〜安倍晋三前首相退陣の再検証〜
[余談]
前回、最近、小誌読者の方々のあいだで、小誌記事2006年9月18日「ポスト安倍〜10か月後に『2年限定政権』へ」)が1年以上も前に「安倍晋三首相の退陣」「福田康夫首相の登場」を予言(でなくて科学的に予測)した記事として評価が高い(ホームページランキングの得票が高い)と述べた。が、実は予言(予測)のはずれた記事のなかにも評価の高いものがある。それは、小誌2005年10月27日「首相の『側近中の側近』〜「ポスト小泉」を読む」)である。
なぜ、評価が高いのか、正直わからないのだが、おそらく、この記事はマスコミで「(小泉)首相の側近、後見人、政局のキーマンなどと称されている連中が、いかに首相や政局への影響力がないか」ということを明らかにした記事として評価されているのではないだろうか(2001〜2005年の小泉政権においても、2007年に誕生した福田政権においても、「自称小泉総理の後見人」「政局のキーマン」の森喜朗元首相はなんの役にも立っていない)。
というわけで、小誌の存在価値は予測(を的中させること)だけではなく、綿密な分析によてマスコミ報道が覆い隠している真実を暴くことでもあるので、今回はそういう検証を行ってみたい。
●「一部週刊誌」報道●
安倍晋三が退陣を表明した2007年9月12日、一部大手紙の夕刊1面に「首相の辞任をめぐっては、今週末発売の一部週刊誌が安倍首相に関連するスキャンダルを報じる予定だったとの情報もある」と報じた(毎日新聞2007年9月12日付夕刊1面「安倍首相:辞任を表明 『政策の実施困難』と代表質問直前に - 緊急会見」)。
この「一部週刊誌」というのは『週刊現代』のことである。
【『週刊現代』はこの「一部週刊誌」という失礼な表現にかなり怒っているので、その意を汲んで筆者は毎日新聞を「一部大手紙」と呼ぶことにする。】
(^^;)
同誌は、安倍が父親の故・安倍晋太郎元外相から複数の政治団体を相続する際、それを悪用して約6億円の政治資金を相続した、と報じている。晋太郎は首相の座をめざして巨額の政治資金を集めていたが、それを使う前に病に倒れたたため、死の直前、それらの資金を自身が管理する複数の政治団体に寄付することによって所得税の控除を受け、その政治団体を安倍晋三が相続したのだ(『週刊現代』2007年9月27日号 p.p 26-30 「本誌が追い詰めた安倍晋三“首相”『相続税3億円脱税』疑惑」)。
政治資金は政治活動に使われずに相続された場合は相続税の課税対象になるが、安倍父子は自分たちの息のかかった複数の政治団体の間で資金を移動させたり、団体同士を合併させたりして整理あるいは粉飾し、相続税の課税を巧妙に逃れている。同誌の取材を受けた財務省主税局の相続税担当幹部はこれを(約6億円の相続なら、当時の最高税率50%で計算して約3億円の相続税を納めるべきところだったので)脱税だと断言したが、晋太郎の死が1991年で、税法上の相続税脱税の時効が最大7年なので、法的には責任は問われない(『週刊現代』前掲記事)。
同誌はこの「脱税疑惑」をA4判5枚の質問書にまとめて、「2007年9月12日中に回答するよう」期限を書き込んで安倍晋三事務所に送ったところ、その回答期限の12日(午後2時)に安倍晋三が辞任会見を行ったことから、同誌は「『週刊現代』が首相の首を取った」と自画自賛しているのである。
これを信じるマスコミ関係者は少なくなく、評論家の立花隆も同誌当該号の発売前から同誌を、ネット上のコラムで称賛している(『立花隆のメディア ソシオ-ポリティクス』2007年9月14日「週刊現代が暴いた“安倍スキャンダル”の全容」)。
