砕氷船ライブドア

〜ニッポン放送株の最後の買い手を読む〜

Originally written: Feb. 17, 2005(mail版)■砕氷船ライブドア〜週刊アカシックレコード050217■
Second update: Feb. 17, 2005(Web版)

■砕氷船ライブドア〜週刊アカシックレコード050217■
05年2月8日、ライブドアはニッポン放送の筆頭株主になり、その子会社ポニーキャニオンの販売する、フジテレビなどの番組ソフトを支配下に置いた。このソフト群はある業界にとっては何兆円もの価値がある。
■砕氷船ライブドア〜ニッポン放送株の最後の買い手を読む■

■砕氷船ライブドア〜ニッポン放送株の最後の買い手を読む■
【前々々回「偽札と覚醒剤〜北朝鮮の『公共事業』」の内容が、光文社の雑誌『FLASH』05年2月15日号(2月1日発売) p.p 84-85 「現物入手!『ニセ1万円札は北朝鮮製』説を追う」で紹介されました。】
【前回「自民党 vs. 朝日〜NHK番組改変問題の深層」は → こちら。】

05年2月8日、東証マザーズ上場の新興IT企業ライブドアは、当日の市場の時間外取引などで、東証2部上場のラジオ局ニッポン放送(JOLF)の株式を累計35%以上取得し、同局の筆頭株主になった。LFは東証1部上場のフジテレビ(持ち株比率22.5%)や非上場企業のポニーキャニオン(同56.0%)など、フジサンケイグループ(略称はFSGでなくFCG)各社を子会社に持つ大株主なので、これでライブドアはFCG全体に影響力を行使できる。

典型的な敵対的企業買収、乗っ取りである。
ライブドアの堀江貴文社長は大株主として、LFに役員を派遣してFCG全体と提携したいと表明したが、フジの日枝久会長は「彼(堀江)のことはよく知らないし、会ったこともない。提携はやらない」と反発し(05年2月9日放送のNTVニュース)、05年1月からフジが行っているLF株への株式公開買付(TOB)を継続し、予定どおりLFを子会社化すると述べた(毎日新聞Web版05年2月8日「ニッポン放送株を取得 持ち株比率は35%に」)。

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●罠?●
FCGには、売上高1094億円(04年3月期)の小さなLFが、売上高4559億円(同)の大きなフジの筆頭株主であり、かつFCG全体の親会社である、といういびつな資本構造がある。

そこで04年5月25日、当時LFの筆頭株主だったM&Aコンサルティング(通称村上ファンド。05年1月13日の持ち株比率18.6%)は2つの提案をした。1つは、このいびつな親会社-子会社構造の解消(たとえばフジがLFを子会社化すること)であり、もう1つは、村上ファンドからLFへの役員派遣である(同ファンドWeb「ニッポン放送の社外取締役について」)。

04年6月8日、FCG側は役員派遣要求を拒否する代わりに、フジがTOBでLF株を50%超取得してLFを子会社化することを事実上約束させられた(同ファンドWeb「ニッポン放送への株主提案の撤回について」)。そして05年1月17日、フジは「1株5950円」と買付予定価格を情報開示したうえでTOBを開始した(産経新聞05年1月18日付朝刊1面「フジテレビ ニッポン放送を子会社化」)。

【LF株の50%超をフジ1社で持つと、特定大株主(役員と上位10社)の持ち株比率が東証の上場基準(75%)を超え、LFは上場廃止になる恐れがある。そのような重要事項を告げずに株主から株を買うと商法で禁じられているインサイダー取り引きに問われる恐れがあるので、フジは買付価格などTOBの詳細を公表せざるをえなかった。】

すると突然、ライブドアが買い占めに乗り出した。フジが買付価格を5950円と決めたので、それを上回る価格を提示すれば、大勢の株主から容易にLF株を買い集めることができる。05年2月8日、ライブドアはLFの筆頭株主となり(村上ファンドに代わって?)LFに役員を派遣したいと要求した。

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●共謀しない黒幕●
このような乗っ取り劇はほかにもある。80年代「異端」と言われた機械メーカー、ミネベア(の高橋高見会長)が、同業の三協精機に対して敵対的買収を試みたのがその典型だ。

