04年12月9日にマレーシアのクアラルンプールで行われる、06年ワールドカップ(W杯)サッカーのアジア地区最終予選の組分け抽選に関して、北朝鮮は「日本と同組になりたい」と、公正な抽選を放棄するようアジアサッカー連盟(AFC)に要求している。
アジア地区最終予選には8か国が出場し、4か国ずつ2組に分かれてリーグ戦を行う。それぞれの組で2位までにはいればドイツで行われる06年W杯本大会に出場でき、また、各組で3位になっても3位同士のプレーオフに勝ち、さらに北中米カリブ海地区の4位とプレーオフを戦って勝てば本大会に出場できる(アジア地区の本大会出場枠は「4.5か国」)。
アジア地区最終予選参加8か国は、2組のうち片方に強豪が集中しないようにするため、日韓で開かれた02年W杯本大会での成績と、今回のアジア地区一次予選の成績で、成績のいい順に以下のようにシードされている:
第1シード 韓国 日本
第2シード サウジ イラン
第3シード バーレーン ウズベキスタン
第4シード クウェート 北朝鮮
つまり、日韓は別組になることが現時点で決まっているのだ。
日本から見ると、確率論的には2×2×2で8通りの組み合わせがあり、韓国以外の各国と同組になる確率はそれぞれ1/2のはずだ(日経新聞Web版04年11月22日)。
ところが、北朝鮮が「(韓国と同組になってホーム・アンド・アウェー方式の予選を戦うと)サポーター、取材陣の自由な移動に問題がある」との理由で、アジアサッカー連盟(AFC)に対して「韓国と別組(日本と同組)になりたい」と申し入れた(サンスポWeb版04年11月19日)。
W杯に限らず、巨額のスポーツビジネスマネーが動くスポーツイベントの「組分け(組み合わせ)抽選会」で、抽選が純粋に公正行われたことはほとんどない、と小誌では創刊以来一貫して報じて来た(小誌Web版97年12月7日 「ドーハのひいき」)。
当初、大手マスコミは小誌の指摘を無視し、抽選は公正であるという前提で報道し続けていた。が、02年W杯本大会予選L(リーグ)組分け抽選の直前、主催国・韓国が、観客動員面の理由から「中国の予選Lの組を韓国開催の組に入れてほしい」と主張(し実現)したことが大手新聞で初めて報じられ、いまやこの種の組分け抽選が「公正でない」ことは公然の秘密になっている(小誌Web版02年5月28日「組分け抽選の不正」、産経新聞04年11月30日付朝刊2面「主張」)。
北朝鮮のサッカー関係者も当然このことを知っており、「政治的な理由を付けて、(アジア地区内の)有力国(サッカー大国)に陳情すれば、なんとかなる」と思っているのだ。
●政治的動機●
北朝鮮はなぜ韓国と別組になりたいのか?