立花によれば、上記の脱税疑惑に関する特集記事は12日の夜に書かれ、13日に校了になり、14日に印刷製本され、15日に発売されたのだが、立花は同誌の仕事をして来た関係から、発売前にその記事の内容を知り得たのだそうだ(立花前掲記事)。
安倍晋三事務所はこの記事を、記事が書かれる前から異様に恐れ、マスコミ各社にファクスで警告を発していた、と立花はいう。そのファクスは「(株)講談社『週刊現代』記事(掲載予定)及びこれに関する一部新聞報道について」と題するもので、内容は
「毎日新聞の本日夕刊(4版)に[『“脱税疑惑”取材進む』との見出しを付した上で、『週刊現代』が首相自身の政治団体を利用した『脱税疑惑』を追求する取材を進めていた]との記事を掲載し、あたかも安倍が『脱税疑惑』の取材追及をおそれて辞職したのではないかとの印象を強く与える記事が掲載されましたので、週刊現代の指摘及びこれを無思慮に報じた新聞記事が全くの誤りであることを明確に説明しておきます」
というものだった。
立花はこれを「この記事を引用紹介する記事、ニュースを作成し配信したら他のマスコミに対しても法的措置をとるぞ」という脅しだと解釈した。じっさい、このファクス送信の直後(12日午後8時34分)、時事通信社が「『脱税疑惑』全くの誤り 週刊誌取材に安倍事務所」という速報をマスコミ各社に配信したところ「毎日新聞の後を追おうとしていたメディアの腰が一斉に引け、逆に幾つかのメディアは安倍事務所と同じスタンスに立って、『週刊現代』を攻撃する論調に立ちはじめた」ので(立花前掲記事)、この事実から立花は、『週刊現代』の記事の正確さに怯えた安倍晋三事務所がマスコミを恫喝し、それが奏効したと考えたのだ。
ところが、同じコラムの中で立花はこうも述べている:
「(上記の特集記事は)最高の公人(総理大臣)の、最も基本的な政治的倫理(納税義務と政治資金の問題)に関する疑惑を、公的文書記録(政治資金報告書)にもとづいて追及するものであったため、さらに財務省相続税担当官(に)まで取材してあるので言い逃れはできないし、名誉棄損で訴えることもできないのである(公人に関して公益に資する目的での事実の暴露は名誉棄損に問うことができない)」(立花前掲記事)
立花は、田中角栄元首相の金脈を同様の方法で暴き出した自著『田中角栄研究』(月刊誌『文藝春秋』誌上で1974年に連載)が名誉毀損に問われなかった経験からこう結論付けたのだが、どうもおかしい。立花の後者の主張、つまり「公人の疑惑を公的記録に基づいて追及することは名誉毀損にならない」という考えが正しいなら、何もマスコミ各社は安倍事務所の12日夜のファクスに怯える必要はなく、堂々と「脱税疑惑」を報道すればよく、時事通信社も上記のような速報を流す必要はなかったはずだ。
逆に、立花の前者の主張、つまり、安倍晋三事務所の恫喝が奏効したという解釈が正しいなら、『週刊現代』編集部(講談社)が名誉毀損に問われる恐れはないとする後者の主張は間違い、ということになる。
立花は一流のジャーナリストだが、上記のコラムは矛盾が多すぎ、いささか滑稽ですらある。
●日付の謎●
実は、上記の『週刊現代』の特集記事には重大な欠陥がある。それは、安倍晋三事務所に送った質問書の回答期限が12日だったことは書いてあるものの、その質問書を送付した日時、つまり安倍晋三事務所が同誌の取材内容をはっきり突き付けられた日付が書かれていないのだ。
ところが、その日付は立花が知っていた。発売前の記事を見せてもらえるほど同誌編集部と親しい立花が言うのだから間違いないだろう。立花は上記のコラムで、こう書いている:
「安倍首相自身は、取材依頼を受け取ったその日のうちに電撃的に首相を辞任して、さらにその翌日午前中から病院に入院してしまうという形で公衆の前から姿を消すという道を選んだ」(立花前掲記事)
