コンピュータ業界では、携帯し持ち運ぶことのできるコンピュータをモバイル・コンピュータと言う。ソニーのVaio、アップルのPowerBook、東芝のDynaBookなどのノートパソコン、シャープのザウルス、見方によってはポケベルさえも、一種の携帯情報端末(PDA: パーソナルデジタルアシスタンス)に違いないので、モバイルと言えないこともない。
しかし、これらに共通しているのは、「手で」で持ち運ぶ必要がある、という特徴である。このため、両手でほかのことをしながら(ハンズフリーで)使うことはできても、移動しながら使うことはできない。モバイルは元来「移動」「動員」などを意味する英語だが、この場合の移動は一時的なもので、ある場所から別のある場所へ手でモバイルパソコンを運んだあと、そこでどっかりと腰を据えてパソコンを使い、使い終わったら、また(重いのをがまんして?)手で抱えて帰るということになる。デスクトップ型コンピュータ(オフィスのデスクに固定的に置かれている通常のパソコンなど)よりは運びやすいものの、せっかく「移動できる」機能や軽さを持ちながらも、その「移動」には大きな制約がある、ということだ。このため、住宅事情の悪い日本では、狭い室内で使いやすいようにと、家の中で(机の上で)固定的に使うパソコンを、あえてノートパソコンにしている(使い終わったら机を食事など別のことに使うために)という例も少なくない(実は筆者もそうである)。
この「モバイル」の持つ中途半端な可動性を前進させ、もっと移動しやすくしたのが「ウェアラブル」である。パソコンをもっと小型・軽量化し、本体をベルトで腰まわりや二の腕に装着し、入力部分や表示画面(ディスプレイ)を、腕時計をする手首のところや、眼鏡をかける頭部の周囲に持ってくる。手でパソコンを抱える必要はなくなり、両手が自由に使える「ハンズフリー」の状態で、手で何かをしながら、あるいは歩きながらパソコンを使うことが可能となる(もっと軽量化、一体化が進み、超薄型の本体を腰に巻き付けたり、極端な話、ディスプレイを頭部に埋め込んだりすれば、「ロボコップ」になる)。
たとえば、ある日本メーカーが開発した機種では、本体は薄型で頭部を覆うヘルメットに内蔵され、そのディスプレイは、顔の上のゴーグル(眼鏡)の片方のレンズの上に、半透明の画像として表示されるという。これだと車を運転しながら、パソコンで行き先の地図や渋滞情報を、前方から目をそらすことなく受信し、判断し、運転に活かすことができる。
たとえば、ビジネスシーンでの利用はこんな感じである。
歩きながら「声の」電子メールを送受信し(つまり、手は普通にカバンを持ったり車のハンドルを持ったりしていてもいい、ということ)、商談の依頼を処理し、顧客との待ち合わせの場所と時間を決めて返信し、同時にホストコンピュータに、これまた声のメールで命じて、必要なデータを探させ、それを自分のからだに装着している ウェアラブル・コンピュータに送信させる。
何百人ものビジネスマンが集まるパーティー(名刺交換会)で、自分の求める業界、業種の人と確実に出会うには(経験した人ならわかるだろうが、これはかなり難しい)どうすればよいか?…………自分のウェアラブルから自分のニーズ、たとえば「次世代テレビゲーム機について話したい」などのメッセージを、数メートル四方に向かって発信しておけばよい。同じような話題を持った人が、必ずキャッチして寄って来てくれるはずだ。
デートのときにも役に立つ。
地方から初めて東京に出て来たこのアベックは、どうしても東京で生で舞台演劇が見たくて仕方がないのだが、どこにいけばどんな芝居がかかっているか、また空席があるか否かもわからない。せっかくのデートで無駄足をしたくない。
そこで、ウェアラブルから娯楽情報データベースを持つ(「チケットぴあ」のような)企業のホストコンピュータを呼び出し、現在観覧可能な演劇と空席状況の情報を得て、さらにその劇場への道順を三次元で示してもらう。東京では地下鉄の乗り換えの必要もあれば、ビル内がいくつもの劇場に分かれているところもあるので、ナビゲートは三次元で、つまり「ここで、エスカレーターで上に上がって」といったことまで必要だ。
こうして、恋人同士はめざす劇場にたどり着き、楽しいひとときをすごすこととなる。
筆者は、この「三次元ナビゲート」でピンと来た。ショーが終わったあと、展示会場のほうへ行き、ウェアラブルの展示コーナーで説明員に聞いてみた。
「これらの技術はすべて軍事転用のものですね」
「もちろんです」
●造物主
旧ユーゴスラビアのボスニアのような、米国本土から遠く離れた、つまり米国兵にとって土地カンのないところで、しかも現地の諸勢力が複雑に敵対しあっている内戦中の地域で、兵士が平和維持活動を行ううえでは、方向音痴は命取りになりかねない。兵士のからだにあたかも「ロボコップ」のようにさまざまなハイテク機器を取り付け、それらを駆使して安全かつ効率的に行動できるようにするシステムの開発は、米軍にとっては至上命題である。そして、筆者はこのような技術開発の方向性を示す米国のテレビニュースを見たことがあったので、すぐにピンときたのである。
ところで、読者のみなさまは軍隊というものについて、どういうイメージをお持ちだろうか? 軍隊と聞いてまず連想する言葉は、たとえば、戦争、暴力、栄光、愛国心、武器、侵略、防衛、上下関係、勲章などといったものが、少なくとも日本では、一般的なのではないだろうか?
