「ニセ遺骨」鑑定はニセ?
〜シリーズ「日本人拉致
被害者情報の隠蔽」(2)
■「ニセ遺骨」鑑定はニセ?〜シリーズ「日本人拉致被害者情報の隠蔽」(2)■
「北朝鮮による日本人拉致事件の被害者で、北朝鮮が死亡したと発表した8人のうち、ほんとうに死亡したと日本政府が知っているのはだれか」という情報は、安倍晋三首相が2007年夏の参院選直後に退陣するなら、その前に暴露される可能性がある。
■「ニセ遺骨」鑑定はニセ?〜シリーズ「日本人拉致被害者情報の隠蔽」(2)■
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【前回「消えていない年金〜シリーズ『2007年夏参院選』(2)」は → こちら】
小誌2007年3月18日「すでに死亡〜日本人拉致被害者情報の隠蔽」で、筆者は「北朝鮮による日本人拉致事件の被害者で、北朝鮮が死亡したと発表した8人のうち、ほんとうに死んでいるのはだれか」についてのインサイダー情報がマスコミに流布していることを暴露したが、「日本政府が正式に死亡と認定していない拉致被害者の死亡記事(非公式情報)を書くことは、いたずらに(8人の生存を信じる)被害者家族の方々の心情を傷付けることになる」ので、筆者も(マスコミも)執筆(報道)できない、と述べた。
その8人とは、2002年9月17日の日朝首脳会談の際に北朝鮮政府が「北朝鮮に入境(入国)して死亡した」と発表した以下の方々である(敬称略):
横田めぐみ
田口八重子
市川修一
増元るみ子
石岡亨(とおる)
松木薫
原敕晁(ただあき)
有本恵子
(後出の松本京子さんについては、北朝鮮は入境を確認していない。首相官邸Web 2007年4月「北朝鮮による日本人拉致問題 政府認定17名に係る事案」)
●政府の背信●
が、筆者は最近気が変わって来た。理由は以下の3つである:
#1:政府(安倍内閣)が上記の8人全員を死亡と判断していると疑われる動きを見せたこと
#2:「拉致問題」が、政府のマスコミへの介入や、他の重大な問題の隠蔽などに政治利用されている疑いがあること
#3:2007年夏の参院選で与党自民党の苦戦が予想され、選挙後に安倍晋三現首相が退陣する可能性が出て来たため、現首相退陣前に、隠蔽されていた死亡者情報(政府のウソ)が暴露される可能性があること
順に解説する。
「#1」の「全員死亡説」を疑わせるのは、2007年4月に警察庁が(渡辺秀子さん母子失踪事件の)朝鮮籍の子供2人を「北朝鮮による拉致被害者と断定した」ことである(毎日新聞Web版2007年4月13日「北朝鮮・拉致問題:2児拉致 睡眠薬飲ませ移送、工作員関係者が証言」)。
「拉致問題」に対処するために国会が制定した「拉致被害者支援法」では、拉致被害者と認定されるには日本国籍を有している必要があるので、この2人は日本生まれではあるが「日本人拉致問題」の対象外のはずである(2人の母親で日本国籍の渡辺秀子さんはすでに死亡している)。が、なぜか警察庁は2人を拉致被害者と断定し、安倍も塩崎恭久官房長官も、朝鮮籍であることにこだわらずに「政府として正面から取り組む」と明言した(産経新聞Web版2007年4月12日「渡辺さん2児拉致、首相『徹底捜査行う』」)。
安倍は首相になる前から「(北朝鮮側が死亡したとする8人を含めてすべての拉致)被害者全員が生きているという前提で(北朝鮮と)交渉していきたい」と述べており、これは「そうしないと、死亡したとされる8人の拉致被害者を、外交交渉中に北朝鮮がほんとうに殺して『辻褄合わせ』をする恐れがあるから」と理解されて来た。少なくとも安倍自身はそう言っていた(読売新聞2004年12月13日付夕刊2面「北朝鮮拉致問題 『安否不明10人帰国要求を』 自民・安倍幹事長代理が講演」、同Web版2006年6月29日「安倍官房長官『生存を前提に交渉』」)。
それなら、さっさと北朝鮮相手に外交交渉でも経済制裁でもなんでもやって、生きているはずの8人を取り返せばよさそうなものだが、安倍が首相になって以降、政府(警察庁)は8人のうちだれも取り返せず、他方、2006年11月に松本京子さんを拉致被害者のリストに加えただけでなく(首相官邸Web 2006年11月20日「官房長官記者発表:拉致被害者の認定に関する報告について」)、2007年4月には上記の朝鮮籍の子供まで事実上加えてしまった。これはどういうことか。