取材依頼、つまり質問書を受け取ったのが12日だと立花は述べているので、これはおそらく、辞任表明当日の午前中にファクスか速達か内容証明郵便で安倍晋三事務所に送られた、という意味だろう。とすれば、事務所関係者がその質問書を見たのは、どんなに早く見積もっても2007年9月12日午前8時頃ということになる。
しかし、報道で明らかなように、その日の午前11時台には安倍は辞意を固めて政府・自民党の幹部に伝えているので(産経新聞Web版2007年9月12日「安倍首相 突然の辞意表明」)、『週刊現代』の質問書が原因で退陣を決めたのだとすると、安倍晋三首相(当時)が安倍晋三事務所から連絡を受けてから辞任を決めるまで、長めに見積もっても4時間ほどしかなかったことになる。
んなアホな。(^^;)
安倍は「東大法学部を出て国家公務員試験に合格した元官僚」ではない。つまり、司法試験にうかるほどの法律の知識は持ち合わせていないはずで、『週刊現代』の動きに対抗してどのような法的措置が可能であるかを安倍が自分一人で判断できるわけではないから、当然、名誉毀損訴訟に詳しい弁護士に相談するはずだ。
そして間違いなく相談した。だからこそ、12日夜にマスコミ各社に送信されたファクスには、「記事の報道による名誉毀損は(直接その記事を報道した報道機関だけでなく)引用紹介(した報道機関)に対しても成り立つという判例」を踏まえた警告が書かれていたのだ(立花前掲記事)
もちろん「『週刊現代』などが安倍の脱税疑惑を取材しているらしい」ということは、事前に安倍本人も知っていただろう(『週刊朝日』2007年9月28日号 p.p19-21 「上杉隆:安倍晋三を『自爆テロ』に追いつめた本当の理由」によれば、安倍は『週刊現代』が自分の脱税疑惑を、『週刊文春』が自分の脱税と隠し子の疑惑を取材していることを事前に知っていた。但し、なぜかこの記事には安倍がそれらを知った日付は明確には記されていない)。しかし、「取材しているらしい」という段階で弁護士に相談しても意味はない。
相談するには、疑惑追及の記事が書かれ、出版されていなければならないが、12日の時点では『週刊現代』の例の記事はまだ書かれていなかったので、安倍晋三事務所の依頼を受けた弁護士は仕方なく、当日入手したばかりの『週刊現代』の質問書をもとに初めて法的対応を検討した、というのが真相だろう。
そしてどんなに有能な弁護士でも、いや有能であればあるほど弁護士は依頼人(安倍晋三)に対して、わずか4時間かそこらで「あなたはこの雑誌を名誉毀損で訴えても勝ち目はないので、さっさと首相を辞めたほうがいい」などという結論を出すはずがない。有能な弁護士なら、訴訟を何年も長引かせて結論を先送りするなど、さまざまな対抗手段を助言できる。報道に便乗して野党が国会で追及する可能性に対しても、同じような相続税の問題が野党民主党の世襲政治家、たとえば民主党の小沢一郎代表や鳩山由紀夫幹事長にあれば、それをマスコミにリークすることで対抗できるかもしれないので、小沢や鳩山の周辺を調べてから退陣を決めても遅くはない。
麻生太郎自民党幹事長(当時)は12日、安倍の退陣表明直後の記者会見で、2日前の10日午後の時点で安倍が辞意をもらしたと述べている。そのときすでに安倍の辞意が固かったであろうことは、別筋の情報から確認できる。国連の事務総長報道官が12日、国連が各国首脳らを招いて24日に開く気候変動の「ハイレベル会合」に安倍が出席できなくなったことを「2日前に知らされた」と述べたからだ(朝日新聞Web版2007年9月13日「安倍首相の国連会合欠席、『辞任表明前に知らされた』」)。
安倍は退陣表明前に週刊誌が隠し子疑惑などのスキャンダルを調べていることを産経新聞の親しい記者に愚痴っているが、その記者は即座に「ほおっておけばいい」と一喝している(『週刊朝日』前掲記事)。