しかし、筆者が軍隊という組織に抱いているイメージは、こうした一般的なものとはまったく異なる。筆者は、映画『ゴジラ』(米国版)を見ても、任天堂のテレビゲームをしても、カーナビのある車に載せてもらっても、何を見ても何をしても、そこに軍隊、とくに米軍の影を見てしまうようになった。
いまや先進諸国、とくにアメリカの軍隊はテクノロジー、経済、政治、のみならず社会制度やファッション、ライフスタイルにまで影響をあたえうる、あたかも全知全能の「神」のような存在になりつつある、というのが筆者の軍を理解するうえでの基本的なコンセプトである。
つまり、すべては軍隊から生まれる、と言いたいのである。
たとえば、任天堂のテレビゲームの技術のもとは、元米海軍軍人のジム・クラークが創設した会社シリコングラフィックスのCG技術である。クラークは軍の奨学生としてユタ大学大学院に学び、そこでユタ大学に投下された豊富な国防関連研究予算でCGや通信(インターネット)の研究にいそしむ学者たちの感化された。また、任天堂の米国法人設立時に副社長は元海軍の弁護士だったハワード・リンカーンである。
1980年代、アメリカの映画俳優トム・クルーズは、映画『トップガン』に主演したことでスターの地位を不動のものとしたが、実はこの『トップガン』はもともと米軍が対ソ情報戦用に企画立案した映画だという説がある。軍事評論家の小川和久はNHKの歴史番組の中で、米海軍はこの映画にほんものの空母、戦闘機、およびトップガン(最高レベルのパイロット)を提供し、その武器性能と操縦技術をソ連とその同盟国の軍幹部に見せ付け「アメリカと戦ったら負ける」と思わせる効果をねらっていた、と断言した(NHK 『堂々日本史』1999年1月12日放送分。「平和時の戦い」についての例示)。つまり、軍は映画スターを作ることさえあるのだ(これらは、米軍の世界への影響力を示すほんの一例にすぎない。他はあとで紹介する)。
「何を言うか、この軍国主義者め」といった主張が、「平和主義者」の方々から聞こえてきそうである。たとえば「戦後の日本は軍備に大金を使わず、経済も軍需でなく、民需中心に発達させた」とか「日本の技術開発は、軍事用ではなく、あくまで平和目的のものに限るべきである」といった非難が、この筆者に対して向けられそうである。現に、こういう人々はインターネットに「平和運動」のためのホームページを設け「日本は軍事技術に走るな」などと主張している。彼らは、インターネットは「『草の根民主主義』的言論の自由を平和運動に保障するもの」と思っているようである。
しかし、インターネットは軍事技術である。第一章で述べたとおり、インターネットは核戦争時の通信手段として、米国防省つまり米軍が主体となって開発したものである。インターネットは、軍隊が軍隊として、国土が爆撃され通常の通信手段が使えないという「極限状況」を想定したからこそ生まれた特殊な技術であり、「平和な」日々を送っている民間人などには、逆立ちしても考え付かなかったはずのものである。もし、平和主義者たちがあくまで「軍事技術は使うな」と主張するなら、まず自分自身がインターネットの使用をやめなければならない。
筆者には、軍事アレルギーの人々は、米軍というお釈迦さま(でなくて「神」?)の掌の上で踊らされている孫悟空のようにしか見えない。
●「平和主義的な」人々の軍隊のイメージ
1998年、関東地方ではTBSが日曜日深夜に放映しているアメリカの報道番組『CBSドキュメント』では、米陸軍内のセクハラ事件を取り上げた。そして、被害者の女性兵士や女性職員と、彼女らや加害者の男性兵士に適切な処置を取らなかった(とCBSが判断した)男性の軍幹部の言い分を対比させて扱った。幹部たちは「ことを荒立てたくない」というお役人根性からか、言い訳に終始しているように見えた。
しかし、この番組で筆者がもっとも驚いたのは、米陸軍幹部の言い訳ではなかった。その言い訳を非難する日本語版の出演者、司会者で通訳の佐々木かをりの論評のほうだった。
佐々木は、言い訳をした幹部のことを「この人たちは、体力や運動神経は優れていて、エリート軍人なのかもしれないけれど、知性や人格のほうはどうも……」といった類の言い方で批判したのである。
筆者には、とても信じられなかった。いやしくも、日本を代表するテレビ局の報道番組で「軍隊で出世するには体力があれば、あたまはアホでもいい」という趣旨の偏見に満ちたコメントが、キャスターの口から出たのである。
読者の皆様は、よくお考えいただきたい。世界中のいかなる国の軍隊も体力コンテストだけによって人材を登用することなどありえない。なんとなれば、軍隊で出世し、大勢の部下を指導し指揮するには、高度に優れた人格や知性が要求されるからである。
だからこそ、知将という言い方がある。戦国時代に、大勢の部下の頂点に立つまでに出世した織田信長や豊臣秀吉はみな知将であって、頭がよかったから出世したのであり、べつに体力で天下を取ったわけではない。
米軍史上初の黒人の統合参謀本部議長、コリン・パウエルだって、べつに体力で昇進したわけではない。彼は清廉潔白な人柄で知られ、共和党を支持する保守的な白人の一部からも尊敬を得ているところから、米国史上初の黒人大統領になるのではないか、とまで言われている人物である。もし佐々木かをりが米国で「パウエルは体力で出世した」などと発言すれば、人種差別と受け取られることは間違いない。
もちろん、この筆者の言い分には、以下のような反論も可能だ。
