軽蔑しても同盟

その2

 

〜シリーズ

「中朝開戦」

(11)

 

(Oct. 22, 2007)

要約
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■軽蔑しても同盟〜シリーズ「中朝開戦」(11)■

 

同盟とは尊敬すべき一流国と結ぶもの、と日本人は思っているが、米国は軽蔑すべき民主主義勢力とでも必要とあらば同盟を結んで来た。同盟は恋愛や友情とは異なり、単なる「業務提携」なので、北朝鮮が相手でも可能である。

 

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●業務提携●

タリバンと同盟できるなら、北朝鮮と同盟することだって可能だ。

2007年現在、米国は北朝鮮と外交関係を樹立すべく急接近しつつある。産経新聞のスクープによると、北朝鮮のキム・ジョンイル(金正日)総書記は2006年10月の「偽装核実験」のあと「朝米関係を正常化し韓国以上に親密な米国のパートナーになる」というメッセージをブッシュ米大統領に送ったというから(同紙2007年8月10日付朝刊1面「米の協調路線 背景に金総書記メッセージ『米のパートナーになる』」、小誌2006年10月16日「北朝鮮『偽装核実験』の深層〜最後は米朝同盟!?」、2007年5月14日「罠に落ちた中国〜シリーズ『中朝開戦』(5)」)、今後、米国が北朝鮮と……北朝鮮の独裁体制を軽蔑したまま……中国という共通の敵に対抗するために(事実上の)同盟関係を結ぶ可能性は極めて高いと言わざるをえない。

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これは、個人と個人の関係で言えば「好きでもない相手とデートする」ようなものなので、「ありえない」と思い込む方も少なくあるまい。が、主婦や学生などと違って、会社勤めをし、会社を代表して他社と契約を結んだ経験のあるサラリーマンにとっては、べつに意外なことではない。

 

人柄のよい社員の大勢そろった、どんなに尊敬すべきりっぱな会社が相手でも、それが自分の会社となんの利害の一致点もない会社なら、サラリーマンはそういう相手とは業務提携は結べない。逆に、受付嬢からして愛想の悪い、無礼で未熟な新興企業でも、自分の会社に多大な利益をもたらしてくれる可能性があれば、そういう相手とは取り引きや業務提携をしたほうがトクなので、ホンネは隠して営業用の愛想笑いを浮かべるのがサラリーマンの本能というものである(筆者も昔はそうだった)。

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2007年現在、米国を代表して米朝交渉を担当しているクリストファー・ヒル国務次官補は、北朝鮮の金正日の言い分を米国に伝えるのに熱心なことから「キム・ジョンヒル」と呼ばれているが(2007年8月27日放送のテレビ朝日『ビートたけしのTVタックル』「政権混乱している場合じゃない!日本外交最大の危機!?」)、べつに彼は北朝鮮に行ってデートの相手を探しているのではなく、自分の職場(米国)を代表して「営業」をしているにすぎない。

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【マスコミにはよく、国と国との関係を人と人との関係に置き換え「仲良くするほうがお互いの利益になるに決まっている」式のコメントをのたまう「識者」が登場するが、そういう人はたぶんサラリーマンの経験がないのだろう。国という組織同士の関係は個人同士の関係とは根本的に異なり、明らかに企業同士の関係に似ている。優秀な営業マンは絶対に利害の一致しない企業とは仲良くしないのだから。】

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したがって「北朝鮮建国の父」である故キム・イルソン(金日成)首相(金正日の父)が、1950〜1953年の朝鮮戦争の最中に、北朝鮮を援助する中国人民解放軍の司令官から平手打ちを受けた、などというエピソードは、興味深い話ではあるが、たとえ事実であったとしても、地政学上はなんの意味もない(文藝春秋『本の話』2007年9月号「来るべき北朝鮮との戦争に備えよ〜自著を語る 富坂聰編『対北朝鮮・中国機密ファイル』」)。国家というものは、個人と違って、どんなに嫌いな相手とでも、地政学上の利害の一致点があれば「友好」関係を持つ。現に北朝鮮はそのあと1961年に中国と中朝友好協力相互援助条約を(1960年にはソ連とソ朝友好協力相互援助条約を)結んでいる。これは、当時まだ北朝鮮に侵攻する可能性のあった在韓国連軍(主体は在韓米軍)の脅威に備え、かつ、中ソ両共産主義大国の支援を等しく受けることで中ソいずれからも自立していたい、という当時の北朝鮮の国益に沿った条約だったのだ。

