〜10か月後に「2年限定政権」へ〜
06年8月以降「ポスト小泉」の首相(兼自民党総裁)に安倍晋三現官房長官が就任することが確実になったので、それ以来「保守愛国派」を自負するメディアは妙にはしゃいだ報道をしている。が、「安倍政権」はすぐに終わる。
理由は、10か月後、来年07年7月の参議院通常選挙(参院選)で自民党が大きく議席を減らし、連立与党が参議院で過半数割れすることがほぼ確実だからだ。
●自民必敗の構図●
98年の参院選で連立与党の議席を大きく減らした橋本龍太郎首相が退陣した先例があるので(産経新聞98年7月13日付朝刊1面「自民大敗、首相退陣へ」 「党派別当選者数」 )、07年参院選後「安倍首相」が参院選敗北の「A級戦犯」として責任を問われ、退陣に追い込まれることは間違いない。
06年9月現在、自民党の参議院での議席数は(無所属の扇千景参議院議長を含めて)112。連立政権を組む公明党の24とあわせると136となり、過半数の122を上回っている(総定数は242.欠員0)。
しかし、自民党の112議席のうち(扇千景を含む)66議席は07年の通常選挙で改選される。この66人は、01年7月の小泉純一郎政権誕生直後、朝日新聞の世論調査で内閣支持率が84%もあった「純ちゃんブーム」のときに当選している(朝日新聞Web版06年08月28日「小泉支持率47%、平均で歴代2位 本社世論調査」)。このときの、60を上回る当選数は、自民党にとっては異例の大勝であり、もう二度とない。
現に、政権誕生直後ほどではないにしてもまだ50%前後の高い内閣支持率(朝日前掲記事)のあった04年7月の参院選で、「小泉自民党」は49議席しか獲得できず、民主党の獲得議席数の50にも届かなかった(参議院Web 06年9月5日「会派別所属議員数」)。
【このとき、民主党党首は岡田克也代表だった。各種世論調査で明らかなように、彼は党首(次期首相候補)としては人気がなく、そのため05年9月の衆議院総選挙では大敗している(小誌06年9月8日「計画的解散〜シリーズ『9.11総選挙』(3)」)。が、参院選は、小選挙区制の衆院選のような「首相を選ぶ選挙」ではないために、不人気な党首を奉戴する野党第一党でも十分に勝てる、ということが、この04年参院選で証明された。】
この04年参院選における、自民党の選挙を仕切った幹事長は、当時から拉致問題への積極姿勢、対北朝鮮強硬論で国民的人気の高かった安倍晋三だ。当時の彼は、二度目の訪朝で北朝鮮に拉致された被害者の家族5人を連れ帰って世論調査の支持率を回復させつつあった小泉首相を奉戴して選挙戦を戦ったにもかかわらず、民主党に負けた。
つまり、安倍は選挙に弱いのだ。
07年7月に改選される自民党参議院議員66人は、選挙に弱い安倍を首相として奉戴して戦うので、普通にやれば、15人ぐらい減って50人前後になると見るべきだ。51人以下しか当選しなかった場合は、非改選議席が(05年9月、郵政民営化法案に反対する「造反組」の参議院議員が離党した結果)46議席しかないので、参議院における自民党の議席は全体で97議席以下となる(日経新聞Web版「2004年参議院選挙特集」)。
その場合、連立与党の公明党が改選議席(11)を守り、非改選とあわせて現有議席(24)を維持したとしても、与党全体の議席は121以下に留まり、過半数(122)に達しない。
自民党にとって深刻なこの現実を踏まえ、森喜朗前首相は公明党の会合で「来年の参議院選挙で与党が過半数を維持するには、自民党は最低でも52〜53議席、政権を安定して運営するには55議席以上確保することが必要」と述べた(06年9月3日放送のNHKニュース「森氏 参院選は55議席以上を」)。これは「66が55に減っても(過半数は維持できるので)退陣しなくていい」という意味だが、いずれにせよ「過半数割れ」で政局が動く、という永田町の常識を示している。
