『ちりとてちん』は史上最低!?
〜朝ドラ視聴率低迷の意外な理由〜
小誌は国内外の政治・経済、スポーツビジネスのほか、メディア産業も分析の対象にしているので、本日ふたたびTV業界を取り上げたい(筆者の知り合いにこの業界のプロが多く、けっこう「リクエスト」があるので、それに応えようと思う)。
●なんで史上最低●
筆者は、NHKの大河ドラマは比較的よく見るものの、朝の連続テレビ小説(朝ドラ)は、知り合いが制作にかかわっている場合を除くと、ほとんど見ない。が、現在(2007年10月1日〜2008年3月29日)放送中の『ちりとてちん』に限っては、例外的にほとんど毎回見ている。なぜ見ているのかというと、面白いからである。
ところが、筆者にとっては意外なことに、NHK大阪放送局制作のこのドラマは朝ドラ史上の視聴率ワースト記録を更新しそうなのだという(『ちりとてちん』の2008年3月8日放送分までの関東地区自己最高視聴率は2008年1月24日放送分の18.8%で、これは同じく大阪局制作の2003〜2004年放送の『わかば』が記録した自己最高視聴率の最低記録、19.9%より低い。産経新聞2008年3月4日付朝刊29面「週間視聴率トップ30 2月25日〜3月2日」。ビデオリサーチWeb 2007年10月9日「NHK朝の連続テレビ小説」)。
「ワースト」と聞いて意外に思っているのは筆者1人ではない。知り合いの「業界人」のだれに聞いても、理由がわからないからだ。つまり、ある程度続けてこのドラマを見ている人はたいてい「面白い」と思っている(少なくとも、つまらないとは思っていない)のに、なんで「史上最低」になるのか…………永年TV視聴率を研究しているベテランジャーナリストにもわからないらしい(産経前掲記事「週間視聴率トップ30」の山根聡記者も、落語家をめざす女性を主人公にしたこのドラマを「細部まで神経が行き届いた脚本(藤本有紀)で落語ファンならずとも楽しめる」と絶賛しつつ、視聴率の低さに驚いている)。
となると、「出演者が視聴者に好かれていない」という疑念が湧かないでもないのだが、あのドラマに出ている若手俳優はみなかなりの人気者になっていて、とくに主演女優の貫地谷しほりなどは、1年先までスケジュールがびっしり埋まっているのだそうだ(2008年3月3日放送のNHK『スタジオパークからこんにちは』)。
とすると、何かほかの原因があるはずだ。筆者は、人がわからないことを推理するのが好きなので、1つ、挑戦してみることにした。
●専業主婦を敵に●
と考え始めたら、意外に早くわかった。
このドラマにはかなり早い段階(2007年10月13日放送分)で、ヒロイン(貫地谷)が母親(和久井映見)に向かって、泣きながら「おかあちゃんみたいになりたくない」と、親に向かってかなり失礼なことを言う(そう言って、「故郷を飛び出して大阪に移り住んで、自分の生き甲斐をみつけよう」と決める)場面がある。
この場面の、このセリフはその後も「回想のシーン」で繰り返し出て来るのだが、どうもこれが原因ではないかと思われるのだ。
「おかあちゃん」は40歳近くまで明確な職業を持たずに生きて来た「専業主婦」なのだが、ヒロインはその生き方を否定して家出して、自分のやるべき仕事(落語家)をみつけて成長して行き、けっして上記の発言について母親にあやまることはない。つまり、「専業主婦の生き方」を「否定しっぱなし」なのだ。
上記の場面は、重要な場面であって、俳優の演技もいいので名場面なのだが、これについて、もしも制作現場の男性スタッフが、同じく現場にいる女性スタッフや女優陣や脚本家の藤本有紀に「これって女性から見てもいい場面でしょう? 回想のシーンで何度使ってもいいよね」と聞けば、みんな同意するに決まっている。なぜなら彼女らは全員「仕事を持っている女性」であり、ヒロインの立場からこの場面を見るからだ。
ところが、視聴者のなかには、(家の外に)仕事を持っていない(40歳以上の)専業主婦が大勢いる。彼女らは当然「おかあちゃん」の立場で見てしまう。そうすると、こんな「自分の人生を全否定するようなセリフが繰り返し出て来るドラマ」を、はたして彼女らは見たいのか、という問題が起きるのである。
