〜シリーズ「9.11総選挙」(5)〜
「この1カ月、たしかにワイドショーは面白かった。(自民党が造反議員潰しに擁立した)刺客だ何だかんだ、ホリエモンまで出てきて面白かった。でも政治は面白いだけじゃ済まないんです」
これは、05年衆院選の選挙運動中、9月3日の、枝野幸男・民主党幹事長代理(当時)の金沢市での街頭演説だ(時事通信05年9月3日付「舌戦」)。民主党の東京小選挙区の候補者にも政見放送で「面白くて楽しい政治ではなく(まじめな政治をめざす)」と語った者がいたし、前原誠司新代表も代表就任直前「パフォーマンスを磨こうとは思わない」(産経新聞05年9月17日付朝刊3面「前原誠司氏」)と述べている。どうやら民主党の若手・中堅の国会議員はTVの楽しい番組で自分たちを売り込むようなことは嫌いらしい。
しかし、民主党の大ベテラン、菅直人元代表は、05年衆院選の大敗(64議席減)を受けて岡田克也前代表が辞任したあとの代表選に出馬するにあたり、「ここまで大敗すると、もはや、素晴らしいマニフェスト(政権公約)を作って、それをみんなで守っていればいいというものではない」と述べている(05年9月16日放送のTBS『イブニング5』)。これは「もはやまじめに政策を訴えるだけではダメ」という意味であり(菅は代表選には惜敗したが)筆者も同感である。
●民間人の常識●
小誌05年9月8日「計画的解散〜シリーズ『9.11総選挙』(3)」で述べたように、「首相にふさわしい人」としての世論調査の支持率において、岡田は、菅にも小沢一郎・前民主党副代表にも劣っていた。岡田は、その「民主党支持者のあいだですら人気がない」という弱点を、小泉純一郎首相に自民党独自の世論調査によって見破られ、05年9月の衆院選に持ち込まれて大敗を喫したのだ(つまり「郵政解散」ではなく「岡田解散」だったのだ)。
では、なぜ岡田はそんなに人気がなかったのか? それは上記の岡田執行部の一員、枝野の発言に端的に表れている。岡田とその部下たちは、自分たちを(政治に関心のない人も含めて)全国民にとって「おなじみの存在」にする努力を怠ったのだ。
どうも、岡田や枝野は「いい政策を作ってまじめに訴えれば勝てる」と思い込んでいたフシがある………とんでもない。あまり有名でない企業に勤めるサラリーマンに聞いてみるがいい。「わが社の品質のよい製品を、まじめな営業マンが売れば、必ず売れる」というほど世の中は甘くないのだ。
TDKという企業がある。70年代までは海外はもちろん日本でもあまり有名でなかった。だから、TDKの電子部品がどんなに品質がよくても、TDKの営業マンの話を聞きたい人は少なかった。
が、83年に世界陸上競技選手権の公式スポンサーになって、状況は一変する(TDK Web「世界陸上選手権大会」)。欧州では陸上競技は人気があるため、TDKはたちまち超有名企業になり、以後、TDKの営業マンたちが欧州各地で話を聞いてもらいやすくなったことは言うまでもない。
ここで重要なのは、TDKが自身の知名度を高める手段として選んだのがスポーツだったという点である。「TDKは電子部品メーカーなのだから、電子機器の見本市に出展すればいい」などというのは素人の考えだ。そんなマイナーなイベントばかり出ていては、いつまで経ってもTDKの知名度は向上せず、TDKの営業マンは欧州で相手にされない状態が続くだけだ。
さすがにTDKは現実を知っていた。営業マンにとっては「あの世界陸上のスポンサーですよね!」と言われるほうが、「どこかの見本市に出展してたメーカーさんでしたっけ?」と言われるよりはるかに有利なので、敢えてTDKは電子部品になんの関心もない人々が見るイベント「世界陸上」で自社のロゴを掲げ、TDKを欧州人全体にとって「おなじみ」の企業にすることにしたのだ。
この戦略は大成功したので、05年になっても、いまだにTDKは多額の広告料を払って世界陸上のスポンサーを続けている。
●政治マニア相手?●
TDKをはじめ民間企業のサラリーマンならだれでも知っているビジネスの常識を、岡田、枝野ら民主党の中堅議員は知らなかった。
だから、枝野はワイドショーをバカにする演説をし、岡田はただの一度もTVの娯楽番組に出演しなかったのだ。
もちろん岡田は民主党の党首として、NHKの『日曜討論』、フジテレビの『報道2001』やニュースショーの政治コーナーなど、政治に関心がある人(政治マニア?)が見る番組(政治番組)には出ている。しかし、国民のなかには政治に関心がなくてそういう番組を見ない「有権者」も大勢いるのだ(というか、たいていの有権者はふだん政治と直接関係ない職業で収入を得ているサラリーマンか小市民であって、政治は数ある関心事のなかの、単なる1つにすぎない)。
