仮病は無罪!?
〜「横綱朝青龍 vs.
日本相撲協会」の迷勝負
■仮病は無罪!?〜「横綱朝青龍 vs. 日本相撲協会」の迷勝負■
2007年8月現在、横綱朝青龍は「仮病で巡業をサボって母国モンゴルに帰国し、サッカーをして仮病がバレたから、日本相撲協会に処分された」と日本では思われているが、協会はある事情から彼の仮病をとがめてはいないため、モンゴルでは理解が得られない。その事情とは?
■仮病は無罪!?〜「横綱朝青龍 vs. 日本相撲協会」の迷勝負■
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【前回「負けても居座る!?〜シリーズ『2007年夏参院選』(4)」は → こちら】
大相撲の横綱朝青龍は、2007年7月の名古屋場所終了後「腰の疲労骨折などで全治6週間」とする診断書を日本相撲協会に提出して夏巡業を休んで母国モンゴルに帰国したにもかかわらず、7月25日、モンゴルでサッカーに興じた。その際、腰の痛みを感じさせないプレーを披露する模様がビデオに撮影され、日本のTVで紹介されたことから、協会の怒りを買い、2場所連続出場停止などの異例に厳しい処分を受けた(読売新聞Web版2007年8月2日「朝青龍、2場所出場停止…横綱に初の処分」)。
この処分について、日本国民の大半は「仮病で、協会の重要な行事である巡業をサボったのだから、厳罰に処して当然」と思っており、サンケイスポーツ紙が相撲ファン(1835人)に対して処分発表直後に行ったアンケート調査でも「甘い」(もっと重い処分をすべき)が60%以上もあり、「妥当」とあわせると90%近くが「処分されて当然」とみなしていることがわかった(サンスポWeb版2007年8月2日「★6割超が処分結果『甘い』…緊急アンケート」)。
他方、朝青龍の母国モンゴルでは、国民の大半は朝青龍に同情している(スポニチWeb版2007年8月9日「モンゴル国民大半は『朝青龍に同情』」)。こうしたモンゴル国民と朝青龍の気持ちを、朝青龍後援会関係者がこう代弁する:
「彼がモンゴルでサッカーをしたのはただの草サッカーではない。日本とモンゴルの国交樹立35周年の行事で、モンゴル政府の要請で出た。(一緒にサッカーをした)中田英寿(元サッカー日本代表選手)だって日本外務省の要請で出ている。なのになんで非難されるのか」(『週刊文春』2007年8月16-23日号 p.p 30-33 「朝青龍がタミル夫人を殴りつけた! 『精神安定剤服用』も仮病だ! 『DVの嵐』で離婚危機」)
日本国民と、朝青龍自身を含むモンゴル国民との、この意見の相違はどこから来るのか。これは「外国人には相撲道がわからない」「朝青龍の師匠の高砂親方(元大関朝汐)の指導力不足」といった類の単純な問題ではない。日本のスポーツマスコミは、一つには相撲界のタブーのために、もう一つには「国際政治音痴」のために、問題の本質を取り違えている。
●仮病診断書は「有効」●
実は、ほとんどの日本国民は誤解しているのだが、日本相撲協会が認定した朝青龍の「罪状」は「元気なくせに仮病で巡業をサボったこと」ではなく、「(仮病ではないかと)誤解を招く軽率な行動をとったこと」(日本相撲協会理事で元関脇・藤ノ川の伊勢ノ海親方。毎日新聞Web版2007年8月1日「朝青龍:2場所連続出場停止の重い処分 緊急理事会」)のみである。協会(伊勢ノ海理事)が、提出された診断書は「正当なもの」と明言しているのだから、間違いない(毎日前掲記事)。では、なぜ協会は、仮病を、つまり診断書がにせものであることを認定しないのか。
実は、協会では、横綱が不調で場所の序盤から連敗したりした場合、仮病を口実に途中休場させるのが常套手段になっているからだ。
たとえば、1998年春場所の4日目を終わって1勝3敗と負けが込んでいた横綱貴乃花は「肝機能障害で2週間の静養が必要」という、なんとも都合のいい診断書を協会に提出して5日目から途中休場している。当時、師匠の二子山親方(貴乃花の実父)も「本人は、体がだるいと言っている」と、まるで「ずる休み」を示唆するようなコメントまで出しているが、日本のマスコミも相撲ファンたちも「阿吽(あうん)の呼吸」でそれを受け止め、深く真相を追究せずに済ませてしまっている(読売新聞1998年3月12日付夕刊3面「大相撲の横綱・貴乃花が2場所連続途中休場 肝機能障害できょう帰京」)。
これは、千秋楽までフル出場すると「ボロ負けして横綱の権威を保てなくなる」という懸念から、協会や親方が用いる手法、言わば「仮病スキーム」であり、日本のマスコミも「横綱の権威を守るにはその程度のお芝居も仕方ないか」と納得して来た。
このように、協会には、怪しげな診断書とそれを書いてくれる医師を都合よく利用して来た伝統が元々あったのだ。そこで、母国モンゴルでさまざまなビジネスを展開している関係もあって(『週刊文春』前掲記事)、2007年7月下旬に帰国したかった朝青龍は、母国に帰るためにその伝統をまねたのだ。おそらく彼は
「先輩横綱の貴乃花も多用した『仮病スキーム』を自分が使って悪い理由はなかろう。ましてサボるのは場所ではなく、場所と場所の合い間の『オープン戦』なのだから」
という気持ちだっただろう。
