「われわれがまったく、自由に質問できない(異様な)記者会見だった。きのう(04年4月30日)の記者会見で(第一次イラク日本人人質事件の人質、今井紀明と郡山総一郎の)2人の言い分は、『彼ら(犯人グループ)はファルージャを守るために米軍と戦っているのだ』と犯人に共感を示すようなことを言っているが、これは先に(第二次人質事件で人質になったあと)解放され(て記者会見し)た安田(純平)さん、渡辺(修孝)さんと判で押したように同じ。じゃあ、(第一次事件の)脅迫状(犯行声明文)のことはどうなったんだ? 脅迫状には、冒頭からいきなり『自衛隊はイラクから撤退せよ』と書いてあって、『(彼らにとって目の前の敵である)米軍は撤退せよ』とは書いてない。いったいこれはだれが書いたんだ」
これは、04年5月1日に東京の弁護士会館で開かれた「(第一次)イラク日本人事件」の人質2人の会見に対する、産経新聞の記者の批判……ではない。実は、産経新聞と正反対で、自衛隊のイラク派遣に反対の、朝日新聞の記者・萩谷順のコメントだ(04年5月1日放送のテレビ朝日『やじうまプラス』)。
04年4月に自称フリーライター・今井紀明、ボランティア活動家・高遠菜穂子、フォトジャーナリスト・郡山総一郎の3人が、「サラヤ・ムジャヒディン」(聖戦士旅団、戦士隊)と名乗る犯人グループに誘拐され、犯人が「自衛隊のイラクからの撤退を日本政府に求める」ための人質にされた「(第一次)イラク日本人人質事件」には謎が多く、朝日新聞の記者も納得できないものを感じていることがわかる。
●逃げた今井紀明●
じっさい今井紀明は、まるでオウム真理教の上祐史裕・広報部長(地下鉄サリン事件当時)のように、用意して来たセリフを一方的に「演説」しただけで、質疑応答が始まるとすぐ「心的なストレスでフラッシュバックなどの症状が出る恐れがある」という理由で、郡山1人を残して退席した。
が、その後、場所を外国特派員協会に移して開かれた二度目の会見には、今井はまた郡山とともに出て来て、さっきとほとんど同じセリフを一言一句違えずにまくし立てた。これには「(今井の実家がある、北海道のNGOやジャーナリストによると)何十回も(セリフを)練習したらしい」と嘲笑する識者の声があるほどで、日本中が呆れている(04年4月30日深夜放送のテレビ朝日『朝まで生テレビ』)。
【これで「記者会見は一度開いたから、今後はもう開かない」と今井が言い抜けるつもりなのは明らかだが、萩谷も言っているように、こんなものは記者会見のうちにははいらない。】
●エリア51●
評論家・田原総一朗らはムキになって、今井らの自作自演(狂言誘拐)説を否定するが、その根拠たるや、すでに小誌が証拠価値がないとして排除したインターネット上の書き込み「ヒミツの大計画」や、人質解放と自衛隊撤退を求める署名運動の展開が早すぎる点(前回記事を参照)否定することだけだ。
元々証拠価値のないものをあらためて仰々しく否定してみても、議論の本質とはなんの関係もない。狂言誘拐説を否定したことにもならない。それは冒頭に示した萩谷の疑問でも明らかだ。狂言疑惑の根はもっとしっかりした、合理的なものだ。
米国には「エリア51」と呼ばれる、米軍がその存在を認めない、地図にも載っていない軍事基地があることが知られている。数年前、米CBS放送は、そこでは違法な兵器の開発が行われていて、その開発過程でできた危険な廃棄物が蓄積されているのではないか、と報道した。が、この重要な問題が全米のマスコミで真剣に議論されることはない。
