〜シリーズ「2011年のTV」(2)〜
前回、国際サッカー連盟(FIFA)主催のワールドカップ(W杯)サッカーや国際オリンピック委員会(IOC)主催の五輪など、主要国際スポーツイベントの利権はすべて、日本の某大手広告代理店(A社とする)が直接間接に握っているのではないか、という仮説を述べた。今回はそれを検証する。
A社は、かつてはW杯サッカーも五輪も支配していたインターナショナル・スポーツ・アンド・レジャー社(ISL)の、49%の大株主(51%の筆頭株主は独アディダス社)だったが、その後01年にISLは破産している。
破産したのだから、A社はもうW杯や五輪とは関係ない………と考えるのは早計だ。なぜなら、五輪を商業化し国際スポーツに「公式スポンサー」を導入して莫大な利益を産む構造を確立したのはA社だからだ。ISLの解体に伴ってその利権は中小企業数社に分散したのだから、A社はその各社に出資したり役員を派遣したりすることによって、事実上の独占支配体制を(アディダス抜きで)構築できたはずだ。
●ナベツネの抵抗●
筆者がこのことに気付くきっかけになったのは、渡辺恒雄・前読売巨人軍オーナー(現読売新聞社会長)(ナベツネ)が、IOCや、FIFAと関係の深い日本サッカー協会(JFA)やJリーグ(の川淵三郎初代チェアマン)を敵視していることだ。もしIOC、FIFA、JFA、Jリーグの背後にA社がいて、国内外のスポーツ利権の独占をはかっているのなら、プロ野球界の盟主である巨人軍と、読売系列の広告代理店と合併した別の大手広告代理店(B社とする)とを通じて、国内スポーツビジネスを牛耳りたい読売新聞やその子会社の日本テレビ(NTV)にとって、A社はライバルだからだ。
以下、A社がW杯サッカー(Jリーグ)と五輪の利権を一手に握っていると仮定して、「読売・NTV・巨人」グループと「A社・IOC・FIFA・JFA・Jリーグ」連合との対立の歴史を概観してみる:
#1 ヴェルディ読売
「地域密着」「(企業でなく)住民のためのスポーツ」という、欧州スポーツの正論を手本とする川淵三郎チェアマンのもと、93年にJリーグが発足し、各クラブ(チーム)はチーム名にスポンサー企業(親会社)名を入れることを禁じられた。が、読売新聞をスポンサー(親会社)とするヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ1969)だけはしばしば「ヴェルディ読売」と名乗り、Jリーグの方針に抵抗。渡辺は「1人の独裁者が空疎な理念を振りかざしてもスポーツは成り立たない」と川淵を独裁者呼ばわりした(毎日新聞兵庫版04年9月21日付朝刊23面「プロ野球はJリーグの理念に学べ」)。99年、渡辺は親会社の宣伝につながらないJリーグを見限り、読売はヴェルディの経営から撤退(経営をNTVに譲渡)。
#2 ネルシーニョの屈辱
98年フランスW杯サッカーのアジア地区予選を勝ち抜くため、JFAは元ヴェルディ選手の加藤久を委員長とする強化委員会に、当時の加茂周・日本代表監督を含む次期代表監督候補の評価を委嘱した。加藤らはこれを受けて、国際経験豊富なブラジル人、ヴェルディのネルシーニョ監督(当時)を第一候補に選び、95年11月19〜20日、JFAはネルシーニョと交渉し、彼の代表監督就任が内定した。ところが11月22日、JFA(当時の長沼健会長と、川淵三郎副会長兼Jリーグチェアマン)は一転して委員会を無視し、国際経験に乏しく、代表監督としての成績も悪い加茂の続投を決めた。このため、日本代表は97年のアジア地区予選で苦戦し、加茂はその予選の途中で解任された。この解任は、加茂を選んだ川淵らの判断が間違っていたことを意味している。
【この後遺症は深刻で、その後もJFAは、クラブ監督経験のないジーコをいきなり代表監督にするなど、いまだに監督の評価方法を確立できずにいるため、05年6月3日の、06年W杯アジア予選・対バーレーン戦でも「親日的な審判」の偏向判定に頼らざるをえまい。小誌02年6月13日「●いまこそ『奥の手』を〜審判に『期待』」を想起されたい。】
#3 シドニー五輪野球
00年シドニー五輪から野球にプロ選手の参加も認められることになったため、日本の多くの野球ファンは、一流プロ野球選手多数の参加した日本代表「ドリームチーム」が金メダルを取ることを期待したし、サマランチIOC会長(当時)も日米などのプロ野球にトップクラスの選手を派遣することを要請した。ところが、渡辺は「サマランチは商業主義で、自分のことしか考えていない。ペナントレースをやっているときに(巨人の)松井(秀喜)や高橋(由伸)をだれが出すか!」と口汚く罵って拒絶(産経新聞98年3月5日付朝刊20面「シドニー五輪 プロ野球トップ3選手派遣要請 渡辺社長『商業主義だ』」)。このため日本球界は五輪期間中ペナントレースを中断して最強チームを編成することができず、結局五輪に参加した一流選手はパ・リーグの数人だけで、日本代表は銅メダルも取れず、4位に終わった。
