本の民主党は、米軍の3月以降のアフガンでの計画を03年中に知っていて、それに基づいて04年1月の通常国会開会以来、国会で徹底した「派遣反対」を貫いたに相違ない。あらかじめ反対しておけば、いざ自衛隊有事、というときに「われわれの反対意見が通っていれば、この犠牲は出なかった。小泉内閣は責任をとれ」と政府・与党を追い込むことができる。逆に、「イラク戦争は不必要だったが復興は必要」などと、なまじものわかりのよい態度を取ってしまうと、いざというとき、民主党も「同罪」になってしまう。04年7月の参院選での大勝や、政権交代をめざすなら、民主党は「派遣賛成」は(たとえ合理的な賛成理由があっても)できない。
つまり、菅や小沢の「派遣反対一辺倒」の姿勢は無謀な「賭け」ではなく周到な「計算」に基づいている可能性が高いのだ。
【つまり、慣例を破ってアカデミー賞授賞式を2月に繰り上げた米アカデミー協会と、日本の民主党という、互いにまったく関係のない2つ組織がともに「04年3月は異常な月になる」という前提で行動予定を立てているのだ。両組織に共通する情報源は、キッシンジャー元米国務長官(授賞式を中継する米ABC放送の親会社の顧問)ら米共和党しかないので、両組織は03年中に米共和党周辺から「04年3月に大規模な戦闘がある」という、確度の高い情報を得たと考えられる。】
●候補者不足●
さて、04年3月以降の反テロ戦争により、イラクで自衛隊が深刻な事態に直面する場合、そのあと(6月)にやって来る通常国会会期末では「慣例により」民主党らの野党は内閣不信任案を出す。
その際、この「自衛隊有事」への対処いかんでは、小泉内閣は与党内部からも批判を受け、内閣不信任案が可決されて、衆議院の解散・総選挙に追い込まれ、04年7月の参院選が「衆参同日選」になる可能性がある。
また、そうならなくても、04年7月の(単独)参院選では自民党は議席を減らし(あるいは、参院選前に、青木幹雄・参院自民党幹事長の、JH汚職などの疑惑が取り沙汰され)小泉内閣の退陣など政局が流動化することが予想される。その場合、民主党は単独参院選後も政府・与党を衆議院の解散・総選挙に追い込もうとするだろう。
が、民主党には「候補者不足」という致命的な弱点がある。
いくら「自衛隊有事」や「青木有事」で自民党の支持率が下がっても、民主党の候補者が立候補していない選挙区では、自民党は負けるはずがない。03年11月の衆院選では、中国・四国・九州地方などの一部小選挙区では、民主党は候補者を立てられずに「不戦敗」した。
04年2月現在、民主党は、7月参院選の候補者不足解消のため、03年11月衆院選で落選した候補者のくら替えを奨励しているが(産経新聞04年2月7日付朝刊7面)、もし衆参同日選となれば、くら替え候補は衆議院の選挙区に戻るので、参院側はたちまち候補者不足に陥ってしまうし、そのうえなお中四国や九州の衆院選挙区では候補者が足りないまま、という選挙戦略上最悪の事態になる。
となると、ブッシュ現米共和党政権(米保守本流)が、いかに日本の政権交代を望んでも(そのために、テロ側の反撃を誘うように反テロ掃討戦を強化したり、東京地検を操って自民党幹部の汚職を摘発したりしても)民主党陣営(無所属の会、社民党らと連立)が衆参両院で過半数を占めて政権を奪うのは難しい。
となると、04年には政権交代はなく、小泉内閣はまだまだ続くのだろうか。
●自民党分裂●
が、同日選にせよ単独にせよ、衆議院が解散・総選挙になるためには、与党の一部が造反して、内閣不信任案が可決される必要がある。
そして、そういう造反議員が数十人に達し、与党(自民党)から離党して、新党を作るなり、無所属議員として民主党と連携するなりの動きに出れば、内閣不信任どころか自民党大分裂で、政局は大きく動く。
すでにその兆候はある。
民主党だけでなく、自民党の古賀誠元幹事長、加藤紘一元幹事長、亀井静香元政調会長も、自衛隊のイラク派遣計画承認決議案に棄権または欠席という形で造反し、民主党ら野党に同調した。つまり「賭け」に出たのである。
このうち加藤は、00年に米共和党、日本の民主党の関係者と政策勉強会を開き、その直後に、当時の自民党執行部(森喜朗政権とそれを支える野中広務幹事長)に退陣を迫る「加藤の乱」を起こしたから(朝日新聞前掲記事)今回も、米共和党から情報を得て、自民党執行部(小泉内閣)への造反を決めた可能性が高い。
