〜「支持率低下で福田政権崩壊」報道のウソ〜
2008年4月現在、福田康夫内閣の世論調査における支持率がかなり下がっている。マスコミによると、20%台にはいると「危険水域」なのだそうだが、まさにその状態だ(産経新聞Web版2008年4月4日「内閣支持率4.9ポイント下落 福田離れ鮮明=本紙-FNN世論調査」では23.8%、毎日新聞Web版2008年4月7日「内閣支持率:福田政権『危険水域』に」 では24%)。
となると、理論上は、自民党の国会議員たちが「福田内閣のもとでは次の衆議院総選挙は戦えない」と考えて「福田下ろし」に走るだろうという推測が成り立つ。
福田康夫首相は2008年3月27日に緊急会見し、伝統的に自民党道路族議員の「無駄な公共事業」の財源になって来た揮発油税(ガソリン税の1つ)などの道路特定財源を2009年から一般財源化すると表明した。揮発油税などの暫定税率を定めた租税特別措置法が2008年3月31日に期限切れになり、国1兆7000億円、地方9000億円、あわせて2兆6000億円も歳入の穴があくというのに、民主党など野党が多数を占める参議院が同法の課税期限延長のための改正案を可決してくれないので、野党、民主党に呼びかけるためである(毎日新聞Web版2008年3月30日「社説ウォッチング:道路一般財源化 首相提案、各紙が評価」)。
が、この会見は首相の「単独犯」であって、その後、何週間経っても閣議決定や与党・自民党の総務会の議決によって「公認」されることはなかった。そのうえ、政府・与党は、2008年4月29日に、上記の租特法改正案が衆議院で可決されてから60日経つのをよいことに、同日以降、憲法59条4項の規定を利用して与党が2/3以上の多数を占める衆議院で再可決し、4月1日以降租特法の期限切れで税金分がいったん値下がりしたガソリンの値段をまた上げるという。そして、この「再可決で再値上げ」に国民世論の大半が反対だという(毎日前掲記事「内閣支持率:福田政権『危険水域』に」では、64%が反対)。
そのうえ、2008年4月27日には衆議院山口2区で補欠選挙がある。もしこの補選で与党候補が負け、その直後に衆議院で租特法改正案が再可決されれば、「民意を無視した再可決だ」という非難が巻き起こり、福田内閣の支持率はさらに下がる恐れがある。
そこで、週刊誌や全国紙、タブロイド紙には「福田退陣か」「麻生太郎(元幹事長)がクーデター」「小池百合子(元防衛相)を首相擁立か」、はては「小泉純一郎元首相の再登板か」などという記事が飛び交っている(『週刊文春』2008年4月17日号「麻生太郎の乱 『黒幕』は安倍前首相 福田政権『崖っぷち』」、産経新聞Web版2008年4月22日「ポスト福田に小池氏急浮上 無関心装いながらも布石着々」、『週刊現代』2008年5月3日号「『小泉再登板』に怯える福田首相『破れかぶれ内閣改造リスト』」)。
ほんとうだろうか。
●政局無風●
筆者は最近(2008年4月下旬)、数か月ぶりに、永田町・霞が関関係者と話せた。そのうち、福田康夫首相の側近とは電話でしか話せなかったが、最低限、政局についてだけはしっかり聞くことができた。
この側近は、筆者にはホンネを言う。彼は2006年9月の自民党総裁選への出馬を福田康夫に見送らせた理由を「いま出馬すると安倍晋三と同じ派閥(清和会)内での戦いになって派閥が割れる」「どうせ2007年7月の参議院通常選挙で自民党が大敗すれば、安倍は首相を辞めざるをえないから」と語っていたのだが、いざ2007年7月になってみると、「どうやら安倍は大敗しても権力の座に居座るつもりらしい」とわかって落胆、動揺し、「こうなったら、オレでも民主党に投票するしかないな」と愚痴るほど正直だった(小誌2007年7月28日「負けても居座る!?〜シリーズ『2007年夏参院選』(4)」)。
その彼が今回はやけに明るい。曰く「福田政権は磐石だ。クーデター? やれるもんならやってみるがいい。やったら、麻生の政治生命はなくなるけどね」といった具合である。たぶんこれもホンネだろう。首相(の側近)ともなると、警察をはじめあらゆる官僚機構を利用して情報収集が可能なので、情勢分析も間違ってはいまい。
彼との電話は短時間だったので、理由までは聞けなかった。
だが、よく考えてみると、安倍内閣の支持率が下がるのと福田内閣の支持率が下がるのとではぜんぜん意味が違うので、理由はすぐにわかった。
●安倍と福田の違い●