なぜ政局になるのかというと、政府(安倍内閣)が提出する法案は、憲法60条2項、61条で衆議院の優越が決まっている予算と条約以外は、参議院を通らないからだ……と福岡政行・白鴎大教授も述べている(06年8月28日放送のテレビ朝日『ビートたけしのTVタックル』)。
●安倍 vs. 北朝鮮●
予算と条約以外の法案が通らないという事態は深刻だ。公務員給与法のような事務的な法案は全会一致で通るだろうが、与野党対決の焦点になるような重要法案が通らなければ、政府は満足な仕事ができないので、連立政権は重大な危機に陥る。
そこで、そういう深刻な政局を避けるため、安倍政権は参院選に勝つ必要があり、そしてそのために、選挙前に国民の支持を高めるような劇的な成果をあげる必要がある。
04年7月の小泉自民党は「拉致被害者」家族5人(蓮池、地村両夫妻の子供)を北朝鮮から奪回しても、直後の参院選では(年金問題などのつまづきで)民主党に負けた。したがって安倍自民党は、この「5人奪回」を上回る大手柄をあげなければ、参議院での過半数割れは避けられまい。
では、安倍次期首相は何をすればいいのか。
やはり国民の関心の高い、北朝鮮による日本人拉致問題の進展、とくに拉致被害者の奪回が不可欠だろう。
安倍は06年7月に北朝鮮が日本海でミサイル発射実験を行った際、小泉首相の留守を預かる官房長官として首相官邸を指揮し、北朝鮮の貨客船「万景峰92」の半年間入港禁止などの制裁措置を発動しているので(産経新聞Web版06年7月11日「安倍官房長官、『北の対応次第で追加制裁も検討』」)、安倍を「拉致問題にもっとも熱心な政治家」と信じる拉致被害者家族会の突き上げなどにより、安倍は、選挙に勝つために、拉致被害者を取り返すべくなんらかの(経済)制裁措置をとらずばなるまい。
が、制裁をしたからといって、拉致被害者が帰って来るとは限らない……いや、だれも帰って来ない、と断言できる。なぜなら、安倍の苦しい立場を北朝鮮も知っているからだ。
制裁に屈してだれかを帰せば、安倍の外交的成果になり、07年参院選で安倍が勝つ可能性、および「対北朝鮮最強硬派」の安倍の政権が続く可能性が高まる。が、北朝鮮は10か月我慢していれば、安倍政権が潰れる可能性が高いのだから、それならこの際我慢して、外交的成果は一切与えずに、この「最強硬派政権」をさっさと潰してしまおう、と考えるに決まっている。
拉致被害者家族にとっては意外に聞こえるだろうが、実は、拉致問題の解決にとっては安倍政権は最悪なのだ。もし対北朝鮮非強硬派の福田康夫元官房長官が首相であれば、北朝鮮は「この政権が続いたほうがトク」と考えて、その政権になんらかの外交的成果を与えて選挙に勝たせようとするだろう。が、強硬派の政権が相手なら、そんなことはしない。
おそらく北朝鮮は安倍政権には、拉致問題解決のための制裁措置の発動を望むだろう。なぜなら「拉致問題にもっとも熱心な政治家が首相になって制裁をしても、だれも帰って来なかった」となると、「もう何をやっても無駄」というあきらめが日本国民のあいだに生まれ、拉致問題が終わってしまうからだ。
これは、日本と厳しい国益の対立を抱える他の国、たとえば中国や韓国にとっても同じことだ。両国政府は、自分たちにあまり協調的な姿勢を見せない安倍の政権には、とにかく10か月間目立った外交的成果を与えさえしなければいいのだから、こんな政権は早く退陣させて、自分たちにとってもっと有利かもしれない次の政権と交渉したほうがまし、と思うに決まっている。
つまり、安倍政権とは「外交的には何もできない政権」なのだ。したがって、07年参院選で自民党は大敗し、連立与党は参議院で過半数を割り、福岡の言うとおり「政府提出法案のほとんどが参議院を通らない」重大な政局になるはずだ。
●2/3マジック●
筆者もずっと福岡と同じ考えを持ち、「07年参院選で与党が過半数を割ったら、民主党を巻き込んだ大政局になる」と思っていた。が、最近、永田町の事情通と話していて、ふと気が付いた、「連立与党は参議院で過半数を割ってもすぐには困らない」と。
