軽蔑しても同盟

 

〜シリーズ

「中朝開戦」

(11)

 

(Oct. 22, 2007)

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■軽蔑しても同盟〜シリーズ「中朝開戦」(11)■

 

同盟とは尊敬すべき一流国と結ぶもの、と日本人は思っているが、米国は軽蔑すべき民主主義勢力とでも必要とあらば同盟を結んで来た。同盟は恋愛や友情とは異なり、単なる「業務提携」なので、北朝鮮が相手でも可能である。

 

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■軽蔑しても同盟〜シリーズ「中朝開戦」(11)■

 

【お知らせ:佐々木敏の小説『ラスコーリニコフの日・文庫版』が2007年6月1日に紀伊國屋書店新宿本店で発売され、5月28日〜6月3日の週間ベストセラー(文庫本)の総合20位前後になりしました。】

 

【前回「拉致問題依存症〜安倍晋三前首相退陣の再検証」は → こちら

 

日本は江戸時代の鎖国を解いて近代国家体制に移行したあと、1902年にまず英国と同盟を結び、その後1921年にこの日英同盟を破棄し、1936年にはドイツと日独防共協定を、1937年にはイタリアを加えて日独伊防共協定を結んで第二次大戦を戦って敗れたが、戦後は独伊に代わって1951年に米国と日米安全保障条約を結び、こんにちに至っている。つまり、日本が20年以上の長きにわたって同盟を結んだ相手は、英国と米国しかないのだ。

 

英国は戦前の、そして米国は戦後の、世界ナンバーワンの超大国で民主主義国家だったため、日本国民はこれら同盟国の政治体制、経済力、科学技術や文化を心底尊敬し、憧れ、手本とした。とくに日英同盟成立の際は、日本中で「ついに一等国の仲間入りができた」という喜びの声が上がった。

 

このため日本国民は、同盟とは尊敬すべきりっぱな国と結ぶものだ、と思い込んでいる。

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●相思相愛の場合●

日本人の常識では「同盟」と「尊敬」は密接不可分なものだから、日本人が今後新たな同盟国を探すなら、それは、尊敬すべき文化や社会体制を持ったりっぱな国でなければならない、ということになる。

 

たとえばフランスはどうだろう。

日本人は明治時代以降、ほぼ一貫してフランスの文化を尊敬している。フランスの文学、映画、料理やシャンソン、フランス革命以来の人権と民主主義の歴史を尊敬している日本国民は大勢いる。日本側のフランスへの「尊敬度」は申し分ない。

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他方、フランス側も日本を十分に尊敬している。

たとえば、フランスで売られている絵本の2冊のうち1冊は日本のマンガである(中央日報日本語版2007年2月26日付「日本の『漫画』にすっかりはまったフランス」)。フランス人は日本のマンガやアニメを高く評価しており、また、1998年に映画監督の黒澤明が亡くなった際には、ジャック・シラク仏大統領(当時)がじきじきに「世界の映画史に重要な節目を刻んだ」と黒澤を称賛する談話を発表して弔意を表したほどで(京都新聞Web版1998年9月8日付社説「多彩で肥よくな黒澤ワールド」)、黒澤の映画や、柔道、歌舞伎、相撲、茶道など日本文化のファンは非常に多い。

つまり、日仏両国は相思相愛の関係に十分になれそうな間柄だ。

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それなら同盟を結べるかというと…………答えは「ノン」だ。

理由は、両国には軍事的、地政学的な利害の一致点がないからである。

 

フランスはミラージュ戦闘機やエグゾゼミサイルを生産して来た武器輸出大国であり、常に輸出先を探している。改革開放政策をとって以来経済成長を続け、軍事予算を膨張させている中国は格好の輸出先であったが、1989年の天安門事件を西側諸国がこぞって人権弾圧と非難した際には、フランスもその非難の列に加わり、それを理由に中国への武器輸出禁止を申し合わせた。

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このためその後、中国の主要な武器の調達先はロシアとなり、フランスの軍需産業は巨大な市場を失った。そこで、フランスは、EU諸国の軍需産業の総意を代表する形で2004年、天安門事件以来続いている対中武器禁輸措置を解除すべきだと日米に提案したが、日米の反対で押し留められた(東京新聞2004年11月29日付朝刊25面「EU 人権改善は“棚上げ” なぜ対中武器解禁へ(下)」、朝日新聞Web版2005年6月18日「EU、対中武器禁輸解除を先送り 首脳会議」)。

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実は、フランスは、欧州の主要国のなかでほとんど唯一北朝鮮と国交を持っていない。