安倍晋三は、なりたくて首相になった。彼の父、故・安倍晋太郎元自民党幹事長は「総理確実」と言われながら、病に倒れ、首相になる夢をはたせずに亡くなった。このため、息子の晋三は「亡き父上のご無念を晴らさんがため…」とほとんど時代劇の仇討ちのような感覚で政治家になり、首相の座を目指した。つまり「首相になりたくてなりたくて仕方がなかった」のだ。
当然、一度首相の座に着いたら簡単には降りようとしない。したがって、内閣支持率が下がったらジタバタせざるをえず、だから2007年夏の参院選の選挙運動中に「(社会保険庁の職務怠慢で不備の多い)国民年金の記録については、2008年3月末までに、最後のお一人まで照合し確認します」などという、出来もしないデタラメな公約をしてしまったのだ。
ジタバタしているやつの足をすくうのは不可能ではない。だから、米国の助けがあったとはいえ(小誌2007年10月6日「●はずされたハシゴ」
福田家は、安倍家とは対照的に、前世紀にすでに福田康夫の父、故・福田赳夫という首相を輩出している。したがって福田康夫は、安倍晋三のように「あなたは絶対にお父様の代わりに首相になるのよ」という心理的プレッシャーを周囲(とくに母親)からかけられたことはなく、「べつに無理に首相なんぞにならなくてもいい」という気持ちで首相の座に就いている。つまり、権力欲がないのだ。
安倍晋三にとって権力は「自分や家族が達成感や優越感に浸るためのもの」であり、言い換えれば、彼にとって権力は(政治の手段ではなく)人生の目的そのものだった。他方、福田康夫が権力の座に就いたのは、日本にとって地政学上必要な政策を実行するため、である(小誌2007年6月14日「●ウソも方便」 < http://www.akashic-record.com/k/y2007/acvsf.html > ) 。したがって、それを実現するまでは、権力の座に就いていなければならないが、権力はあくまで手段であって目的ではなく、したがって福田康夫には、安倍晋三のように権力に恋々とする気持ちはない。
となると、福田康夫のような政治家を引きずり下ろすのは非常に難しい。
【福田康夫が権力の座に執着しないと自民党内で見られているもう1つの理由として、彼の年齢がある。自民党は衆議院議員候補には73歳定年制を導入しており、73歳を過ぎると、次の衆議院選挙には党公認候補としては立候補できなくなるが、実は福田康夫は1936年7月生まれなので、あと約1年、2009年7月で73歳になる。つまり、衆議院を解散して総選挙に勝とうが負けようが、元々福田政権は長くは続かない運命なので、彼が「私は元々、自民党が野党になっても失うものは何もないんだ」と言って「自爆テロ解散」をほのめかせば、それは極めて説得力がある、ということになるのだ。】
筆者は、上記の仮説を永田町の事情通にぶつけてみたが、そのとおりだ、という答えが返って来た。
●政局待望記事●
「福田内閣は安泰で、衆議院山口2区補選や租特法改正案再可決後の世論がどうなろうと、何も起きません」などという記事を掲載した週刊誌や新聞が売れるだろうか。「政局は無風です」などという報道番組や情報番組が高い視聴率を取れるだろうか。マスコミはみな「記事を売ってなんぼ」「視聴率を取ってなんぼ」の商売をしているのである。だとしたら、さして実現する見込みがなくても「麻生クーデター計画」の記事を書いたり、「小池百合子擁立論」をワイドショーで取り上げたりしたほうが儲かるに決まっているではないか。
小池百合子はいい。女性だし、大臣経験者だし、(元)美人だから「花」がある…………彼女が首相になる可能性があるという記事を書く記者たちは、書いている最中からその可能性がゼロであることは当然知っているが、インターネットの普及で雑誌や新聞が売れない時代なので、ウソと知っていても「花のある記事」を作るために、自民党有力者のちょっとした発言(冗談)を針小棒大にふくらませて書かざるをえないのである。
筆者はそういうウソを流さざるをえないマスコミ各社に、心底同情する。
●問責不問●
憲法(69条)は、衆議院には不信任案を可決して内閣を総辞職(または衆議院の解散)に追い込む権能を認めているが、参議院にはそんな権能ない。問責決議案が可決されても、首相は堂々と参議院に行くことができる。
ただ、「問責決議案が可決されたから」という理由で、野党各党は参議院での審議を欠席することができるだけだ。この「審議ボイコット」が可能かどうかは、そのときどきの国民世論の動向によるが、首相官邸の情報収集ブレーンである内閣情報官(旧内閣情報調査室長)は主要マスコミ各社と会合を持つなどの形でマスコミに一定の影響力を行使できるので、野党の「問責決議案可決→審議ボイコット」戦術が世論調査の数字上、高率の支持を得るのは容易ではない。
