民主党の江本孟紀(前)参議院議員が議員辞職して04年2月1日の大阪府知事選に立候補している。
たんに議員辞職しただけでなく民主党も離党し、民主党や自民党の、地元地方議員の個人的な支持を得たうえで、民主党が党として公式に推薦する太田房江現府知事(自民党、公明党、社民党も推薦)と対決するという。
民主党にとっては「身内の造反」で府知事選が分裂選挙になった形であり、天下の一大事!…………などという危機感はまったくない。
●なんの損もしない民主党●
理由は、民主党が彼の「造反」によってまったく損をしていないことにある。
江本の参議院議員としての任期は、04年7月で切れる。彼は元々比例代表で当選したので、彼が辞職すると、比例代表名簿順位で次点に留まっていた民主党の、98年参院選比例代表の、他の候補者(樋口俊一)が繰り上げ当選するだけで、民主党の議席は減らない。
それに、知事選は元々党派性の薄い選挙だ。
大都市圏は無党派層が最大多数派なので、たとえば03年の都知事選でも、石原都知事は無所属で立候補し無党派の票を集めて当選している。太田府知事もこの流れに沿って、当初は無党派を標榜し、政党の推薦も支持も受けずに再選をめざす方針だった。
が、江本という知名度抜群の対立候補が現れたので、急遽、自民党や民主党の支持取り付けに走ったにすぎない(産経新聞04年1月16日付朝刊2面)。だから、万一太田が江本に負けても、民主党にとっては単純に「負け」とは言い難い面もあるのだ(江本は太田と戦うのであって、べつに民主党員の候補者と戦うわけではない)。
大阪府の民主党所属の地方議員や民主党支持者の票は、太田と江本に分散する。が、同時に江本は、民主党のみならず、自民党の地方議員からも何人か応援を得ているので、自民党支持層は分断される(産経前掲記事)。
04年7月の参院選に向けて民主党は、菅直人代表が神崎武法・公明党代表に「党首辞職勧告」するなど、反公明色を前面に出し、「公明党嫌いの保守支持層」の支持を自民党から奪い取る戦略をとっているので(産経新聞04年1月23日付朝刊5面、『週刊新潮』04年1月29日号 p.34)、民主党は、江本の造反で損したどころか、むしろ攻勢の足がかりをつかんだと言えよう。江本は間違いなく「非公明系・保守系・無党派層」にアピールする候補者なのだから。
●江本人気は全国区に●
江本は元々、南海ホークス、阪神タイガースでエースとして活躍したプロ野球界のスターであり、現役引退後も、その巧みな話術で野球解説者、タレントとして人気を博し、その知名度は日本全国で高い。
その彼が知事選に出ることは……03年10月のカリフォルニア州知事選に俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーが出て大変な話題になったのと同様……マスコミにとってはかっこうのネタだ。もちろん、大阪や関西だけの話題ではなく、全国でかなり大きな話題になる。
元々知名度の高かった江本の知名度は、知事選の当落にかかわらず、知事選の課程でさらに高まると見て間違いない。
【大阪府知事選の政見放送は、大阪の地上波TV局から放送されるが、これは兵庫県など周辺府県の一部でも見ることができる。普通、周辺府県民は、大阪府知事選の政見放送には(選挙権がないので)関心はないが、人気者の江本の政見放送やニュースは例外的に関心を持って見るはずだ。つまり、タレント候補の場合は、大阪府知事選に出ただけで、広汎な近畿圏の有権者に対して参院選の事前運動をしたことになるのだ。】
●舛添要一の先例●
似たような例がある。
自民党の舛添要一・参議院議員だ。
彼は評論家(国際政治学者)として元々抜群の知名度があったが、91年の北海道知事選への立候補を打診されて注目を集め(読売新聞91年1月4日付朝刊8面)さらに、99年の都知事選に無党派で立候補し、石原慎太郎現都知事に敗れはしたものの、政治家としての知名度を極限にまで高めた。
この舛添を01年、自民党執行部(山崎拓幹事長)は、参院選比例代表の候補者として担ぎ出した。 理由は、この年から選挙制度が変わったことにあった。
●非拘束名簿式比例代表●
01年の参院選から、比例代表は「非拘束名簿式比例代表」に変わった。
これは、00年の森喜朗政権時代に自民党が極端な不人気に陥り、各種世論調査でも「自民党」と書きたくない有権者が増えていたことから、自民党が考え出した制度だ。
それまでは、政党は比例代表の候補者に必ず名簿上の順位を付け、政党は有権者に党名を書いて投票してもらって、その票数を政党ごとに集計して議席数を比例配分し、政党が決めた順位が上の候補者から順に当選する仕組みだった。
が、01年から「非拘束…」の導入で、政党は名簿上の候補者に順位を付けなくてもよくなった。
有権者は投票用紙に党名を書いても、名簿にある候補者の名前を書いてもいいのだ。
01年の例でいうと、自民党は「自民党」と書かれた票も「舛添要一」など党公認の比例代表候補者の個人名の書かれた票も、ぜんぶまとめて自民党の票とすることができる。
