前回記事の末尾で、04年5月22日に予定されている小泉首相の再訪朝で、北朝鮮による日本人拉致事件の被害者家族(蓮池夫妻の子供ら3家族8人)が当日、即帰国することにはなるまい(北朝鮮側が「人道援助」の取りっぱぐれを恐れるから)という、重村智計・早大教授の予測(04年5月16日放送のテレビ朝日『サンデープロジェクト』)を紹介した。
22日の訪朝で、拉致問題の解決がどこまで進むか(あるいは、核問題も含めてどの程度の「成果」があるか)は、北朝鮮問題の専門家でも予測が難しいようだ。
が、不十分ながら予測する方法が1つあることに、筆者は気が付いた。
それは、自身の年金問題についての、小泉首相の発言だ。
●大事件にぶつけろ●
小泉は、04年4月の国会で、自身の年金加入状況を野党に質問された際には、「払うべきものは払ってる」などと抽象的な答えでごまかし、年金法案の国会審議に影響が出ないように配慮していた。
これに業を煮やしたマスコミが、閣僚らの国民年金(保険料)未納(未加入)を、国会議員になる前までさかのぼって追求し始めると、5月7日、それに該当する福田康夫・前官房長官は辞任に追い込まれた。が、それでも小泉は、自らの議員以前の年金状況については黙っていた。
ところが、5月10日になって初めて小泉は、記者団の前で「議員になる前も、きちんと(国民年金保険料を)払っている」と(ウソを)語った。この日は、菅直人・前民主党代表が辞任を表明した日だったので、翌日の新聞各紙朝刊は「菅辞任」を大きく扱い(産経新聞04年5月11日付朝刊1面)、小泉の、自身の年金についての発言は小さく扱った(産経新聞同日付朝刊5面)。
さらに、5月14日になると小泉は10日の発言を翻し、議員になる前に未納(未加入)期間があることを、飯島勲・首相秘書官の記者会見を通じて明らかにした(但し、前回述べたように、飯島は、社会保険庁のデータを見ずに、つまり、厚生年金の加入状況も同時に確認できる方法をとらずに、敢えて手元の資料だけで確認した、と言い張った)。この日はもちろん、自身が5月22日に再訪朝する、という大ニュースを発表した日だった。
このように見て来ると、小泉が、自身の年金加入状況、とくに厚生年金加入状況を隠したがっているのは間違いない。かといって、いつまでも隠し通せない、ということもわかっているようで、5月10日と14日にしぶしぶ情報を発信している。
但し、「(ウソを)発言する日」あるいは「(問題を)認める日」は慎重に選んでいて、いずれも、ほかに大きなニュースのある日、つまり、国民世論の関心が自身の「年金ミス」に集中しない日をねらっている。
次に大きなニュースのある日はもちろん5月22日だ。とすると、この日に、かねてから『週刊ポスト』(04年5月7日発売の5月21日号)が指摘している、自身の厚生年金違法加入を認めるのだろうか?