「おまえの言っている軍人とは全軍の頂点に立つ『スーパースター』のことではないか。佐々木かをりの言わんとするのは、軍曹、将校クラスの、それなりに体力の要りそうな下級軍人のことだ」
しかしながら、話を下級軍人に限定しても、依然としてこの認識は間違っている。なぜなら、米軍の兵器は非常にハイテク化しており、知的教育の程度が低い者には容易には使いこなせないからだ。
イスラエルでは、男女とも国民皆兵の徴兵制度が敷かれているが、このためすべての国民は徴兵期間(10代後半の2〜3年間)になると、軍事訓練の一環としてコンピュータをマスターさせられる、という。
米軍にもこれと似たり寄ったりの面がある。いまどきの先進国の軍隊では、パソコンやインターネットを使えないような兵士など、およそ役に立つものではない。
上記の佐々木かをりのような反軍主義者ないし平和主義者(?)は、そもそも、軍隊の任務に対する認識が間違っている。軍隊の任務は広い意味での国益の護持であり、警察や消防と違って、国家が壊滅(場合によっては地球が破滅)しそうな状況でも任務を遂行することを求められる、どこの国でもほぼ唯一の機関である。したがって、その任務は多岐にわたり、
自国または友好国の軍事的防衛
非友好国または敵対国への軍事的攻撃
災害救助
治安維持(警察権力の補佐)
戦術、戦略の研究
戦術、戦略、兵器開発のための、科学技術の研究や兵士の教育
非友好国、敵対国を含む諸外国や大気圏、宇宙空間、海洋の情報収集、観測、開発
医療
広報(世論・議会対策)
などにまでおよんでいる。
よく、日本の平和主義者のなかに(日本以外のすべての国は善良であるので、日本が戦争を仕掛けない限り侵略はされない、という前提で)「軍隊なんか要らない。災害救助なら軍隊でなくたってできる」などと言う人がいるが、それは明らかな誤りである。
災害救助で活躍すべき他の機関、たとえば警察や消防といったものは、あくまで「平和的な」市民社会の一員である。したがって、市民生活が正常に営まれる中での「ちょっとした」緊急事態(犯罪、事故、火災)に際して出動するのを基本としている。当然、これらの機関は、電気、ガス、水道、通信などのライフラインや自身の緊急時の食糧等の調達に関しては、相当程度一般市民と同じインフラ(つまり東京電力の電気など)に依存している。
これに対して、軍隊(日本では自衛隊)の場合は、国家が敵に侵略されたり破壊されたりする、という「極限状況」を想定して、日々の訓練を行っている。電気、水、通信などは自前で調達できるようになっている(たとえば汚水を浄化して飲料水に変えるすべを持っっている)。
したがって、阪神大震災(や2000年問題)のような大規模な災害の際には、軍隊の出動は不可欠である。「平和主義者」たちは警察官に「水の作り方」などのサバイバル術を学ばせればよいと思うかもしれないが、それれは軍隊を警察と言いくるめる詭弁である(現に警視庁や大阪府警が保有するテロ対策特殊部隊は「警察という名の軍隊」ではないか、という疑念の声が上がっており、それを意識してか、警察庁は特殊部隊が保有する武器の実態を「テロリストに手の内を明かさないため」という大義名分で極秘にして「軍隊並みの装備」を持っていることがバレないように腐心している)。
警察官が市民社会(の水道や電気)を離れて自前でサバイバルできる能力を持つことは、警察官の戦線投入や海外派兵を可能にするもので、逆にあらゆる種類の軍縮交渉(兵員や装備の削減)を不可能にする危険な発想と言えよう。なぜなら、このような「詭弁」は軍隊というものの概念を混乱させるだけだからである。
●すべては軍隊から生まれる
インターネットは、核戦争による米本土の荒廃という極限状況を想定した「軍隊」によって開発された。警察や消防はそのような極限状況を想定した研究をすることはない。いや、できない。
したがって、軍隊での利用を想定した装備のための技術は、兵士の命を守るための「極限の信頼性」を求められるため、高度な民生用技術に転用でき、高品質の製品の製造に応用できる。が、警察や消防のための装備がそういう役に立った、という話は、すくなくとも筆者は聞いたことがない。たとえば、巡航ミサイルの飛行姿勢を制御するジャイロには一時期、真球(幾何学的な意味での真の球体に限りなく近いもの)が用いられていたが、真球を作る技術は高度なボールベアリングの金属加工技術であり、ビデオデッキのヘッドなどの製造にも転用できる。そこで、日本の家電メーカー各社は、家庭用、軍事用両にらみ(デュアルユース)でベアリング技術を進歩させ、世界最高水準のビデオデッキとミサイルの製造技術を同時に開発した。ちなみに、日本の大手家電メーカーのほとんどすべては、経団連防衛生産委員会に属し、軍事技術の開発にいそしんでいる。
実態を言えば、軍事転用できない技術というのは信頼性の低い三流技術であり、「あの家電メーカーは平和的に民生用一筋でやっている」などと言うのは、そのメーカーの技術者に対する侮辱以外の何物でもない。
日本が世界に誇る自動車、半導体、液晶、炭素繊維、光学等々の技術は、どれをとっても、りっぱな軍事技術として通用する。1998年現在、ある照明機器メーカーは「走行中でこぼこ道でも常に前方の同じ一点を照らし続けることのできる、自動車の天井に取り付けるライト」のセンサーを開発中だが、このセンサーの機能は、欧州の山林や草原を走り抜けながら前方の目標を精確に攻撃できるNATO軍の戦車の照準装置と、まったく同じ用途に使うことができる(通常、戦車は悪路を走ると、車体の揺れに合わせて砲頭も上下にぶれるので、走りながら砲撃することができない)。
