〜シリーズ「日本人拉致事件」(5)〜
前回述べたように、北朝鮮による日本人拉致事件の被害者・横田めぐみさんの遺骨である、と北朝鮮当局が称して日本政府に渡した骨がニセモノだと判明したことにより、拉致事件被害者の相当数が生きている可能性が高まった。
となると、生きたまま取り返さなければならない。 平沼赳夫・拉致議連会長は「拉致被害者奪回のために、北朝鮮を制裁して体制を転換(変革)する必要もある」と発言したし(04年12月20日放送のテレビ朝日『スーパーモーニング』)、安倍晋三・自民党幹事長代理も「体制崩壊も視野に視野にシミュレーションを」と述べたが(東奥日報Web版04年11月21日)、それが得策なら、もちろんそうしたほうがいい。
●6通りの北朝鮮始末●
それには、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)独裁体制にどう対処するのがいいか、という問題がある。対処の仕方はおおむね6通りある:
#1:暗殺
独裁者・金正日を暗殺することで北朝鮮問題のすべてを一気に解決する。その場合、金正日の後継者は「拉致も覚醒剤密売も違法な核兵器開発も、すべて先代がやったんです」と認めて「反省」を表明し、拉致被害者を返すのが容易なので、北朝鮮をめぐる諸問題は一気にすべて解決できる。具体的には、金正日が飛行機に乗った際に、米軍が巡航ミサイルで撃墜し、日米の防空当局が「事故だった」と発表することにより「たった一発で」いとも簡単にケリがつく…………但し、金正日自身もこのことはよくわかっているので、彼は絶対に飛行機には乗らず、中露への訪問の際にも飛行機でなく列車を使ったことは有名(彼はべつに「鉄道マニア」として列車での外遊にこだわったわけではない)。
#2:戦争
北朝鮮軍が、韓国軍と在韓米軍(名目上は国連軍)の連合軍と戦えば、装備で劣る北朝鮮軍は惨敗し、金正日体制は崩壊するので、これも暗殺と同様に、すべての解決になる。但し、北朝鮮・韓国双方で数百万の民間人が犠牲になるし、拉致被害者も巻き込まれる恐れがあるし、イラク占領に大きな兵力を割いている米国にとっては、04〜05年現在は不可能な選択だ。
#3:崩壊
経済が破綻状態の北朝鮮は、北朝鮮の国家崩壊による難民の大量発生を恐れる中国からの食糧・石油援助、韓国からの経済援助でかろうじて生き延びている。北朝鮮の違法な核兵器開発や拉致問題を理由に、諸外国が一斉に経済制裁を発動すれば、北朝鮮は国家として立ち行かなくなり、確実に崩壊する。しかし、混乱により、拉致問題の解決はさらに遅れる恐れがあるし、もちろん、難民が大量に発生して中国、韓国にとっては財政上、治安上の大変な負担となる恐れもある(韓国が北朝鮮をまるごと引き受け、併合すると、韓国の経済は第二次大戦後の水準まで戻ると予測されている。04年12月19日放送のフジテレビ『報道2001』)。
#4:政変
金正日のもとで経済が破綻し飢餓も発生した。国家の先行きを心配する、北朝鮮の労働党(独裁政党)や軍や政府の幹部が、金正日を殺害または排除し、新体制を樹立する。これも暗殺と同様に、すべての解決になる。但し、新体制への移行が順調に運ばない場合、内戦などになり、拉致問題の解決はさらに遅れる恐れがある。混乱の最中に難民が大量に発生して隣国に流れ込めば、中国、韓国にとっては「#3」と同様に財政上、治安上の大変な負担となる恐れもある。
#5:反省
かつてのテロ国家、リビアの独裁者カダフィ大佐は03〜04年にかけて、過去のテロへの関与をすべて認めて謝罪と反省を表明し、あわせて核・生物・化学兵器などの大量破壊兵器(WMD)開発計画も放棄し、それを証明するため国際機関による査察も受け入れた。このため、カダフィは独裁体制を維持したまま国際社会に完全復帰し、04年11月にはシラク仏大統領の訪問を受けるまでになった(東奥日報Web版04年11月24日)。北朝鮮がこの「リビア方式」を選べば、戦争や内戦による犠牲も、拉致問題解決の遅れもなさそうだ。
#6:居直り