現在、韓国では対北朝鮮宥和路線をとる盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が政権をとり、マスコミでも(北朝鮮による韓国人拉致をほとんど報じないなど)親北路線が定着している。日本が(北朝鮮による日本人)拉致問題の未解決に怒って対北朝鮮経済制裁に踏み切った場合、北朝鮮にとって現在の韓国は「代替経済援助」を期待できるほとんど唯一の友好国(但し国交はない)である。
もし北朝鮮と韓国が同組になると、アウェーの韓国戦では、韓国の若者は韓国を応援し、北朝鮮は韓国の敵になる。その試合の前にもし韓国代表が成績不振で「北朝鮮に勝たないと06年W杯本大会に出られない」という状況になっていたら……そして、その試合の途中で微妙な判定(誤審)で韓国が不利になったら……韓国国民の反北朝鮮感情に一気に火が点きかねない。これは北朝鮮にとっては悪夢だ。
その点、日本と同組になると、メリットが大きい。
アウェーの対日本戦では、在日朝鮮人や在日韓国人を多数応援に動員して「結束」させ、「在日同胞」の親北朝鮮感情を高めるのに利用できるからだ。北朝鮮は最終予選参加8か国中最下位の弱小国で、どっちの組にはいっても本大会出場の可能性はないが、最終予選そのものには政治的利用価値があるので、その組分けにはこだわるのだ。
●日本の懸念●
北朝鮮の要求が通ると、「日本はクウェートと対戦しなくて済むので、時差や気候、ホテルサービスの悪さなどで不利な、中東への遠征が減るから好都合」という意見が、日本のサッカー関係者のあいだでは支配的だ(04年11月21日放送のTBS『サンデーモーニング』における、サッカー解説者・中西哲生の意見)。
しかし、別の問題がある。
最終予選の6試合は各国とも、05年2月9日、3月25日、3月30日、6月3日、6月8日、8月17日に行われるが、そのとき日本と北朝鮮の関係がどうなっているか、現時点ではわからない。もしかすると、拉致問題の展開(拉致被害者を帰国させずに「幕引き」しようとするような、北朝鮮の不誠実な対応)によって、日本国民の対北朝鮮感情が著しく悪化している可能性もある。その場合、以下のような懸念がある:
#1
日本人の右翼団体や暴漢が、北朝鮮代表選手やそのサポーターを暴力や暴言で傷付ける
#2
北朝鮮が(拉致問題の幕引きをねらって)「被害者ヅラ」をするために、自国の工作員(北朝鮮国籍)を使って自国の代表選手や在日朝鮮人サポーターを故意に傷付け、「日本人にやられた」と表明する
#3
北朝鮮が(拉致問題の幕引きをねらって)「被害者ヅラ」をするために、日本人のゴロツキを雇って自国の代表選手や在日朝鮮人サポーターを故意に傷付け、「日本人にやられた」と表明する
「#1」は警察当局の努力でほぼ完全に防止できる。04年4月24日に日本で行われた、アテネ五輪女子サッカーのアジア地区予選の「日本対北朝鮮」戦がなんの問題もなく開催されたという事例を見れば、心配は無用だ。
が、「#2」「#3」は現状では防ぐのが難しい。とくに、この種の事件が起きると、日本のマスコミには「識者」と称する無知な連中が多数登場し、まだ犯人がつかまってもいない、犯人の国籍や背後関係が判明してもいないうちから軽々しく「同じ日本人として恥ずかしい」などと発言してしまうからだ。
この種の、まったく事実無根の憶測発言は、北朝鮮の犯罪者(拉致問題の責任者)たちを勇気付け、拉致問題の解決を妨害し、拉致事件被害者家族の感情を著しく傷付けるものだが、「識者」にはそれがわかっていない者が少なくない。
北朝鮮が(人権弾圧の常習犯のくせに)被害者のフリをしたがるのは、いつものことで、仕方がない。しかし、日本人「識者」の軽挙妄動には、ぜひ対策を講じてもらいたい。これは、マスコミ各社がこころすれば、すぐにできることだ。
●日韓で取り引き●
おそらく北朝鮮の言い分は通るだろう。
AFCの中では、韓国は国際サッカー連盟(FIFA)副理事長のポストを握る有力国であり、韓国側にも親北路線維持や朝鮮(韓国)民族全体のナショナリズム育成のために「南北対決」を避けたい事情があるからだ。