米国の技術開発はインターネットのように純粋に軍事目的で開発されたものがのちに民生向けに転用される「スピンオフ」が一般的だが、日本では上記の自動車用ライトのように「民生用の振り」をして開発されたものが兵器や装備に転用されて、国防予算で研究費が償却される、といった「スピンオン」と呼ばれる形が多い、と言うのはマサチューセッツ工科大学政治学部長で、日本の政財界の実態に詳しいリチャード・J・サミュエルズである(サミュエルズ著『富国強兵の遺産』三田出版会、1997年刊)。
サミュエルズによれば、戦後50年間日本経済をリードした通産省の「正体」は、実は戦時中に軍事物資の管理をつかさどった軍需省であり、けっして商工省ではない。冷戦時代、通産省はしばしば防衛庁を押しのけて「脅威の認定」を行ってきたが、それは日本の兵器・装備メーカーが「表で」民生用製品を作るための技術開発予算を防衛予算に出してもらえるようにするためのものだった、とサミュエルズは指摘する(前掲『富国強兵の遺産』)。たとえば、照明機器メーカーが高性能ランプを開発して市場に出せるようにするために、通産省が防衛庁に「ソ連が日本本土に上陸する恐れがあり、われわれはそれに対抗できる高性能戦車を持つべきだ」などと言わせてきた、というのである。さすれば、照明機器メーカーは研究開発予算を防衛調達でペイさせたあと、「本命」の民生用ランプを安い値段で市場に出すことができる。
実はナイロンが繊維製品の主役におどり出たのは、第二次大戦で米軍がパラシュートの材料に使って、その品質のよさが証明されたことがきっかけだったし、また、いまではどこの家庭でもあたりまえの冷凍食品も、元々は米軍が、同じく第二次大戦時に調理の簡単な非常食として使ったのが始まりである。
筆者は断言する。もし、20世紀後半の世界に米軍や自衛隊などの軍隊がなければ、人類がインターネットから低公害車に至るまでの、これほどまでに豊かな技術文明の恩恵を享受することはなかったはずである、と。
●神の目〜世界最大の地球観測網
話は変わるが、ここで一つクイズを出させて頂きたい。
問:「世界でいちばん地震に関するデータを豊富に持っている研究機関はどこか?」
日本は世界一地震が多く、しかも先進国だから、日本の、たとえば東京大学地震研究所であろうか? あるいは、日本に次いで地震の多いアメリカ西海岸の大学、UCLAなどであろうか? いや、中国やトルコも地震が多いし、イタリアは火山も多いから、その辺の研究機関であろうか?
正解は「米軍」である。理由は、ソ連などの地下核実験を探知する目的で、冷戦時代に世界中に地震計を設置し、何十年もずっと、全地球の地震等の「揺れ」の記録を取り続けているからである(言うまでもなく、地下核実験は地震波によく似た衝撃を地球に与える)。
1995年 1月17日早朝、阪神大震災が発生した。しかし、もっとも被害の大きかった神戸市中心部では気象庁の地震計も、神戸市役所や兵庫県庁の建物も破壊されてしまったため、気象庁はなかなか震度の発表をすることができなかった(実際には震度7だったが、発生後数時間発表がなかったため、その間政府は、神戸周辺の震度5〜6の地域の被害が最大であろうと誤解し続けた)。もちろん神戸市や兵庫県などの自治体から東京の中央政府、たとえば防衛庁への救助要請もなかった。このため、当時の村山富市首相は被害実態をすぐには把握できず、昼には「のんきに」都内で財界人団体との昼食会に出席するていたらくだった。
ところが、この地震の実態を世界で最初に把握した政治家は、クリントン米大統領だった。クリントンは地震発生時、大統領専用機エアフォースワンで移動中であったが、米軍の地震観測網が神戸の地下で地震か核爆発と思われる巨大なエネルギーの放出があったことを察知するや、担当の軍人が軍用通信を使って、全軍の最高司令官である大統領に報告したのである。もちろん日本の地下で核実験があるはずはないので、それは巨大地震に決まっていた。実に、日本の首相より数時間も早く、米国の大統領、いや米軍最高司令官は、日本人にとって死活的に重要な情報を得ていたのである。日本の地震学者は本気で地震予知を研究したかったら、米軍の観測情報をもらう必要があるだろう。
同じような理由で、海についても、米軍は世界最高水準の研究・観測機関である。
冷戦時代初期、まだ大気圏内の核実験を禁止する国際条約がなかった1950年代から60年代にかけて、米ソは競って(地下でなく)地上で核兵器開発のための核実験(核爆発)を行ったため、大気圏内にさまざまな物質が浮遊することとなった。米軍はそれを観測して軍事技術情報を収拾する必要を感じ、コロンビア大学等の機関が軍の海洋調査船などを使いながら調査した。その結果、予想外の大発見があり、深海底には2000年もかけてゆっくり世界中の海底をめぐる深層海流(俗に「海のベルトコンベアー」と呼ばれる)があり、それが地球の気象に大きな影響を与えていることがわかった(NHKスペシャル『海・知られざる世界C〜深層海流 二千年の大航海』1998年7月放映)。
核実験で大気中に放出された物質の1つ、トリチウムは、その比重の関係で、海では、海面から数百メートルのところに静止しているはずだった。じっさい、世界中のほとんどすべての海域でそうだった。