北朝鮮は、過去のテロをすべて認めることをあくまで拒否し(残りの日本人拉致被害者は全員死んだことにして)拉致問題を「幕引き」し、核開発問題では米国に妥協して、日米との国交樹立に進む。この場合、北朝鮮は、大韓航空機爆破事件が北朝鮮の犯行であることを証言できる「生き証人」である田口八重子さんや横田めぐみさんは(彼女らを返すと、前回述べたように、米国から「テロ支援国家」の指定を継続されるので)絶対に返さない(が、国交樹立をすれば歴史に名が残ると思い込んでいる小泉首相や、国交樹立後に日本から北朝鮮に与えられる巨額の経済援助で建設公共事業を受注できる日本のゼネコンにとっては、これがいちばん手っ取り早い)。拉致問題の完全解決があるとすれば、それは金正日が天寿をまっとうしたときだ(が、その頃には拉致被害者の相当数が亡くなっている恐れがある)。
現在、金正日は「#1」「#2」「#3」「#4」は絶対にイヤだが、できれば「#5」も避けたいと思っている。
「#2」は米中韓がイヤ。「#3」「#4」は中韓がイヤ。(小泉とゼネコンを除く)日本(国民世論)にとって望ましいのは「#1」「#2」「#3」「#4」「#5」であって、「#6」は絶対にイヤ。
そうすると結局、もし周辺諸国の協力を得ながら効果的な外交政策で拉致被害者を奪回しようとするなら、日本は「#5」をめざすしかなさそうだ。が、小泉と金正日は「#6」をねらっており、米中韓も当面はそれでも仕方がないと思っている…………「#5」か「#6」か、これが現在の状況である。
●中国の介入●
尚、「#4」(政変)にはバリエーションがある。
#4b:中国の介入
金正日体制下で大量の難民(脱北者)が中朝国境を越えて中国に流入し続けることに国境線維持の不安を感じた中国が、軍隊を北朝鮮に送り込んで金正日を拘束して傀儡政権を樹立。北朝鮮を事実上、中国の属領として、中朝国境問題を「解決」する。
上記は保守系論客として知られるニュースキャスターの櫻井よしこの説である。彼女によると、中国は、以前は中朝国境の警備は警察(人民武装警察)に任せていたが、いまや正規軍(人民解放軍)に置き換わっており(産経新聞04年10月7日付朝刊1面「中国軍、北朝鮮国境に3万人 北も呼応?憶測呼ぶ」)、それは北朝鮮に万一の事態があった場合軍事介入するためだという。中国が最近、韓国との「歴史摩擦」を招きながらも、「朝鮮古代王朝の高句麗は中国の一部であった」という説を唱えているのは、「北朝鮮併合」の布石だというのだ(04年12月19日放送のフジテレビ『報道2001』)。
【日本のマスコミ界で「超才」と評される、さる碩学は「北朝鮮経済の破綻状態が続き、大量の脱北者が中国に流入し中朝国境が有名無実化するならば、それは中国と国境紛争を抱えるインド、ロシアなど他のすべて周辺国との関係に波及するので、中国が北朝鮮の破綻状態を座視し続けることはない」と筆者の前で語ったことがある。このため筆者は、櫻井と同様に、中国軍の北朝鮮侵攻はありうると懸念している。中国は北朝鮮を占領しても形式上、北朝鮮国民は自国民ではないので、いかなる福祉政策も施す必要がなく(北朝鮮国民が餓死してもすべて北朝鮮政府の責任であり)大したコストもかからないので、中国の北朝鮮占領は(米軍のイラク占領より)容易かもしれない。】
但し、この櫻井説が実現すると、米軍と中国軍が38度線(朝鮮戦争の休戦ライン)をはさんで直接接触し、米中間に軍事的緊張が生まれるので、米国との良好な関係(円滑な貿易や投資)のもとで経済発展をめざす中国にとっては、あまり好ましくないし、それは米国、韓国にとってもほぼ同じである。
【また、北朝鮮を併合して意気上がる中国がそのまま、かつての大日本帝国のように頭に乗って、韓国、台湾、日本への支配に乗り出す恐れもある(産経新聞04年11月8日付朝刊10面「一筆多論・国境で見た中国の威圧 」)。】
したがって「#4b」は、中韓にとっては「#3」(崩壊)よりマシな「次善の策」ではあるものの、日米にとってもかなりイヤなオプションであることは間違いない。