三協精機はミネベアを毛嫌いし、自社株を市場で防戦買いするなどして3年以上にわたって必死に抵抗した。が、当時経営状態の悪かった三協精機は太刀打ちできず、とうとう88年7月、メインバンク八十二銀行の親銀行、三菱銀行(現東京三菱銀行)の仲介で新日鉄に泣き付き、その子会社となった。乗っ取り屋・ミネベアの傘下にはいるのはイヤだが、名門企業・新日鉄の傘下なら我慢できる、というわけだ。

実は、三菱銀行(の奈良久弥副頭取)は、ミネベアの買収作戦開始直後から、三協精機を新日鉄と提携させる作戦を立てていて、ミネベアはもちろん三協精機にも知らせずに新日鉄とひそかに連絡を取り合い、三協精機が苦境に陥るのを待っていたのだ。
新日鉄は3年間、三協精機をさんざん震え上がらせておいて、最後に「正義の味方ただいま参上」とばかりに乗り込んで来て、救世主として三協精機を救った(奪った)ことになる(下田智ほか著『極秘指令「X社を買収せよ」』NHK出版90年刊)。

軍事戦略の世界では、これを砕氷船テーゼ(倉前盛通『悪の論理』日刊工業新聞社77年刊)と呼ぶ。たとえば羽柴(豊臣)秀吉が、明智光秀が本能寺で織田信長を滅ぼすのを待って、主君信長の仇を討つ「正義の味方」として光秀を倒し、信長の天下を盗み取ったのは、このテーゼのもっとも典型的な実践例だ。第二次大戦時、大日本帝国を砕氷船にして英国を東南アジア(の植民地)から追い出し、そのあと大日本帝国を倒して同地域の旧植民地を独立させて自国の友好国(勢力圏)にした米国の戦略もこの好例であり、このテーゼは古今東西、有能な戦略家に愛用されて来た。

ミネベア、光秀、大日本帝国はいずれも「純粋な砕氷船」であり、それぞれ三協精機、信長、英国という氷山を砕きたい「正義の味方」に利用されて消耗し、氷山を砕き終わって疲れ果てたところで背後から撃沈され、使い捨てにされた(ミネベアの高橋は89年に急死した)。いずれの場合も「砕氷船」と「正義の味方」(救世主)の間には共謀関係はなかった。

では、ライブドアの場合はどうだろう?

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●救世主の条件●
日枝は堀江のことを「よく知らない」と言う。ライブドアの売上高はフジはもちろんLFよりも小さい308億円なので(04年9月期)、FCGの幹部たちはたぶん「生意気な若造め」と屈辱感と怒りを感じているだろう。

が、LFの浮動株は1.1%しかないので(日刊ゲンダイ05年2月11日付7面「ライブドアに株を売ったニッポン放送大株主の『素性』」)、フジがTOBで50%以上の株を取得してLFを子会社化するのは容易ではない。フジが持つLF株が25%を超えると、商法上LFのフジへの議決権はいったん消えるが、ライブドアはLF株を買い足して50%超取得すれば、LFを増資することによってフジの持ち株比率を25%以下に再度引き下げ、議決権を回復させることもできる。

もちろん、05年2月16日現在依然として18%前後のLF株を持っている村上ファンドが、それをすべてフジに売ってくれれば、フジ側はかなり有利になる(毎日新聞Web版05年2月17日「村上ファンド売らず ライブドア大購入日」)。が、それでもライブドアの35%以上の持ち株(支配権)をゼロにすることはできない。

たとえフジを含む特定大株主による持ち株比率が75%を超え、LFが上場廃止になっても、ライブドアがLFの大株主としてFCG全体に持つうっとうしい影響力は(極端な話、堀江が破産しようが逮捕されようが、LF株を手放さない限り)排除されない。

となるとFCGとしては、強大な影響力・資金力を持つ名門一流企業に頼んで、ライブドアの持つLF株を買い取って(脅し取って)もらうか、またはライブドア本体を買収してもらうぐらいしか手がない。

では、どのような名門企業ならいいのか?
日枝は「よく知らない」企業はイヤだ、と言っている。そこで、日枝が「よく知っている企業」のなかから「正義の味方」になれそうな企業を探してみる。

放送法により外国資本が放送局の株を取得できるのは20%以下に制限されているので、外資を除くと、多くの映画をフジと共同で制作して来た電通、東宝、あるいは、スカイパーフェクTVを共同で設立したソフトバンク、ソニーなどが考えられる。