#4 プラットワンの興亡
02年3月1日、日本で110度CSデジタル放送が始まると、それまでCSアナログだけで放送していたスカイパーフェクTV(スカパー)は、CSデジタルでスカパー2も始めた。スカパーには、フジテレビ、ソニー放送メディア、伊藤忠商事を筆頭に、TBS、テレビ朝日、A社、ソフトバンクらが出資または役員派遣の形で経営に参加していたが、NTVは不参加だったので、NTVはWOWOWと組んで新しいCSデジタル放送プラットワンを立ち上げ、スカパーに対抗しようとした。
が、04年3月、プラットワンはスカパー2に吸収されて「スカパー!110」になり、NTVもその株主とならざるをえなかった(『インプレスAVウォッチ』02年02月28日
Asahi Satellight Page 04年3月3日)(但し新生スカパーの筆頭株主も05年現在依然としてフジ、ソニー放送メディア、伊藤忠。スカパー会社概要を参照)。
【「110度CSデジタル」は、BSデジタル放送用の静止衛星と同じ、東経110度の方角にある静止衛星による衛星放送。アンテナの方角がBSデジタルと同じなので、両放送兼用のアンテナがあれば両方受信できる。】
#5 アテネ五輪野球
シドニー五輪の反省から、日本球界は元巨人の長島茂雄代表監督のもと、全員プロの一流選手による日本代表「長嶋JAPAN」を編成して04年アテネ五輪に臨むことになった。その前年03年のアジア地区予選では、長嶋は(国際試合で初対面の好投手と対戦しても勝てるように)近鉄の中村紀洋(当時)らのホームランバッターをはずし、巨人の二岡智宏や中日の井端弘和など、俊足攻守巧打の選手を多数集めて勝ち抜き、五輪出場権を得た。
が、翌04年の五輪本番では、またしてもペナントレースの中断が実現せず、代表選手の選考はやり直しになった。「ペナントレースに公平を期するため」各チーム2名ずつという枠が設定されたので、長嶋は二岡や井端の代わりに鈍足で機動力に乏しい中村らを選ばざるをえず、結局、勝負どころでセフティーバントもヒットエンドランも使えなくなった長嶋JAPANは準決勝で惜敗(小誌臨時増刊04年8月25日「2名枠の悲劇」)………ペナントレースの中断に反対し、結果的に日本の金メダル獲得を妨害したのは、渡辺だった。
上記の対立の大半は、スポーツを企業宣伝の道具としか見ない渡辺の、こころざしの低さで説明できる。04年に日本のプロ野球界で、球団削減による縮小再編をめざす巨人(渡辺)と、それを阻止しようとする労働組合・日本プロ野球選手会との対立が、選手会側のストライキにまで発展したとき、川淵は「Jリーグには(スポーツのあり方に関する)理念があるが、プロ野球にはない」と、名指しこそしなかったものの、暗に渡辺を批判した。
しかし「#2」だけは例外で、これはふだん正論を述べる川淵とは思えない、「こころざしの低い」決定だ。ネルシーニョも加藤もなんの落ち度もないのに恥をかかされ、ネルシーニョは「川淵は腐ったミカンだ」とまで言い(日刊スポーツ95年11月23日付4面「ネルシーニョ監督、協会を痛烈批判」)、多くのサッカーファンも「旧知の日本人(加茂)へのえこひいき」を疑った………が、川淵(JFA、Jリーグ)の背後にA社がいて、A社がネルシーニョ(ヴェルディ)の背後に渡辺(読売)の影を見ていたと仮定すると、この横暴な決定の理由は容易に理解できる。
【じっさい、川淵は不本意な決定を強いられたようで、加茂続投決定の翌日には記者の前で「今回の決定はみんなが悩み抜いた末に良かれと思って出たもの。(ヴェルディの)森下社長にもサポートしてもらったが、結果的には人を傷つけてしまった。ネルシーニョの気持ちは分かる」と語って涙を流した(日刊スポーツ95年11月24日付5面「加茂監督続投要請から一夜 川淵副会長、涙で弁解」)。】
プロ野球では読売(巨人)が常勝チームとなり、人気とTV視聴率を独占して「盟主」となって球界全体を牛耳ったため、人気で劣る複数の球団が存続の危機に瀕した。読売傘下のヴェルディとそのOBの加藤がネルシーニョを日本代表に監督として送り込んで実績を上げると、サッカー界でも読売が大きな発言力を持つ盟主となりJリーグ全体を牛耳って、プロ野球同様の、歪んだ「読売一極集中」体制ができかねない。それを危惧したA社が川淵らを説き伏せ、横暴を承知でネルシーニョ(読売の影響力)の排除を画策した、と考えると、万事うまく説明できる。現にこの3年後、読売(渡辺)は(頭に来て?)Jリーグから撤退したのだから。
上記のように「#2」を理解すると、その延長線上で「#4」も理解できる。A社が影響力を持つスカパーに対して、読売・NTVグループはプラットワンを設立することで「無駄な抵抗」を試みたが、結局(A社が間接的に保有する)W杯サッカーや五輪などの「キラーコンテンツ」の中継放送権が獲得できず、敗れ去ったのだ。