もし協会が今回朝青龍を仮病(診断書をにせもの)と認定すると、今後健康な横綱が不調で連敗したときに休場させる口実を作るのが難しくなる。どんな病名を発表しても,相撲ファンから「2007年の朝青龍のケースと同じで、仮病だろう」と疑われてしまうからだ。
そうなると、序盤戦の連敗で調子を崩した横綱がズルズルと千秋楽まで出場し続けて連戦連敗で横綱の権威を失墜させ、引退せざるをえなくなるかもしれない。横綱は「大関在位中に2場所連続優勝かそれに準ずる成績」をあげた者しかなれないので、そう簡単には「補充」できないから、せっかく横綱になった逸材を、仮病スキームという「セーフティネット」なしで毎場所出場させて、次々に引退させてしまうと、「横綱不在」という興行上の不都合が生じかねない。
したがって、朝青龍は「自分がにせものの診断書を出してもそれによって仮病で処罰されることはない」と確信してそれを協会に提出し、意気揚揚と(!?)モンゴルに帰国したはずだ。ある意味で、協会の伝統、いや「相撲道」のウラの伝統をいちばんよく理解しているのは朝青龍だとさえ言える。
(^^;)
日本相撲協会が「巡業は重要な公式行事」「それを仮病でサボるのは言語道断」とモンゴル国民に向かって説明すれば、彼らの誤解は相当程度解けるだろう。が、「仮病が悪い」と協会がはっきり言わない以上、何が悪いのかを外国人が理解するのは不可能だ。モンゴル国民が朝青龍に同情的なのは、罪状が明示されていない以上当然であり、しかも、日本相撲協会は「横綱の権威を守るために」今後も罪状を明示できないのだから、モンゴル国民の朝青龍への同情、すなわち協会への反発は今後も消えないと懸念される。
さらに言えば、日本のマスコミも協会への遠慮から「仮病スキーム」を報道することをタブーにしていて、協会が朝青龍の仮病を断罪できない理由を正確に報道しないので、日本国民も今後ずっと、事態を正確に理解できないままに放置される、ということになろう。
これを解決する「スキーム」は、はっきり言って、ほとんどない。
●一党独裁国家●
もう1つの問題点はこれよりさらに深刻である。
実は、朝青龍を含むモンゴル国民は「政府(モンゴル政府、日本外務省)はスポーツ団体(日本相撲協会)よりも上」だと思い込んでおり、これを否定されることを想像すらしていないのだ。
日本と異なり、モンゴルは、1924年の建国以来1990年まで、中国や旧ソ連の共産党に相当するモンゴル人民革命党が国家国民の活動全般を指導する「一党独裁体制」の社会主義国家だった(外務省Web 2007年7月「モンゴル国」)。社会主義国家では、企業もスポーツ団体もすべて与党の政治家たちの指導のもと(政府の傘下)にある。1990年にソ連の民主化の影響を受けて複数政党制に移行したものの、数十年続いた「一党独裁」の伝統はそう簡単にモンゴル国民の心からは消えない(しかも、2007年現在の大統領の与党は、一党独裁時代の与党と同じ人民革命党である。外務省Web 2005年7月「ナンバリン・エンフバヤル大統領略歴」)。
おそらくモンゴル国民は、複数政党制移行から17年経った2007年現在でも、「政府や与党が朝青龍は親善サッカーに出るべきだと指導したら、政府傘下のスポーツ団体(日本相撲協会)はその決定に従うはず」と惰性で思い込んでいる。だからこそ、本来は夏巡業中でモンゴルにいないはずの2007年7月25日の朝青龍に対して、モンゴル政府は堂々と、日本・モンゴル国交樹立35周年記念事業のサッカー試合への出席を要請したのだ。この試合の共同主催者である日本政府(外務省)の関係者が、そのサッカーを観戦して朝青龍の出場を黙認しているのだから、日本政府(外務省)傘下の日本相撲協会の許可は必要ないと判断したに違いない。
ところが、日本相撲協会理事を含む日本国民は、一党独裁体制など想像すらできない。日本相撲協会所属力士の扱いを決める最終権限は常に協会自身にあり、日本政府の「指導」などは関係ない。そもそもモンゴル政府も日本政府も「朝青龍を巡業中にちょっとお借りします」と協会に要請したわけではないのだから、協会が「許可」するはずがない。
組織の最高意志決定機関(日本相撲協会理事会)が「許可」していないことを組織の一員が勝手に行うことは、日本のどの組織でも許されない。が、モンゴルは1990年まで事実上、国全体が「1つの大きな組織」であり、国(与党)のトップが許可したことについて、末端の小組織のメンバーは、その小組織の最高意志決定機関や直属上司の許可がなくても実行できたのである。
日本国民がこの種の「強権政治」を経験したのは、第二次大戦中の「国家総動員体制」の時代の、ほんの数年間だけであり、現在の日本国民の大半を占める「戦後生まれ」の世代はまったく理解できない。他方、モンゴル国民は、現在の日本のような複数政党制の自由な民主主義体制を、たった17年しか経験していないので、民間の小組織や一般国民は、政府(与党)の意向にさからってどこまで自由に振る舞っていいのか、まだ手探り状態だ。
朝青龍はモンゴルの現大統領と携帯電話で話す間柄であり、彼が巡業をサボって出場したサッカーの試合も「日本政府との友好のため」のイベントだ。モンゴル国民の感覚では、公式戦(場所)でもない「非公式行事」の巡業より、政府の方針が優先するのは当然なので、彼らが
【この問題については次回以降も随時扱う予定です。
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