〜シリーズ「中朝開戦」(6)〜
2003年、米共和党のブッシュ現大統領が満足な証拠もないのに「独裁国家イラクが違法な大量破壊兵器(WMD)開発をしているに違いないから、武力でこれを阻止する」という名目でイラク戦争を始めて勝利し、イラクの独裁者サダム・フセインの政権を打倒したものの、のちにイラクがWMD開発をした証拠はないと判明したため、米国内外の世論はブッシュの「軽率」や「無謀」を非難した。たとえば、NHKの出川展恒解説委員(中東問題担当)は「イラク戦争の結果、戦前のイラクにいなかったアルカイダなどのイスラム原理主義過激派組織がイラクに流入して治安が悪化したのだから、イラク戦争は(後世の歴史家の判断を待つまでもなく)現時点で失敗だったと断言できる」と酷評する(2007年1月20日放送のNHK-BS1『土曜解説』)。
一方、2002年8月に発覚した、イラクの隣国イランの核兵器開発疑惑は、国連安全保障理事会などで米国が中心になって糾弾し、欧州諸国の賛同を得て、イランの核開発の停止を求める制裁決議を2006年8月以降三度も可決し、イランへの武器や核関連物資の輸出を制限したり、イラン人の在外金融資産を凍結したりしている(毎日新聞2007年3月26日付朝刊7面「イラン核問題:安保理・追加制裁決議採択 米欧、安保理結束を優先 ◇イラン孤立化鮮明に」)。これについても出川は米国に批判的で、ブッシュ政権がイラクの治安維持を名目に2007年1月にペルシャ湾に空母の派遣を決めたことを指して「(イラクだけでなく、イランもペルシャ湾に面しているので)空母は核開発阻止を口実にした対イラン空爆に使われる可能性がある」とまで言う(前掲『土曜解説』)。
●単なる愚策か●
出川の言い分は、まるで「ブッシュは自分より頭が悪い」とでも言いたいのではないか、と思えるほどだが、ほんとうにそうだろうか。
たとえば、出川が指摘し、日本の他の識者も危惧したペルシャ湾派遣空母が対イラン空爆に使われる、という予測はその後4か月経った2007年5月現在も実現していない。この点について、同じNHKの秋元千明解説委員(安全保障問題担当)は「イランの核関連施設はほとんど地下にあり、空爆で破壊できるかどうかわからないので、米国防総省はそういう空爆には慎重だ」と反論している(前掲『土曜解説』)。結果から見ると、この秋元の予測のほうが、出川の予測よりも正しかったということになる。
憲法9条の改正に絶対反対の絶対的平和主義者や反米主義者の立場から見ると、「ブッシュ米政権は愚かで残虐で、米国の石油産業や軍需産業を儲けさせるためなら、何度でも戦争をするはずだ(から、対イラン空爆もありうる)」となるのだろうし、だから出川のような意見も出るのだろうが、「石油産業のため」という見方もはずれている。なぜなら、かつて独裁者サダム・フセイン大統領が握っていたイラクの石油利権を米国が奪い取って石油を生産し輸出して大儲けをする、などということが、米国占領下のイラクでは行われていないからだ。
イラクは石油の確認埋蔵量が世界第2位の大産油国で、イラク戦争前には日量約300万バレルの原油を生産(採掘)していたが、戦後(2007年現在)は日量約200万バレルにまで落ち込んでいる(NIKKEI NET 2007年5月16日「ノルウェーの石油会社、6月からイラクで原油生産・英紙報道」)。サダム・フセイン時代にはフランス、ロシア、中国、ドイツなどおもにイラク戦争に反対した諸国が、イラク国内の油田の採掘権を握っているか、握ろうとしており(JETRO Web 2003年3月26日「イラクの石油採掘権:中国、ロシア等のイラク利権(中国)」、『持田直武 国際ニュース分析』2002年10月1日「ブッシュ政権のイラク攻撃と石油戦略」)、それら諸国は当然、戦後は採掘不可能になったが、その分を米国が横取りして石油を掘って儲けるという事態にはなっていない。どうやら「米国はイラクの石油利権を奪うためにイラク戦争をした」という見方ははずれのようだ。
一方、イランの核疑惑も、米国はイランへの非難を続けてはいるが、国連安保理で何度制裁決議が可決されても、イラン側が「軍事利用ではなく、民生利用が目的」と言い張り、まったく核開発をやめようとしないため、事態はまったく進展しない。が、石油・軍需産業の利益ばかり考える「戦争好き」のはずのブッシュ政権は、対イラン戦争をする気はなさそうだ。