が、このうち電通はすべての民放と均等に取り引きすべき立場にあり、東宝は企業買収(M&A)の経験や資金力に難がある。

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●次世代DVD戦争●
いま日本の大手家電メーカーは次世代DVD規格の開発・普及競争を展開中だ。
ソニーは松下電器、パイオニアなどと共同でブルーレイディスク方式を、対する東芝、NECなどはHD DVD方式を普及させようとしている。前者はハリウッドの大手映画会社のうちソニーピクチャーズ、MGM(いずれもソニー傘下)、ディズニー、20世紀フォックスを味方にし、後者はワーナー、ユニバーサル、パラマウントの支持を得た。このまま行くと将来「ソニー陣営の次世代DVDプレーヤーでは『007』は見られるが『マトリックス』は見られない」ということになりそうだ。

消費者はみな面白い作品(ソフトウェア)をたくさん見られそうな方式(陣営)のDVDプレーヤー(ハードウェア)を買うので、ソニー陣営と反ソニー陣営の戦いでは「ソフトを制する者がハードを制する」ことになる。が、上記のように、ハリウッドでのソフト争奪戦では両陣営はほぼ互角だ。

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【70〜80年代のアナログVTR規格の「ベータ・VHS戦争」では、ソフト市場での五分五分の均衡状態がわずかに崩れて、「4対6」になり、ソニーが開発したベータ方式の陣営が劣勢になった時点で、多くのソフト会社がベータ版の制作をやめてしまった。そのため80年代後半にはほぼ「0対10」になり、ソニーは02年、自らベータ方式の家庭用VTRの生産に終止符を打つ、という辛酸をなめた(インプレスAV Watch 02年8月27日「ソニー、民生用βデッキからの完全撤退を発表」)。】

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ところで、都心のTSUTAYAなどの、大型レンタルビデオ店の国産TVドラマコーナーに行くと、局別ではフジの番組タイトルがもっとも多く、他局のビデオ(DVD)タイトルすべての合計とほぼ同じぐらいある。つまり、LF株を通じてフジを支配すると『白い巨塔』『踊る大捜査線』『北の国から』『東京ラブストーリー』『サザエさん』『ちびまる子ちゃん』など、レンタルビデオ店で回転率のいい、日本の人気TVドラマの半分ぐらいを「次世代DVD化する権利」が手にはいるのだ。

そのうえLFが56.0%の株を持つDVD出版社ポニーキャニオンは、上記フジテレビ作品のみならず、NHKの『ちゅらさん』『おかあさんといっしょ』やテレビ朝日の『ドラえもん』、TBSの山口百恵主演『赤い』シリーズのDVD販売権まで持っている。

日本では、劇場公開映画の観客動員は70年代以降ずっと「洋高邦低」で、ビデオ(DVD)の売上高(レンタル、販売の合計)でも海外作品(アニメ、TVドラマを含む)は常に5割前後を占めるが、国内作品も、音楽や子供向け番組まで含めると、海外作品とほぼ互角になる(日本映像ソフト協会Web 00年統計)。DVDがあまり普及していなかった99年には、(レンタルでなく)販売用ビデオカセットの売上高のみとはいえ、国産映画・TVドラマ(アニメを除く)の合計が初めて海外のそれを上回っている(同Web 99年統計)。

現在ポニーキャニオンが、つまりホリえもんが『ドラえもん』の次世代DVD化権まで持っているかどうかの詳細は不明だが、いずれにせよ、DVDプレーヤーのメーカーは、たとえハリウッドでのソフト争奪戦に敗れても、ポニーキャニオン(の親会社LF)の株さえ持っていれば、国内の覇権争いでは、まだ十分勝つ見込みがあるのだ。

そのポニーキャニオンが05年12月、反ソニー陣営のHD DVD推進団体への参加を決定した(日経新聞04年12月22日付朝刊「東芝陣営、次世代DVDで新団体 規格普及狙う」)。これをソニーが座視するだろうか。