ところが、北大西洋のグリーンランド沖では、トリチウムは水深3000メートルにまで分布していることが判明したのである。これは、グリーンランド付近で(水温の低さのゆえに)生じる塩分濃度の濃い水が、周囲の平均的な海水との比重の差によってゆっくり沈み込んでいくことによるもので、このため、暖かいメキシコ湾流が、メキシコ湾周辺の亜熱帯の海域からグリーンランド周辺の冷たい海域に引き込まれ、北欧の漁民に同地域の沿岸では例外的に豊かな漁場を提供することにつながっていた。
この沈み込みは、水同士のほんのわずかな比重の差に由来するため、その沈み込むスピードは遅いが、深海底に達したあとも周囲の、比重の低い水に出会うため、ひきずられるようにしてゆっくり動き、なんと2000年もかかって地球を一周して北太平洋に達し、地球の気温のバランスを維持するのに役立っている、という(逆にこの沈み込みがないと、メキシコ湾流は北上せず、北欧の気温は一気に低下する。同じことは他の海域でも起こり、寒帯はより寒く、熱帯はより熱くなって、世界中の気温のバランスが狂ってしまうであろう)。これは、軍が存在しなければ、絶対にありえなかった貴重な科学的発見である。
このように米軍は、海に関する世界最先端の研究機関たりうる。船や飛行機の慣性誘導に使われる人工衛星多数を用いた地上、海上の位置確認システムGPS (全地球測位システム)が米軍の管轄であることかわわかるように、米軍は、海であろうと陸であろうと、地球そのものについて、常時相当に豊富な知識を得る立場にある(GPS はカーナビから航空管制にまで使われていることを考えれば、世界中のすべての人々は、たとえ反米的な国の国民であろうとも、米軍の恩恵を受けていることになる)。
たとえば、98年に公開された米国版『ゴジラ』の海のシーンは現実の海を撮影したものでなく、CG合成のものが主であったが、そのCGの作成には、米海軍が集めた海の波の動きに関する豊富な、物理学的観測データが使われた、という(データは海軍から、元海軍軍人ジム・クラークの創設したCG用コンピュータ企業最大手のシリコングラフィックス社を経由して、ハリウッドに提供された)。
もちろん、空や宇宙についても米軍は豊富な情報を持っている。たとえば、1998年9月北朝鮮がミサイル「テポドン」を発射して日本上空を横断させた際、その機影を察知したのは、アメリカのコロラド州にある米空軍の北米防空司令部(NORAD)である。冷戦時代から、この施設は、全地球をカバーするように配置された多数の偵察衛星からの情報を駆使して、ソ連の軍用機その他、この世のすべての飛行物体を観測している。
米軍の偵察衛星の観測能力はすさまじい。それらははるか宇宙から、飛行物体のみならず、地上の物体を直径10センチのものまで識別できる(リンゴと野球のボールが区別できる)観測精度を持っている(このような観測力を持つ国はいまのところアメリカ以外にない。技術力においてこれに対抗できる国は、欧州には一国もない。唯一日本だけが同程度の能力を潜在的に持っているが、アメリカの圧力により、直径10センチでなく、1メートルまででがまんしなければならない、ことになっている)。
また、アメリカ航空宇宙局(NASA)が宇宙に関する情報を世界一豊富に持っていることは言うまでもないが、この機関はもともと核ミサイルにつながるロケット技術や偵察衛星の開発のために設立されたもので、いまでも米軍と密接に連携しているのだから、これは「米軍の別働隊」とみなすべきである。
筆者は、第一章で「神はすべてをお見通しである」あるいは「たとえどんなに真実を隠そうと、すべては神の目には明らかである」という概念について、それは神があなたの心の中にいるからだ、と述べた。したがって、仮に神があなたの外部にいるとした場合、「すべてを見通す」ことは常識的には不可能である、という趣旨で述べたのである。
しかし、もし、この世に「神の目」を体現しようとしている組織があるとすならば、それは間違いなく米軍であろう。彼らは、空中、宇宙、海上、海中、海底、地上、地下について、世界中のいかなる研究者よりも先に新事実を知り、だれよりも豊富な研究データを蓄積できる立場にある。
しかも、米軍が得た観測情報は、基本的にはすべて軍事機密扱いにできるので、すべてが表に出ているわけではない。ここで筆者の目に浮かぶのは、おそらくアメリカのどこかに軍服を着た天才科学者がいて、まったく民間の学会に発表することもなく、ノーベル賞を受賞することもなく、地震や気候変動について最高度の研究をし、それをアメリカの国益のみのために提供している、といった光景である(本シリーズにたびたび登場するジム・クラークは、96年に放映されたNHKスペシャル『新・電子立国』によれば、小学生の頃は貧しい家庭の、勉強嫌いの劣等生にすぎなかったが、のちに海軍に入隊し、軍の夜間学校に通うようになると、教官によってその数学の天才的才能を見いだされた、という。そして、奨学金をもらってユタ大学大学院に進み、世界のCG技術を劇的に進歩させていくことになる。映画『インデペンデンスデイ』では、一生地下の秘密軍事基地にこもったまま、宇宙人の研究を続ける天才科学者、というのが出てくるが、研究テーマを宇宙人に限定しなければ、これはおおいにありうること、と筆者には思われる)。
●謎の情報機関NSA
