04年6月13日にNHKなどがプロ野球のオリックス・ブルーウェーブ(BW)と大阪近鉄バッファローズの合併への動きを報じて以来、ビジネスとしてのプロ野球の危機が叫ばれ、球界OBや識者のあいだから「プロ野球はこうあるべきだ」といった声が盛んに発せられている。
が、「べきだ」と言ってそのとおりになるのなら、だれも苦労はしない。
どこかの新聞の社説のように「べき論」を言っても現実にはなんの意味もないので、筆者はこの問題に関しては理想論を語ることはせず、予測に徹しようと思う。
●巨人・オリックスの密約?●
拙著『ゲノムの方舟』の読者でもあるスポーツ評論家の玉木正之は、こう語る:
「数年前から(サッカーや大リーグの人気に押されてプロ野球人気が衰退気味であることを踏まえ)縮小しつつあるパイを、球団数を減らすことによって山分けし、最低限の利益を確保しようという動きがあると言われて来たが、そのとおりだったようだ」(04年6月19日放送のNTV『ウェークアップ』)
スポーツ法学が専門の辻口信良弁護士(スポーツ問題研究会代表)もほぼ同意見だ:
「(近鉄球団の命名権売却構想には激しく反対した)巨人の渡辺(恒雄)オーナーがうるさく反応しないのをみると、すでに1リーグ制移行へ向けた絵が描かれているのではと感じざるを得ない」(産経新聞04年6月20日付朝刊25面「『東アジアリーグ』結成で活路を見いだせ」)
また財界でも、奥田碩・日本経団連会長が「8球団で1リーグ制が合理的」と言い(産経新聞Web版04年06月15日)、プロ野球12球団の代表とコミッショナーが出席した04年6月21日の「プロ野球実行委員会」後、巨人・渡辺、中日・白井文吾、阪神・久万俊二郎の3オーナーが「8球団が理想」で一致しているところからみて(産経新聞04年6月22日付朝刊3面)、この合併劇はけっして、オリックス球団の宮内義彦オーナーを「仕掛人」(産経新聞04年6月17日付朝刊3面)とする「単独犯」によるものではなさそうだ。
宮内は、政府の行革推進本部の規制改革委員長を務めたこともある、財界の「構造改革」の旗手だ(日経連タイムス00年4月20日)。また、渡辺は言わずと知れた日本最大の新聞・読売新聞の重鎮であり、奥田は「財界の総理」である。彼らは「球団数を減らして球界を構造改革する」ことで意見が一致しているのだ。
つまり、ファンや選手にとっては唐突な感じのする今回の合併劇は、地域経済の活性化にもつながるスポーツビジネスの新市場開拓策として、あるいは「民間主導」の景気刺激策として、また広汎な陰謀として、周到な準備のもとに開始されたように見えるのだ。
●三流親会社追放●
この半世紀、関西地区には、阪神タイガースというセ・リーグの超人気球団があり、近鉄、阪急ブレーブス(現オリックスBW)、南海ホークス(現福岡ダイエー・ホークス)のパ・リーグ3球団は永年関西に本拠地(藤井寺球場→大阪ドーム、西宮球場、大阪球場)をかまえながら、さっぱり人気がなかった。
東北、北陸、四国などの地方には、プロ野球の本拠地を誘致したいという野球熱は常にあり、経営合理主義の観点から見れば、そうした地域に球団本拠地を移して新たなファンを獲得したほうがよいのは自明のことだった。
が、近鉄、阪急、南海の親会社はいずれも電鉄会社であり、球団経営は沿線住民を自社の電車に乗せる手段と位置付けていたので、不人気が続き、赤字が続いても容易には球団本拠地を移さなかった。
結局88年、南海はダイエー、阪急はオリックスに球団を譲渡するまで、「バカの一つ覚え」のように本拠地を固定し続けた(ダイエーは89年から福岡を、オリックスは91年からブレーブスをBWと改名して神戸を、それぞれ本拠地とした)。
かつての阪急、南海の球団経営の失敗と、現在の近鉄の苦境の原因はなんであろうか?……阪神ばかり報道する関西のマスコミのせいだろうか、あるいは「(巨人のいる)セ・リーグ中心主義」に固執する全国のマスコミのせいだろうか……とんでもない。要するに、親会社が三流企業であり、経営者が無能だからだ。ほかの理由などない。
ファンが球団設立を待望している四国などの地域を避けて、阪神ファン以外の野球ファンがほとんどいない関西に本拠地を置けば、失敗しないほうがおかしい。奥田のような一流の財界人はおそらく、近鉄、阪急、南海の球団経営陣を心底軽蔑していたに相違ない、
「バカども、さっさと出て行け」と。
ほかにも球界から出て行くべき無能な経営者はいる。73〜78年、東北の仙台(県営宮城球場)に本拠地を置いて地元に大歓迎されながら、78年に大洋ホエールズ(現横浜ベイスターズ)が本拠地を川崎球場から横浜スタジアムに移して川崎が空くとすぐ、そこに移転してしまったロッテ・オリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)の経営陣がそうだ。
韓国にルーツを持つこの球団の親会社ロッテ財閥を率いる、オーナー経営者の重光一族は、祖国で「オレは東京でプロ野球チーム持ってるんだ」という見栄を張ることだけのために、仙台のファンを無視して球団を東京近郊(川崎、千葉)に置くことに固執し、阪急や南海と同様の不人気と赤字を作り出した(ロッテは92年に、本拠地を川崎から千葉に移転)。