が、そうなると、韓国はクウェートを相手に、時差や気候の違いやホテルサービスの悪さを覚悟してアウェー戦をさせられる羽目になる。第3シードの組分け抽選が運悪く公正に行われた場合、最悪のケースでは韓国は、中東勢3か国と同組になる恐れがある。
それは困る。
日韓のような極東勢にとって、中東諸国はどこも、できれば一度も行きたくない国ばかりだ。
98年W杯サッカー仏大会の予選と本大会の日本代表監督、岡田武史(現横浜Fマリノス監督)は「アラブや中東の人々の時間や約束に対する感覚は大変な苦痛だ」とその2年前の経験をもとに述べている:
「例えば、練習場が確保されていなかったり、食堂が開いていなかったり、約束や時間を守らなかったりする。現地の人にすれば、15分待たせただけじゃないかという話なのだが、こちらにしてみれば(日本では考えられないことなので)いらいらがたまっていく。この大会(96年にアラブ首長国連邦(UAE)で開催されたアジア杯)では韓国、中国も8強で負けている。東アジア勢が中東で勝つのは大変だと身にしみた」(小誌Web版04年5月1日「●アラブ時間」、朝日新聞98年11月13日付朝刊20面)。
この原因を、作家・曽野綾子は「アラブ人の大半は最近まで時計を持たずに暮らしていたから」と指摘する(産経新聞04年4月15日付朝刊30面)。
中東のレバノンで開催された00年アジア杯サッカーでは、日本は中東勢を圧倒して優勝しているので、それほど心配は要らないが、韓国は、02年W杯での成績も、審判の「誤審」(小誌Web版02年6月17日「きたない試合」)で上げ底してもらった、実力以上のものだったため、中東の強豪とアウェーで戦うのが怖くて仕方がない。
そこで、韓国は北朝鮮の陳情を受けて日本に「第4シードではそっちに(中東に行かずに済む)北朝鮮をやるから、第3シードではこっちに(中東でなく中央アジアの)ウズベキスタンをくれ」と言うはずだ。第3シードはバーレーンとウズベキスタンであり、韓国は97年に開催された、98年W杯仏大会のアジア地区最終予選では、ウズベキスタンに楽勝しているからだ。
この「韓国案」が実現すれば、組分けは「韓国、サウジかイラン、ウズベキスタン、クウェート」と「日本、サウジかイラン、バーレーン、北朝鮮」となる。
【日本は、北京で開催された04年アジア杯では、バーレーンに苦戦している。他方、中東勢では、かつての強国サウジが04年アジア杯では早々と敗退するなど力を落としている一方、同大会でイランは予選Lで日本と引き分け、決勝T(トーナメント)では韓国に勝っている。現状では、イランがサウジより強いのは間違いない。
したがって、もし韓国が「ウズベキスタンがほしい」と言ったら、日本は「代わりにサウジをよこせ」と言うべきだ。いまやまともな抽選など存在しないことは世界中のサッカー関係者が知っているのだから、当然の要求だ。】
いずれにせよ、日韓ともに、中東勢2か国ずつと同じ組になるはずだ。これは、サウジ、イランも承知のはずで、「4強」は自分たちだけがプレーオフなしで06年W杯本大会に行けるように「協力」するだろう。
●日程でも取り引き●
日韓にとっては、サウジ、イランのどちらと同組になるか、ということより「中東でのアウェー戦をいつやるか」ということのほうが重要だ。
両国とも、05年3月と6月には、中4日で最終予選を戦うことがいまから決まっているが、それぞれの月で早いほうの試合を中東で戦ってから中東域外に移動して戦うのは、たとえ本国に帰国してのホームゲームであっても危険である。なぜなら対戦相手の地元中東勢は、日韓を不慣れな猛暑の中で戦わせて体力を奪うため、故意に昼間に試合を設定する可能性があるからだ。
97年9月、98年W杯仏大会へ向けてのアジア地区最終予選L(B組)で、日本は、アウェーのUAE戦を40度の高温下で戦って帰国し、1週間後にホームで韓国戦を迎えた。日本は前半を終わって「1-0」でリードしていたが、後半終了間際に運動量が急に落ちて韓国に2点を奪われ、逆転負けした。