なぜなら「エリア51の近くにはUFOの墜落地点があり、基地内には宇宙人の遺体が隠されている」というバカげた風説が「UFO信者」によって広汎に流布されていて、マスコミがエリア51を取り上げるときはほとんど「宇宙人は?」というテーマになるからだ。知性と良識のある者は「エリア51」と聞いただけで「また、あのくだらない話か」と聞くのもイヤになり、「宇宙人の遺体はないよ」という常識的な結論で早々に議論を終えてしまう。
宇宙人の遺体という風説が意図的に流布されたかどうかはともかく、米軍の不祥事を隠す効果を持っていることは、賢明な読者の皆様には明らかだろう。田原がTVで執拗に「ヒミツの大計画」を取り上げて否定してみせるのは、「宇宙人の遺体」と同様の正常な議論の妨害であり、ジャーナリストとしては理性を欠いた態度と言わざるをない(前掲『朝まで生テレビ』、04年4月25日放送のテレビ朝日『サンデープロジェクト』)。一部識者のそういう頑な態度が「狂言疑惑」を疑う大多数の日本国民の反感を買い、益々人質への世論の反発を強めるのだ。人質の名誉のためにも反省してもらいたい。
●敵を増やした●
田原がいかに否定しようと、人質、とくに今井紀明への疑惑は益々深まっている。弁護士会館での会見終了直後、それまで人質に同情的だったTBSでも、現場から報告した記者が開口一番「(犯人グループが人質に繰り返しSorryと言うなど)人質は終始(人質とは言えないほど)大切に扱われていたことがわかる」と述べるなど、同情など必要ない、と言わんばかりの論調に変わってしまった(04年4月30日放送のTBS『ニュースの森』)。あの会見は、TBSや朝日新聞など、人質に同情的で、自衛隊撤退の主張にも一定の共感を持つマスコミまで敵にまわしてしまった可能性が高い。
●自己責任論は邪魔●
今井ら人質3人の無謀なイラク入国を責める「自己責任論」も、田原のムキと同様に、正常な議論を妨害している。これは「エリア51症候群」だ。
「無謀なイラク入国の自己責任を問うべきだ」「いや、被害者をそこまで責めるのはかわいそうだ」という議論は、この事件がほんものの誘拐事件だという前提で展開されている。が、小誌が、また多くの識者も指摘しているように、この事件が誘拐事件だという確たる証拠はいまだに存在しない。もし、狂言誘拐なら「かわいそうだ」という同情論はそもそも成り立たないのだから、マスコミがまず為すべきは狂言疑惑の払拭だ。
マスコミに蔓延する「自己責任論」は真相究明の妨害につながるので、今後当面棚上げにしてもらいたい。
●あたりまえの恐怖●
筆者は拙著『中途採用捜査官@ネット上の密室』の取材のためにモデルガンショップに銃器の取材に行ったとき、店員の持つモデルガンやエアガンの銃口が一瞬自分に向いて顔色を変えてしまったことがある。べつに実弾が飛ぶ実銃ではなく、「精巧に実銃に似せてデザインされただけ」とあたまではわかっていても、いざ実銃そっくりの凶器が自分に向くと条件反射的に緊張する。この経験を、同じく取材相手の、豊富な射撃経験を持つ自衛隊関係者らに話したところ「当然だ」と納得されてしまった。
自衛官のようなプロでも、射撃練習場などで訓練する際では、たとえ自分の銃に安全装置がかかっていても弾丸が装填されていなくても、その銃口を他人に向けてはいけないと教えられる、と彼らは言う。それは自衛官にも恐怖心を与えるので、無礼なこととされるのだ。
武器というのはそういうもので、たとえ「あなたを殺すつもりはありません」と言われても、そう言う者が目の前を銃や手榴弾を持ってうろつけば、自衛官でも一定の恐怖や緊張は感じるのだ。
4月30日の記者会見(演説会)で、今井は「恐怖を感じた」と執拗に繰り返したが、たとえそれがほんとうだとしても、べつに狂言誘拐でなかったことの証拠にはならない。
●アラブ時間●
98年W杯サッカー仏大会の予選と本大会の日本代表監督、岡田武史(現横浜Fマリノス監督)は、アラブや中東の人々の時間や約束に対する感覚は大変な苦痛だ、とその2年前の経験をもとに述べている:
「例えば、練習場が確保されていなかったり、食堂が開いていなかったり、約束や時間を守らなかったりする。現地の人にすれば、15分待たせただけじゃないかという話なのだが、こちらにしてみれば(日本では考えられないことなので)いらいらがたまっていく。この大会(96年にアラブ首長国連邦で開催されたアジア杯)では韓国、中国も8強で負けている。東アジア勢が中東で勝つのは大変だと身にしみた」(朝日新聞98年11月13日付朝刊20面)。
この原因を、作家・曽野綾子は「アラブ人の大半は最近まで時計を持たずに暮らしており、『24時間以内に解放』などの期限が守られないのはあたりまえ」と指摘する(産経新聞04年4月15日付朝刊30面)。イラクを含むアラブ諸国などイスラム世界では、イスラム暦の断食月間の開始も、地域ごとに有力な宗教指導者が新月を肉眼で確認して決めるので、実は地域によって1日ぐらいのずれがあるが、それもアラブ人はまったく気にしない。
だから、日本時間04年4月11日に、犯人グループの第2の手紙(10日付の犯行声明文)がカタールの衛星放送アルジャジーラに届いて「24時間以内に人質を解放する」と報道されてから、結局手紙の言うとおりには解放されなかったことも(人質が犯人グループから繰り返し「明日解放する」と言われて、1日延ばしに延期されたことも)べつに、人質として味わった苦痛ではなく、アラブ世界にはいった日本人ならサッカー日本代表でも味わう類の苦痛を、ただ集中的に味わったにすぎない。だから、これも狂言誘拐でなかったことの証拠にはならない。
「殺さない、という事前の約束はもう守らない」とでも言われたのなら別だが、単に恐怖心やストレスを味わっただけでは「即ほんものの誘拐事件だ」ということにはならないのだ。
●郡山はシロ●
04年4月8日の第一次事件発生直後に始まった人質救出と自衛隊撤退を求める署名運動のビラには「今井さん、高遠さん、郡山さんを救おう」と書いてある。このためか、マスコミ報道も3人の名前をほぼこの順で言うのだが、これは50音順でも年齢順でもない。50音順でも年齢順でも2番目の郡山の名前は、なぜかいつも3番目で、今井と高遠の間に割ってはいることを許されないのだ。
その理由は明らかだ。東京などで署名運動やデモを展開した支援団体・関係者のほとんどは左翼だが、郡山やその家族は(自衛隊のイラク派遣に反対しているものの)左翼とは無縁だからだ。
警視庁幹部によると、デモには革マルや日本赤軍、旧ベ平連系などセクト系の活動家が多数はいっており、デモの最中に街頭を警備していた警察官に、デモにかこつけて体当たりするなど、明らかに人質救出と関係のない野蛮な行動をとっていた(『週刊新潮』04年5月6-13日合併号 p.p 28-29 「『家族謝罪』の契機となった異様な『キャンドルデモ』」)。4月12日にトルコ首相が来日したため、この時期東京の街頭警備はとくに厳重だったが、デモ隊はそうした警察の都合を無視して、その12日夜にはキャンドルデモまでやって警察と小競り合いを起こした。
すると、郡山の家族がここで「強硬派」の今井・高遠両家と距離を置くようになる。郡山の母親は左翼でないうえ、警察に勤める親戚もいたので、この夜を境に「(政府への)お詫びと感謝」を基調にした理性的な姿勢に転換する。
これを受けて今井・高遠両家も「いつまでも左翼過激派と一緒にバカやってる場合じゃない」と思ったようで、郡山家に追随したため、デモ参加者など左翼系の支援者は、肝心の人質家族にソッポを向かれた形で、完全に浮き上がってしまった(『週刊新潮』前掲記事)。