憲法59条2項によると、法案が衆議院で可決され、参議院で否決された場合、衆議院で出席議員の2/3以上の賛成で再可決すれば、法案は成立する。06年現在、連立与党は衆議院で定数480議席の2/3を超える323もの議席を持っている(衆議院Web 06年6月8日「会派名及び会派別所属議員数」)。
つまり、07年参院選の結果、たとえ連立与党が参議院で過半数割れに陥ったとしても、それは次期首相(安倍)が国民から不信任されたことを意味するだけであって、連立与党にとっては必ずしもただちに政権を失うような事態ではないのだ。
衆議院議員定数の2/3を超える連立与党の議席は、05年9月の衆議院総選挙によってもたらされた。したがって、その任期4年が終わる09年9月までは、衆議院の解散総選挙をしない限り、連立与党は「法案が通らなくて困る」事態を回避できる。そして、解散権は憲法上内閣にあり、衆議院で過半数を握っている限り連立与党の内閣は解散をしなければいいので、09年9月までは自民党と公明党の連立政権の枠組みは維持できる。
もちろん09年9月になったら衆議院総選挙をしなければならないし、そのときは「郵政解散」をした小泉首相が、首相候補として極端に不人気な岡田・民主党代表を相手に勝って(小誌前掲記事「計画的解散」)過剰に獲得した自民党の議席は、減ることはあっても増えることはなく、連立与党は衆議院で(過半数は維持できても)2/3を割り、(次の次の参院選は10年7月なので)参議院は過半数を割ったままであるから、今度こそ「予算と条約以外すべての法案が通らない」事態に陥ることになる。
そこでいよいよ、連立政権の枠組みの変更(たとえば、民主党と公明党の連立政権樹立による、自民党の野党転落)か、自民党と民主党の国会議員が党派の枠を超えて政策で結集(して新党を結成)する「政界大再編」(か、自民党と民主党の2大政党による「大連立政権」)になる。が、それは、永年与党であった自民党にとっては痛みを伴うことだ(「大連立」の場合の痛みも深刻で、自民党議員が大臣などのポストにありつく確率は約1/2になる)。
自民党は、もしも他党から参議院議員を数人引き抜いて「数合わせ」をするだけで野党転落や政界大再編を避けられるなら、そうするだろう。何より、大再編のような深刻な事態の到来を1日でも遅らせるために(衆議院を解散せず)09年9月まで衆議院の現有議席を維持し、情勢の変化を待つだろう。
【こうなるとわかっているのなら、07年の参院選直前に衆議院を解散して「衆参同日選挙」にするという手がないわけではない。同日選は国民の関心が高まって投票率が上がるので、日本共産党や公明党のような、浮動票のほとんど得られない組織政党には不利だが、自民党(や民主党)のような浮動票を得やすい政党には有利だからだ。
が、自民党がこれを望んでも、連立与党の公明党が反対するので、難しい。
そのうえ、たとえ同日選にしても、05年9月の郵政解散のときと違って、民主党の党首が、首相候補としての世論調査の支持率が岡田よりはるかに高い小沢一郎なので、自民党が05年9月のように衆議院で290議席以上を獲得して大勝するのは不可能だ。結局、連立与党は衆議院で議席を減らし2/3を割り込むだろうから、そのときもし参議院での獲得議席が思うように伸びなければ、元も子もない。】
●2年限定の暫定政権●
とすると、07年7月に安倍が退陣したあと09年9月までの約2年間、自民党には、政界大再編を先送りするために、あるいは大再編に備えるために、「2年間限定」で連立与党の枠組みを率いる「暫定首相」が必要になる。
つまり、在任中一度も解散をせず、議席減が確実な09年の衆議院総選挙に向かって過半数割れした参議院を率いて、「予算と条約以外はぜんぶ衆議院で再可決」というダイハードな状況に耐えられる政権だ。が、そんな政権の首相になりたがる物好きがいるだろうか?