1990年代半ば、アメリカのメディアは突如として、アメリカには国家安全保障局(NSA)という機関があると報じはじめた。同じ頃、日本でも朝日新聞の田岡俊次解説委員がその存在を紹介した。が、彼は、NSA(National Security Agency)は日本では国家安全保障局と訳されることが多いが、NSAのSは(軍事問題全般を意味する安全保障でなく)単なるセキュリティである、という趣旨の記事を書き、NSA が暗号解読防止等や軍用コンピュータへのハッカーの侵入防止などのための、役割の小さな機関にすぎないことを示唆した(朝日新聞1996年※月※日付朝刊4面)。
ところが、その後、この機関は途方もなく巨大な権限を持っていることがわかってきた。それがわかったのは、96年末に発生したペルー日本大使公邸人質事件のときであった。この事件ではペルーの軍・警察に対して、アメリカ政府は国防省情報部(DIA)、連邦捜査局(FBI)、中央情報局(CIA)などの要員を顧問として多数ペルーに派遣し、地上から盗聴装置や赤外線センサーを駆使して公邸内の反政府ゲリラや人質の状態を把握する一方、宇宙からも衛星画像等で情報を収拾し、それをペルー政府に提供して人質救出作戦の立案に役立てた、という。この複数の機関の情報収拾活動をコーディネートしたのが、NSAであった。この事件では、ペルー政府軍が地下から公邸の真下にトンネルを掘って侵入し、ゲリラ全員を射殺して解決したことは皆様よく御存じのとおりである。つまり、NSAの役割は、地上から地下から宇宙から、ハイテクセンサーからCIAスパイまで、ありとあらゆる手段を使って公邸内で行われていることの「すべてを見通す」ことであった、と言ってよかろう。
つまり、このNSA は国防省(軍)、FBI、CIAなどのアメリカ政府の全情報・治安機関の情報活動を統括する「スパイの総本山」だということがわかったのである。しかも、この機関は90年代に設立されたわけではなく、そのはるか以前から存在していたのだが、90年代まで、その役割どころか、存在そのものすら、まったく議会にも国民にも知られていなかったというのだから、驚きである。
もし米軍がすべてを見通す「神の目」を体現する組織であるなら、NSA はその「目」を制御する「視神経」の中枢であると言えるだろう。
●「神隠し」で天罰が下る!?
近代以前の日本では、人が行方不明になると、よく「神隠しに遭った」と言ったそうである。実際には、家出か自殺か、さもなくば偶然運悪く事故死か殺人か誘拐のいずれかに決まっているのだが、わけのわからないことはなんでも神(人類以外の高度な知性)にせいしたがるのは、何も日本人に限ったことではない(一部のアメリカ人は、やたらに宇宙人のせいにしたがるようではある。(^_^;))。さすがに近代以降の日本人は神隠しという言葉は使わなくなった。1960年代の日本では、意味なく人が家族や職場や地域社会から消えるを「蒸発」と呼んでいた。が、この表現はすぐにすたれ、90年代現在の日本では「失踪」というのが一般的になっている。
しかし、筆者の見るところ、米軍にとっては必ずしも「神隠し」は荒唐無稽な迷信ではなく、彼らは神隠しを実行するための兵器を開発しているフシがある。
1960年代、核実験(核実験)の影響を調査する課程で、米軍は核爆発によって大量の電磁パルス(EMP)が発生することを知った。そして、それが自動車の点火装置の電気系統を融解させて、自動車を走れなくしてしまうこともわかった(江畑謙介著『情報テロ』日経BP社、1998年刊。p.136)。
電磁パルスは、核爆発の際に放出される中性子とガンマ線が空気の分子にあたって生み出される。地表付近では空気の密度が濃いので、放出された中性子やガンマ線はすぐに空気の分子にあたり、そこでEMPを発生させて役割を終えてしまう。しかし、空気の密度の薄い大気圏外で中性子やガンマ線を発生させれば、その影響は広範囲におよび、たとえば1メガトン級の核爆発を高度300キロメートルで起こせば、ヨーロッパ大陸全の電気・電子装置をことごとく機能停止に追い込むことができる。そこで、1970年代西側諸国は、ソ連が大気圏外でEMP攻撃を行って西欧の防衛システムや社会基盤をダウンさせたあと本格的な侵略を行うであろうと懸念しはじめた。かくして電気・電子機器の電磁波防護手段の開発研究が始まり、マイクロ・コンピュータ・チップ(半導体)を覆うセラミックのカバーや電磁波を吸収する素材が普及するようになった(前掲『情報テロ』p.137)。
1980年代初頭には西側諸国はEMP攻撃への対策を完了した。ところが、その頃になると、こんどは核爆発をせずに大量のEMPを発生させる技術が本格化してきた。核爆弾の開発で知られるアメリカのロスアラモス研究所は長さ3メートル幅60センチメートルの移動可能な兵器で1200〜1600万アンペアのEMPを発生させ、実験場から300メートル離れた場所に停めてあった自動車の電気系統をことごとく破壊したという(前掲『情報テロ』p.138)。
もし、日本やアメリカのような工業先進国にEMP攻撃が行われた場合、発電所や変電所、送電線、通信回線などのライフライン、銀行やクレジット会社ののオンラインシステムや自動車、飛行機、戦車、戦闘機、レーダー、民間あるいは軍事用のコンピュータ、人工衛星など、あらゆるものが影響を受け、侵略者やテロリストに絶好の機会が提供されることになるだろう(しかし、この件で日本はかなりの技術的優位に立っている。70年代の磁気テープやカセットテープから、のちの電磁波吸収材に至るまで、この分野では常に世界トップの技術力を誇っており、ビルや橋の建築材料にも吸収材を用いて携帯電話やPHSの電波のビル外への漏洩を防いだり、電波障害を防いだりしている。前掲『情報テロ』p.p 142-143を参照。筆者の見るところ、この点で心配なのは、むしろ韓国とフランスである。詳論後出)。