ソニーは04年、『007』シリーズなどを(過去の作品だけでなく未来の新作も含めて)未来永劫ブルーレイディスク化し続けるために(単独でなく、他社と投資連合を組んだとはいえ)5500億円もの巨費を投じてMGMを買収した(読売新聞Web版04年7月13日「米映画大手MGM買収でDVD市場制す!」 西日本新聞Web版04年9月14日「ソニー連合MGM買収 5500億円で基本合意」)。「ベータ・VHS戦争」の二の舞を避けるためだ。

そのソニーなら、LFやライブドアを買うための資金調達など造作もないことだ(ポニーキャニオンは非上場なので簡単には買えない)。ただ、いきなりソニーがFCGに「買わせろ」と言っても、すでにHD DVD団体に参加してしまったFCGの幹部たちは、なかなかソニーとの提携には踏み切れまい。だからソニーは、彼らが踏ん切りが付きやすいように、間に砕氷船をはさんだのだ。

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たとえ事前にそういう計画を立てていなかったとしても、05年2月現在LF株を35%も抱えてウロウロしている、ソニーより資金力の乏しい会社が目の前にいるのだから、ソニーはさっさとまるごと買ってしまえばいい。FCGだって(ライブドアと違って)よく知っている超一流企業ソニー(売上高は04年3月期・連結で7兆3500億円)と資本提携するのなら、許容できるはずだ。ソニーのように経営に余力のある大企業なら「人生を賭けて」LF株にしがみ付くはずもなく、条件次第で将来LF株をフジに転売してくれるだろう。

「ソニー参上」のあと、ライブドアがソニー傘下にはいるのか、単にLF株をソニーに転売するだけなのかは不明だ。ソニーとライブドアが共謀しているかどうかもわからない。

が、すでにライブドアは韓国ドラマ『冬のソナタ』の関連DVD『冬のソナタPlus』の国内販売を通して、DVD権利ビジネスを学んでいる。堀江なら、次世代DVDをめぐる対立の構図や、ポニーキャニオンの真の価値を計算できるはずだ。したがってライブドアには、ミネベアや光秀のように「使い捨て」にされない可能性も、また、村上ファンドや「正義の味方」と共謀している可能性も、少しはある。

【但し、この記事を読んだ東芝やNECの幹部が、ライブドア本体に対して敵対的買収を仕掛ける可能性もある。そうなると結果は予測できなくなるが、ライブドアやLFの株価は(たとえ上場廃止になっても)かなり高騰するだろう。】

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●危機ではない●
ここで筆者から視聴者として、FCGの役員、社員の皆さんに申し上げたい。
皆さんは今回の買収劇をFCGの危機と考え、動揺しているかもしれない。が、そういう考え方は間違っている。あなたがたは日本最強のコンテンツプロバイダーなのだ。次世代DVD規格競争の「主戦場」になるほどすぐれたソフトを創って来たことを誇るべきだ。

何も心配することはない。ほかにも解決策はあるかもしれないが、とにかくおそらく、自社ソフトの次世代DVD規格を取引材料にして大手家電メーカーに協力を求めれば、ほとんど何も失うことなく、この騒動は収束する。

ソニーや東芝がFCGの次に自陣営に取り込みたいコンテンツプロバイダーは、スタジオジブリだろう。ジブリは米アカデミー賞を受賞した『千と千尋の神隠し』など全世界に通用するアニメを多数制作して来た。85年に徳間書店の子会社として発足し、97年には徳間本体に吸収されて一事業部門になっていたが、05年2月、ふたたび会社組織に戻ることが決まった(読売新聞Web版05年2月11日「ジブリ、徳間書店から独立」)。

【小誌をご購読の大手マスコミ各社の方々のみに申し上げます。この記事の内容に限り「『中途採用捜査官』シリーズなどの推理作家・佐々木敏の推測によると…」という説明を付けさえすれば、御紙上、貴番組中で自由に引用して頂いて結構です。筆者への追加取材が必要な場合は、雑誌『FLASH』と同様に拙著の出版社に御連絡下さい。
けっしてソニーに「ライブドアと共謀してますか」という直撃インタビューはなさらないように。問題は「いま」ではなく「将来ソニーが出て来るかどうか」なのですから(たぶんいまは共謀どころか、何もしてない可能性のほうが高いです)。
尚、小誌は読者数17,000の公的メディアですので、ホームページやメールマガジンによる無断転載は一切認めません(が、リンクは自由です)。】

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 (敬称略)

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