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それが地政学というものだ。

地政学とは「一国のとるべき外交政策は、その国の置かれた地理的条件に基づいて自動的に決まるはず」という発想に基づく経験則の集積であり、数百年、数千年にわたって世界中の軍人や政治指導者が愛用して来た安全保障政策の鉄則である。たとえ上記のような「建国の父」に対する無礼があったとしても、北朝鮮がそのあと上記の中朝条約を締結している以上、「平手打ち」以来北朝鮮支配層が中国を憎んでいるとか、2006年10月の「核実験」についての北朝鮮から中国への事前通告が同盟国とは思えないほど遅く、中国がメンツを潰されたなどという話は(『本の話』前掲記事)、「営業に行った先の受付嬢の愛想が悪かった」というサラリーマンの愚痴とあまり変わらない。

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【筆者は富坂前掲書は読んでいないが、北朝鮮が「中国離れ」をした理由は「平手打ち」ではなく、1991年のソ連崩壊によって、極東における中ソ朝の軍事バランスが崩れ、中国がソ連に遠慮することなく、単独で北朝鮮を支配することが可能になり、中国が北朝鮮を武力併合する可能性が高まったから、と考えたほうが自然であろう。】

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日本国民の大半は北朝鮮の独裁体制を軽蔑し、同胞を拉致した北朝鮮政府の罪を憎んでいるが、そのことは、日本が北朝鮮と外交関係や同盟関係を結ばないことの理由にはならない。2007年現在、日朝がともに中国の軍事的膨張に脅威を感じていて、その点で利害が一致するなら、日本は北朝鮮を軽蔑し憎悪したまま同盟を結べばいい。

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もちろん、同盟といっても、日米安全保障条約のような国際法上の確固たる同盟である必要はない。国際法上の同盟を結ぶと、中朝戦争が起きた際、最悪の場合、日本は「戦争当事国」になってしまって、「日本人の血を一滴も流さずに中国の脅威を解決する」という現在の日本外交の至上命題にかえって反する結果になるからだ。近い将来、2012年以前に日朝間(および米朝間)で現実に結ばれるのは、拙著、SF『天使の軍隊』)の中でソン・ウォンホがチェ・ヨンテに語っているようなタイプの特異な「同盟」であろう。

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『天使の軍隊』発売以降の小誌の記事はすべて、読者の皆様に『天使』をお読み頂いているという前提で執筆されている(が、『天使』は中朝戦争をメインテーマとせず、あくまで背景として描いた小説であり、小説と小誌は基本的には関係がない)。】

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●実は弱い悪役●

そうは言っても「北朝鮮は日本にとって脅威ではないか」と思い込んでいる方は、いくら国際法上の同盟でないとはいえ、上記の「同盟」には反対だろう。が、そういう方は前回の記事をお読み頂きたい(小誌前回記事「●もういい加減にしろ」)。

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北朝鮮には日本を核ミサイルで攻撃する能力もなければ動機もない(今後、日本を相手にテロや拉致を行ってもなんのトクにもならないので、そういうことも当然しない)。2007年現在、北朝鮮の核開発問題をめぐる6か国協議では、北朝鮮の3つの核施設を無能力化すること(と引き換えに米国が北朝鮮のテロ支援国家指定を解除すること)で合意したが(2007年10月4日放送のTBSニュース「6か国協議の合意文書発表、中身は」)、敢えて施設を無能力化しなくても、北朝鮮の核技術者は元々無能力なので、最初から核の脅威など存在しない。

(^^;)

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日本国民の大半が北朝鮮を脅威と誤解して来たのは、「国交のある中国のみを日本に対するおもな軍事的脅威として防衛予算を組むことで日中間に外交上の摩擦が生じるのを、日本政府が避けたかった」という事情もあるが、日本のマスコミが「邪悪さ」と「強さ」を混同して報道して来たことも一因である。

 

元々両者は混同されやすい。

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ハリウッド映画や日本の時代劇では、悪役が強ければ強いほど、それが主役によって倒されたときの爽快感が大きいので、「お客様により深く感動して頂くために」悪役の強さを強調する演出をする。

 

