〜シリーズ『中朝開戦』(4)〜
2007年2月22日〜3月8日に、3回にわたって連載した「シリーズ『中朝開戦』」の内容は、現在世界のマスコミが報じている「常識」とあまりにかけ離れているため、「ほんとうにそうなのか」というご質問やご批判をいくつか頂いた。
とくに前々回取り上げた米韓間の「戦時統制権」返還問題を、中朝開戦の可能性と勃発時期を示す証拠である、と筆者が述べた点については「それはおまえの勝手な解釈だろ!!」「いざとなれば韓国は北朝鮮と戦うはずだ」というお叱りがあった(小誌2007年3月8日「戦時統制権の謎〜シリーズ『中朝開戦』(3)」)。
一部の方々、とくに(絶対に戦火に巻き込まれる心配のない、安全地帯に住んでいる)在日韓国人の方々が(「在韓韓国人」のホンネを無視して)そう思いたいのは、心情としては理解できる。
が、「証拠」はほかにもある。
●国連事務総長の資格●
2007年1月1日、国連事務総長のポストに、韓国のパン・ギムン(潘基文)前外交通商相が就任した。国連事務総長は彼で8代目だが、過去の7人には明らかな共通点がある。以下の一覧をご覧のうえ、それをとくとお考え頂きたい:
氏 名 | 国 籍 | 就任 年 |
退任 年 |
|
1 | トリグブ・リー | ノルウェー | 1946 | 1952 |
2 | ダグ・ハマーショルド | スウェーデン | 1953 | 1961 |
3 | ウ・タント | ビルマ (現ミャンマー) |
1961 | 1971 |
4 | クルト・ワルトハイム | オーストリア | 1972 | 1981 |
5 | ハビエル・ペレス・デクエヤル | ペルー | 1982 | 1991 |
6 | ブトロス・ブトロス=ガリ | エジプト | 1992 | 1996 |
7 | コフィー・アナン | ガーナ | 1997 | 2006 |
8 | パン・ギムン (潘基文) | 韓国 | 2007 | 2011? |
ビルマのウ・タントは、祖国が軍事独裁体制になってミャンマーと改称する前に事務総長に選出された(外務省Web 2007年2月「ミャンマー連邦」)。だから、軍事独裁体制の国から選ばれたわけではない。ペルーのハビエル・ペレス・デクエヤルも、1980年にペルーが軍政から民政に移管したあとに選ばれている(外務省Web 2007年1月「ペルー共和国」)。
しかし、かといって、民主的な選挙をしない独裁国家はすべてダメ、というわけでもない。エジプトのブトロス・ブトロス=ガリが事務総長に就任した当時(2007年現在も)エジプトでは、サダト前大統領暗殺後に副大統領から大統領に昇格したムバラクが超長期政権を続けていたが、そのことはブトロス=ガリの事務総長就任の妨げにはならなかった(ムバラクの大統領在任期間は2007年現在、連続26年)。
もちろん、国連安全保障理事会の常任理事国である5大国、米英仏中露からは事務総長は出ない。事務総長は安全保障理事会(安保理)の勧告に基づいて国連総会で選出されるからだ。つまり、安保理で拒否権を持つ5大国すべての賛成を得られる人物でないと国連事務総長には就任できないのだが、それはすなわち、事務総長を輩出する国が5大国の利害対立から中立でなければならないことを意味する。
じっさい、7人のうち、ダグ・ハマーショルドの祖国スウェーデンは非同盟中立国(外務省Web 2007年3月「スウェーデン王国」)、クルト・ワルトハイムの祖国オーストリアも永世中立宣言国であって(外務省Web 2007年3月「オーストリア共和国」)、冷戦時代も2007年現在も、米ソ(露)いずれの同盟国でもない。
ノルウェーのトリグブ・リーが初代事務総長に就任した当時はまだ米ソの冷戦は始まっておらず、彼の就任3年後の1949年に米国とカナダと欧州の軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)が発足して、ノルウェーがその原加盟国となると、その3年後、リーは事務総長を辞任し、中立国スウェーデンのハマーショルドと交代する(外務省Web 2007年4月「ノルウェー王国」)。
ウ・タントの祖国ビルマ(現ミャンマー)も、デクエヤルの祖国ペルーもいずれも彼らの就任当時は(2007年現在も)非同盟中立を標榜している(但し、ミャンマーの軍事独裁政権は中国には自国の領土を提供して、レーダー基地などの軍事施設を建設させているので、厳密には中立国とは言えない。産経新聞1994年6月28日付朝刊1面「ミャンマー領有の2島に中国軍が基地建設」)。
では、ブトロス=ガリの祖国エジプトはどうか。
エジプトは第二次大戦後、イスラエルと四度にわたる中東戦争を戦って、しばしばソ連の支援を得て、米国やその同盟国と敵対した。とくに1956年の第二次中東戦争(スエズ動乱)の際には、スエズ運河の支配継続を目論む英仏(とそれに連帯するイスラエル)を相手に戦った(但し、このときだけは米国はソ連とともにエジプトを支援している)。