いったい、米国は中東で何をしたかったのか。
●中東政策の「成功」●
実は、イランの石油生産も落ち込んでいる。イランはまだ空爆は受けていないが、核疑惑で国際的非難を浴び、経済制裁も受けたため、新規の油田開発への投資が行われないうえ、既存の油田も、設備の老朽化などのため生産量が横ばいか減少に転じている。イランは石油輸出国機構(OPEC)の加盟国であり、加盟国として国際石油価格安定のために割り当てられた量の石油を生産し輸出する義務があるが、近年、生産量の落ち込みによって、その生産割り当ての義務を履行できなくなっている(2007年3月10日放送のNHK-BS1『土曜解説』における根津八生解説委員のコメント)。
この結果、もっとも打撃を受けたのは、中国などの新興工業諸国だ。これらの諸国は「安い中東原油」を大量に輸入して大量に消費することで経済成長を維持し、急増する就労人口に職を与え、失業者を増やさないようにしている。が、満足な石油備蓄設備がないため、国際的な石油価格の変動がそのまま、国内を流通するガソリンなどの石油製品の値上げに直結する。
たとえば中国は、上記の如くイラクに石油利権を持っていたが、イラク戦争によってそれを事実上失った。また、中国は2004年にはイランから全石油輸入量の12%を輸入しており、さらにイラン国内の天然ガス開発にも投資してエネルギー資源として輸入しようと考えていたが、イラン核疑惑に関する制裁措置によって新規の開発投資が困難になり、イランからのエネルギー輸入量を増やすことも難しくなった(IPSニュース2006年1月31日「Sanctions on Iran, a Chinese Puzzle」)。
また、中国経済は大量の石油を輸入して大量に消費する「自転車操業」の状態にあり、使いもしない石油を大量に貯め(ておいて、価格変動を吸収してから国内市場に流通させ)る「石油備蓄」をする余裕も、そのための備蓄設備を十分に建設する余裕もないため、石油備蓄量が21.6日分しかない。これは、米国の80日分、日本の160日分、韓国の74.5日分と比較して著しく少なく、国際石油相場の変動の影響をほとんど直接的に受けるため、2000年代にはいってから、累計10億米ドル以上の損失を被っている(茨城県上海事務所Web最新ビジネスレポート2003年4月「中国の石油事情 イラク戦争による影響」)。
中国の石油輸入量は、2005年の1年間で1.3億トン(8億バーレル以上)もある。これは対前年比3.3%増で、前年の2004年の段階ですでに世界第3位の石油輸入大国だった。中国自身は国内にも油田を持つ産油国だが、改革開放政策による経済成長に伴って石油消費量が増えたため、1993年に石油の純輸入国に転じ(1993年の年間輸入量は1348.5万トン)、以後年々石油輸入量が増加している(新華社2006年1月11日「昨年の中国の原油輸入量1.3億トン」、人民網日文版2005年8月1日「中国の石油輸入量「世界2位」を否定 張国宝副主任」)。
中国から見ると、2003年以降の米国の中東政策は、一貫して中国経済を苦しめる方向に向いており、もしも米国の中東政策の目的の1つが「中国経済の成長を抑制すること」であるならば……たとえイラク戦争後のイラク国内の治安が悪化していようが、イランの核問題が解決しまいが……その点に関しては、米国の中東政策は「成功」していることになる。
●深謀遠慮●
もしイラク戦争がなく、米国によるイランへの「敵視政策」もなかったならば、イラク、イランの石油生産は順調に拡大され、石油の価格は当面高騰せず、中国、インドなどの新興工業国はその安い石油に依存して経済成長を続け、その経済成長がまた新たな石油需要を産むという正のフィードバックが起きていただろう。そうすると、間違いなく、そう遠くない将来に世界の石油需給は逼迫し、一種の石油危機になっていたのではないか。
つまり、新興工業諸国の経済は安い石油を得ていったん「バブル」の状態になって、やがてそれがはじけて不況、あるいは世界恐慌という事態に陥ったかもしれないのだ。
となると、だれかが新興工業諸国の野放図な石油消費とバブル的な経済成長を抑制するため、世界の石油輸出の「元栓」を絞めて安い石油の供給を調整する必要があったのではないか。