では、どうすれば悪役は強く見えるのか、というと、実は、その悪役の人柄の悪さ、つまり邪悪さを描くのが早道なのだ。本来、悪役の強さ、つまりその「脅威」の大きさは、悪役の持つ部下や武器の質と量、つまり「軍事力」によって決まるはずだ。が、そのような技術的な問題をいくら説明しても、映画ファンやTV視聴者はなかなか実感がわかないので、監督は悪役の邪悪さを表現することに頼りがちだ。

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たとえば映画『007』シリーズの『ゴールドフィンガー』では、ゴールドフィンガー(ゲルト・フレーペ)が美女を全裸にしてその皮膚すべてに金粉を塗って殺害したとわかる場面がある。また、同シリーズの『美しき獲物たち』では、マックス・ゾリン(クリストファー・ウォーケン)は、自分の計画のために土木工事に従事してくれた労働者たちに向かって面白半分に銃を乱射して大量殺戮をする。このような残虐なシーンは悪役の邪悪さを示すものではあるが、強さを示すものではない。いくら邪悪なにんげんでも、その支配下の軍事力が小さければ「強い」とは言えず、007ジェームズ・ボンドにとって「脅威」ではない。

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が、悪役の邪悪さを見せ付けられた観客は「こんな悪いやつは早く倒されるべきだ」という思いを抱き、その思いが実現されるクライマックスが訪れるまで、欲求不満が募ることになる。その欲求不満が大きければ大きいほど、悪役が倒されるラストシーンを迎えたときの観客の満足度は高まるので、監督は故意に欲求不満の高まる演出をする。その結果、観客は「本来倒されるべき者がなかなか倒されない」という思いから「なかなか倒されないのは、この悪役が強いからだ」と錯覚してしまう。

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北朝鮮国内の人権弾圧や、北朝鮮政府による日本人拉致問題の罪深さをTVのニュースで何度も見せられて、日本人視聴者は金正日体制が「なかなか倒されない」ことに苛立ち「金正日は強い」と錯覚している。しかし、どんなに金正日や北朝鮮政府が邪悪でも、北朝鮮が日本を攻撃するのに十分な海空軍力や実用可能な核弾頭や核ミサイルを保有していない事実には変わりがない。したがって、北朝鮮は日本にとっては脅威ではない。

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北朝鮮の軍事的な強みは、地続きの隣国を攻撃する場合の陸軍力と北京や瀋陽に届くミサイル、それに中朝国境地帯の中国側に約190万人居住する朝鮮族の存在だけである。とくに国境に近い一部の村落では、朝鮮族は中国政府によって極端に貧しい生活を強いられているので、中国に対する愛国心がほとんどなく、一朝有事の際にはいとも簡単に北朝鮮の手先になるはずである。だからこそ2006年、中国政府(瀋陽軍区司令部)は、中朝国境の防衛を担当する前線部隊から朝鮮族出身者を1人残らず追放し、漢族(中国系中国人)や満州族の兵士と置き換えたのだ(『週刊文春』2006年11月9日号 p.p 40-41 「開戦前夜『中朝国境』もの凄い修羅場」)。

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●地政学上の愛国心●

北朝鮮は民主主義のかけらもない独裁国家であり、北朝鮮政府は自国民の生命や人権をほとんどかえりみないので、戦争で自国民が何百万人死んでも、どんなに国土が破壊されても、あとで日本や米国から十分な復興援助がもらえるなら、それでかまわないと思っている(むしろ、電気もろくに使えない老朽化した工場や発送電設備が戦争で破壊されたあと、外国の援助で最新設備に生まれ変わるなら、かえってそのほうがトクだろう)。このため同国は「カネさえ出せば、中国本土を直接攻撃してくれる」世界で唯一の国だ。したがって、「北朝鮮と(日米は)同盟するな」というのは、まさに中国の手先の言いぐさである。

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地政学上の国益を追求する真の愛国者とは、ホンネの憎しみをむき出しにする「子供」ではなく、軽蔑すべき相手にも営業笑いを浮かべてみせるヒル国務次官補のような「大人」であるはずだ。

 

【お知らせ:佐々木敏の小説『天使の軍隊』が2007年4月26日に紀伊國屋書店新宿本店で発売され、4月23〜29日の週間ベストセラー(単行本)の 総合10位(小説1位)にランクインしました。】

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 (敬称略)

 

 

 

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【この問題については次回以降も随時扱う予定です。
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