●岡田のミス●
5月18日に民主党新代表に就任した岡田克也はTVに生出演し、小泉首相の年金違法加入疑惑を追及する、と述べた(04年5月18日放送のTBS『ニュース23』)。岡田は、この疑惑追求をテコに、年金法案を廃案に追い込みたいのだ。
週明け、04年5月24日には国会があり、民主党の岡田新執行部(その中心は、年金法案の成立につながる「3党合意」に反対の、藤井裕久幹事長)は当然、この疑惑を追及しようとする。しかも、この日は『週刊ポスト』の発売日だ。
筆者が小泉なら、野党やマスコミに追及される前に、先手を打って「違法加入してました」と認める。 岡田は言わなくてもいいことを言った。週明け国会の「主戦場」は違法加入疑惑だ、とうっかり手の内を明かしてしまったために、小泉に対策を練る時間を与えてしまったのだ。
事前に小泉自ら疑惑を認めてしまえば、「見せ場」を作ろうとしていた民主党新執行部に肩透かしを食わせ、その「攻め手」を奪うことができ、年金法案の成立に有利だ。
【「国民年金が強制加入となった86年4月以降も、小泉が厚生年金に違法加入していた可能性を、民主党が調査中」という情報もある。が、前回述べたように、社会保険庁では04年5月から小泉の年金データはアクセス禁止なので、データの不都合な箇所を改竄してから禁止を解除してシラを切る、という懸念もある(『週刊新潮』04年5月27日号 p.30 「小泉首相の3つの疑惑」)。】
●悪いニュース●
とはいえ、もしも5月22日の再訪朝で十分な成果が上がらなかった場合、その前後に、はっきり「違法行為をしてました」と認めると、「年金」「北朝鮮」の2つの問題で国会審議が紛糾し、審議が止まる恐れがある。04年の通常国会は後ろに参院選が控えているため、会期延長が不可能で、ちょっとした審議の遅れでも法案が審議未了で廃案になる恐れがある。もし年金法案のような重要法案が廃案になれば、小泉首相の政治責任を問う声が、野党どころか与党内からも上がるだろう。
となると、違法加入を自ら認めるタイミングは、小泉の立場からすると、「十分な成果のある訪朝とほとんど同時」でなければならない。
●帰国予想●
もしも(極端な話、拉致被害者家族8人の即日帰国などの)十分な成果がある、と小泉が事前にわかっているのなら、つまり訪朝の成果に自信があるなら、小泉は訪朝前(たとえば21日)に「違法加入」を認めるだろう。
逆に、訪朝前に認めないなら、小泉は自信がない、ということになる。
もちろん、自信がある(楽観している)から成果がある、という保証はない。小泉が情勢を誤解して楽観的になり、誤った自信を抱いて首脳会談に臨む可能性もないわけではない。が、北朝鮮首脳の訪日が一度もない中で、外交上異例の、二度目の首相訪朝なのだから、小泉には事前に一定の自信はあるはずだ。
●ハッタリのすすめ●
筆者と同じ情報は、金正日(キム・ジョンイル)北朝鮮総書記も持っている。金正日も当然、小泉が事前に「違法加入」を認めるかどうか注目している。認めないまま訪朝すると、金正日は小泉のことを「追い詰められて来たな」となめてかかり、(「あんたの政治生命はオレが握ってるんだよ」と言わんばかりに)拉致問題や核問題で自らの譲歩を渋ったり、北朝鮮貨物船の入港を日本政府が拒否するための「特定船舶入港禁止法案」成立回避や、日本から北朝鮮への、より多くの「人道援助」など、日本側の譲歩を要求したり、するだろう。
そこで、筆者から小泉首相に提案である:
「訪朝で十分な成果をあげる自信がなくても、事前に『違法加入』を認めなさい。そうすれば、金正日は『小泉は強気だ』とビビって譲歩するから」
つまり、自信がなくても成果をあげろ、ということである。小泉には、その場でハッタリをかまして相手を脅すような交渉術はムリだろうから、ハッタリをかますなら、訪朝前にやっておくしかないのだ。
「違法」に問われかねないことを自ら認めておけば、日朝首脳会談の席で小泉は「首相の座には執着してないんだよ」と思わせることもできる(本人自ら、金正日にそう言うのがベストだが、本心でないからムリだろう)。
(^_^;)
事前にハッタリをかまさない……つまり、違法加入を公表しない場合、訪朝で十分な成果(3家族8人の即日帰国)があったとしても結局、違法加入の公表はその「直後」にはできない。(小沢一郎・前民主党代表代行が5月17日に調べた……フリをした)のと同じように「念のため、社会保険庁で自分の年金を調べてみたら、問題がみつかった」と言えるのは、官庁のオフィスが開いている平日しかない。21日(金)を、違法加入を認めないまま過ごしてしまうと、次に認めることができるのは24日(月)になる。これは、22日(土)の訪朝の翌々日であって、直後ではない。