【福田康夫首相の「道路一般財源化」の緊急会見の翌日に、首相が閣議や自民党総務会の了承を得ていないことを棚上げにして、すべての全国紙が一斉に、まるで示し合わせたかのように「福田支持」にまわったのも、官邸(内閣情報官など)が一定の「根回し」をした結果と考えられる(毎日前掲記事「社説ウォッチング:道路一般財源化 首相提案、各紙が評価」)。】
いや、そんな高等な工作をせずとも、元々「審議ボイコット」はあまり見栄えがよくないから、野党としても好ましくない(たとえば日本共産党は、ほかの野党がボイコットしているときでも、審議に応じることが多い)。国会議員は審議をするために税金から給料をもらっているのに、仕事もしないでさぼっているように見えるからだ。
したがって、問責決議そのものが、そもそも可決されない可能性がある。
●2年間安泰?●
そうなると、民主党などの野党が参議院で過半数を持っていることの意味はなくなる。
衆議院の与党・自民党の議席は、2005年9月の小泉純一郎内閣のときの「郵政解散」によってめいっぱい増えているので、いつ解散・総選挙をしてもこれ以上増える可能性はなく、むしろ減る可能性のほうが高い。そして、もし解散・総選挙をして自民党の議席が減って、与党の議席数が2/3以下になると、もう「再可決スキーム」は使えなくなるので、たとえ与党の議席が衆議院で過半数でも(2/3未満なら)、政府・与党提出法案は、衆議院で可決されても参議院で否決されて、そのまま不成立になってしまう。
そのような事態を避けるため、福田康夫首相は、あと2年間、衆議院を解散せずに、つまり、自身の政権の正統性をまったく国民有権者に問うことなく、政権をまっとうするかもしれない。そうなれば、たしかにこの政権は磐石だ。
上記の福田側近に、2006年夏に「参院選敗北後の与党を率いて福田さんが政権を取っても、法案が参議院で通らなくて困るでしょう」と筆者が聞いたとき、彼は「(与党は)衆議院で2/3以上持ってるから大丈夫」と豪語していた。当時、筆者は信じられなかったが、どうやら、そのとおりになりそうだ。
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たとえば、内閣支持率が下がって、首相(自民党総裁)を替えようという動きが自民党内で起きたとき、「そんなに私を引きずり下ろしたければ、わざと内閣と自民党の支持率が低いときに、首相権限で衆議院を解散して総選挙に持ち込んで、自民党を大敗させて野党に突き落としてやる」という脅しが成り立つからだ。
この脅しは、安倍晋三には絶対に使えない。安倍晋三が親の代からの因縁で権力欲に凝り固まっていることは自民党国会議員ならだれでも知っていることであり、彼が首相在任中に「私を引きずり下ろすなら、自民党議員を全員野党にしてやるぞ」と言っても、「自民党が野党になったら、あんたも総理でいられなくなるよ」と言い返されるだけである。
逆に「総理の息子」で「育ちのいい」福田康夫は「いつ総理をやめてもいい」と思っているはずであり、自分の遂行したい政策を党内から妨害されたときにはそれに怒って、ほんとうに「自爆テロ解散」をやりかねない、ということは、自民党国会議員ならだれでも理解できる。だから、内閣支持率と同時に自民党支持率も下がって、自民党自体が危機に陥っていて「いま解散したら野党になる」恐れがあるときに「福田下ろし」などできるわけがない。したがって、「支持率が下がれば下がるほど、福田内閣は安泰」という奇妙な結論になるのだ。
では、なぜマスコミには「麻生クーデター説」だの「小池百合子首相擁立説」だのが飛び交うのか…………理由は簡単だ。マスコミの「商売」のためである。
与党が租特法改正案を衆議院で再可決して、いったん下がったガソリン価格の再値上げにつながる事態を引き起こしたら、民主党は参議院に福田康夫首相に対する問責決議案を提出して可決する、と脅している。が、もちろんなんの意味もない。
内閣支持率が20%台しかない「危険水域」の首相が世論の反対をおして「強引な再可決」に走っても、問責決議案が可決されない(あるいは、可決されても意味がない)となると、今後、衆議院で2/3以上の多数を占める与党の議席数を活かしたこの「再可決スキーム」は多用されることになるだろう。
その参議院で、与党が過半数を回復するには少なくともあと2年、2009年夏の参院選までは待たなければならないので、その間このスキームを使い続けるには、与党は衆議院の議席を減らしてはならない。
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