こうした郡山家の「反左翼的な」態度を見たからか、警察庁は今回の事件を、警視庁公安部と北海道警の合同捜査本部に担当させると決めた。北海道には今井、高遠の実家と、人質家族が4月11日に声明文を発表する際の窓口になった「ほっかいどうピースネット」という支援団体があるので北海道警が参加するのは当然だが(『週刊新潮』04年4月22日号 p.36 「『仲間』に対してだけお詫びをした『異様な家族声明文』」)、郡山の実家は宮崎県にあるのに宮崎県警は参加しない。どうやら公安警察も郡山は完全にシロだと考えているようだ。
実は、郡山だけは解放直後に「精神科医の診断は要りません。私は大丈夫です」と言い、4月18日の帰国直後に記者会見することは可能、と取れる発言をしていた。が、北海道の2人の家族につながる人権派(左翼)弁護士が記者会見を勝手に仕切り、帰国直後の会見には人質本人を出さずに、人質家族だけを出したのだ(『週刊文春』04年4月29日-5月6日合併号 p.27 「帰国会見中止 3人が『口止めされたこと』」)。
●空白の50分●
さらに「郡山だけ別」と思われる事実もある。
4月30日の記者会見で明らかになったことだが、現地時間4月7日午前11時頃に3人が犯人グループに拘束された直後、なぜか犯人は郡山と他の2人を別々の車に乗せて運んでいる(産経新聞04年5月1日付朝刊3面)。この間約50分間(郡山の証言では「30分+20分」)、この事件のもっとも信頼できる「生き証人」である郡山は、今井や高遠が犯人グループと何を話していたか、まったくわからないのだ。
今井は会見に出たが質問は逃げ、高遠は会見そのものを拒否している。他方、郡山は解放直後から会見することに前向きで、質問にも応じている。だから郡山の証言はもっとも信用できる。それだけに、この時間帯は注目に値する。
この50分間、郡山は武器(但し、小銃の銃口でなく銃身)を突き付けられて恐怖を感じたと言い、今井も同じように言うが、高遠が会見に出なかったため、今井の証言を検証する手段が何もない。今井は手榴弾や小銃を「突き付けられた」と言うが、単に「見せられ」て自衛官でも感じる類の恐怖を感じただけかも知れず、それだけでは犯人グループが殺意や脅迫の意図を示したことにはならない。
べつに断言はしないが、この郡山のいない50分間に、今井または高遠は犯人グループに対して、例の、日本人が書いた疑いが濃い2通の手紙(犯行声明文)の「原稿」や「参考資料」を渡すことも可能だったはずで、この点は、いずれ高遠が、日本人記者が自由に質問できる環境で、記者会見を開いて明らかにしてもらいたい。
●誹謗中傷も邪魔●
ところで、いまインターネットなどで盛んに行われている、人質と人質家族への、匿名の、無責任な誹謗中傷はやめるべきだ(代わりに、小誌の責任ある批判や推理をもっと広めて頂きたい)。とくに、3人を「十把ひとからげ」にして批判したり追求したりすることは妥当でない。
郡山に言いたい:
「人権派弁護士の助言など気にせず、安心してほんとうのことを話して下さい。現時点でもう、あなたは今後いかなる罪にも問われないことが、ほぼ確定していますから」。
もし郡山が著書を出版したら、筆者はただちにそれを購入すると同時に、小誌上で宣伝し、彼の言論活動を全面的に支援したいと思う。
【「(第一次)イラク日本人人質事件」の捜査を担当するのは「公安警察」だ。警視庁公安部などが行う、いわゆる「内偵捜査」の手法については、次回以降のいつか、小誌で取り上げたい。それを待てない方は、拙著『中途採用捜査官@ネット上の密室』を参照。】
(解放された人質も含めて敬称略)
【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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