あたりまえだ。新聞記者の常識で考えれば「一部週刊誌」の報道など名誉毀損訴訟を浴びせてうっちゃっておけば済むことだ。国民に対しては「裁判中ですから」と言い訳して時間を稼ぎ、その間になんらかの政策で実績を上げて世論調査における内閣支持率を上げれば、なんとかなる。2004年に、若き日の厚生年金不正加入問題を追及された小泉純一郎首相(当時)が「人生いろいろ」「会社もいろいろ」などとごまかし発言をして逃げ切った例もあるのだ(民主党メールマガジン DP-MAIL 第148号 2004年6月3日「ハイライト:岡田代表が小泉首相と初の直接対決 <首相の厚生年金不正加入について> 」)。
一国の首相がまだ発売されても書かれてもいない「一部週刊誌」の記事に怯えて辞任する、という筋書きは、あまりにも非現実的であり、安倍の弁護士が安倍に「すぐに辞任したほうがいい」などと言うはずはない。
以上、事実関係を時系列的に判断すると「『週刊現代』が首相の首を取った」という結論は成り立たない。『週刊現代』自身もそのことをわかっていたからこそ、質問書を送付した日時を記事の中に書かなかったのだ(日時を書けば雑誌が売れなくなる)。
ところが、立花が(同誌をほめるつもりだったのだろうが)うっかり、その送付の日付を暴露してしまったために、『週刊現代』の「手柄」の虚構性がバレてしまった。こういうのを「ひいきの引き倒し」というのであろう。 (^^;)
●はずされたハシゴ●
では、いったいなぜ安倍は辞めたのか。安倍は退陣表明の翌日、2007年9月13日に慶應病院に入院したが、その際病院側から発表された病名は「機能性胃腸障害」(要するに、おなかの調子が悪いということ)だった(立花前掲記事)。
約2週間後の9月24日、安倍は入院中の慶應病院で記者会見し、辞任の理由は「体力の限界」だと述べた。会見の模様はTVで生中継され、多くの国民がそれを通じてやつれ切った安倍の顔を見たから「なるほど。病気で辞めたのか」と納得しただろう。
が、少なくとも、2007年7月まで、安倍の健康状態は首相の職務に十分に耐えられる状態だった。だからこそ、7月29日の参議院通常選挙で与党自民党が大敗しても辞めるとは言わず、逆に続投を表明し、8月27日には内閣改造まで決行したのだ。
となると、内閣改造後すなわち2007年8月末ではなく、辞意表明の直前すなわち9月上旬に、安倍の体調を著しく悪化させるような出来事があったと考えなければならない。
それについて、北朝鮮系日本語紙は「べつに謎はない」と単純明快に述べている。なぜなら、安倍が麻生に辞意をもらす日の3日前、9月7日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議出席のためオーストラリア(豪州)のシドニーを訪問していたブッシュ米大統領が、同じく豪州訪問中のノ・ムヒョン(盧武鉉)韓国大統領と会談し「(自分の任期中に)1953年(に締結された朝鮮戦争)の休戦協定を廃止し、これを恒久的な平和条約に替える」と述べたからだ(朝鮮新報Web版2007年9月22日「鄭敬謨〈寄稿〉安倍晋三の崩壊 その原因は拉致問題であった」)。
北朝鮮系新聞、つまり独裁者の広報紙ごときに指摘されるまでもなく、これは米国が朝鮮戦争以来の北朝鮮との敵対関係を終わらせ北朝鮮と国交を結ぶという意味であり、そうなるとその前に米国は北朝鮮に対する「テロ支援国家」の指定を解除する措置が必要になる。この指定が解除されると、北朝鮮は国際金融機関からの融資を受けることが可能になるので、日本(安倍政権)が「北朝鮮に拉致された日本人拉致被害者を取り返すための経済制裁」をいくら続けても意味はないことになる。