しかし、もっと重要なのは、上記のような電気・電子機器への攻撃ではなく、実は人体への攻撃である。電磁波(パルス)のうち周波数が数百メガヘルツから数百ギガヘルツのものをとくにマイクロウェーブという。波長の長い電磁波は人体を回折してしまうので問題ないが、波長の短いマイクロウェーブの場合は人体内で共振現象を起こす。
これは電子レンジを考えれば理解できる。電子レンジは、マイクロウェーブが水のような電気を伝えやすい物質(導体)に出会うと、それのみを分子レベルで選択的に振動させ、熱を発生させる。陶器の器(電気を伝えにくい絶縁体)に水や牛乳を入れて電子レンジで「チン」すると、電磁波は器をすりぬけて進むので、器は100度にならないのに、水や牛乳は数分で100度近くになり、沸騰する(器が若干熱くなるのは水や牛乳の熱が伝わったためで、マイクロウェーブによる共振とは関係ない)。
にんげんのからだの90%は水でできているので、波長の短い電磁波を大量に人体に当てれば、体内の水分は沸騰し、にんげんは文字どおり「蒸発」してしまうはずである。
コンクリートのビルの中にいるにんげんを、マイクロウェーブ兵器で攻撃すれば、目に見えない電磁波がコンクリートの壁をすりぬけて人体にはいり、体内の水分を沸騰させ蒸発させることが、理論上は可能である。その場合、あとには何も残らない。髪の毛も骨も筋肉も、その人物の細胞はもちろん、衣類も(繊維中にわずかに含まれる水分や付着した汗などが沸騰したり、からだからの発熱で焼けたりするので)残らない。
もちろん衣類に水分があるなら、コンクリートにも少しあるわけで、ビルの壁に大量のマイクロウェーブをあてると、壁のほうで大量の電磁波が共振現象を起こし(つまり、壁の中で電磁波が「致死量」に達し)壁だけが爆発してしまうのではないか(したがって殺人兵器として使えないのではないか)という意見もあろう。しかし、マイクロウェーブ兵器を3台ほど用意し、3方向から別々にビル内の人物に電磁波を浴びせ、3つの電磁放射が1つに交わったところでのみ電磁波が「致死量」に達するように工夫すれば、建物は無傷にままで、中のにんげん、それも特定の個人だけを抹殺することが可能となる(これは筆者が、かつてインターネットに存在した伝説のホームページ「ヘブライの館」の「プラズマ兵器」についての記事を参考にして導きだした推理であり、江畑謙介の説ではない。江畑は『情報テロ』では、電磁波の人体への影響は未知数であると述べている)。
これこそほんとうの「神隠し」であり「蒸発」ではないか。しかも、現代社会に生きるわれわれは、携帯電話やPHSや自動車電話という「電波発信機」を持っているために、非常に居場所が特定されやすい。もし、ある人物が携帯電話を持っていて、その電話番号をNSAが知っている場合、その携帯電話のサービス提供会社のアンテナが半径200メートルという配置密度であれば、その人物の居場所をリアルタイムで、半径200メートル以内という狭い範囲に特定することができる。
もしNSAが「好ましからざる人物」の携帯電話の番号を知り、その者がビルに1人でいるところを把握し、さらに赤外線センサーなどで部屋の中のどこにいるか絞り込めれば、ウェアラブルコンピュータを身に付けたCIAの工作員3名をGPS を駆使した三次元ナビゲートでそのビルのその部屋の周囲(上下左右)に送り込み、携帯型マイクロウェーブ兵器で攻撃させればよい。きっと、
「あの人はアメリカの中東和平政策を妨害しようと躍起になっていたが……どうして失踪してしまったんだろう? 」
「きっと『偶然』事故か犯罪に巻き込まれたに違いない」
「天罰覿面(てんばつてきめん)とはこのことか」
といった具合になるだろう。
もちろんロス市警殺人課も警視庁捜査一課も動かない。これは、あくまで「失踪事件」なのだから。しかし、これが実現すれば、その日から「偶然」は、米軍の支配下にはいることになる。
もはやアメリカはただの国家ではない。米軍もただの軍隊ではない。日本やロシアや中国などと比較して論ずることができないほど、その支配力はこの地球上において、宇宙空間や地底にまで、広く深くおよんでいる。ヨーロッパ諸国がすべて合併してEU(欧州連合)が統一国家になったとしても、そしてそのGDP や総人口がアメリカを上回ったとしても、まだEUは軍事力、技術力において到底アメリカにおよばない。
「神の目」の技術力は、アメリカを唯一の超大国たらしめる、力の源泉であり、切り札なのだ。
●メシアの降臨〜航空管制官スト
さきほど、軍隊の役割は広い意味での国益の護持、と述べた。したがって、軍隊の大規模な出動は戦争や戦闘に際してのみ行われるものではない。たとえば、阪神大震災における自衛隊の出動など災害救助活動は、その典型である。
が、自衛隊は、もっと特異な場面でも活躍したことがある。それは冬季五輪や札幌雪祭りへの協力である。軍隊(自衛隊)は高度な規律に裏打ちされた組織なので、大勢の人数を必要とする、雪かきや、スキー会場の整備にはうってつけなのである。
これに関連して、筆者には忘れられない事件がある。1981年8月、アメリカで起きた民間空港の航空管制官労働組合の大規模なストライキにおける米軍の活躍である。
