〜シリーズ「中朝開戦」(1)〜
今回から、現在日米中韓のマスコミで最大のタブーとなっている「中朝戦争」の可能性について連載する。
●半島国の法則●
地理政治学(地政学)は、人類の数千年におよぶ戦争体験をもとに成り立っており、マルクス経済学のような机上の空論ではない。
たとえば「半島国は、地続きの内陸国と単独で戦えば必ず敗れる(半島国側が勝つには、地続きでない海洋国家の支援を得るか、決定的な破壊力を持つ兵器を保有する以外に道はない)」という法則は、古代ローマ帝国時代からはずれたことがない。
4〜5世紀、内陸国(現ドイツなど)にいたゲルマン民族は、イタリア半島に「ゲルマン民族の大移動」を行って半島国・西ローマ帝国を滅ぼしたし、古代から近代に至るまで、中国内陸部を支配する歴代の中国王朝のすべてが朝鮮半島を征服もしくは圧迫してその影響下に置いている。1905年、日清戦争で海洋国家・日本が内陸国・中国(清)を破って初めて、朝鮮半島は中国の属国状態を脱した。
1950年、内陸国・北朝鮮は南下して、半島国・韓国を侵略し「釜山橋頭堡」を除く半島全土を制圧したが、海洋国家・米国が介入して韓国を支援すると、たちまち北朝鮮軍は38度線の北側に追い返された。
半島国・南ベトナムは海洋国家・米国のベトナム戦争介入中はその支援を得てかろうじて独立を維持できたが、米国が撤退すると、あっというまに内陸国・北ベトナムの侵略を受けて1976年、消滅した。
【「半島国」「内陸国」とは、地続きの隣国と比べて相対的に、「陸上国境線と海岸線の長さの総和」に占める「海岸線の長さ」の割合が大きいほうを半島国、小さいほうを内陸国と考えれば、まず間違いない。
台湾を除く中国本土は黄海(北海)、東シナ海(東海)、南シナ海(南海)に長い海岸線を持つが、それより長い陸上国境線で北朝鮮、ロシア、モンゴル、インド、ベトナムなどと接しているので、北朝鮮に比べれば明らかに内陸国である。
北朝鮮は、韓国に比べると海岸線が短く、内陸国に見えるが、中国と比べれば半島国ということになる。
半島国は陸海両面の防衛に資源(予算)を分散させなければならないため、陸軍があまり強くならない。他方、内陸国は国防用の資源(予算)の大半を陸軍に投入せざるをえず、そうやって重点的に育てた陸軍力を地続きの半島国に向ければ、容易に勝てる、ということになる。】
いわゆる「非武装中立論」を信奉する絶対的平和主義者の方々は地政学など信じないかもしれない。信じないのは勝手だが、世界の主要国の政府や軍の幹部はみな地政学を知っており、彼らは非武装中立論は完全に無視して、地政学のみに基づいて国防政策を立てている。
たとえば冷戦時代、地続きの内陸国・ソ連の西欧侵攻の脅威に対処するため、「ヨーロッパ半島」に位置するフランスは西欧を代表して「決定的な破壊力を持つ兵器」、つまり核兵器を保有してこれに対抗したし、1974年、インド亜大陸(インド半島)を領土とするインド政府は、地続きの内陸国・中国の侵略に備えるために核兵器を保有した。
ここで重要なのは、半島国のフランスとインドは、それぞれ仮想敵国(ソ連、中国)の「核の脅威」に対抗して核保有に踏み切ったのではなく、地続きの内陸国の陸軍力に対抗して核を持った、という点である。
したがって、たとえソ連、中国が核を持っていなかったとしても、冷戦中のフランス、現在のインドは核武装をしているはずだ。「反核運動」の方々などはよく「(インドを含む)世界中のすべての国が核兵器を放棄すべきだ」と言うが、それは強大な内陸国と地続きの半島国に向かって「死ね」と言うのと同じであり、極めて好戦的で反平和的な発想であり、未来永劫、絶対に実現しない。
●北朝鮮の核●
さて、「そこで問題です」。北朝鮮の核兵器やミサイルは、いったいどこを仮想敵国として開発されているのでしょう?