評論家の田原総一朗は、自民党総裁選の最中、総裁選に立候補していた麻生(元外相)に対して「米国から日本に2回(拉致問題について)『もういい加減にしろ』と言って来たって聞いてるけど」と水を向けたが、麻生はそれを否定せず「私はついこのあいだまで外相だったんだから、『はい、そうです』と言えるわけがないでしょう」と言い返しただけだった(2007年9月16日放送のテレビ朝日『サンデープロジェクト』「麻生 vs. 福田 一騎打ち! 自民党総裁選 候補者の覚悟に迫る!」)。
【田原は「(安倍や麻生は、日本人拉致被害者が全員生きているという前提で北朝鮮と、全員を取り返すために、経済制裁をしながら交渉する、と言うが)拉致被害者が全員生きているなんていうことはありえない」とも述べている(2007年9月23日放送のテレビ朝日『ANN報道特番 福田vs麻生 決着の瞬間 どうなる自民党総裁選』)。どうやら田原は、北朝鮮が死亡したと発表した日本人拉致被害者8人のうち何人かが確実に死亡しているという、筆者や少なからぬマスコミ関係者が持っているのと同じインサイダー情報を持っているようだ(小誌2007年3月18日「すでに死亡〜日本人拉致被害者情報の隠蔽」)。】
ブッシュ・盧武鉉会談の2日後、シドニーでブッシュ・安倍会談が開かれた。当然、ブッシュは2日前と同じ対北朝鮮外交の方針を安倍にも伝えたはずだ。それは「安倍が『生きている』と言い張る日本人拉致被害者が生きて帰って来なくても、米国は北朝鮮のテロ支援国家指定を解除する」というのと同じ意味になる。
そして現実に、2007年10月3日、北朝鮮の核問題を話し合う6か国協議では、日米韓朝中露の合意文書が採択され、その中には「米国は(北朝鮮が2007年12月31日までに3つの核施設を無能力化する手続きをとることに対応して)北朝鮮のテロ支援国家指定を解除するプロセスを開始する」という趣旨の文言が盛り込まれた。これは米朝間では、北朝鮮が3施設の無能力化を履行すれば、日朝間で拉致問題の進展がなくても、テロ支援国家の指定を解除できるという意味に理解されている(2007年10月4日放送のTBSニュース「6か国協議の合意文書発表、中身は」)。
●もういい加減にしろ●
しかし、どんなに北朝鮮の嫌いな識者でも認めるとおり、北朝鮮は2002年の小泉純一郎首相(当時)の訪朝以降は、1人も日本国民を拉致していないし、日本でも海外でもいかなるテロも実行していない。したがって北朝鮮による日本に対するテロの脅威はもうない。
また、2007年現在、北朝鮮は核保有国ではないし、核弾頭を小型化してミサイルに搭載する技術がないから核ミサイル保有国でもなく、日本にはまったく核の脅威を与えていない(小誌2006年10月16日「北朝鮮『偽装核実験』の深層〜最後は米朝同盟!?」、小誌2007年5月14日「罠に落ちた中国〜シリーズ『中朝開戦』(5)」)。
他方、中国は日米に届く核ミサイルを現時点ですでに保有しており、また、保守系論客の西尾幹二も指摘するとおり、北朝鮮が「一番嫌いで恐れているのは中国である」から(産経新聞Web版2007年10月2日「正論:新内閣へ 評論家・西尾幹二 米国の仕組む米中経済同盟」)、北朝鮮の中長距離弾道ミサイルの大半は中国向けであり、その意味でも日本の脅威ではない。
たとえ脅威だったとしても、北朝鮮のような弱小国は、ステルス戦闘機や巡航ミサイルを持つ(在韓)米軍がその気になれば、たった10分で消滅させることができるので、その意味でも軍事的脅威ではない。
そもそも北朝鮮には日米を攻撃する動機がない。北朝鮮は日米から領土を取る気はなく、カネを求めているだけだが、カネ、つまり経済上の利益は日米と国交を結べば十分に手にはいるので、べつにミサイルで脅す必要はない。
