非常識な進歩

〜シリーズ「失業革命」(2)〜

Originally written: June. 18, 2009(mail版)■非常識な進歩〜週刊アカシックレコード090618■
Second update: June. 18, 2009(Web版)

■非常識な進歩〜週刊アカシックレコード090618■
世界各国で、情報技術(IT)などの導入によって労働生産性が劇的に上昇し、「だれも働かなくてもいい社会」(に近い社会)が実現されようとしているのに、「働かざる者食うべからず」の道徳観が変わらないため、失業問題が深刻化する。
■失業革命〜「技術神話」が生む不況■

■失業革命〜「技術神話」が生む不況■
【小誌2007年4月14日「国連事務総長の謎〜シリーズ『中朝開戦』(4)」は → こちら
【小誌2007年7月3日「『ニセ遺骨』鑑定はニセ?〜シリーズ『日本人拉致被害者情報の隠蔽』(2)」は → こちら
【小誌2007年10月22日「軽蔑しても同盟〜シリーズ『中朝開戦』(11)」は → こちら
【小誌2008年3月6日「中朝山岳国境〜シリーズ『中朝開戦』(13)」は → こちら
【小誌2008年9月8日「福田退陣の謎〜東京地検 vs. 公明党〜福田首相退陣は政界大再編の前兆」は → こちら
【小誌2008年10月1日「公明党の謀叛!?〜連立政権の組み替え?〜『中朝戦争賛成派』が小池百合子新党に集結!?」は → こちら
【小誌2008年11月27日「究極の解決策〜勝手にドル防衛?」は → こちら
【小誌2008年12月1日「人権帝国主義〜シリーズ『究極の解決策』(2)」は → こちら
【小誌2008年12月4日「イラク戦争は成功〜シリーズ『究極の解決策』(3)」は → こちら
【小誌2009年1月8日「70年周期説〜シリーズ『究極の解決策』(4)」は → こちら
【小誌2009年2月5日「逆ネズミ講〜シリーズ『究極の解決策』(5)」は → こちら
【小誌2009年3月31日「巨人、身売りへ〜読売、球団経営から撤退を検討」はWeb版はありませんが → こちら
【小誌2009年4月1日「巨人の身売り先〜シリーズ『巨人、身売りへ』(2)」は臨時増刊なのでWeb版はありません。】
【前回「失業革命〜『技術神話』が生む不況」は → こちら

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世界各国で、情報技術(IT)などの導入によって労働生産性が劇的に上昇し、「だれも働かなくてもいい社会」(に近い社会)が実現されようとしているのに、「働かざる者食うべからず」の道徳観が変わらないため、失業問題が深刻化する。

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●非常識な世界へようこそ●
われわれは普通、価値の高いものを手に入れるのは、より多くのコスト(代金、時間、労力)を支払うべきだと思っている。
腕のいいシェフのいるレストランの料理は値段が高くてあたりまえであり、そういうレストランでは、「料理の味がよくなるのに反比例して料理の値段が下がる」とか、「昔は順番待ちが必要だったのに、最近は料理がおいしくなったので順番待ちをしなくてもよくなった」などということは、あまりありそうなことではない。まして、数年間に味が10倍よくなり、値段が1/10になる(価格性能比が100倍になる)などということは絶対にない。

しかし、この常識に反することが情報技術(IT)を中心とするマイクロエレクトロニクス技術の世界では起きたのだ。

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●ムーアの法則●
1965年、米半導体メーカー、インテル(Intel)の創設者の1人、ゴードン・ムーアは、半導体製造のための微細加工技術の進化について、自身の経験則から「半導体の集積密度は18〜24か月で倍増する」(12年間で64〜256倍になる)という法則を提唱した。半導体の性能は集積密度に比例して高まるので、この法則が妥当すれば、半導体の性能はわずか数年間で数十倍になることになる。
また、集積密度が上がれば、性能を上げるために半導体自体のサイズを大きくする必要はなく、逆に小さくすることもできる。一般に、半導体の生産コストは、半導体自体が小さければ小さいほど下がるので、集積密度の上昇は半導体の価格の低下につながることになる。

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この法則は、半導体業界では2009年現在まで現実に妥当していると見られており、現実に、パソコン用の中央演算処理装置(CPU)などの半導体はわずか数年の間に、小型化しつつ、あるいは、大型化することなく、数十倍、数百倍にまで性能を上げ、その一方で価格は低下した(CNET日本語版2007年9月19日「『ムーアの法則は10年後、15年後に行き詰る』 -- ムーア氏が指摘」)。
このため、半導体の価格性能比は、短期間で数百倍、数千倍にまで高まった。