【しかし、どんな無能な親会社や経営陣でも、いったんプロ野球機構に参加した企業は協約上、「無能だから」という理由で追放することはできない。それどころか全球団が集まる「オーナー会議」で1球団1票の議決権を持ち、その3/4(12球団中9球団)の賛同がないと協約の改正すらできないから、無能球団が4球団集まってゴネれば現状は永遠に維持される(セパ両リーグの交流戦や、アテネ五輪野球に最強の日本代表チームを送るための、04年ペナントレースの五輪期間中の中断が実現しないのも、この「ゴネ得」な協約が一因だ)。野球協約は「わざと不人気で儲からない経営を続ける球団」が何球団も、何十年も居座り続けて球界の発展を故意に妨害する、という悪意に満ちた異常事態は、まったく想定していなかったのだ。】
近鉄、阪急、南海、ロッテのパ・リーグ4球団の経営者の態度は、首都圏・関西圏以外の野球ファンへの裏切りであり、東北や四国の地方都市への軽蔑であり、株主に対する背任である。このような経営者のいる球団がつぶれたり吸収合併されたりするのはあたりまえであって、べつに悲劇ではない。むしろ、いままで存続して来たことのほうが球界にとって悲劇だったのではあるまいか。
【セ・リーグにいて、首都圏の巨人ファンを動員できるから、いまのところ経営能力が問われる事態には至っていないが、ヤクルト・スワローズや横浜の球団経営陣も、ロッテのそれと同様の「東京病患者」であることは間違いない。】
プロ野球選手の労働組合である「プロ野球選手会」の古田敦也会長(ヤクルト)は「球界の将来の発展のために、球団数を減らさないでほしい。できれば近鉄球団を大阪に残してほしい」と訴えるが(04年6月21日放送のテレビ朝日『報道ステーション』)、それは結局、無能な経営者たちが作って来た「旧体制」を温存せよ、ということになってしまうのではないのか。
たしかに、バッファローズを買収して(譲り受けて)経営したい、という新たな企業が現れれば、球団数は減らないから選手の雇用不安も起きない。
が、近鉄は球団の新しい親会社に対して「野球ファンが引き続き近鉄の電車に乗るように、本拠地は大阪ドームのままにしてほしい」などと条件を付けるかもしれない。現にオリックスは阪急から球団を買収したあと、関西以外の地域へ本拠地を移すことに失敗している。
あるいはまた、新しく親会社になろうとする企業が、「球団本拠地は東京や大阪のような大都会の近郊に置きたい」などという、ロッテのような「おのぼりさん企業」だったら、どうなるだろう?
このような三流企業に頼ってまで球団数を維持することがはたして球界全体にとってプラスかというと、かなり怪しい。
現在のプロ野球協約では、新球団を設立してプロ野球機構に参加する企業は60億円、旧球団を譲り受けて参加する企業は30億円という、異常に高い「加盟料」を支払わなければならないため、新しく球団経営に乗り出そうとする企業がない。
これは、新規参入を妨げ球界の活性化を邪魔する障壁だ、という説もあるが、少なくともロッテのような「東京病患者」の新たな参入を防ぐことには役立った(少なくとも、奥田や渡辺はそう思っているだろう)。
この結果、近鉄もロッテも、いくら赤字が増え経営が苦しくなっても、球団を他企業に譲渡する「身売り」が事実上不可能になった。
そこで近鉄は、03年にはユニフォームに消費者金融(サラ金)アコムの宣伝ロゴを入れて広告料を稼ぎ、04年1月には球団の命名権を売却する構想まで打ち出した(「命名権」とは、たとえば、牛丼チェーンの吉野家が近鉄球団を使って自社の宣伝をしたいと思ったら、年間約40億円を近鉄に支払って「大阪吉野家バッファローズ」という球団名を付ける権利のこと)。
が、渡辺はこれを「野球協約違反」と激しく非難し、他球団のオーナーも同調したことから、04年2月、近鉄はこの構想を撤回せざるをえなくなった(渡辺は「サラ金」の宣伝ロゴにも猛反発し、近鉄は結局これを03年1年間だけで打ち切っている)。
かくして、近鉄(とロッテ)は、もはや、自力では球団経営を続けられないし、かといって自分たちに代わって球団を引き受けてくれる企業も、企業の命名権を買ってくれるスポンサーもみつけられない、という事態に陥った。彼らは渡辺らに計画的に追い詰められたのだ。
こうして、にっちもさっちも行かなくなった近鉄の足元を見透かして、04年5月、満を持していた宮内は近鉄に、オリックスとの球団合併を申し出た。こうなると、近鉄の経営者がどんなにバカでも、もうほかに選択肢はないので、合併話に乗って来るのは確実だった。
●7つの難関●
合併によって球団数を削減することで「おのぼりさん企業」を黙らせ、首都圏、関西圏に集中している過剰な球団数を減らして1リーグ制にし、球団本拠地を採算のとれるように各地域に再配分する、というのが、宮内、奥田、渡辺らの描くゴールだろう。「大赤字で球団数削減」という非常事態になれば、関西に一戸建ての豪邸を持つ近鉄、オリックスのスター選手でも、もう「関西を離れたくない」などというわがままは言わないはずだ。
が、1リーグ制実現には以下のような難題がある、と産経新聞(04年06月15日付朝刊)は言う:
#1 偶数球団への削減
#2 球団分布の地域バランス
#3 ファン、自治体の反発
#4 巨人戦をめぐる既得権益
#5 選手の大量解雇問題
#6 日本シリーズの消滅
#7 間に合わぬ日程編成
しかし、上記は、合併劇が「宮内仕掛人」の唐突な「単独犯」と見た場合に「これから7つも解決するのは大変だ」となるのであって、はるか以前から、近鉄経営陣らを「追い詰める」目的で周到に広汎な陰謀が準備されていた、となると話は別だ。
詳しくは次回。
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