また、現在自民党内で非主流派に追いやられた亀井派の領袖、亀井静香の場合も、自民党内に留まってもこのまま小泉政権が続く限り、ポストや政権簒奪の見通しがまったく立たないことから、「造反」によって政局を流動化させたほうがトク、という事情もある。
加藤、亀井の「同志」である旧加藤派(現小里派)、亀井派の衆議院議員はそれぞれ12、28人で、計40人。衆議院(定数480)では与党の自民党は244、公明党は34、計278議席を持って安定過半数を占めているが、両派全員が造反して敵にまわると、与党は過半数を割り、内閣不信任案も可決される。
もちろん現在の派閥は中選挙区制の時代と違って個々の候補者の選挙資金を調達する機能はなく、そのため派閥内の団結力も強くないし、とくに加藤の旧加藤派議員への支配力はほとんどない。だから、たとえ加藤や亀井が離党しても、また「自衛隊有事」で自民党への支持率がどんなに下がっても、40人全員が同調することはないだろう。
が、保守政治家独特の「地元密着選挙」に長けていて、かつ中四国・九州を選挙区とする議員の多い、亀井派などの議員が離党して民主党と連携すれば、民主党にとっては(不戦敗の選挙区が減るので)選挙対策上極めて好都合だし、自民党にとっては相当な痛手となる。
逆に「自民党が連立与党の公明党と合わせても衆議院で過半数を割る」という「大政局」があるとすれば、この自民党内の複数派閥の離反という事態以外ありえない。
●ファースト・サムライ●
すでに伏線は出揃った。
人の死を期待するのは不謹慎なので口にこそ出さないが、小泉政権の退陣を願う米共和党、日本の民主党、自民党の政治家たちは、04年3月下旬、米国の新聞の1面に、次のような見出しが出るのを指折り数えて待っている:
"The First Samurai in Iraq"
日本人俳優・渡辺謙の米アカデミー賞助演男優賞ノミネート(たぶん受賞)で注目され、日米でヒット中の映画『ラスト・サムライ』にちなんだ、上記のような見出しが出たら、それから1年を待たずに、小泉政権は崩壊する。
そのあと、民主党などの「非自民連立政権」ができても、新政権はイラクからは自衛隊を撤収させない。撤収すれば「日本(軍)は脅せば引っ込む」と世界に侮られ、アルカイダや北朝鮮による日本への不法行為を煽る結果になるからだ。
撤収しなければ、イラクでさらなる犠牲者(セカンド・サムライ)が出る可能性があるが、どんなに大勢の犠牲者が出てもその責任は派遣を決断した小泉政権にあるので、「野党自民党」は犠牲を理由に新政権を非難できない。したがって、派遣をめぐる政治環境は、むしろ政権交代後のほうが安定する。
民主党が米共和党政権の最重要政策であるミサイル防衛(MD)構想を支持していることもあり、自民党から民主党に政権が交代しても日米同盟は傷付かず、かえって強化される。
●加藤のカン●
加藤は、かつては親北朝鮮派の政治家で、00年の「加藤の乱」で自民党執行部に造反したあとは(親北朝鮮の姿勢などを米共和党ににらまれてスキャンダル工作を仕掛けられて?)議席を失った。03年11月の衆院選で議席を回復したが、回復して自民党に復党した直後の、まだ党内基盤の弱い時機に堂々と、04年通常国会の自衛隊派遣承認決議でまた「造反」したということは、前回同様、「党執行部にさからってもこわくない」と思えるだけの強力な後ろ盾(米共和党)を得たとしたか考えられない。おそらく、加藤は議席を失って浪人している間に「反省」し、米共和党に対してより忠実な政治家に変心したに相違ない。なぜなら、派閥の子分を失ったいま、彼には、政治家として再び浮かび上がる方法がほかにないからだ。
ちなみに、彼は、イラクで自衛隊員の犠牲が出ることを04年1月の時点ですでに「予想」している(朝日新聞Web版04年1月10日)。
【次回以降も可能な限り、前回の「3月14〜29日の死闘」について、米映画界、日米政界の両面からより深く検証したい。】
【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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