たとえ22日に「家族、即日帰国」の大ニュースがあったとしても、それは22〜23日のTVニュース、23〜24日の新聞朝刊、24日午前中のTVワイドショーでさんざん報道されてしまう。そのあと24日に「違法加入」のニュースが流れると、いかに「帰国」の興奮さめやらない中とはいえ、「帰国」ニュースに飽きた国民の関心は首相の不祥事に移り、25日の朝刊1面トップには、そのニュースが大々的に載ることになる。
【もっとも、「違法加入」を24日の午前中、早めに公表すれば、それは夕刊(遅版)に間に合うので、翌25日の朝刊には載らない。その場合、北海道東部や東北、北陸、山陰、四国、南九州、長崎、沖縄など広汎な地域(朝日新聞の場合、21県)では夕刊がないので( http://www.shinbun2.net/ryokin_1.html)、それらの地域では「違法加入」は強く印象付けられずに済む。また、国民が「帰国」報道に飽きるのを遅らせるために、政府が22日に得た情報を小出しにしたり、小泉が平壌で一泊したりするテもある。】
21日(金)か24日(月)か、をマスコミ対策だけ考えて比較すると、明らかに21日のほうがいい。もちろん、21日の午後に「違法加入」を公表すると、22日の朝刊1面に載る。が、国民が朝刊を手にする頃には「羽田から平壌に飛び立つ首相専用機」の生映像がTVで流れるし、それ以降TVは「訪朝一色」になるので、国民は「違法加入」のことなどすぐに忘れる。
【もちろん、事前に違法加入の公表がなくても、「家族、即日帰国」はありうる。が、それを実現するには、首脳会談で小泉が金正日に相当に譲歩する必要がある。小泉にとっては、「家族帰国の約束」だけ取り付けて「私が首相じゃないと、これ以降の北朝鮮との交渉がうまく行かないんだ」と国民に訴えたほうがよいのではないか。「即日帰国」ほしさに譲歩する……譲歩の結果、たとえば、核問題未解決のまま北朝鮮に大型経済援助を与えて米国の怒りを買ったり、死亡または行方不明と伝えられている横田めぐみさんら10人の拉致被害者の安否情報が「(他の数百人の失踪者をも対象とする)日朝合同調査委員会の設置」(による解決先送り)でごまかされて国民の怒りを買ったりする……より、そのほうがマシではないか。
但し、この「委員会による10人(のうち一部)先送り」(生存者は帰国)は、10人のなかに本当に死亡した人がいた場合の日本国民の悲しみも先送りできるので、小泉が「22日はいいニュースだけにしたい」と乗ってしまう恐れはある。】
●盗聴対策●
前回、02年9月17日の小泉訪朝では、午前中の首脳会談では拉致の事実を認めなかった北朝鮮側が、午後になると一転して拉致を認め、金正日自ら謝罪した。これは、昼食時間中の日本側控え室の会話(小泉に随行していた、当時の安倍晋三・官房副長官の言葉「北が拉致を謝罪しないなら、平壌宣言への署名はやめましょう」)を盗聴していたからにほかなるまい(04年5月20日放送のテレビ朝日『スーパーモーニング』)。
今回(04年)の再訪朝でいちばん大事なことは、盗聴されないことだ。
5月17日には、警察庁職員を含む日本政府の先遣隊が現地・平壌にはいり、日本側の控え室(現地本部)と、日本国内との通信手段の確保などを行った、と報道されている。
当然、警察庁のスタッフは、盗聴防止設備を持参し、小泉が随行スタッフと話す際には筆談を促し、隠しマイクや盗聴電波、筆談を盗撮する隠しカメラも発見しなければならない。
もちろん、逆にわざと盗聴させるテもあり、安倍は前回それをやったのだが……小泉にはムリか。
【いま『週刊ポスト』編集部は悩んでいるだろう。次の、04年5月24日発売の、6月4日号の原稿は、印刷や配送の時間を考慮すると、20日中にほとんど書き終えなければならない。その時点では、週末の再訪朝の「成果」はわからないから、24日に「反小泉」の記事を売り出しても、どれほど読者にウケるかわからない。小泉の「年金ミス」を非難する記事を、5月17日発売の5月28日号のように書いても、原稿締め切りから発売までのタイムラグを利用して小泉首相側が何か発表して(年金ミスを自ら認めて)、小泉自身の問題への国民の関心を低下させる恐れもある。週刊誌は、このような、政府の「マスコミ対策」には容易には対応できない。 その点、メルマガは臨機応変に発行できるので便利だ。】
(拉致被害者と失踪者以外は敬称略)
【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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