北朝鮮が日本に提出した拉致被害者安否情報の資料としては、14名の生死を記した「4.8.1.1リスト」(マスコミで報道されているリストだが、宛名が「日本赤十字社」となっている非公式文書)のほかに、未公開の(膨大な?)公式文書があることは国会(衆議院)の会議録にも載っている(小誌前掲記事「すでに死亡」)。このことを踏まえて考えると、「例の8人はほんとうに死亡していて、もう取り返せる可能性はないが、(福田康夫元官房長官と違って)拉致問題に熱心であることを国民に印象付けて国民的人気を得て首相になった安倍としては、拉致被害者を1人も取り返さないわけにはいかないので、生存していることが確実な朝鮮籍の子供をリストに加えた」と解釈できる(但し、断定はできない)。
「#2」の政治利用は、憂慮すべき段階に達している。
「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)は拉致事件を「現在進行形のテロ」と呼ぶが(救う会Web 2004年「経済制裁には効果がある」)、もし拉致被害者が全員死亡しているなら、それはもう「過去完了形のテロ」である。他方、韓国に本拠を置く新興宗教(カルト)教団による日本人(とくに若い女性)へのマインドコントロール(および、そのうえで韓国で韓国人と結婚させて教団の違法な活動の尖兵にすること)は、まさに「現在進行形の拉致」であるが、日本のマスコミでは北朝鮮による拉致問題ばかりが取り上げられ、後者の問題はほとんど無視されている。
そのうえ、安倍内閣の閣僚、菅義偉(すが・よしひで)総務相はNHKの国際放送で拉致問題を重点的に報道するように命ずる放送命令を出した(読売新聞Web版2006年11月10日「NHKに放送命令、菅総務相が交付」)。べつに菅が韓国の教団の手先であるという証拠があるわけではないが、他のいかなる問題についても「重点的に報道せよ」という命令を出していない状況で、拉致問題のみについて、たとえ海外向け短波ラジオ放送に限るとはいえ、NHKの報道の自由を尊重して来た永年の慣例を破ってそういう命令を出すことは、「報道の自由」への挑戦であるし、事実上「韓国教団の拉致は重点的に報道するな」と命じたのと同じことになる。
政界ではよく「天皇の政治利用は憲法違反」という議論がされるが、この命令は「拉致問題の政治利用」と言ってよいだろう。それまで、北朝鮮による拉致問題の解決を目指すことは「日本国民の人権を回復することであり、日本の国益にかなう」ことだったが、この命令以降、むしろ「北朝鮮政府以外の組織に拉致された人の人権問題など他の重要な問題を隠蔽し、国益を害する」恐れが出て来たのだ。
「#3」は前回小誌で取り上げた「消えた年金」問題と関係がある。
この問題は安倍政権以前の歴代政権の年金政策に起因する問題で、一義的には安倍政権に責任がないにもかかわらず、安倍政権が誕生してからクローズアップされたため、国民は「安倍政権が悪い」と思い込んで、安倍を非難している。
したがって、こんにちまでに政府が行った国民への背信行為が、安倍退陣後に、次の政権ができてから暴露されると、国民の怒りが新首相に向けられてしまう恐れも当然ある。
とすると、安倍退陣後に首相になりたい政治家やその支持勢力は当然、「政府の重大な背信行為は安倍の首相在任中に暴露しておいたほうがよい」と判断し、マスコミにリークすることを考えるだろう。その背信行為とはもちろん、安倍自身が確実に死亡したと知っている拉致被害者のことを「生きている(から、自分が経済制裁などをして北朝鮮から取り返してみせる)」と宣言して自身の人気取りに利用したことだ。
●ニセ遺骨事件●
その背信行為の「もっともひどい事例」と近い将来呼ばれる可能性があるのが、2004年12月に起きた「横田めぐみさんニセ遺骨事件」だ。以下、拉致被害者家族の方々の心情に配慮して、筆者(と大手マスコミ)が持つインサイダー情報を一切使わずに、すでに公表されている情報だけを使って、この事件が安倍の重大な背信行為として、2007年夏の参議院通常選挙の投票日前にも暴露される可能性があることを述べる。
まず「ニセ遺骨事件」の顛末から。
2004年11月の日朝実務者協議の席で北朝鮮側代表団が日本側代表団に「横田めぐみさんの遺骨」と称するもののはいった骨壷を渡したが、日本政府はその「遺骨」の一部を警察庁科学警察研究所(科警研)と帝京大学医学部法医学研究室に依頼してDNA鑑定した。このうち科警研は「鑑定不能」と回答したが、帝京大学では吉井富夫講師(当時)が遺骨は別人のものと鑑定した。政府はこの「吉井鑑定」をもとに遺骨は別人のものと断定し、北朝鮮政府に抗議した(共同通信2004年12月8日付「骨はめぐみさんと別人 DNA鑑定で判明」)。