1人いる。福田康夫だ。
理由は自民党の定年制だ。自民党は衆議院議員候補には73歳定年制を導入しており、福田は1936年7月生まれなので、09年9月の次期衆議院総選挙前には73歳になっているから、総選挙に負けても引退するだけでいい。「失うものは何もない」ので「暫定」には最適だ。
福田は06年7月、自民党総裁選に出馬しないと表明したあともなお(NHKの世論調査では)総裁選に立候補した谷垣禎一財務相や麻生太郎外相などの「泡沫候補」を上回る支持率を得ており、「ポスト安倍」の資格はある(06年5月のNHKの世論調査では、首相候補としての支持率は安倍約30%、福田約16%、他は2%以下。06年7月の「福田不出馬」後は、安倍39.9%、福田4.3%、麻生3.8%、谷垣3.0%。06年8月26日放送のNHK-BS1『土曜解説』)。
実は、参議院が、衆議院で可決された法案を最大59日間否決せずに国会会期末を迎えると、法案は廃案になり、衆議院で再可決できない(憲法59条4項)。この最悪の事態を防ぐには、連立与党は野党の一部と連立か閣外協力をする必要があるが、民主党の渡部恒三・国対委員長は自民党の森に「なんで(総理総裁を安倍でなく)福田にしなかったんだ」と怒っているので(06年9月13日放送のNTVニュース「森前首相『安倍官房長官は情がない』」)、07年参院選後の自民党総裁(首相)が福田なら、野党との協力はなんとか可能だ(が、安倍が退陣しない場合は不可能)。
●運命の2008年●
つまり、07年7月参院選後に首相になる人物は、その後約2年間政権を担うのだが、その任期は確実に08年をまたぐことになる。この08年が問題だ。
この年は3月に台湾総統選、8月に北京五輪、11月に米大統領選と、あたかも惑星直列のように国際政治上の大事件が重なる年であり、とくに米大統領選では、親日的な共和党から、親中国的な民主党への政権交代が起きる可能性がある。このような歴史的転換点に首相を務める者には、閣僚としての十分な経験に基づく実務能力が求められるので、官房長官としてたった1回、11か月の閣僚経験しかない安倍より、同じポストを2人の首相のもとで、史上もっとも長く、3年6か月も務めた元「影の外務大臣」のほうが適任なのは明らかだ。
02年の小泉初訪朝の際、日本国民は「福田官房長官(当時)より安倍官房副長官(同)のほうが拉致問題に熱心だ」という印象を受け、以後ずっと「安倍幻想」に浸って来た。が、すでに述べたように、拉致問題はむしろ、安倍が首相になることによって不幸な形で幕引きされる可能性が高まるのだ。
日本国民は北朝鮮を信用していないので、北朝鮮から「拉致被害者は(みな)は死んだ」という情報がはいって来ても信用しないが、もし同じ情報が米国からもたらされたら、どうだろう? 米政権の対北朝鮮外交方針の転換は、08年の米大統領選を待たずに、06年11月の中間選挙(における与党共和党の敗北)後にも始まる可能性があり、その結果として06〜07年に米与野党VIPから「死亡情報」がもたらされれば日本国民は信用し、落胆するのではないか。
この場合も、安倍の福田に対する優位はなくなる。
さらに、万が一、旧日本軍が中国で遺棄したとされる化学兵器の処理事業をめぐる日本企業の受注工作にからんで、工作当時与党幹事長だった安倍の周辺に疑惑がおよべば(読売新聞Web版06年8月5日「大成建設が1千万円受注工作?…旧日本軍化学兵器処理」)、「安倍は(福田と違って?)中国に毅然とした態度をとる」というイメージも一気に傷付く。
しかも安倍は、10か月の首相在任中、靖国神社に参拝することはない。06年4月に同神社に参拝していながら「参拝したともしないとも言わない」という方針だからだ(読売新聞Web版06年8月4日「安倍官房長官は今年4月に靖国参拝」)
もし安倍が「拉致被害者を1人も取り返せず、中国関連の疑惑が取り沙汰され、首相として靖国に参拝しない」となると、保守派の国民が彼を支持する理由はほとんどなくなる。
自民党総裁選は公職選挙法の対象外なので、買収はやりたい放題だ。もし福田が06年総裁選に立候補していれば、莫大な「選挙対策費」のかかる消耗戦に持ち込まれたうえに勝てるかどうかわからなかった。そこで福田は、08年の重要性を考えて06年総裁選をパスした、と考えられる。07年参院選後に手を挙げれば、ほとんどカネをかけずに勝てるからだ。
他方、未熟な安倍は首相のイスほしさに焦って06年総裁選に出馬し、10か月後に自爆する道を選んだ。
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