アメリカの航空管制官たちは、連邦政府の職員であったが、当時のレーガン共和党政権は航空業界は規制緩和によって競争を激化させ、コストを引き下げて国際競争力を持つべきだ、との考えを持っていた。他方、管制官たちはみな(管制官の仕事は苛酷であると称して)一般庶民からは考えられもしないような恵まれた待遇を受け、かつ、さらなる給与や待遇の向上を求めてストライキを計画していた。
ホワイトハウスは、連邦航空局(FAA)など関係省庁とはかって詳細な対策を練り、行動計画をコンピュータに入力して、管制官たちとの労使交渉に望んだ。基本的なポリシーはもちろん、いっさい妥協しないこと、であった。
が、欲に目のくらんだ組合幹部たちの心無い決定により、8月3日、組合はゼネストに突入することとなった。当然、空のダイヤは、アメリカだけでなく、全世界で大混乱に陥った。アメリカの空港に乗り入れている世界中の航空会社が影響を受けたからである。
ストに参加した航空管制官は、連邦政府の管制官の組合員約13,000人のうち、実に12,000人に達した。政府の「投降」の呼びかけに応じたのはたったの1,000人足らずで、組合幹部は「われわれの結束は固い」「脱落者多数というのは政府のニセ情報だ」との強気のコメントを出した。
他方、米連邦政府(レーガン大統領)も「48時間以内に職場に復帰しない者は全員解雇する」と強硬論で押し通したため、このままでは長期にわたって世界中の空のダイヤが乱れるのではないか、と懸念された。しかし、世論・マスコミは圧倒的多数が政府を支持し、労組の身勝手に怒っていた。レーガンはこの支持に応えるべく、半ば政治生命を賭けたとも言うべき、大胆な策を取った。
政府側はまず、こういう労使紛争に際してどこの国の使用者でも取る方策を取った。それは、労働組合に加盟していない管理職の管制官(3,000人)の投入である(ほかに非組合員を含むスト不参加者2,000人も投入された)。
しかし、それでは、とても12,000人もの欠員は埋められない。そこで、政府は、48時間の解雇期限を、職場復帰の意志があっても、実際に戻るには飛行機その他の交通手段を使って移動する時間がかかることに着目し「交代に要する時間」を考慮して68時間最長まで延長した。
この措置は、一部のマスコミの目には大統領の弱腰と映った。そして、実際に解雇期限を過ぎてなお1万人以上も管制官がストを続行していたとすれば、政府は解雇などできまい、との予測記事が飛び交うこととなった。
はたして、解雇期限は来た。政府は、めいっぱい引き延ばし脱落者の増えるのを待ったが、これ以上待てば政府の威信を問われる、とレーガンは判断したのであろう。脱落者がほとんど増えない中で、政府当局の命令で次々に解雇通知が発送されはじめた。
全世界は絶望した。わずかにフランスやカナダの管制官組合が「支援スト」を表明したものの、世界、とくに米国内の世論は、便利で快適な空の旅が、遠ざかっていくことに落胆した。
ところが、突如予想外の救世主(メシア)が出現する。レーガンは脅しに屈せず、なんと軍隊を投入して乗り切る強硬策を用意していたのである。
周知のごとく、軍にも空港がある。普通は「空軍基地」と言う。そこには、当然航空管制能力を持った技術者の軍人が多数勤務している。そこで、米軍最高司令官であるレーガン大統領は軍人管制官約700人をスト開始1週間以内の8月8日までに民間の空港に投入し、さらに1,200人の軍人管制官に待機を命じた。そして、彼らを民間の管理職管制官とともに勤務させてて空のダイヤを一部回復させると、職場に復帰しない(民間の)管制官には解雇通知の発送を続行し、あっというまに、スト参加者全員を解雇してしまった。
組合側にとっては、これは大誤算であった。人類の労働運動の歴史の中で、おそらく、これは労働者側にとって、史上最大級の敗北であったに相違ない。同年10月、結局労組は敗れ、アメリカの航空業界の高コスト構造は是正された。
あれから20年。1990年代後半のアメリカ各州は、バージニア州ワシントン郊外やコロラド州デンバーなど、ニューヨークやロサンゼルスの様な大都会から遠く離れた田舎に大規模な空港を建設し、安い航空運賃を背景に、コンピュータ関連を中心とするハイテク企業を次々に誘致して、空前の好況を謳歌している。
たとえば、ワシントン郊外のバージニア州にある、ダレス国際空港の周辺には、日産自動車、オラクル、コンピュータアソシエーツ、NEC、エアバスなど世界の一流企業が次々に進出し、雇用と法人税収入を同州にもたらしているため、バージニア州の財政は大幅黒字になっているという。お陰でいまやバージニア州議会では、黒字の使い道を減税財源にするか福祉にまわすか、でもめているというから、しあわせな話だ。
このしあわせは、軍とレーガン大統領が航空管制官ストに敢然と立ち向かい、勝利したからこそ得られたものだ。
首都ワシントン市内にある国内線専用空港の中では最大のハブ空港、ワシントン・ナショナル空港の正式名称は「ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港」と言う。「ワシントン」は初代大統領の名ではなく「地名」であろうが、「ロナルド・レーガン」は、もちろん空の秩序を再編成し、国民に雇用と豊かな暮らしをもたらした、愛すべき、そして感謝すべき偉大な大統領の名前に違いあるまい。
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