これに対して、北朝鮮政府は「1200度の高温で火葬した遺骨をDNA鑑定したとは信じ難」く、「鑑定書には分析者名や立会人、分析機関の公印がない」などの理由から、「日本側による横田めぐみさんの遺骨鑑定結果は捏造」と反論した(共同通信2005年1月24日付「北朝鮮の備忘録要旨」)。
日本政府も「火葬した骨の一部が熱に十分さらされなかったためDNAが残存することはあり得る」などの理由を挙げ、「(北朝鮮は)鑑定の技術水準の現実を少しも認識していない」「めぐみさんでない別人のDNAが検出されたことは明白な事実だ」と再反論したが、「鑑定書には分析者名や立会人、分析機関の公印がない」という北朝鮮側の指摘には反論しなかった(共同通信2005年2月10日付「反論文書要旨」)。
ところが、世界の科学界でもっとも権威のある英『ネイチャー』誌のインタビューに「過去に火葬された遺骨を鑑定した経験のない」吉井が答え、「自分の鑑定結果は結論を導けるようなものではなく(not conclusive)、鑑定した骨片は(他人のDNAに)汚染されている可能性がある」「遺骨はなんでも吸い込む乾いたスポンジのようなものであり、遺骨を扱った人の汗や脂(のDNA)が染み込んだ場合は、どんなに配慮してもそれを除去することはできない」と認めた(『ネイチャー』2005年2月2日「DNA is burning issue as Japan and Korea clash over kidnaps」)。
しかし、なぜか吉井講師(教授ではない)はその直後に警視庁科学捜査研究所(科捜研)の研究科長に採用されている。その身分は出向ではなく正規職員であり、しかも科長である(共同通信2005年3月25日付「帝京大講師を科捜研科長に 横田さんDNA鑑定で実績」、衆議院会議録2005年3月30日「第162回国会 外務委員会 第4号」における首藤信彦議員の発言)。
その後、『ネイチャー』の記事について警察庁は、吉井の発言はDNA鑑定についての一般論を述べたものであり「めぐみさんの遺骨」の鑑定の際には汚染防止措置はとっている、と反論した(朝日新聞2005年5月10日付朝刊33面「英誌への答えは一般論 警察庁『汚染防止した』」)。
吉井が鑑定した骨片を再鑑定すればすべてはっきりするが、日本政府は、彼が使った骨片はすべて使い切っていてもう残っていないので再鑑定はできない、と述べている(『ネイチャー』前掲記事)。民主党の首藤信彦衆議院議員(当時)は国会で、遺骨そのものはなくても、鑑定したミトコンドリアDNAのクローン(DNAの増幅物)はあるはずだから公表せよと迫ったが、政府(当時の瀬川勝久警察庁警備局長)は「具体的な鑑定の内容については捜査上の問題なので差し控えさせて頂く」と公表を拒否した(衆議院会議録前掲記事)。
以上が「ニセ遺骨事件」の概要である。
この事件が日本国内で初めて報道された2004年12月には、問題の遺骨は北朝鮮国内で「いったん土葬にされたものを掘り出して焼いた」という、いかにもDNA鑑定を不可能にするための偽装工作のようなことが行われていた事実が公表されたので(外務省Web 2004年12月8日「報道官会見記録 平成16年12月 北朝鮮から持ち帰った遺骨の鑑定結果」)、筆者も含めて日本国民の多くは「絶対にせものだ」「北朝鮮側は『焼けばDNA鑑定できないだろう』とタカをくくって、日本の鑑定技術を見くびった」と思った。
が、すでに小誌で紹介したように、日本の情報機関のうち、検察庁と内閣情報調査室(内調)は、「中朝戦争賛成派」であり、安倍のような「中朝戦争反対派」の言うことを聞かないので、安倍が頼りにできる情報機関は警察ぐらいしかない(小誌2007年6月14日「●安倍 vs. 内調」)。このことを踏まえて、上記の個々の事実を眺めると、以下のような仮説が成立する。
●単なる仮説●
DNA鑑定を不可能にするために焼いたかどうかはさておき、とにかく焼いたことでDNA鑑定が著しく困難になった「横田めぐみさんの遺骨」と称するものが、2004年11月の日朝実務者協議の席で北朝鮮側代表団から日本側代表団に渡され、それを日本側は、「まさかにせものじゃないですよね」などという質問(反論)はせずに受け取った。
日本政府(警察庁)はその遺骨を科警研と私立大学の帝京大学に持ち込んでDNA鑑定したが、遺骨は鑑定がほとんど不可能な状態だった。日本政府(外務省)が反論せずに「遺骨」を受け取った事実のみのが残れば、北朝鮮側はそれをもって「日本政府が横田めぐみさんの死を認めた」と主張しかねないため、日本政府(警察庁)は科警研と帝京大学が「遺骨はにせもの」という鑑定結果を出すことを期待した。