しかしエジプトは、1973年の第四次中東戦争のあとの1979年、サダト大統領時代に東隣のイスラエルと和平条約を結んだ。元々エジプトは、イスラエル以外の隣国とはほとんど領土問題がなく、国土の北、西、南の国境線は安定していたため、これで戦争を起こす可能性は皆無になった(外務省Web 2007年1月「エジプト・アラブ共和国」)。
●外交官の常識●
もうおわかりだろう。国連事務総長は、近い将来戦争を起こす可能性も、戦争に巻き込まれる可能性もない、中立性の高い国の国籍を持つ者に限られるのだ。
第8代国連事務総長・潘基文の祖国・韓国は、米国の軍事同盟国であり、韓国国内には国連軍という名目ながら米軍が駐留している。
他方、事務総長は、国連安全保障理事会の投票に基づく勧告と、それを踏まえた国連総会での投票で決まる。投票するのは、ニューヨークにある各国の国連代表部に勤務している、国連大使などの外交官だ。つまり、潘基文が国連事務総長に選ばれたということは、韓国が国連加盟国の大半から、「中立国」であると認定されたことを意味する。
冷戦時代、東西に分裂したドイツはそれぞれソ連、米国の軍事同盟国であり、ともに相手側を仮想敵国として臨戦体制をとっていたため、1973年に東ドイツと西ドイツがともに国連に加盟したあとも、両国から国連事務総長が選ばれることはなかった。
しかし、1991年に韓国と北朝鮮が国連に同時加盟した際には、小誌既報のとおり、その時点で北朝鮮が「(朝鮮半島を代表する)国家の正当性を賭けて韓国を滅ぼす」という国際法上の紛争理由はなくなり、また、北朝鮮にとっては中国の脅威がより深刻化し、中朝国境防衛に全力を挙げなければならなくなっていて、軍事上も韓国と紛争を起こす理由はなくなっていた(小誌2007年2月22日「北朝鮮の北〜シリーズ『中朝開戦』(1)」)。
このことを世界中の外交官は知っている。
東ドイツが国連加盟後も(西ドイツを侵攻できるソ連軍を駐留させて)西ドイツと戦う構えをとっていたのとは異なり、北朝鮮は、国連加盟後一度も韓国への攻撃を考えたことがなく、もはや「分断国家の片割れ」でもなく、もう1つのの「片割れ」と統一する意志も可能性もない。極端な言い方をすれば、もはや韓国は朝鮮半島情勢の当事者ですらないのだ。
潘基文は国連事務総長就任直前まで、韓国の国益を代表する外交通商相(日本の外相に相当)の要職にあったから、事務総長就任後、本来中立の立場で得たはずの安保理内の「インサイダー情報」(非公式の協議内容など)を、韓国政府に秘密裏に伝えることは間違いない(All About 2006年1月30日「『韓国外相経験者』が『国連事務総長』になるということ」)。しかし、それでも韓国は中朝戦争に対して何もすることができないのは明らかなので、各国の国連大使は韓国前外相の事務総長就任に反対しなかった。韓国国民に「北朝鮮領内に進撃して、血を流してでも朝鮮半島の南北を統一したい」などという勇ましい愛国心がまったくないことぐらい、とうの昔に世界中の外交官は見抜いているのだ。
米韓間の軍事同盟も在韓国連軍(実態は米韓連合軍)の存在も、1991年以降その実態は形骸化しており、毎年、北朝鮮を仮想敵国として韓国で行われる米韓合同軍事演習も、もはやリストラ間近の米軍戦車部隊の単なる「失業対策」でしかない。 2004年5月、米国政府は、対北朝鮮防衛に影響が出ないように配慮するとしながらも、対北防衛の要である在韓米軍第2師団の1個歩兵旅団をイラクに投入することで韓国政府と合意したため、韓国メディアは「対北防衛の空白が生まれる」と心配した(朝鮮日報日本語版2004年5月17日付「在韓米軍イラク移動:西部戦線に戦力空白の懸念」)。ところが、米韓両軍当局がその「空白」に関して明白な説明責任をはたさないうちに、米軍は、イラクで使わない自走砲のような兵器まで、事前に韓国側に説明することなしに韓国から移動させてしまった(朝鮮日報日本語版2004年7月29日付「在韓米軍自走砲の半分 事実上撤退」)。
この事実は、タテマエとは裏腹に、米軍当局がもはや北朝鮮になんの脅威も感じていないことを如実に示している。在韓米軍には「いつ北朝鮮と戦うかわからない」という緊張感は一切なく、主要な戦時物資の点検も怠りがちで、2005年には、地対空ミサイルなど重火器の半分以上が戦時に投入できないほど損傷、劣化しており、戦車や自走砲の多くも故障など深刻な問題点を抱えており、数百種類の装備の状態が戦時の作戦で要求される水準に達していなかったことが、米ワシントンポスト紙によって暴露された(朝鮮日報日本語版2005年10月6日付「在韓米軍の戦争備蓄物資の損傷が深刻」)。