しかし、中国には、台湾問題や東シナ海の海底資源問題、アジアにおける覇権争いに関連して日米を攻撃する動機が十分にあるし、中国は、通常兵器が貧弱とはいえ、面積、人口の大きい大国なので、米軍が本気で戦っても10分では消滅せず、10分どころか何か月も生き延びて、その間に核ミサイルで日米の本土を攻撃することができる。したがって、もし中国が北朝鮮を併合して領有し、北朝鮮の日本海沿岸の港に核ミサイルを搭載した中国海軍の潜水艦を出入りさせたら、それは日米にとって致命的な安全保障上の脅威になる(産経前掲記事)。
その致命的な脅威の芽を摘むために、米国は北朝鮮を味方にして中国に対抗しようと考え、米朝間で外交努力を重ねている。それは日本のためにもなることなのに、安倍は、現在日本列島に住んでいる日本国民にとってなんの実害もない拉致問題を声高に言い立て「米国は日本の同盟国なのだから、拉致問題が解決しないうちは、勝手に北朝鮮のテロ支援国家指定を解除するな」と言う。
「もういい加減にしろ」と米国が安倍に言ったとしても当然ではないか。日米同盟を傷付けていたのは、米国ではなく、安倍なのだ。安倍が日本国民に「拉致被害者は全員生きている」とウソをついて、米朝接近を模索する米国をも悪者にして来たのだ。
このように「反米派」の安倍は一貫して日米関係を軽視しており、米国政府が腹に据えかねていたであろうことは想像に難くない。9月8日のシドニーでのブッシュ・安倍会談の際、ブッシュから安倍へ「拉致問題が解決するまで北朝鮮のテロ支援国家の指定解除を待ってほしいと米国に言うのなら、代わりに日本は海上自衛隊の洋上給油を継続できるようテロ特措法を延長してほしい」という交換条件を持ちかけ、安倍に約束させたという報道がある(日刊ゲンダイ2007年10月1日付「安倍辞任の真相はブッシュ会談だった」)。
さる外交事情通によると、にわかには信じ難いが、安倍は「拉致解決なしに指定解除なし」という言質をブッシュから取り付けたことで気分が昂揚して、翌9日のシドニーでの記者会見で「(テロ特措法の延長に)職を賭す」と口走ったのだという。
が、10日に帰国して所信表明を終えてみると、「民主党の小沢一郎代表が強く反対しているのでテロ特措法の延長は不可能」などという厳しい情報ばかりがはいって来て、ようやく安倍は現実に気付き、「ブッシュとの約束違反→テロ支援国家指定解除→拉致問題幕引き」という最悪の事態の到来を悟り「ブッシュにも拉致被害者家族にも合わせる顔がない」から辞任を決めた、とさる事情通は言うのだ(日刊ゲンダイ前掲記事)。
たしかに、米国政府が小沢民主党のテロ特措法に対する反対の決意を踏まえて安倍に交換条件を持ちかけたたのだすれば、それは事実上「(拉致問題は)もういい加減にしろ」「(首相を)辞任しろ」と言ったのと同じことにはなる。が、「気分が昂揚して『職を賭す』と口走った」という説はあまりにも安倍をバカにしすぎていていないだろうか。それよりは小誌既報のとおり「(米国として近く北朝鮮のテロ支援国家指定を解除するので、それに先立って拉致問題を終わらせるため)米国政府のほうから、日本人拉致被害者の死亡情報を公表するかもしれない(公表されたくなければ辞任しろ)」とブッシュが言ったという説のほうが現実味があるような気がする(小誌2007年9月13日「●肩たたき」)。
●ヒーローのご都合●