もちろん、イラク戦争によって恩恵を受けた軍需関連企業は米国内には少なくないであろうし、米国防総省とそういう企業との間には、それこそ「産軍複合体」と言われても仕方がないような癒着関係もあるだろう。しかし、もし米国が「軍需産業のために戦争をする国」なら、とっくの昔に始まっていてもおかしくない対イラン攻撃がいまだに始まっていないのは、どういうわけだろう。
日本では、ダム建設は公共事業の巨大プロジェクトであるため、貯水のほかに発電、治水、灌漑など複数の目的を掲げて建設されることが多く、出来上がったダムの多くは「多目的ダム」と呼ばれる。同じように米国の巨大プロジェクトである戦争も当然「多目的公共事業」であるはずで、「石油・軍需産業の利益のため」などという、小さな目的のために行われるはずがない。
もちろん、イラク戦争中に米国が言い始めた「中東の民主化」という目的は、イラクの治安悪化によってイラクの民主化さえおぼつかなくなったいまとなっては、実現困難だろう。しかし、「自転車操業」のため省エネ技術もろくに普及しない中国の、石油の過剰消費やそれによる環境汚染はとても放置できるような状況ではないのだから、中国経済の成長を抑制するという目的は、イラク戦争という「公共事業」の目的の1つとして検討されてもおかしくない。
当の中国は経済成長を続ける以外に国民の(共産党独裁体制への)不満を押さえ込むすべがないため、地球温暖化などの環境問題を理由にした先進諸国からの石油消費抑制の要求にも聞く耳を持たない(地球温暖化の原因とされる二酸化炭素などの温室効果ガスが増える原因とされる石油などの化石燃料の消費を抑制することを世界各国に義務付ける国際条約「京都議定書」では、中国とインドは温室効果ガス削減すなわち石油消費抑制の義務を免除されており、このことが、米ブッシュ政権と米共和党が多数派だった当時の、2006年以前の米議会が、京都議定書に反対し批准しなかった理由の1つになっている)。
中国が世界各国からの石油消費抑制要求を「内政干渉だ」と怒ってはねつけている以上、現実の世界では「戦争をするな。環境破壊もするな。経済のバブル化もするな」などという市民レベルの「わがまま」は実現しない。だったら、だれかが手を汚してでも、世界の石油供給の「元栓」を絞めに行くしかないのではないか。
出川の拙速なイラク戦争批判に対して、秋山は「イラク戦争が何をもたらしたかは、数十年経って歴史的に検証してみないとわからない」と反論したが(2007年1月20日放送のNHK-BS1『土曜解説』)、まったくそのとおりだ。今後、日本などの先進諸国の経済が安定し、自分の勤める企業が倒産を免れ、社員の暮らしも安定するならば、そういう企業の関係者は将来、ブッシュの「無謀な」戦争に感謝しなければならなくなるかもしれない。
前回、米民主党と違って、米共和党は中朝戦争を積極的に支持はしないが、反対もしないと述べた。中国全体を世界経済に害をもたらす巨大な不良債権とみなして「処分」する場合、早く処分しようという積極派が米民主党で、遅くてもいいという消極派が米共和党という意味だ。
が、両党の違いは、そういう積極性の程度や「処分」の予定時期の違いではなく、単なる役割分担なのかもしれない。つまり、北朝鮮を駒に使って中国をたたくという「本番」は米民主党が担うが、その本番で北朝鮮が勝ちやすいように事前に中東で「元栓締め」をするのは米共和党、という分業体制になっていたのではあるまいか。
「本番」から遠い2000〜2006年には、米民主党は、米共和党のブッシュ現大統領を2000年と2004年の二度の大統領選挙で、それぞれフロリダ州とオハイオ州の「疑問票」で勝たせて勝ちを譲り(小誌2004年11月15日「宗教票=人種票〜シリーズ『米大統領選』(2)」)、「本番」に近い2006年の中間選挙になると米共和党の大票田であるキリスト教原理主義団体の同性愛スキャンダルを暴露して米共和党を大敗させ、借りを返させた(小誌2007年5月7日「●ウソつきでも当選」)…………こう考えると、2000年以降の米国の政局はすべて、両党の出来レースのように見えて来る。
●中国のアキレス腱●
たとえ「元栓」が絞まらなかったとしても、中国への石油供給ルートは元々不安定だ。
