消えていない年金

 

〜シリーズ

「2007年参院選」

(2)

 

(June 28, 2007)

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■消えていない年金〜シリーズ「2007年参院選」(2)■

 

社会保険庁の「消えた年金」問題は、2007年5月、ただ1つのマスメディアによって作為的に作り出されたテーマ(流行語)であり、事実を正確に反映していないこの「偏向報道」によって、2007年夏の参院選で自民党が敗退する可能性が一気に高まった。

 

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■消えていない年金〜シリーズ「2007年参院選」(2)■

 

【お知らせ:佐々木敏の小説『ラスコーリニコフの日・文庫版』が2007年6月1日に紀伊國屋書店新宿本店で発売され、5月28日〜6月3日の週間ベストセラー(文庫本)の総合20位前後になりしました。】

 

【前回「勝っても地獄?〜2007年参院選の与党」は → こちら

 

前回、「中朝戦争反対派」である安倍晋三首相を首相の座から引きずり下ろそうとする、検察庁、内閣情報調査室(内調)、米民主党など、日米の「中朝戦争賛成派」は、2007年夏の参議院通常選挙で安倍率いる与党自民党が敗北するように何か工作を始めている可能性がある、と述べた。

そういう工作の一環と疑われる動きはいくつかあるが、その最たるものはいわゆる「消えた年金」騒動だ。

 

歴代の政権与党(自民党)と社会保険庁(社保庁)が放置して来た年金行政の諸問題と、それに対する現在の安倍政権の対処のまずさは、自民党と安倍内閣への世論調査における支持率の低下の原因になっているので、2007年6月現在、この言葉を聞くと、ほとんどの日本国民は「社保庁が年金記録をずさんに管理していたため、大勢(約5000万人)の国民が老後の年金を正確に受け取れない恐れに直面していること」を連想するだろう。

が、そういう連想は、実はおおいなる誤解に基づいている。

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●「消えた年金」の起源●

2007年6月現在マスコミに流布している、社保庁のせいで年金が受け取れない恐れがあるという意味の「消えた年金」という言葉は、いつ、だれが使い始め、どのように広まったのか。

NIFTYの「新聞・雑誌記事横断検索」サービスで、朝日、読売、毎日、産経の4大全国紙と共同通信、NHK(ニュース番組のみ)の6社の記事を調べた結果、この言葉は2006年には6社あわせてたった一度しか使われていないことがわかった。

 

それは、毎日新聞2006年9月18日付朝刊4面の投書欄「みんなの広場:戦後支えた高齢者を軽んじるな=団体役員・中嶋正信・74」という一般読者の投書であるが、その投書を読んでみると、その中の「消えた年金」という言葉は投稿者のオリジナルではなく、その直前に放送されたテレビ朝日の番組『ビートたけしのTVタックル』の中のテーマ「消えた年金…老人切り捨て?」の引用であった。

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当時もいまも『TVタックル』は関東地区で常時2桁の視聴率を取る人気番組であるが、同番組の努力も虚しく、この言葉は2006年中はまったく流行しなかった。

 

その後、国会で民主党の議員が社保庁の年金記録管理について追及した結果、「消えた年金」という言葉こそ使わないものの、管理のずさんな年金記録が5000万件あるのではないか、と指摘する報道がされるようになった。しかし、「年金」「加入」「記録」「5000万」という4つのキーワードを同時に含む記事は、上記の6社の報道では、2006年9月から2007年3月まではたった2件しかない(毎日新聞2007年1月28日付大阪朝刊25面「大阪市:生活保護受給者の未請求年金、2年間で2億6500万円」、産経新聞2007年2月28日付朝刊2面「社保庁法案 自民、先送り論も 年金記録ミス追及に警戒感」)。

 

2007年4月3日になってようやくNHKが上記の4語を同時に含むニュースを放送し(2007年4月3日放送のNHKニュース「社保庁 基礎年金番号ない年金加入記録5000万件」)、それに呼応するかのように翌4日、読売新聞も同じ4語を同時に含む報道をするが(読売新聞2007年4月4日付朝刊1面「年金加入記録 該当者不明5000万件 基礎年金番号付与されず/社保庁」)、両社とも4月中はこの種の報道はそれぞれこの1件ずつのみであり、朝日新聞と共同通信はなんの反応も示さなかった。

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2006年9月から2007年4月までの6社の報道をすべて見ても「消えた年金」というキーワード、または「年金+加入+記録+5000万」の「4語セット」を使ったものは「朝日0、読売2、毎日1、産経3、共同通信0、NHKニュース1」だけ、という「低調」なありさまだった。