●リビア方式●
ブッシュ米政権は、当初は北朝鮮の体制変革(レジーム・チェンジ、金正日独裁体制打倒)も視野に入れていたが、いまは体制内変革でよい、という「#5」のレベルまで降りて来ており(04年12月20日放送のテレビ朝日『スーパーモーニング』での、辺真一・コリアレポート編集長の発言)、「リビア方式」の解決を望んでいるのは間違いない。
北朝鮮のいまわしい金正日独裁体制など、倒したほうがいいに決まっている。
が、日本が単独で経済制裁をしても、外貨不足などの窮地に陥らせ「痛め付けて」「教訓を与える」ことは十分にできる(から、拉致問題の解決につながる可能性は十分にある)ものの、中国などが体制維持に必要な最低限の援助はするので、北朝鮮の体制崩壊は起きない。
仮に体制崩壊が起きるにしても、それは、中国が北朝鮮に軍事介入する場合であるかもしれないのだ。中国は北朝鮮よりマシとはいえ、人権意識の低い国なので、中国支配下の北朝鮮で拉致問題が解決するかどうかは、わからない。
日本は一刻も早く、生きたまま拉致被害者を取り返したい。
とすると、「#5」の「リビア方式」を北朝鮮に選ばせるしかない。
【どうせ北朝鮮は経済的にも技術的にも大した国ではない。日本が拉致被害者を全員取り返したあと、「自国民への人権弾圧」などを口実にあらためて経済制裁などを行えば、国家体制を打倒できる可能性はまだ十分にある。だから「反独裁」の理想主義者の方々も、日米などが「#5」を選んでも、あまり失望すべきでない。】
つまり、日米中露韓と北朝鮮の参加する「6か国協議」で、北朝鮮に核兵器開発の中止を迫り、核問題で6か国の合意が成立しそうになったら、その直前に日本は諸外国(とくに米国)に向かってこう言うべきなのだ、
「この核合意が成立しても、まだ拉致問題がある。日本は拉致問題解決のため、これから単独で経済制裁を行う(または、すでに発動した制裁措置の解除を遅らせる)ので、各国はまだ対北朝鮮援助はしないでくれ」。
日本がこう言えば、米国には北朝鮮人権法があるので、米国議会は日本の主張を無視できない。結局、米国政府も議会を無視して、勝手に北朝鮮と関係改善したり2国間援助を与えたりすることはできないので、日本とともに北朝鮮に拉致問題解決を迫ることになる(国交樹立後に日米から得られる援助は莫大なので、たとえ中韓が勝手に北朝鮮を援助しても、それを補うことはできない。前回「田口さん奪回〜シリーズ『日本人拉致事件』(4)」を参照)。
●骨は返すな!●
いずれにせよ、日本は単独で北朝鮮を制裁する覚悟が要るし、何より北朝鮮と急いで国交を結ぶべき理由は何もないことを対外的に明らかにしておく必要がある。
そのためにはまず、小泉首相が「日朝国交樹立を実現すれば歴史に名が残る」と誤解しているのを正さなければならない。拉致問題を適当に「幕引き」して国交を樹立しても「汚名が残る」だけだ。そのことをわからせるためには、首相官邸への直接メールkanteihp-info@cas.go.jp で教えて差し上げるのがよい。
尚、北朝鮮は日本に「横田めぐみさんの遺骨(と称していたもの)の返還」を求めているが(04年12月20日放送のNHKニュース)、これには応じるべきでない。応じれば、北朝鮮側は「わが国で再鑑定した結果、横田めぐみ本人の骨とわかった」とウソの発表をし、「日本政府こそ虚偽の鑑定をした」と日本批判を展開するのはわかり切っているからだ。北朝鮮に渡すのは、科学的な鑑定結果の「書類」だけでよい(「遺骨」は北朝鮮に返すぐらいなら、スウェーデンなど中立国の研究機関に渡して「証人」になってもらうほうが、はるかによい。「遺骨」は北朝鮮のウソつきの証拠であり、その貴重な証拠物件を敵の手に渡すなど、論外である。
【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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