この原因は、UAEの猛暑にある。のちに当時の日本代表選手・三浦知良の、NHKのドキュメンタリー番組での証言で明らかになっているが、40度の高温下で90分戦うと、1週間休んだぐらいでは体力は回復しない。
韓国は昔からこのことをよく知っており、この予選Lでは、日韓を含むB組5か国中唯一の中東勢であったUAEとのアウェー戦を、なんと最終予選Lの最終戦(W杯本大会出場決定後の消化試合)にしていたほどだ。
今回、06年W杯本大会へ向けてのアジア地区最終予選で、日韓ともに望むことは、中東でのアウェー戦2試合を6月3〜8日の1週間で済ませ、かつ「弱いほうと先にやること」、あるいは「中東でのアウェー戦のあと当面試合がない形」にすることだ。
したがって、韓国(および北朝鮮)の希望が最優先され、かつ他の有力国、日本、サウジ、イランの要求がそれなりに実現した場合(いちばんありそうなケース)は(開催国を左側に書くと)
2月9日 韓国対ウズベキスタン
6月3日 クウェート対韓国 バーレーン対日本
6月8日 サウジ/イラン対韓国 サウジ/イラン対日本
あるいは、
2月9日 韓国対ウズベキスタン
6月8日 クウェート対韓国 バーレーン対日本
8月17日 サウジ/イラン対韓国 サウジ/イラン対日本
となるはずだ。
【後者のほうが、強豪同士の対決が消化試合になりやすく、サウジ、イランにとっても好都合だ。が、いずれにせよ3月25〜30日と6月3〜8日は(中東勢が各組に2か国ずつ「分配」されることを既定の事実としたうえで)中東の強豪が極東(中央アジア)に、極東の強豪が中東に、それぞれ出かける「一度きりの遠征週間」として使えるように設定されており、抽選の前から「4強」に組分け・日程編成の主導権があるのは明白だ。】
もし韓国が日本に意地悪をしようとすると、日本の中東遠征が3月に集中したり、2月9日と3月25日に分散したり、といった事態も考えられるが、それだと日本が「じゃあ、北朝鮮をそっちに押し付けるぞ」「公正に抽選して決めようじゃないか」と言い出しかねない。元通産官僚として「政治センス」を持つ平田竹男・日本サッカー協会専務理事は「中4日で試合がある3月と6月を重視したい」と述べており(時事通信Web版04年11月18日)、今回、日本が日程問題で積極的に「取り引き」をする意志があるのは間違いなさそうだ。
日本が怒ると、ホーム・アンド・アウェーの南北対決になる。対北朝鮮宥和路線をとる韓国の盧武鉉現政権にとって、アウェーの北朝鮮戦で韓国代表が北朝鮮の観衆に敵視される場面は(「消化試合」でない限り)悪夢だ。だから、韓国は今回、あまり日本を怒らせるようなことはしないだろう。
「4強」が(談合して)仲良く06年W杯本大会に出場する…………これは抽選のはるか以前から決まっている「筋書き」だ。
●排除原則の確立を●
それにしても、だらしないのはUAEだ。今回のアジア地区一次予選Lで北朝鮮のような弱国と同組にはいる幸運を得たにもかかわらず、その一次予選の段階で北朝鮮を「始末」できなかった。これで拉致問題の解決に悪影響が出たら、どうしてくれるんだ。まったく、なさけないサッカー後進国だ。
次回から「北朝鮮問題」が起きないようにするために、AFCは「北朝鮮は、アジア地区予選の早い段階で中東の強豪に集中的にぶつけて、敗退させる」という原則を確立しておくべきだ。
●例外的に「中立国」で●
しかし、とにかく今回、北朝鮮は最終予選に出てしまったのだから、いまからできる対策を考えたほうがいい。
日韓は、北朝鮮と対戦する場合に限りホーム・アンド・アウェー方式をやめて、2試合とも第三国で開催する、というテもあるにはある。
拉致問題で深刻な政治情勢になった場合、日本は中国か香港かシンガポールでの北朝鮮戦も検討すべきだろう。
【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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