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●デジタル腕時計●
デジタル式液晶クオーツ時計に使われているのは、水晶振動子という圧電素子(圧力がかかると電気が流れる部品)であって、半導体ではないが、「微細加工技術を必要とするマイクロエレクトロニクス技術」である点では、半導体技術と同じであり、両者はよく似た進化をする。それは、時計製造技術の進化を見ればわかる。

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1970年代に制作された米TVドラマ『刑事コロンボ』のあるエピソードでは、殺人事件の被害者の所有物として、ゼンマイ式の、日付カレンダーが手動式の(時計自体が大の月と小の月の違いを認識できない)腕時計が登場し、コロンボは、(小の月の)月末(30日)の次の日、カレンダーの日付が手動で1日(ついたち)にされていなかったことを根拠に犯行時刻を推理する。
当時は、そうした腕時計でも高価なものであって、日本円で1万円以上するのがあたりまえだった。

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但し、日本の時計のカレンダー技術はもう少し上で、シチズンが国産初の月日・曜日のカレンダー付きの、月末に手動で日付を調整する必要のない腕時計を開発したのは1952年だった。

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しかし、それから約20年後には、半導体を内蔵したデジタル腕時計が日本国内で、ヨドバシカメラなどの量販店で売り出された。デジタルなので、ゼンマイを巻く必要はなく、カレンダーはなんら手動の操作をすることなく数十年先まで、日付や曜日を正確に表示できる液晶クオーツだった。

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つまり、時計自体の使いやすさ(生産性)は数十倍、数百倍に向上したのだが、価格は1万円を割り、その後、2009年現在でも、多くの液晶クオーツの末端小売価格は1万円を割ったままだ。

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価格が大幅に下がったのだから、その価格性能比の向上はまさに指数関数的だ。

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これは、「以前よりかなり少ないコストで、以前よりかなりおいしいものが食べられること」と同じであり、従来の社会の道徳と常識に著しく反することだ。が、この種の技術を使う世界では、このような「奇跡」でも、あたりまえのように実現されてしまう。
ゼンマイ式の時計は、16世紀にはドイツで発明されていた。だから、それに手動式の日付カレンダー機能が付くのに、20世紀まで、約400年かかったことになる。ところが、そこから先、ゼンマイを巻く手間や月末にカレンダーを直す手間がなくなるほど進歩するのには、その20分の1ぐらいの年数しかかかっていないのだ。

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デジタル機器や精密機器の製造に使われる微細加工技術は、他のいかなる技術とも異なり、異様に労働生産性や価格性能比を高めるスピードが速い。このため、その技術は、IT産業、精密機械製造業の範囲を超えて、工場の生産設備や医療機器、事務機器、航空機、船舶、車両、兵器、農業用機械、教育機器など、あらゆる設備を制御、管理する技術として用いられ、社会全体をあっというまに「より少ない労働しか必要としない社会」に変えてしまう。すなわち、膨大な失業を生み出す技術なのだ。

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●セルフレジの恐怖●
たとえば、昨今流通業界に徐々に普及しつつある技術として「セルフレジ」がある。
セルフレジは、富士通、東芝テック、日本NCRなどのIT企業が、バーコードリーダーなどITならでは認証技術を応用して開発したキャッシュレジスターである。旧来型のレジでは1人の店員が1台のレジしか管理できなかったが、セルフレジを使えば、1人の店員で同時に4台のセルフレジを管理できる(読売新聞Web版2008年5月26日「セルフレジ まずは慣れ」、ITmedia 2009年1月28日「am/pm、セルフレジの導入を30店舗に拡大へ レジ担当の人件費を減らす」)。

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いまのところ、セルフレジはまだ高価なので、人手不足の著しい地方のスーパーマーケットで、昼時(ひるどき)の混雑緩和を目的に細々と導入されているだけだ。しかし、その中核技術は半導体とソフトウェアなので、そう遠くない将来に、セルフレジも「ムーアの法則」で価格や導入コストが下がり、性能が向上する可能性がある。そうなれば、日本中のスーパーやコンビニに一気に普及するだろう。

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理論上は、日本中すべてのスーパーやコンビニのすべての従来型レジがセルフレジに置き換えられれば、レジ係を務める店員の3/4、おそらく数万人が失業することになる。