もちろん「#1」「#3」「#5」もすべて、渡辺のA社に対する敵意の表れと理解することができる。長嶋の理想どおりの選手が五輪に出て金メダルを取ることに渡辺が最後まで抵抗したのは、「プロ野球が五輪中心になると、いままで読売の『私有財産』だったプロ野球全体が、A社のものになってしまうから」にほかなるまい。
もしW杯サッカーや五輪のマーケティング権や放送権などの権利が、前回紹介したFIFAマーケティングAG、IOCマーケティング、メリディアン、インフロントスポーツなどという複数の「自立した中小企業」に分散しているのであれば、読売(渡辺)がFIFAとIOCとJリーグ(JFA)の各々に対して一様に、一貫して敵対し続けることはなかったはずだ。つまり、IOC(メリディアン)と組んで五輪野球に協力してFIFA・Jリーグのサッカー利権(五輪競技内でのFIFAのサッカー主催権)に対抗するとか、あるいはその逆とか、そういう「合従連衡」のパワーゲームが行われたはずだ。
が、現実にはそうはならなかった。現実に読売がやったことと言えば、03年10月、自社系列の広告代理店をB社と合併させて日本で1、2を争う巨大広告代理店(新生B社)を創り出し、A社に挑戦することだった。
つまり、05年現在、W杯サッカー(FIFA)と五輪(IOC)の利権はすべて上記の中小企業群を通じてA社が押さえていると見て間違いないのだ。だから、渡辺は川淵もサマランチも口汚く罵り、新生B社(DY社)と組んでA社と戦っているのだ。
日本の一企業にすぎない読売の執拗な反発が、国際スポーツビジネスの、見えない支配の構図を、はからずも浮かび上がらせてしまったようだ。
A社がW杯サッカーも五輪も支配しているのなら、それらの「キラー試合」の、日本国内での生中継をスカパーに独占させるのは簡単だ。そして、それによって地上波デジタル放送(地デジ)の受信機、つまり、前回紹介した、地上波アナログ放送(地アナ)も110度CSデジタル放送も受信できる「共用受信機」を国民に(強制的に?)買わせるのも容易だ。
そしてそれは、A社の最大の顧客である家電メーカーに莫大な利益をもたらす。
つまり、総務省が推進する地デジの普及は、2011年に地アナを終了させて、電波の非効率な利用による現状の「混雑」を緩和する、という表面上の目的は達成するものの、視聴者にはなんら直接的利益をもたらさず、家電メーカーとスカパーとA社だけがトクをする、というアンバランスな事態を招きそうだ。
●感動ビジネス●
が、それもこれも、W杯や五輪で日本選手が大活躍して日本中が「感動」してしまえば、ほとんど不満を抱かれなくことなくすべて「解決」する。たとえば、2010年南アフリカW杯サッカー本大会で日本代表が決勝トーナメント(T)に進出すれば、CS付き共用受信機を買わされた国民の大半はなんの文句も言わないはずだ。
だからその際スカパーには「自らは決勝Tのみを独占放送し、本大会予選リーグの日本代表の試合では(弱い対戦相手と「親日的な審判」を配置したうえで)地アナに放送権を譲る」というテもないわけではない。このやり方なら、視聴者から「有料放送でしか日本代表の試合が見られないのはケシカラン」という反発を招くことはなく、多くの視聴者は自主的に決勝Tの日本代表戦見たさに受信機を買ってくれるので、万事好都合だ。
ちなみに、全国4000万世帯のうち9割が、5万円に値下げされた、CS付き共用受信機を買っただけで、その売り上げは1兆8000億円になる(実際には、値下げ前に買う世帯や、パソコンやデジタル録画機と融合した高価な受信機を買う世帯がある一方で、「カネがないから2万円のCS抜き共用受信機にする」という世帯もかなりある)。06年ドイツW杯本大会の放送権料(全世界向け一次契約総額)が推定約3億ユーロ(約400億円)であることから見て(共同通信03年2月18日付「06年放映権の契約完了」)、1兆8000億円のほんの数%の金額を使うだけで、10年W杯本大会の審判やFIFA幹部は簡単に動かせるはずだ(小誌02年6月13日「●いまこそ『奥の手』を〜審判に『期待』」を参照)。
【インフロントの06年W杯本大会放送権料の購入額と資金源がともに「推定」なのは、A社の「秘密主義」によるものだろう(共同通信前掲記事)。】
【次回は「受信機市場 vs. 堤義明」の予定。】
【この問題については次回以降も随時(しばしばメルマガ版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です(トップ下のコラムはWeb版には掲載しません)。
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