もちろん北朝鮮は(2002年の小泉訪朝以前は)文句なしに邪悪な国だったし、いまも独裁国家なので、それを悪玉とみなすのは理由のないことではないのだが、その悪玉が恐ろしいほど手ごわいかというとそうでもない。ハリウッドのアクション映画では悪玉が強ければ強いほど観客がよくはいるので、シリーズものになるとパート2、パート3と先に進むにつれて悪玉はどんどん強くなって行き、予告編ではしばしば「ついにシリーズ最強の敵を迎える!」などという宣伝文句が使われる。そこで、北朝鮮を悪玉にすることで利益を得たい日米の政治家(安倍や、2006年11月の米中間選挙以前のブッシュ米大統領)もそういう「観客」の心理を利用して、北朝鮮のことを「恐るべき核保有国であり、国際社会全体に対する中国以上に深刻な脅威である」(「シリーズ最強の敵」である)かのごとく言いつのって来た。
が、米軍が10分で壊滅させることのできる弱小国が日米にとって深刻な脅威のはずはない。
●安倍劇場●
永年に渡って安倍を愛国者と誤解して来た保守系論客の櫻井よしこは「特定失踪者も含めれば500人近い日本人が拉致されている可能性がある」ので「拉致問題の全面的解決がない限り、米国の北朝鮮融和策に同調する必要はない」という(『週刊ダイヤモンド』2007年8月25日号「櫻井よしこ:対北朝鮮融和策に向かう米国 日本は不条理な妥協に走るな」、『週刊新潮』2007年1月4-11日号「日本ルネッサンス 第246回 沖縄集団自決、梅澤隊長の濡れ衣」)。
しかし、拉致問題を調べて特定失踪者の人数を算定している「特定失踪者問題調査会」(荒木和博代表)はよく間違う。 「500人」という彼らの算定が正しいという保証はなく、現に彼ら自身がしばしば自らの間違いを認めている(産経新聞Web版2007年10月1日「北朝鮮アナ、『失踪日本人とは別人の可能性』と調査会」)。いや、たとえ「500人」がほんとうだったとしても、500人の命と、今後何十年も日本国民全体の独立と安全を脅かしかねない中国の脅威を(北朝鮮をコマに使って中朝戦争を起こして)解決することと、いったいどちらが重要なのか。
そもそも、安倍や櫻井の言う拉致問題の「(全面的)解決」とはなんなのだ。拉致の最高責任者、つまり首謀者はキム・ジョンイル(金正日)朝鮮労働党総書記なのだから、拉致被害者全員(の遺骨)が帰国すれば、それによって昂揚した日本国民の怒りを「解決」するには金正日に死んでもらうしかない。首謀者に責任を取らせるというのはそういうことで、それがわかっているから金正日は全員(の遺骨)の帰国には応じないだろうし、そうなると、場合によっては経済制裁で北朝鮮の体制を動揺させ、金正日を失脚させなければならないだろう。
しかし、そんなことをすれば、金正日個人に権力の集中した、かの独裁国家ではたちまち権力の空白が生じて体制崩壊の危機に瀕する。それでいちばん喜ぶのは中国で、中国軍は(北京五輪のあとなら)瞬く間に北朝鮮全土を占領し、日本海に面した港を手に入れて、そこに潜水艦を配備するだろう。つまり「全面的解決」とは中国の手先、反米親中派の、売国奴の論理そのものなのだ。
櫻井の知らない(しかし安倍は知っている)拉致問題の解決方法を教えて差し上げよう。それは、米国政府が具体的に名前をあげて「日本人拉致被害者の○○さんは死んでいる」と発表することだ(この死亡確認作業は田原や筆者にとっては、とっくにあらかた終わっているのだが、気の毒に、櫻井はまだ知らないらしい)。
それで拉致問題は終わるはずだ。安倍は、9月8日のブッシュとの会談で、米国が事実上拉致問題を終わらせてしまう日はもう遠くないし、自分の人気の源泉がなくなる日も近いと悟ったのだ。
だからその直後(9日夜)に安倍は、それまで粗末にしていた日米同盟を急に重視するかのような芝居を始めたのだ。すなわち、米国が主導する「テロとの戦い」のためにインド洋上で海上自衛隊が行っている給油活動の継続のために「職を賭す」などと、とってくっつけたような、わざとらしいセリフを言い出して、米国に哀れみを請うたのだ(小誌2007年9月13日「●職を賭す?」)。