朝ドラに限らず、TVドラマでは、主人公が「○○のようになりたい」と言うことは珍しくないし、それによって特定の職業や立場の人が不快になることはない。が、主人公が人口の数十パーセントを占めるような巨大な層(多数派)を指して「そのようにはなりたくない」と言うドラマは、当然ながら、そう多くはない。たとえば「サラリーマン」の人生を全否定するようなセリフは、TVドラマでは、めったに耳にするものではない。
もちろん、女性である脚本家の藤本有紀には専業主婦を否定する気持ちなどないだろう。それは、「おかあちゃん」(和久井)が相当に魅力的な人物として描かれているのを見ればわかる。
しかし、決定的な場面で飛び出した「なりたくない」というセリフは、まさに決定的だ。一度言ってしまったら、もう取り返しが付かない。
【それを言っちゃあ、おしまいだよ。】
(>_<;)
ヒロインがこの発言について母親にあやまる場面は(2008年3月15日放送分までの)ドラマの中にはないが、たとえあやまったとしても、それで済む問題ではない。すべての女性が仕事の才能や機会に恵まれているわけではないのだから。
●放送時間帯の問題●
もちろん「現代の日本では女性の社会進出が進んで、仕事を持っている女性も多いから、そういう層に見てもらえばいい」という考え方もあろう。
が、不幸にして、このドラマは、地上波(NHK総合)では平日(と土曜)の朝8時15分から放送される。そして、東京や大阪の朝9時始業の会社に勤めているOLは、通勤に1時間前後かかっている場合が多いので、地上波で放送される時間帯にはもう家におらず、このドラマを見ることができない。
衛星放送(NHK-BS2)で、同じドラマを朝7時30分から放送しているので、8時前に家を出るOLはそちらを見ているかもしれない。が、日本で唯一の視聴率調査会社であるビデオリサーチは、衛星放送の視聴率は公表しない方針なので、BS2でいくら大勢の女性が見ても「記録」には結び付かない。
つまり、うっかり専業主婦を不快にする表現をしてしまったことが、この番組の視聴率にとっては「致命傷」になったのではないか、と考えられるのである。
【ちなみに、当然のことながら、問題のセリフは、「仕事を持っている男」である筆者にとっては不快でもなんでもない。おそらく仕事の有無にかかわらず、ほとんどの男性にとって、そうだろう。】
●意外な盲点●
女性の社会進出が進んで職場に女性が増えると、たとえば一般消費者向けの製品やサービスを売っている企業で企画、開発などをする場合、「女性の意見を聞こう」と考える男は、ついつい職場の同僚の女性の意見を聞いてしまいがちだ。
が、彼女らは、女性全体のかなり割合を占める専業主婦の立場を代表していないので、そういう意見ばかり集めていると、かなり偏った判断をする恐れがあるらしい、ということを、このドラマの視聴率は示しているのではないだろうか。
「女が女の気持ちを理解できるとは限らない」ということが、はからずも証明されたのだ。
同じようなことは、男が男の、子供が子供の、高齢者が高齢者の、日本人が日本人の気持ちをわかるとは限らない、といった言い方でも言えそうだ。
あらためて文字にしてみると、あたりまえのことではあるが、少なくとも広告やマーケティングの仕事にたずさわる方々は、一度確認しておかれたほうがよいだろう。
【この記事は純粋な「予測」であり、「期待」は一切含まれていない。】
【中朝国境地帯の情勢については、お伝えすべき新しい情報がはいり次第お伝えする予定(だが、いまのところ、中朝両国の「臨戦体制」は継続中)。】
【この記事は純粋な予測であり、期待は一切含まれていない。】
【2007年4月の『天使の軍隊』発売以降の小誌の政治関係の記事はすべて、読者の皆様に『天使』をお読み頂いているという前提で執筆されている(が、『天使』は中朝戦争をメインテーマとせず、あくまで背景として描いた小説であり、小説と小誌は基本的には関係がない)。】
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