北朝鮮は2000年、先進7カ国(G7)のなかで初めてイタリアと国交を結んだのを皮切りに、オーストラリア(豪州)、フィリピン、英国とも国交を樹立し、2001年にはオランダ、ベルギー、カナダ、スペイン、ドイツ、ブラジル、クウェート、トルコなど13カ国および欧州連合(EU)と、2004年にはアイルランドとそれぞれ国交を結んでいる(聯合ニュース日本語版2007年9月28日付「北朝鮮が外交活動活性化、核問題の進展受け」)。そして国際法上、相手国と国交を結ぶことと相手国を国家として承認することとは同義であるので、2007年現在、EU加盟国のうち北朝鮮を国家として承認していないのはフランスだけということになる。

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べつにフランスは北朝鮮政府の自国民への人権弾圧を非難して国交を結ばないのではない。現に、天安門事件で自国民を弾圧した中国とは国交を維持するのみならず、武器輸出の再開までしようとしたのだから。

 

フランスが北朝鮮と国交を結ばない理由として考えられることはほとんど1つしかない。それは、中国が北朝鮮を武力併合して地上から抹殺した際、世界で最初にその併合を承認する国になることによって中国政府に恩を売り、それによって以後、優先的に中国にフランス製の武器を輸出する特権を得たい、ということだろう。

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小誌既報のとおり、2002年、中国は、かつて朝鮮半島北部に存在した古代王朝、高句麗を中国東北地方の歴史に組み込む国史の見直し作業「東北工程」を公表しており(小誌2007年2月22日「●敵に渡すな」、朝鮮日報日本語版2004年7月14日付「中国大使呼び『高句麗削除』抗議」)、このことは当然フランス政府も知っている。東北工程は「北朝鮮は中国固有の領土である(から、そこに中国軍が侵攻しても侵略ではない)」ということを示すための「口実作り」と考えられるが、フランスは西側主要諸国のなかで唯一、朝鮮戦争の問題や拉致問題もないのに、北朝鮮を国家として承認せず、中国が北朝鮮を侵攻しても政府として公式に非難する資格を持たないように、自らの外交上の手足を縛っているのである。おそらくそれは、「未来の得意先」である中国への「営業」を容易にするための宣伝であろう。

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もちろん、前回述べたように、中国が北朝鮮を武力併合すれば、中国は中華人民共和国建国以来初めて日本海沿岸に領土を手に入れ、元山(ウォンサン)、清津(チョンジン)の港を自由に使えるようになる。それらの港に中国軍が核弾頭付きの潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載した潜水艦を配備すれば、日米は重大な脅威に直面する。だから、2007年10月現在、日米は北朝鮮との国交樹立に向けて動いているのだ。

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中国が北朝鮮侵攻を考え始めたのはおそらく、ソ連の崩壊によって極東における中ソ朝3か国国境地帯の軍事バランスが崩れた1991年以降であり、東北工程が本格化したのは2002年だが、米国がフランスと現在の同盟関係を結んだのは、おもにソ連の脅威に対抗するために結成された軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)が発足した1949年だった。が、その後、1966年、フランスは「米国が自国の安全を犠牲にしてまでソ連の欧州への核攻撃に核で報復するとは思えない」(故シャルル・ドゴール元大統領)と考えて、独自の核武装に踏み切り、NATOの軍事機構から離脱した(が、政治機構には残留)。

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このように、第二次大戦後のフランスの仮想敵国は一貫してソ連(ロシア)であり、米仏の同盟関係(NATO)はそれに備えるためのものであり、中国の核ミサイルはその射程距離から計算すれば明らかにフランスに届くにもかかわらず、フランスはそれを問題にしたことが一度もないので、フランスにとって「中国の脅威」は脅威でなく、この点でフランスは日米とは大きく異なる。米国本土は中国から数千km離れているからまだましだが、日本はそれこそ「中国の核の傘」にはいりそうなほど中国の近くにあるから、日本にとって中国は間違いなく脅威である。したがって、日仏は安全保障上の根本的な利害が一致せず、将来どんなに、両国民間の友好親善関係が発展しても同盟は結び難いという結論にならざるをえない。

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【フランスが対中武器輸出解禁を強く主張した2004年当時は、フランス大統領はジャック・シラクだった。が、2007年5月の仏大統領選で当選したニコラ・サルコジ現大統領は親米路線をとり、対中武器禁輸を継続し(外務省Web 2007年6月7日「日仏首脳会談の概要」)、2007年9月、フランスはNATOの軍事機構に復帰する方針を内定した(日経新聞Web版2007年9月20日「仏、NATO完全復帰へ・軍事面、独自路線42年ぶり転換」)。】

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●軽蔑すべき同盟者●

他方、米国は、日仏のような民主的な国家とはかけ離れた野蛮な国家体制の国とも同盟している。

たとえば、サウジアラビアは、選挙で選ばれた国会がなく、女性の権利は著しく制限されており、サウジの女性は、外出中は目を除いてベールで顔を完全に隠すことが義務付けられているだけでなく、自動車を運転すると宗教警察に逮捕される。