いったい岡田は、そういう有権者に、つまり「マニア」でない普通の人々に、どうやって政策をアピールするつもりだったのだろう………岡田の、政治番組にだけ出ていればいい、という発想は、「TDKは電子機器の見本市に出ていればいい」というのと同じで、広告宣伝のなんたるかを知らない素人の発想だ。
その点、小泉は玄人だ。
小泉は甲子園で始球式をし(自民党News Packet 03年8月8日)、ヤンキースタジアムでも始球式をし(共同通信04年9月20日付「ニューヨークで始球式 首相、松井選手を激励」)、ハリウッドスターのリチャード・ギアが首相官邸を訪れれば、TVカメラの前で2人で一緒に踊って見せるのである(サンスポWeb版05年3月29日「似てる!? リチャード・ギアが小泉首相を表敬訪問」)。
こういう話題は、野球や映画に関心があっても政治には関心のない、普通の人々の注目を集め、彼らの目になじむ。
小泉は、自分が全国民にとって「おなじみ」になるように、常に気を配っていたのだ。これは、スポーツに関心はあっても電子部品に関心のない普通の欧州人にTDKが「世界陸上」を通じてPRしたのとまったく同じ発想だ。
どんなにまじめな男が品質のいい製品について熱心に語ろうとも、客は初対面の他人の話などそう簡単には信じないし、それ以前にそもそも話を聞こうとしない。政治に関心の薄い国民にとって、岡田はずっと「初対面の営業マン」にすぎず、ぜんぜん話を聞く気にならない「笑わないせぇるすまん」だったのだ。
他方、小泉は、政治に関心のない人を含め、すべての日本国民にとっておなじみの存在だったので、その「よく知ってる人」が、衆議院の解散・総選挙を機に何か熱心に訴えている、と知れば、みんな話を聞いてみよう、という気持ちになる。じじつ、解散直後、8月8日夜8時20〜55分放送のNHK『ニュース7』拡大枠における、小泉首相記者会見の、TV生中継の視聴率は平均15.7%だったが、時間が経つにつれて率が上がり、終了間際には26.5%にも達していたのだ(産経新聞05年8月16日付朝刊23面「週間視聴率トップ30 解散効果でニュース好調」)。
【この週(8月8〜14日)の番組平均視聴率1位は、14日夜8時15分〜10時45分放送のTBS『世界陸上ヘルシンキ大会・第2部』(女子マラソン中継)の22.1%だったから、瞬間風速とはいえ、首相記者会見の26.5%という数字は、ニュース枠としては異例の高率と言える。】
●悪平等慣れ●
『日曜討論』『報道2001』などの政治番組の場合、与党自民党だけでなく、民主党など野党各党の出演者にも一定の発言時間が平等に割り当てられる。が、これは、現実経済の市場原理に反する。民間のビジネスの世界では、そんなことはほとんど起きない。
たとえば「音楽マニア」がボサノバの名曲『O Grande Amor』(大いなる愛)を買うとする。「マニア」はいろんなミュージシャンの名前を知っているので、坂本龍一(キヤノンWeb「坂本龍一氏出演の新テレビCM」)やら小野リサやら本場ブラジルの歌手やら、大勢の演奏を探しまわって比較検討して買うかもしれない。が、そんな人は少ない。
マニアでない、普通の人が買う場合は、たとえば
「あ、坂本龍一なら知ってる、TVで見てるから」
「聴いてみた。よかった」
「じゃあ、買おう」
という具合で、小野リサ以下ほかのミュージシャンはそもそも比較検討の対象にもならない。
拙著『中途採用捜査官@ネット上の密室』の「第9章 “二位”が“一位”になる方法」で取り上げたように、消費者は音楽や小説を買う場合「たまたま目に付くところにあったおなじみのもの」のなかから選んで(あるいは選ばないで)買うのだ。すべての選択肢を平等に比較検討して買う者などいない(書店の店長も著者名と出版社名だけを見て差別し、おなじみのものばかり仕入れたがる)。
つまり、05年9月の衆院選でも、ふだん政治に関心のない(マニアでない)有権者の多くは、小泉の話だけをTVで聴いて「よし、気に入った!」とばかりに購入(じゃなくて投票)を即決し、岡田(民主党)の話はまったく聴かず、小泉(自民党)以外の選択肢は考慮しかなかったと考えられるのだ。
小泉がずる賢いのではない。岡田が悪いのだ。
岡田がビジネスの基本を知らないから、「おなじみの営業マン」になる努力をしないからいけないのだ。
民主党の幹部のなかに「議員の日常活動を強化」すべきことに異論のある者はいない。みな、個々の小選挙区で衆議院議員が、祭りや道路の開通式など、地元のさまざまなイベントに出席して、おなじみの存在になることは奨励しているはずだ。だったら、2大政党制のもとでは、次期首相候補たる2大政党の党首がTVを通じて、全国300小選挙区すべてで「おなじみ」になるように努力するのは当然ではないか。