 

ところが2007年5月7日、国会(衆議院)に民主党が「『消えた年金』適正化法案」なるものを提出すると、朝日新聞はただちにこれに反応して報道した(朝日新聞2007年5月8日付朝刊4面「歳入庁法案を民主党が提出 社保庁法案の対案」)。

 

興味深いことに、このとき反応したのは朝日新聞だけで、他の5社はすぐには「消えた年金」という言葉は使わず、上記の民主党提出法案も「消えた年金適正化法案」とは呼んでいない。他の5社の報道を見ると、共同通信が19日、読売新聞と産経新聞が24日、毎日新聞が26日に(2007年になって)初めて「消えた年金」という言葉を使っている(この間NHKニュースはこの言葉を一切使っていない)ので、5月8日から23日までの16日間は(共同通信の19日の1件を除くと)ほとんど朝日新聞のみの「孤軍奮闘」であったことがわかる(以下の表を参照)。

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【「消えた年金」

記事件数の変動】

朝日 読売 毎日 産経 共同 NHK
06年 9月 0 0 1 0 0 0
  10月 0 0 0 0 0 0
  11月 0 0 0 0 0 0
  12月 0 0 0 0 0 0
07年 1月 0 0 0 0 0 0
  2月 0 0 0 0 0 0
  3月 0 0 0 0 0 0
  4月 0 0 0 0 0 0
  5月 13 3 5 6 10 1

 

5月 1〜7日 0 0 0 0 0 0
5月 8〜23日 5 0 0 0 1 0
5月 24〜31日 8 3 5 6 9 1
朝日 読売 毎日 産経 共同 NHK

 

註: 「共同」は共同通信、「NHK」はニュース番組のみ。
[資料:NIFTY新聞・雑誌記事横断検索]

 

おそらく、この16日間の朝日新聞(および朝日新聞記者がコメンテーターとして出演する民放TV番組)の「努力」が実ったからだろう。5月24日以降「消えた年金」という言葉を使った報道は急増し、5月全体で6社あわせて38件に達する。

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同時に、朝日新聞は例の「4語セット」を含む記事も掲載し始める(朝日新聞2007年5月12日付朝刊11面「年金記録、謎の数字 だぶる・もれる・きえる」、同23日付朝刊1面「不明年金の救済策を検討 政府・与党、追い払い拡大も 宙に浮いた記録5000万件」、同朝刊2面「時時刻刻 年金、攻防再燃」。2006年9月から2007年5月11日まで、「4語セット」を使った記事は、朝日新聞には1件もない)。

この朝日新聞の「豹変」によって「消えた年金」という言葉と「5000万」という数字がにわかに結び付き、国民は「(日本の総人口1億人超の半分近い)5000万人もの国民が年金を受け取れない恐れがあるのか」と誤解するようになった。

 

そうなのだ。誤解なのだ。

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●消えていない年金●

転職をしたことのない新聞社やTV局の男子正社員には実感がなくてわからないだろうが、転職、引っ越し、結婚による改姓などをして複数の年金番号を与えられている人は大勢いる。筆者もその1人で、2004年に閣僚や国会議員の年金保険料の「未納」がマスコミで話題になったときに、急に自分のことが不安になって社保庁(社会保険事務所)に電話で問い合わせてみた。その際「(基礎)年金番号をお教え下さい」と聞かれたので「2つあるんですけど」と答えた。

 

すると「それなら、そのうち統合しないといけませんね」と言われた。

なるほど「統合」という作業が必要だったのか、と筆者はそのとき初めて知ったが、その後忙しくなり、この件は忘れてしまった。そのため、その後1〜2年間、筆者の年金番号が(1つの基礎年金番号に)統合されることはなかった。

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実は「消えた年金」の約「5000万件」のなかには、このような「1人」の未統合の番号が「2件」としてカウントされてはいっているのだ(転職回数の多い人などは、3件以上の番号を持っている場合もある)。これは、べつに年金が「消えた」ことを意味するものではない。ただ単に、年金加入者の怠慢または社保庁の仕事の遅さによって、番号の統合が終わってないというだけのことだ(読売新聞2007年5月31日付朝刊4面「年金5000万件、どれだけ『消えた』のか 与野党で異なる主張」)。

 