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【預言者ムハンマドが生存していた時代(西暦7世紀)、イスラム教徒の女性はラクダや馬を駆ってアラビア半島の大地を走りまわっていた。また、その時代には当然自動車はなかったので、女性の自動車運転を禁ずる教えは、コーランにも、ハーディス(ムハンマドの言行録)にもない。したがって厳密には、サウジ宗教警察の女性の自動車運転に対する対応は、イスラム法に違反していることになる。】

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上記のようなサウジ社会の現状を知れば、米国民はだれでも、その民主的、女性差別的なありようを批判し、あるいは軽蔑する。ところが、米国はサウジと同盟を結んでおり、米軍はサウジに基地を置いてサウジを守っている。理由はもちろん、両国間の利害の一致だ。

 

サウジは聖地メッカを守護するイスラムの盟主だが、世界最大の石油埋蔵量を持つ大産油国で、西側先進諸国との協調関係を重視している。サウジ政府は、西側への石油輸出で得た莫大な富を福祉・文教予算や(面倒な仕事のほとんどない)公務員の給与という形で国民に対して広汎にばらまき(面倒な仕事はほとんどすべて外国人労働者に任せ)国民がほとんど働かずに生活できるような、極端に世俗化した社会体制をとっている。このため、イスラム原理主義を規範とし、西側世界に敵対的なイラン・イスラム共和国とは一線を画している。

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現在のイラン政府は、石油輸出で得た外貨を湯水のように私生活に浪費する、かつてイランのパーレビ王朝や現在のサウジ王室を初めとするペルシャ湾岸産油国の世襲君主たちを「イスラムの教えに反する堕落した特権階級」とみなして非難し、そのうちパーレビを「イスラム原理主義革命」によって1979年に打倒して誕生した「革命政権」であり、近隣諸国にイスラム革命を「輸出」する危険性がある。そういう脅威から国を守るうえでも、サウジは西側との友好関係を必要としているのだ。

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【イスラム原理主義とは、単に「イスラムの戒律に厳しい」だけの思想ではなく、イスラムの教えに基づいて社会を構築し、その教えをよく知る者(イスラム法学者や原理主義組織の指導者)が社会を指導することを目指すものである。たとえば、イスラム教では「金持ちは貧しい者に施すべき」であり「人は神の前に平等」なので、サウジのように世襲君主がオイルマネーで贅沢三昧の暮らしをする体制はイスラムの教えに反している、とイランのイスラム原理主義者は考えている。サウジは「酒を飲んだら鞭打ちの刑」「窃盗犯は手首の切断」など、厳しい戒律を実践しているが、世襲君主制をとっている点では「世俗化」していることになる。】

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他方、米国も、世界最大の確認埋蔵量を持つ大産油国がイスラム革命政権など反米的な勢力の支配下にはいるのは、西側自由世界全体の経済にとって危険とみなしており、それを防ぐためには米軍を駐留させてでも防衛すべきだと考えている。

 

つまり「敵の敵は味方」なのだ。

米国は1980年代には、あのイスラム原理主義過激派勢力のタリバンでさえ、アフガニスタンに侵攻したソ連という「共通の敵」に対抗するために「自由の戦士」と褒め称えて事実上の同盟関係を結び、軍事援助を与え、兵士の訓練施設まで建ててやったことがある(1988年の米国映画『ランボー3/怒りのアフガン』のエンディングでは、「アフガニスタンで戦う自由の戦士たちにこの作品を捧げる」というテロップが流れるが、この「自由の戦士」とは、当時のロナルド・レーガン米大統領が用いた言葉そのままであり、もちろんタリバンのことを指している)。

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のちに、アフガンのタリバンは、オサマ・ビンラディンを初めとするアフガン国外の過激派、すなわち、西側では「アルカイダ」と呼ばれているテロリストたちを受け入れ、そのアルカイダが明確な米国の敵となって1998年、ケニア、タンザニア両国の米国大使館で同時爆破テロを起こしたので、米国(クリントン米民主党政権)は、米国の予算でアフガン国内に建設した訓練施設を自ら空爆して「テロリストの訓練キャンプを破壊した」という声明を発表する羽目に陥った。

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そして、言うまでもなく、その後、2001年9月11日には、ハイジャックされた民間機がニューヨークの世界貿易センタービル(WTC)に突っ込む自爆テロが起き、米国(ブッシュ米共和党政権)がそれをアルカイダの犯行とみなしたことから、アルカイダをかくまっていたタリバンは完全に米国の敵となり、2001年10〜11月のアフガンにおける「反テロ戦争」で米軍によって掃討された(が、その後復活し、いまだにアフガンで米軍を初めとする多国籍軍と戦っている)。

 

つまり、「きのうの友はきょうの敵」になることもあるわけで、同盟とはしょせんその程度のものなのだ。

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 (敬称略)

 

 

 

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