(^^;)
1990年2月、北朝鮮の核兵器開発疑惑が惹起されたとき、地政学の法則を知っていた筆者はこう思った:
「内陸国・北朝鮮が半島国・韓国を侵略するのに、核兵器は要らないはずだ(現に1950年には核抜きで韓国本土の大半を制圧したのだから)」
「1980年代まで北朝鮮が繰り返し、『朝鮮半島の非核化』や『朝鮮半島からのすべての外国軍隊(事実上米軍のみ)の撤退』を主張していたのは、核も米軍もなくなった韓国を単独で、陸軍力のみで侵略できると思っていたからだ」
上記の筆者の考えはいまでも間違っていないはずだ(読売新聞1990年2月15日付朝刊5面「北朝鮮、在韓米核兵器撤去を要請 IAEA査察受け入れを条件に」)。そこで筆者は仕方なく、「1990年代の北朝鮮はソ連崩壊後、ソ連からの援助を失って国内経済が崩壊したので、韓国を侵略できるほどの陸軍力を維持できなくなったのだろう」と、地政学の法則に勝手に「例外規定」を作って自分を納得させていた。
しかし、2005〜06年に中朝国境を取材した知人から「中朝国境(中国領延辺朝鮮族自治州と北朝鮮の境界線)は一触即発であり、いつ戦争が始まってもおかしくない」と聞いて、やっと納得した。北朝鮮の核(ミサイル)開発の仮想敵国は中国だったのだ。内陸国・中国の侵略に備えるために、半島国・北朝鮮が「決定的な破壊力を持つ兵器」を保有したがっていると考えると、地政学の「半島国の法則」に例外を設ける必要はなくなる。
1948年、38度線の北側に建国された北朝鮮の憲法では、首都は(38度線の北側にある平壌ではなく、南側の)ソウルだとされていた。つまり、ソウルを含む半島南部を征服し半島を統一することが国是だったのだ。
しかし、1972年の憲法改正で、首都は平壌(ピョンヤン)になる(72年憲法第11章第149条)。これはどういうことだろう。
●敵に渡すな●
1948年の北朝鮮建国当時、中国共産党(翌1949年に中華人民共和国を建国)とソ連は蜜月関係にあり、北朝鮮は中ソ両国から支援を得て韓国を侵略することが可能だったから、「いずれ(韓国領内の)ソウルを首都にする」という趣旨の文言を憲法に盛り込んでも絵空事とは言えなかった。むしろ、国家目標を示すうえで48年憲法第9章第103条は必要だった。
しかし、1960年頃から中ソ対立(見かけ上はイデオロギー対立だが、実態は地政学上の領土紛争)が顕在化すると、もはや北朝鮮が中ソの支援を得て半島を統一することなど夢物語となったので、現実にめざめた北朝鮮政府(朝鮮労働党)は現実に合わせて憲法を変え、首都を平壌としたのだ。
それでも、朝鮮戦争当時半島の9割を支配下に置いた経験のある建国の父キム・イルソン(金日成)が国家元首であった1980年代までは、北朝鮮は「半島統一をめざす」ことを形式上国是として掲げ続けた。韓国とともに分断国家の片割れとして、その国家としての存在の正統性を問われ続けている北朝鮮としては「わが国は半島全体を代表する正統な国家です」と言い続けるしかなかったのだ。
しかし、1991年、ソ連の体制改革(民主化)による東西冷戦の終結を受けて、北朝鮮と韓国が、東側(社会主義諸国)西側(資本主義諸国)双方の陣営の賛同を得て同時に国連に加盟すると、北朝鮮の独立国家としての正統性の問題には、いちおうの決着が付いた。つまり、半島の統一がなくとも、北朝鮮も韓国もその存在に法的、政治的な疑問符が国際社会から突き付けられる心配はなくなった。いまにして思えば、このとき事実上、韓国にとって北朝鮮は脅威でなくなり、北朝鮮にとっても韓国および在韓米軍は脅威でなくなったのだ。
他方、「北朝鮮の北」には脅威が存在した。
1960〜80年代、中ソにとっては、地続きの隣国・北朝鮮が、敵対関係にある勢力(中国にとってはソ連か在韓米軍、ソ連にとっては中国か在韓米軍)の勢力圏にはいることは死活問題であり、たとえ北朝鮮に先制攻撃をかけてでもそのような事態は阻止したかった。が、中ソは対立してお互いに牽制し合っていたので、北朝鮮は「中ソ等距離外交」と呼ばれる中立政策で中ソ双方から国家体制維持に必要な援助を引き出し、独立を保っていた。
1991年末にソ連が正式に消滅し、その後継国家ロシアの軍事力がソ連時代に比べて著しく衰退していることが明らかになると、「ソ連からの援助を失って弱体化した北朝鮮の国家体制が崩壊して韓国に吸収され、北朝鮮最北端の中国との国境線、鴨緑江の沿岸にまで米軍が進出する恐れ」が現実の問題となって来た。
中国としては、北朝鮮の体制崩壊を防ぐために石油や食糧の援助を北朝鮮に送ってはいるが、この厄介な隣国がいつ米国の勢力圏にはいるかわからないので、「敵に渡すぐらいなら、その前に自分のものにしたい」という防衛策を考えるのは、地政学上当然だった。
2002年、中国政府は、現在の中国東北地方(旧満州)東南部から北朝鮮にかけての広大な地域を紀元前37年〜紀元後668年に支配した古代国家・高句麗を、朝鮮民族の王朝ではなく、中国の地方政権と位置付けて中国史に編入するためのプロジェクト「東北工程」を開始し、2004年には、中国外務省ホームページの韓国史の項から高句麗史を削除した(朝鮮日報日本語版2004年7月14日付「中国大使呼び『高句麗削除』抗議」)。これは紛れもなく、中国が北朝鮮を侵略するための伏線、侵略の「大義名分作り」である。
1990年2月の「北朝鮮核開発疑惑」発覚以降、2007年2月現在まで、北朝鮮は米国に対して執拗に北朝鮮国家体制の存続を保証してくれと要求し続けたと報道されている。この「体制の保証」とは一般的には、「米国が(北朝鮮の核保有阻止を口実に)北朝鮮を攻撃しないこと」と受け取られているが(共同通信2005年2月18日付「北朝鮮の狙いは体制保証 米大統領特使派遣が打開策」、東奥日報2003年7月23日「天地人」 TBS Newsi Web 2006年10月9日「伊藤洋一:世界を読み解くキーワード」)、それは地政学と核技術の常識に反する。
北朝鮮は2006年10月の核実験宣言(実態は「単なる火薬の爆発」。小誌06年10月16日「北朝鮮『偽装核実験』の深層」)の時点でも、軍事利用可能な核技術を保有しておらず、核弾頭を小型化して日米に届くミサイルに搭載するなど夢のまた夢だが、1990年代当時はもっと核技術が未熟だったはずであり、そのような「核後進国」を攻撃すべき理由は、米国にはないからである。
●脱北者のウソ●
小誌の今回の記事は、日韓のマスコミの論調とは著しく異なる。
なぜ異なるか、については、次回の記事「脱北者のウソ」か、2007年春発売予定の拙著、SF『天使の軍隊』をご覧頂きたい(『天使の軍隊』は小説であって、基本的に小説と小誌とは関係はないが、この問題は小説でもお読み頂ける)。
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