もちろん、社保庁の年金記録の管理がずさんな「お役所仕事」であったために、ほんとうに「消えた」年金記録もないわけではないし、社保庁職員がわざと統合作業を遅くして年金の「支給漏れ」を作り出し、それを不正な支出に流用していた可能性はおおいにある。しかしそれはけっして「5000万人」の国民に影響がおよぶほどの膨大なものではなく、運の悪い、例外的な(数パーセントの?)国民が影響を受ける問題にすぎない(少子高齢化の進展によって年金受給世代が勤労世代より相対的に多くなりすぎるため、現在の若年層が将来満足な年金を受け取れない恐れがあるが、それはまた別の問題である)。

 

だからこそ、朝日新聞(と共同通信)は2007年4月まで、まったくと言ってよいほどこの問題を無視していた。つまり、民主党の国会での追及や、『TVタックル』やNHKや読売新聞の報道にもかかわらず、2007年5月6日まで、年金記録問題はまったくニュースバリューのない「くだらない問題」だと考えていたのだ。

(>_<;)

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●罠に落ちた政府●

かくして、2007年5月8日以降の朝日新聞の報道姿勢によって年金問題についての「誤解」が蔓延し、誤解して不安を感じた国民から社保庁(社会保険事務所)に問い合わせが殺到することとなった。

 

どんな組織だって、いきなり大勢から問い合わせが殺到すれば、完璧な対応などできるわけがない。2006年の携帯電話の「番号ポータビリティ制」導入の際には、IT業界の過酷な競争を勝ち抜いて来た民間企業であるソフトバンクグループ(ソフトバンクモバイル)でさえ、制度導入直後の「お客様」からの問い合わせ件数を読み切れず、(電話番号を変えない)携帯電話会社変更受け付けサービスを一時停止する事態に陥っている(FujiSankei Business i Web版2006年10月30日「ソフトバンク、番号継続制受け付け連日停止」)。まして、民間企業と違って「接客競争」も「サービス競争」も経験のないお役所が、緊急時に迅速な対応などできるわけはなく、そのうえ、いったん国民のあいだに「5000万人が年金を受け取れないのかもしれない」という誤解が広まったあとでは、「お客様」である国民は「不安」と「怒り」を抱えて問い合わせをするので、迅速で完璧な回答がない限り納得せず、当然その怒りが収まる可能性はない…………。

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●いつか来た道●

待てよ。似たようなことが前にもあったような気がする。なんとなく「従軍慰安婦問題」の報道に似ていないだろうか。

 

「従軍慰安婦」という言葉は、1970年代からあるにはあったが、当初はまったくニュースバリューのない「くだらない言葉」であり、1980年代までは大手マスコミの報道にはほとんど登場せず、1988年までは常に、この言葉を含む記事は、上記の6社をあわせても年間1桁しかなかった(NIFTYの「新聞・雑誌記事横断検索」サービスに朝日新聞が記事の提供を開始するのは1984年8月付の記事から、読売は1986年9月1日付から、毎日は1987年1月1日付から、産経は1992年9月6日付から、NHKニュースは1985年1月付からで、共同通信は常に「過去10年分」の記事のみが検索対象)。

 

1989年に初めて2桁、年間11件(朝日10、読売1)になり、1990年にも年間22件(朝日16、読売1、毎日5)に達するが、マスコミにこの言葉を使った記事が急増するのは1991年からで、この年初めて3桁の大台に乗って212件(朝日120、読売22、毎日57件、NHKニュース13)に達し、さらに1992年には4桁、1656件(朝日636、読売262、毎日578、産経41、NHKニュース139)となって、あとはご存知のとおり収拾の付かない「大ブーム」になる。

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この間、一貫してこの言葉を用いた記事をもっとも多く報道したのは朝日新聞であった(小誌1998年5月31日「朝日新聞『従軍慰安婦』記事数の変動」)。

 

「消えた年金」という言葉も2006年からあるにはあったが、当時はほとんど使われておらず、2007年5月になって突然、朝日新聞の「意欲的な」(?)報道によって「流行語」になっている。これは、1991年12月(なぜかソ連崩壊の直前)から朝日新聞が突如「従軍慰安婦」という言葉を含む記事を狂ったように掲載しまくったこととよく似ている(なぜソ連が崩壊する直前まで朝日新聞がこの問題を放置していたのか、について納得できる説明はいまだに一度もされていない)。

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しかし、「従軍慰安婦」という言葉は正確ではない。「従軍」というと、軍の経営する売春宿にいて常に軍と行動をともにした「軍専属売春婦」という意味になるが、実態は「民間の売春宿(慰安所)にいた売春婦たちで、彼女らの常連客の大半が軍人だった」ということにすぎないからだ(小誌2007年5月1日「●日本の二の舞」)。このため、一部のマスコミはやがて意識的に「従軍慰安婦」という表現を避け、単に「慰安婦」と表記するようになった。