経済が「自転車操業」状態の中国では、省エネ技術の導入だけでなく、原子力発電など代替発電技術の導入もままならないため、結局、石油、とくに最大の産油地帯である中東からの輸入石油に頼ることになる。だから、中国に石油を運ぶタンカーの多くは、世界の石油生産量の4割、ペルシャ湾岸産油国の石油生産量の8割が通ると言われるペルシャ湾の出口、ホルムズ海峡を抜けて中国まで長い航海をすることになる。
ところが、ペルシャ湾を出た中国行きのタンカーは、イラン沖、パキスタン沖の海を過ぎると、1959〜1962年に中国と国境紛争を戦った、かつての「敵国」であるインドの沖合いに出る。
そのインド沖を抜け、インド洋を無事に横断しても、太平洋にはいるには、インドネシアとマレーシアの間にあるマラッカ海峡(か、インドネシア領海内の諸海峡)を通らなければならない。このインドネシアも、1945〜1949年にインドネシア経済を牛耳る中国系商人(華僑)への反発から「反華僑暴動」が起き、1965年にもインドネシア共産党のクーデター計画を中国共産党が支持した反動で30万人もの左翼系華僑が虐殺されたという意味で「旧敵国」である。
そのインドネシア海域を無事に通り抜けたとしても、タンカーはまた、1979年に中越国境紛争を戦った相手であるベトナムの沖合いに出る。さらに、その沖合いを無事に抜けてもまだ、中国本土の、たとえば上海に着くまでには、1949年までの国共内戦の相手であった中華民国(台湾)の沖合いを通る必要がある。
つまり、中東から中国までの石油輸入ルートは、中国の(旧)敵国4か国のうちどれかが「その気」になれば、簡単に遮断できるのだ。軍事評論家の江畑謙介は「これでは、中国の指導者は恐ろしくて夜もおちおち眠れまい」と嘲笑した(2005年6月18日の、都内某所での江畑謙介の講演会。以下「江畑講演会」)。
もちろん、中国とて手をこまぬいているわけではない。アフリカのスーダン、アンゴラや中央アジアのカザフスタンなど、中東以外の産油国から石油を輸入しようと、海外への石油開発投資や利権確保のための「石油外交」を展開してはいる。が、中国の石油の需要の伸びがあまりに急激なので、少なくともあと数年は、中東原油への依存度は高止まりしたままであろう(前掲「江畑講演会」)。
●油断大敵●
中国の石油輸入を遮断すること、つまり「油断」を起こすのは簡単だ。
北朝鮮の年間石油輸入量はわずか100万トンと言われており、これは中国のそれの1/100以下だから(小誌2007年3月1日「脱北者のウソ〜シリーズ『中朝開戦』(2)」)、中国との間に「中朝戦争」が起きた場合でも、北朝鮮は(2007年2月の「6か国協議」の合意に基づいて米国から)戦争に必要な量の石油を比較的容易に調達することができるが、戦争がなくても元々石油確保に四苦八苦している大石油消費国の中国の場合は、戦争遂行に必要な量も含めて膨大な石油を輸入することは、自転車操業どころか「障害物競走」のような不確実な作業になるだろう。
もし中国と北朝鮮がそれぞれ単独で、あらかじめ決められたルールに基づいて正々堂々と国力を発揮し合ってはたし合いをするのなら、GDP(国内総生産)も核弾頭の保有数も圧倒的に大きい中国のほうが勝つに決まっている。
しかしいくさははたし合いとは違う。2010〜2011年頃に北朝鮮が中国と戦うのはいくさである。いくさすなわち兵法は「詭道」(きどう)であるから(小誌2007年5月7日「兵は詭道なり〜戦争も選挙もだまし合い」)、他国に頼んで敵国への石油の供給ルートを断つところから始めてよいのだ(そうすれば、いくさが始まる前に中国国内は石油危機でパニック状態になる)。
ある意味で、中朝戦争はもう始まっている。
【今後15年間の国際情勢については、2007年4月発売の拙著、SF『天使の軍隊』)をご覧頂きたい(『天使…』は小説であって、基本的に小誌とは関係ないが、この問題は小説でもお読み頂ける)。】
【出版社名を間違えて注文された方がおいでのようですが、小誌の筆者、佐々木敏の最新作『天使の軍隊』の出版社は従来のと違いますのでご注意下さい。出版社を知りたい方は → こちらで「ここ」をクリック。】
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