「2007年以降、朝鮮半島で起きうる戦争は中朝戦争だけであり、その戦争に対して韓国はどうすることもできない」……これは、世界の軍事・外交のプロたちの常識だ。しかし、その常識をおおやけに語ってしまうと、小誌既報のとおり「中朝戦争が起きるなら、中国東北地方と朝鮮半島は不安定」と市場が判断して、中国と韓国の株式市場で大暴落が起きるので(小誌2007年3月1日「脱北者のウソ〜シリーズ「中朝開戦」(2)」)、各国の外交官は、中韓への、まさに「外交的配慮」で黙っているのだ。
だから、この問題は各国の議会や国連総会や安保理事会で事前に議論することができない。つまり、本件は民主的な議論の対象にはならない。少数の政治家や官僚だけが頭脳戦をやって決着させる以外に解決策がないのだ。
●韓国の「次善の策」●
国連事務総長の任期は1期5年なので、潘基文は2011年末に事務総長の座を退く可能性があるが、小誌既報のとおり、その頃には中朝戦争はとっくに始まっている(たぶん終わっている)ので、韓国政府にとっては、それまで潘基文を通じて得ていた安保理の「インサイダー情報」の必要性は低下する。
が、中朝戦争の「戦後処理」は2011年末にはまだ終わっていないはずであり、韓国は引き続き安保理の事前の協議内容などの内部情報を知っていたほうが有利であることは間違いない。中朝開戦後、韓国がいままで内外に主張して来た「南北統一願望」が単なるタテマエで、そんな意志はぜんぜんなかったことがバレると、韓国は世界で大恥をかくことになるが、なんとか恥を最小限に押さえてメンツを保つためには、安保理が出す決議や声明を事前に察知し、その文言を可能な限り韓国に有利になるように、外交交渉を通じて修正させたいからだ。
そこで、韓国は、潘基文の事務総長の(1期目の)任期切れのあと、2013年1月1日からの安保理非常任理事国の議席を得るべく2012年秋の非常任理事国選挙に立候補することを、なんと6年近くも前の2007年1月に早々と決めて発表した。おそらくこれから5年以上かけて「事前運動」をするのだろう(朝日新聞Web版2007年01月31日「韓国、非常任理に立候補 2013年から」)。
そんなに遠い将来の非常任理事国になるぐらいなら、いま立候補すればよいではないか、と思われる方もおいでかもしれないが、これには韓国なりの合理的な計算がある。
たしかに、非常任であっても安保理の理事国になれば、インサイダー情報は手にはいる。が、非常任理事国の任期は2年しかないので、2007年に非常任理事国になると中朝戦争開戦前の2008年末に任期が終わってしまう。ルール上連続再選は不可能なので、いちばん肝心な「2010年〜2012年4月16日」の期間(小誌前掲記事「戦時統制権の謎〜シリーズ『中朝開戦』(3)」)に継続して安保理のインサイダー情報にアクセスし続けるには、韓国の持つ「中立国」としての立場をフルに活用して国連事務総長のポストを取り、事務総長を通して情報を入手するほうが確実だ。
もちろん韓国は中朝開戦後も、中朝双方に対して「中立国」なので、潘基文は2012年(1月1日)以降も引き続き事務総長職に選任される可能性があるし、同時に2013年以降、韓国自体が非常任理事国になれば、韓国は中朝戦争の戦後処理で一定の発言権を確保できることになる(日本はこれを逆手に取って、「2012年秋の非常任理事国選挙で応援してやるから、代わりに……」と取り引きを持ちかけることができる)。
韓国は2005年の時点では、2007年(1月1日)から(2008年12月31日まで)の任期の非常任理事国を選ぶ2006年秋の選挙に立候補するつもりで国連外交を展開していたが(朝鮮日報日本語版2005年9月8日付「韓国、07年の国連非常任理事国入り目指す」)、この任期中には(中朝戦争に非協力的なブッシュ米大統領の政権が続くので)中朝戦争が起きないことがほぼ確実である(小誌前掲記事)。逆に、この任期の非常任理事国の選挙に当選すると、中朝開戦の可能性の高い2010年を含む期間に理事国になることができず、他方、潘基文外交通商相(当時)の国連事務総長就任の可能性が出て来たこともあって、結局、韓国は2006年秋の選挙への立候補を取りやめている。
この2005年時点の立候補の動きでも明らかなように、非常任理事国選挙のための事前運動は、選挙の前年に始めるのが一般的だ。上記のように、2012年秋の選挙に当選するために5年以上前の2007年に立候補を表明するのは異例中の異例であり、これによって、韓国が2013〜2014年の国連外交を異常なほど重視していることがわかる(日本が2008年秋の非常任理事国選挙への立候補をめざして前年1月に立候補を表明したことを示す記事、共同通信2007年1月24日付「非常任理事国に立候補へ 首相表明、09年から任期」も参照)。
いずれにせよ、2007年以降の数年間、韓国(のみならず世界各国)の外交官の最大関心事が中朝戦争であることは、上記の韓国の国連外交からも十分に察せられるのだ。
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