しかし、国の機関である科警研は(警察庁でなく検察庁から)「公文書偽造」罪(刑法155、156、158条)に問われるのを恐れて鑑定不能と回答した(鑑定書は公務員が発行すれば公文書、私立大学職員などの民間人が発行すれば私文書である)。帝京大学でも教授、助教授は全員同様の懸念を抱いて鑑定を拒否したが、吉井講師(当時)だけは日本政府(警察庁)の要請に応じて、その期待どおりの鑑定書を作成した。
但し、その鑑定書に帝京大学の公印を押すと「有印私文書偽造」罪(刑法159、161条)に問われる恐れがあるので公印は押さず、吉井自身の署名もせず、立会人(いなかった?)の署名捺印もないままに「鑑定書」、いや、法律上厳密に言うと「ただのメモ」を吉井の一存で発行した。
警察庁上層部は期待どおりの鑑定内容を記した「メモ」を作成した吉井の功績を高く評価して(怪しげな「鑑定書」を書いたことで帝京大学医学部内に居場所のなくなった吉井に同情して)論功行賞として警視庁科捜研法医科長に採用した……(以上が今回の仮説のすべてである)。
【科捜研を抱える警視庁は「東京都警」であり、そこに所属する職員の大半は地方公務員(ノンキャリア)であり、国の機関である警察庁(科警研はその傘下)とは別の組織だ。但し、警視庁内の人事権などを握る高級幹部は、警察庁から出向して来る国家公務員(キャリア)なので、警察庁の影響は科捜研にもある程度およぶと考えられる。ちなみに科捜研の入居している警察総合庁舎は、警視庁と警察庁が共同で利用している(拙著、コメディサスペンス『中途採用捜査官 SAT、警視庁に突入せよ!』の「警視庁・警察庁の部署・施設配置」を参照)。】
●トクをしたのはだれだ●
ほとんどの日本国民は、2004年12月のマスコミ報道を信じ「横田めぐみさんは生きている」と信じ、「したがって、ほかの拉致被害者も生きている」と信じ、「彼ら生存拉致被害者を取り返すためには北朝鮮への経済制裁を!」と主張する安倍を、拉致問題に熱心な政治家と思い込んでいる。その思い込みの結果、安倍は2006年9月まで高い国民的人気を維持し、それを利用して2006年9月の自民党総裁選を勝ち抜いて総理総裁になった。
しかし、もしも吉井の「鑑定書」がにせものだったら、そのにせものの作成に警察庁や警視庁の中朝戦争反対派(安倍支持派)が組織的にかかわっていたとしたら、どうだろう。
吉井の「鑑定書」がなかったら、はたして安倍は首相になることができただろうか。2006年までの「安倍人気」は、実はかなり非科学的なウソに支えられていたのではなかったか。
べつに『ネイチャー』は北朝鮮の肩を持つために吉井にインタビューしたのではない。同誌は科学の専門家が読む雑誌なので、現在の科学的常識で不可能とされている1200度の高温で焼いた遺骨のDNA鑑定を吉井がどうやって行ったか、純粋に科学的に知りたかったから取材しただけだ。
2007年7月現在、筆者は上記の仮説が100%正しいと断定するつもりはない。しかし、上記のインタビュー記事によって、(日朝交渉における)日本の外交交渉力が低下したのは間違いない。日本国民の大半は「北朝鮮はどうせいい加減な国だから、遺骨の件でもウソをついたに決まっている」と思っているが、日本国外ではむしろ「北朝鮮だけでなく、日本の主張もけっこういい加減だな」と思われている恐れがあるからだ(米国など諸外国が日本の拉致問題解決にあまり協力的でないのも当然か)。
もしも「遺骨鑑定問題で日本政府がウソをついていた」ということが、安倍退陣後、次期政権下で明らかになると、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)や日本国民の怒りは「政府」に向けられるが、その場合、批判の矢面(やおもて)に立たされるのは当然、政府の最高責任者である首相だ。とすれば、安倍退陣後に政権を取りたい政治家やその支持勢力は、安倍がまだ退陣していないいまのうちに、この問題の真相をマスコミにリークしてしまったほうが(安倍を矢面に立たせることができるので)トクである。
したがって、早ければ2007年夏の参院選の前にも、この「ニセ遺骨」事件の真相や「8人のうちほんとうに死んでいるのはだれか」という情報が暴露される可能性がある。
【この問題については次回以降も随時扱う予定です。
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