「北朝鮮と戦うヒーロー」をやめざるをえないと悟った安倍は急遽、国会での9月10日の所信表明演説から、それについての代表質問を野党から受ける12日午後までの48時間の間に即席でシナリオを書き、海上自衛隊の洋上給油に反対する野党民主党の小沢一郎代表を悪玉に仕立てて、自ら「日米同盟を守ることに職を賭したヒーロー」として「討ち死に」するラストシーンを考え出して、それによって1年続いた自分の「大河ドラマ」の最終回を締めくくろうとしたのだ。が、(悪玉として)党首会談に出てほしいという安倍の「出演依頼」を小沢が断ったため、このドラマは最終回なしでいきなり打ち切りになってしまった。
安倍の首を取ったのは『週刊現代』ではないし、小沢でもない。間違いなく米国だ。
安倍にとって、拉致問題は永遠に解決されることなく存在し続けてほしい問題だった。安倍は、自分の持てる権力を総動員すれば、ほんものの遺骨をにせものにしたり、元々評判のよくない北朝鮮政府をウソつきよばわりしたりすることで、拉致被害者死亡の事実を隠しとおすことができ、自らも「拉致問題に熱心な愛国者」の役をいつまでも演じ続けられると思っていたのだろう(小誌2007年7月3日「『ニセ遺骨』鑑定はニセ?〜シリーズ『日本人拉致被害者情報の隠蔽』(2)」)。だが、米国に「もういい加減にしろ」と言われたので、退場して入院するほかなかったのだ。
だから、退陣表明の際の安倍の病名は、機能性胃腸障害というよりは、精神医学上の「演技性人格障害」か、さもなくば比喩的に「拉致問題依存症」といったほうが、当たらずとも遠からずではないだろうか。
北朝鮮を悪玉にして観客を興奮させる「安倍劇場」の主役が退場したにもかかわらず、いまだに日本国民の大半は北朝鮮を「邪悪で手ごわい悪玉」と思い込んでいる。あの国がろくでもない国なのは確かなので、一般庶民がそう思うのは仕方がないのだが、なさけないのは、櫻井のような識者やマスコミ関係者のなかにまで、なかなか興奮から醒め切れない者がいることだ。
尚、2007年9月17日、自民党総裁選の大阪での街頭演説で、麻生も「拉致被害者は全員生きている」と口走ったので(産経新聞Web版2007年9月17日「福田氏、拉致解決に意欲 『圧力』必要と麻生氏」)、麻生も安倍と同じ「依存症」にかかっており、米国から見て信用できない政治家であることが判明した。したがって、米国は今後麻生が首相になることを許さないであろう。
麻生ファンの皆さん、残念でしたね。
m(_ _)m
【この記事は純粋な予測であり、期待は一切含まれていない。】
【今後15年間の国際情勢については、2007年4月発売の拙著、SF『天使の軍隊』)をご覧頂きたい(『天使…』は小説であって、基本的に小誌とは関係ないが、この問題は小説でもお読み頂ける)。】
【出版社名を間違えて注文された方がおいでのようですが、小誌の筆者、佐々木敏の最新作『天使の軍隊』の出版社は従来のと違いますのでご注意下さい。出版社を知りたい方は → こちらで「ここ」をクリック。】
【尚、この小説の版元(出版社)はいままでの拙著の版元と違って、初版印刷部数は少ないので、早く確実に購入なさりたい方には「桶狭間の奇襲戦」)コーナーのご利用をおすすめ申し上げます。】
【小誌をご購読の大手マスコミの方々のみに申し上げます。この記事の内容に限り「『天使の軍隊』の小説家・佐々木敏によると…」などの説明を付けさえすれば、御紙上、貴番組中で自由に引用して頂いて結構です。ただし、ブログ、その他ホームページやメールマガジンによる無断転載は一切認めません(が、リンクは自由です)。】
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