小泉はそれをやった、官邸でも甲子園でも、息子の出演した映画を見に行った映画館でもやって見せた。しかし、岡田は一切しなかった。だから当然、岡田が全国民にとっておなじみの顔になることは、ついになかった。
もう岡田の政治生命は終わりだ。今後、選挙で民主党候補の応援演説をすることさえできないだろう。
03年11月の衆院選で当時の菅代表率いる民主党は大勝し、議席を一気に40も増やしたが、それに先立つ10月1日のゴールデンアワー、菅はフジテレビ系全国放送の人気番組『さんまのまんまスペシャル2003』に夫婦で出演していた。小沢一郎も新進党幹事長時代、巨人の長嶋茂雄監督(当時)とTVで対談したし(95年2月11日放送のフジテレビ『長嶋茂雄と戦後50年』)、89年の参院選で「元祖マドンナ旋風」「おたかさんブーム」を起こした土井たか子も社会党党首時代、TBSのクイズ番組『世界・ふしぎ発見!』に出演したことがある。
【04年米大統領選で善戦した米民主党のジョン・ケリー候補も、米大リーグ、ボストン・レッドソックスの試合を観戦することによって、野球中継のTV画面に大きく映っている。】
つまり、「旋風」を巻き起こす野党政治家はみな視聴率の高い娯楽番組に出ているのだ。
もしこれらの番組出演が国民をたぶらかすポピュリズム(大衆迎合)、衆愚政治だというのなら、TDKが世界陸上のスポンサーになるのも衆愚政治であり、邪道ということになる。
もちろん邪道ではない。人気のある娯楽イベントに登場して知名度を上げるのはビジネスの王道であり、基本だ。
前原新代表ら民主党代議士15人(自民党代議士13人)を輩出した松下政経塾では「選挙に出る方法」として「カネがなかったら地元(選挙区)で辻立ちをしろ」と教えているが(05年9月21日放送のテレビ朝日『スーパーモーニング』)、人気番組への党首の出演は言わば「全国向け辻立ち」なのだから、「次期首相候補」がそれをやっていけない理由は何もない。
岡田はこの基本がわからなかった。だから、ただの一度も娯楽番組に出演しなかった。
今後、民主党の党首になる者はみな、この「基本」を理解し、娯楽番組に出演しなければならない。そうでなければ、「首相にふさわしい人」の世論調査で、菅や小沢を上回る支持率を得ることは不可能であり、いずれ岡田の二の舞になる。
【公明党の神埼武法代表が出演した「そうはイカンザキ」のような娯楽性満点の選挙CMは、組織票に頼る公明党ではなく、むしろ浮動票の必要な民主党こそが流すべきだったのだ。小泉内閣の竹中平蔵・郵政民営化担当相は05年6月18日、テレビ朝日の人気番組『SmaSTATION』に出演していたので、岡田は茶の間の知名度(おなじみ度)では竹中にも負けていた。】
●解散前の選挙戦●
岡田は衆院選敗北の責任を取って代表を辞任すると正式表明した、05年9月15日の民主党両院議員総会の席で「遺言」と称して「代表をみんなで支えようという気持ちがなければ、政権は取れない」などと、いかにも「菅や小沢がサポートしてくれなかったのが敗因」と言わんばかりの泣き言を述べた。
が、選挙戦最終盤の街頭演説で岡田がたびたび口にした「どうか民主党に力を貸してもらいたい」という絶叫は、まるで昔の左翼のアジ演説であり、ほとんど命令口調だ(民主党「総選挙の軌跡」05年09月10日)。
有権者を「顧客」(お客様)とみなしてマーケティングや広告宣伝を行う、メディアの発達した21世紀の先進民主主義諸国の選挙ではおよそ考えらない横柄なセリフであり、この1点を見ただけでも、岡田の眼中に「一般ピープル」がなく、彼が政治マニアだけを相手にしていたことが窺える。
小泉と岡田の戦いは、05年8月8日の解散のはるか以前に決着が付いていたのだ。2人の選挙戦は、実は解散の何か月も前から、いや、岡田が代表に就任した04年5月から、TV画面を主戦場として始まっていたのだが、岡田はそれに気付いていなかった。
05年衆院選の結果は「小泉の作戦勝ち」である以上に「岡田の自滅」なのだ。
以上、民主党が岡田前執行部の敗因を総括しなかったので、筆者が代わって総括した次第だが、実は、より深刻なのは自民党だ。小泉ほどメディア対応のうまい政治家はめったにいないので、後継総裁の人選如何では次期総選挙で、それこそ自滅する恐れがある。
【上記は筆者の純粋な「予測」(推測)であり、「期待」は一切含まれていない。】
【この問題については次回以降も随時(しばしばメルマガ版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です(トップ下のコラムはWeb版には掲載しません)。
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