 

これと同じような訂正が、「消えた年金」の報道についても行われている。実際には大部分が消えていないのに「消えた年金」と報道されることに対して政権与党が「消えていない」と反論したこともあり(日テレNEWS24 Web版2007年6月14日「歴代の厚労相、社保庁長官の責任追及〜首相」)、一部のマスコミは「宙に浮いた年金」という表現を併用したり、あるいは完全にそれに置き換えたりしている。

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しかし、一度流行してしまった「消えた年金」という語感が持つ誤解はそう簡単には、国民の心から消えない。これは、一度「従軍慰安婦」という形で1992年に広まってしまった「軍専属の不幸な女性」というイメージ、つまり「旧日本軍が素人の女性を強制連行して(売春の報酬をもらえない奴隷のような)軍専属売春婦にした」という誤解が、2007年現在まで相当数の日本国民の心から消えていないのと同じである。

 

あとから訂正報道などしてもらっても、なんにもならない。いったん大手マスメディアによって過剰に広められてしまった刺激的、衝撃的、煽情的な言葉は、理性的な訂正報道によって消えることはなく、半永久的に生き続ける。2007年5月8日に朝日新聞紙上で事実上デビューした「消えた年金」という言葉も、すくなくとも2007年夏の参院選までは十二分に生き延びるだろう。

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●奇想天外●

前回紹介したように、2007年夏の参院選向けに自民党が2007年4月頃に独自に行った「的中率98%以上」の世論調査の結果は「自民党の楽勝」(中朝戦争反対派の安倍晋三首相の続投)だった。

 

この情報を筆者に提供してくれた自民党の内情に詳しい「Z」は筆者の小説『天使の軍隊』を愛読しており、Zと筆者は中朝戦争の背景や戦後の国際情勢について、ほぼ同じ認識や予測を共有しているので、筆者はゴールデンウィーク中にZに会った際、「それなら中朝戦争賛成派はどうやって戦争を遂行するのか」と聞いた。すると、Zは「安倍が首相のままでも(米民主党が賛成なので)中朝戦争はやれるし、場合によっては、賛成派は安倍を首相の座から引きずり下ろす(か、安倍を首相にしたまま中朝戦争を遂行する)ために何か奇想天外なことをしないとも限らない」と答えた。筆者がそのときその場で受けた印象では「とにかく戦争遂行のために賛成派は何かやる」とZが予測しているように見えた。

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どうやらその「奇想天外なこと」とは、Zと筆者の会合の直後に下された「朝日新聞の決断」、つまり「賛成派による朝日新聞への依頼」だったようだ。

 

【中朝戦争の詳細については拙著、SF『天使の軍隊』をお読み頂きたい。『天使』発売以降の小誌の記事はすべて、読者の皆様に『天使』をお読み頂いているという前提で執筆されている(が、『天使』は中朝戦争をメインテーマとせず、あくまで背景として描いた小説であり、小説と小誌は基本的には関係がない)。】

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但し、朝日新聞が中朝戦争賛成派に同調した(操られた?)にもかかわらず、まだ与党の敗北が決まったわけではない。

2007年6月21日、自民党の各派閥の代表者が都内で会合し、夏の参院選の勝敗を決する全国に29ある定数1名の1人区の情勢について「このままでは1桁(9議席以下)しか取れない」、つまり「(定数2名以上の複数区で小計18議席、比例代表で小計15議席しか取れない、という常識的な予測を加味して)改選議席全体で42議席以下しか取れず、非改選議席とあわせても与党が過半数の122を大きく割る(115以下)」という厳しい認識で一致したものの、その会合では「執行部(中川秀直幹事長)は選挙情勢の情報をもっと公開すべきだ」という意見も出たという(2007年6月22日放送のTBSニュース「自民・各派閥、1人区情勢厳しい見方」)。

つまり、派閥の幹部たちは、けっして自民党が10億円かけて行った独自の選挙向け世論調査の「最新バージョン」を見た上で「1桁しか取れない」と断定したのではなく、「なんとなく惨敗しそうだ」と言い合っただけのようだ(小誌2007年6月21日「勝っても地獄?〜2007年夏参院選の与党」)。

とすると、中朝戦争賛成派が引き起こす「奇想天外なこと」には、第2弾、第3弾がありうることになる。

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