こうして、他の党も、党名票と個人名票をあわせて票数を政党ごとに集計し、議席を比例配分することになる。もちろん同一政党内の議席は、個人名の得票の多い順に割り当てられ、舛添のような集票能力のある有名候補は、無名の候補より当選しやすい仕組みになっている(つまり名簿順位は、以前のように名簿を提出する党が決めるのではなく、有権者が決めるのである)。
となると「自民党は嫌いだが舛添要一は好き」という有権者の、「舛添要一」と書いた票も自民党の票になるので、党としては舛添のような、全国的な人気や知名度のある候補を比例代表に立てるとトク、ということになる。
だから、このとき自民党は、人気プロレスラーの大仁田厚も比例代表で立候補させたし、民主党も人気タレントの大橋巨泉を立てて同じ効果をねらった。
結果、自民党は党名票と個人名票あわせて約2,111万票を集めて比例代表だけで20議席を獲得し、また民主党も約899万票を集めて同じく比例代表だけで8議席を得た(産経新聞01年7月30日付夕刊4面)。
候補者個人名の票でいちばん多かったのは、舛添で、なんと約158万票、自民党の比例代表の得票全体の8%を占めていた(大仁田は約46万、巨泉は約41万票だった)(産経前掲記事)。
比例代表で何万票取れば1議席取れるかは投票率、総得票数によって変わるので断定的なことは言えないが、01年に関して言えば、1議席の獲得には約100万票必要だった計算になる。
つまり、舛添は1人で1.6議席分(大仁田は0.5、巨泉は0.4議席分)の票を集めたことになる。
●舛添方式●
さて、この、知事選に出て知名度を上げたあとの舛添の成功例を見ると、江本は知事選ではなく、最終的には参院選(比例代表)に出たほうが、民主党にとってトクなのは間違いない。
もちろん、知事選に出ずに議員任期をまっとうしても、江本はどっちみち04年7月には参院選の改選を迎え、おそらく(非拘束名簿式)比例代表で立候補するはずだった。
が、ただタレント候補としての知名度だけで立候補すると、01年の大仁田や巨泉のように、0.4〜0.5議席分の票しか取れないのだ。
やはり、舛添のように一度どこかの知事選に出て政治家としての知名度を十二分に高めてからでないと、この制度のもとでは最高の力は発揮できない…………と、民主党執行部は思っているだろう。
だから民主党は、江本の「造反」に遭ってもあわてずさわがず敵視せず、かといって公式には江本を支持もせず、敢えて太田知事の推薦を決めて分裂選挙に走り、なるべく江本が当選しないように(04年7月の参院選に立候補できるように)画策しているのではあるまいか。
●小沢一郎の策略?●
実は、かつて舛添を北海道知事選に担ぎ出そうとして舛添本人と直談判までしたのは、当時の自民党幹事長、小沢一郎だった(毎日新聞91年01月25日付朝刊2面)。その小沢が、いまは民主党のナンバーツー(代表代行)である。
したがって、江本の「議員辞職→知事選で知名度アップ→参院選再挑戦」の筋書きを書いた者がいるとすれば、それは、小沢である可能性が高い。
でも、もし(間違って)江本が大阪府知事に当選してしまったら、民主党はいったいどうするのだろう?
大阪人は「おもろい候補者」が好きだ。かつては(悪い冗談で?)横山ノックを知事に選んだこともあるから、江本が当選してしまう「危険性」は十分にある。もしそうなったら……。
ま、そのときは、人気のある江本新知事に、参院民主党の応援をしてもらうしかないだろう……というか、民主党本部は、彼が勝っても負けても、どっちにころんでも困らないので、どっちでもいいはずだ。
(^^;)
●ポスト西川きよし●
04年7月の参院選では、関西出身の人気タレント、西川きよし現議員(大阪選挙区)が引退するので、民主党には、江本を大阪選挙区に立候補させて1議席取る、という選択肢もある。
が、江本が府知事選で100万票以上取っ(て落選し)たら(大阪だけで100万なら全国では200万票以上取れるので)やはり比例代表にまわして2議席分(あわよくば3議席分)得票させたほうが、民主党はトクだ。
その場合、同じく関西出身のタレント島田紳助を無所属で大阪選挙区から立候補させ、当選後に民主党の(党ではなく)会派に入れるという、田中真紀子元外相の衆議院での会派入りと同じオプションも、民主党首脳のあいだでは検討されるだろう。
小沢はかつて96年、新進党時代に、阪神の野村克也元監督夫人でタレントの、サッチーこと野村沙知代を衆議院議員候補(当時の比例代表東京ブロック)として担ぎ出したほどで、元々タレント候補で戦うのが好きなのだ( 毎日新聞Web版01年12月5日)。
【次回以降は可能な限り、前回の「3月14〜29日の死闘」について、米映画界、日米政界の両面からより深く検証したい。】
【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
次回メルマガ配信の予約は → こちら】