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もし政府が流通業界の雇用を守りたければ、セルフレジの普及を妨害するために、セルフレジを導入しようとする事業者から「セルフレジ導入税」のような税金を徴収すべきであろう。
悪い冗談のように聞こえるかもしれないが、筆者はまじめに提案している。

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●働かなくてもいい社会●
21世紀の先進諸国および新興諸国では、18世紀の産業革命以来の「働かざる者食うべからず」という道徳観、倫理観(マルクス経済学の「労働価値説」も含む)が維持されたままだ。他方、20世紀後半以降に発明され普及したテクノロジーは労働生産性を高めるという意味では異常にテンポが速く、急速に、あたかも「働かなくてもいい社会」を作ろうとしているかのようだ。

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もちろん技術者たちにそんな意図はない。しかし、彼らの理想とする技術が行き着く先は、結果的にそういう社会(にかなり近い社会)を実現してしまうだろう。

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技術者たちが労働生産性を指数関数的に高める技術の開発をやめず、政治家や官僚がその普及を阻止できないならば、社会は道徳観、倫理観を変える必要がある。
つまり、「働かざる者食うべからず」をやめ、労働者はその労働の成果(社会的評価)に応じてその代価を報酬として受け取るのではなく、労働と無関係にそれなりの生活(各国における「中の下」ぐらいの経済生活)ができる「超高福祉社会」を作るしかないのではないか。

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たとえば、発明家や技術者の知的所有権を異常に手厚く保護して彼らを超高額所得者にしたうえで、その所得の大半を税金で国家が巻き上げ、それを財源にして、国民の大半に老齢福祉年金を35歳(!?)ぐらいから早々と支給する…………もちろんそんなことをすれば、高額の課税をされたくない発明家や技術者は所得税の安い国に逃げるだろうから、この福祉政策は全世界で同時に実施しなければならない。

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こんな施策はもちろん非現実的だ。しかし、これに近い施策を実行している国がある。
1973年の第一次石油危機で原油価格が一気に4倍に高騰したため、サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦、カタール、バーレーンなどのペルシャ湾岸産油諸国では、なんの努力もせずに、あたかも「不労所得」のように莫大な石油収入が国庫にもたらされた。
このため、これら湾岸産油諸国では、少なくともその国の国籍を持つ者に関しては、ほとんど働かずに暮らせる「軽労働高福祉社会」が実現された。

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【サウジでは1970年代後半から、国籍を持つ国民には、働かなくても暮らしていけるだけの十分な福祉サービスや教育が保障され、あるいは、軽労働で高給の公務員事務職が割り当てられている。そして、土木工事、メイドなどの肉体労働から、教員などの頭脳労働に至るまで、国家にとってほんとうに必要な、努力と労力を要する仕事の大半はパレスチナ人などの外国人労働者に任されていた。このため1970年代後半以降、サウジ国民の労働力化率は30%代しかなく、つまり、働ける年齢の、サウジ国籍を持つ成人の60%以上が2009年現在も「何もしていない」状態なのである。
にもかかわらず、国民はみな「中の上」以上の生活をし、外国人労働者でも「中の中」程度の生活をしており、下層階級はいない(竹下節子『不思議の国サウジアラビア - パラドクス・パラダイス』文春新書2001年刊 ほか)。
が、1980年代にはいると、石油価格の低下により国家財政が赤字になり、この「軽労働高福祉社会」の維持は次第に困難になりつつある。1981年に1万7000ドル以上あった1人当たり国内総生産(GDP)は、人口の増加もあって、1995年には7500ドル前後と半分以下に低下しているうえ、財政赤字も恒常化していることから、現在の社会制度をいつまで維持できるかは定かでない。】

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●「技術政策」が必要!?●
もちろん、石油などの地下資源に恵まれない世界の大半の国では、こんな夢のような福祉社会は実現できないから、国民を働かせて経済をまわして行くしかない。しかし、2009年現在の全世界のテクノロジーは、サウジ型の「本来実現するはずのない社会」に向かって日進月歩、あるいは秒進分歩で進歩し続けている。

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いまや世界中の政策担当者は、技術の進歩を止めるという政策課題を真剣に検討すべき段階にはいったのではあるまいか。さしあたり、セルフレジの普及は絶対に阻止すべきだろう。

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●ITアリ地獄●
次回は、筆者が熟知するIT産業界内部を例にとって、ITの「労働排除型進歩」の凄まじさを紹介する予定。

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 (敬称略)

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【この記事は純粋な予測であり、期待は一切含まれていない。】

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