中朝山岳国境

 

〜シリーズ

「中朝開戦」

(13)

 

(March 06, 2008)

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■中朝山岳国境〜シリーズ「中朝開戦」(13)■

 

中朝国境の大半は山岳国境であり、平地の国境と違って簡単には守れない。「歴史上朝鮮民族は中国と戦って勝ったことがないから、彼らが中朝戦争を仕掛けることなどありえない」と説く者は、朝鮮半島北部の朝鮮民族と、南部の韓民族とを混同し、両者の地政学的な違いを見落としている。

 

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■中朝山岳国境〜シリーズ「中朝開戦」(13)■

 

【お知らせ:佐々木敏の小説『ラスコーリニコフの日・文庫版』が2007年6月1日に紀伊國屋書店新宿本店で発売され、5月28日〜6月3日の週間ベストセラー(文庫本)の総合20位前後になりしました。】

 

【前回「チャイナフリー作戦〜シリーズ『中朝開戦』(12)」は → こちら

 

ネットサーフィンをしていて気付いたのだが、「歴史上朝鮮民族は中国と戦って勝ったことがないから、つまり、なさけない、ひ弱な民族だから、北朝鮮から中国に向かって仕掛ける中朝戦争など起きるはずがない」という説がかなり広汎に信じられているようだ。

 

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たしかに、隣接する内陸国家(中国)と半島国家(朝鮮)が戦えば、後者が決定的な兵器(核兵器)を持つか、海洋国家の支援を受けない限り、必ず負ける、というのは地政学上の「法則」だ(小誌2007年2月22日「北朝鮮の北〜シリーズ『中朝開戦』(1)」)。

 

が、世界史の年表や歴史地図で過去3000年の朝鮮半島の歴史を見ると、上記の「朝鮮民族ひ弱説」には微妙な間違いがあることがわかる。

 

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●朝鮮と韓国の違い●

拙著、SF『天使の軍隊』をお読みになった方は詳しくご存知と思うが、あの半島では、大昔から付け根の部分(北部)を「朝鮮」といい、先端の部分(南部)を「韓」といっていたのであって、三方を海に囲まれた正真正銘の半島国である南部の韓(国)と、それより海岸線が短く「中国から見ると半島国家、韓国から見ると内陸国家」の(北)朝鮮とでは、微妙に地政学的条件が違うのだ。

 

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たしかに、朝鮮半島を支配した諸王朝(共和国)のうち、百済(くだら)、新羅(しらぎ)、高麗(こうらい)、李氏朝鮮、大韓帝国、大韓民国はいずれも中国に攻め込んだことなどない。が、これらはいずれも半島南部を含む領土を持っていた国家である。すなわち、半島南部の長い海岸線を守るために人的、物的資源を割かなければならない国家、あるいは、半島北部より温暖な気候で育った分だけひ弱な人口を内に抱えた国家である。

 

しかし、朝鮮半島(の一部)を領有したことのある国家は上記の諸王朝(共和国)だけではない。半島の付け根(北部)を領有し、かつ、先端(南部)を領有しなかった国家として、高句麗(こうくり)、渤海(ぼっかい)、朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)などがある。

 

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このうち「渤海は渤海人の国であって朝鮮人の国ではない」という意見もあるだろうが、それは歴史学上、民族分類上の問題であって、地政学上の問題ではない。渤海国(7〜10世紀)の王が渤海人だろうが満州人だろうが、朝鮮半島の「付け根」の気候風土で育った者を兵力として国を守っていたのだから、それは地政学上は(韓ではなく)朝鮮なのだ。

 

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●どこまでが半島か●

そもそも、どこまでが半島(朝鮮)で、どこからが内陸(中国)なのか、という問題がある。

現在の中国と北朝鮮の国境は、その多くが鴨緑江(おうりょっこう)、豆満江(とまんこう)の川筋と重なるので、とりあえずこれを「鴨緑江・豆満江ライン」と呼ぶことにする。

 

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川を国境線にすると明確で、便利なので、現在はこのラインに沿って国境ができているし、過去においても、李氏朝鮮時代の約500年間など、そういう時代は長かった。が、川ひとつ越えたからといって、急に気候、植生、地形などの条件(すなわち地政学的条件)が大きく変わるわけではないので、(韓族ではなく)朝鮮族は伝統的にこのラインをまたいで分布している。現在の中国領東北地方(旧満州)の、北朝鮮寄りの山岳地帯には延辺朝鮮族自治州(総人口約220万)があり、約80万人の朝鮮族が暮らしているが、中国領内の朝鮮族はそこだけに住んでいるわけではなく、旧満州南東部、つまり、かつて高句麗や渤海の領土だった地域に広汎に分布している。

 

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朝鮮では古来より、豆満江以北の朝鮮人居住地を間島(カンド)と呼び、朝鮮領であると主張して来た。1904〜1905年の日露戦争後に日本が(1905年の第二次日韓協約によって)朝鮮を保護国としてその外交権を握ると、日本も朝鮮の主張を踏襲して間島の領有権を主張し、中国(清)との間に「領土問題」を生じた。

 

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が、日本は中国(清)から満州の鉄道など他の権益で譲歩を得るため、間島問題で譲歩し、1909年、日清間島協約を結んで間島を中国領と認めた。その後、日本が、1910年の日韓併合を経て、1931年に満州事変を起こして満州全土を支配下に置き、傀儡(かいらい)国家の満州国を打ち立てると、鴨緑江・豆満江ラインの両側が同じ国家の支配下にはいったため、この領土問題は解決された。

 

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1945年、日本が第二次大戦に敗れて満州、朝鮮半島への支配権を失うと、中国はかつての間島協約に基づいて鴨緑江・豆満江ラインを国境とし、その両側に新中国(中華人民共和国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が建国されてこんにちに至っている。当然のことながら、日本がラインの両側の支配をやめたあとは、以前の領土問題が復活しているはずだ。なぜなら、間島協約は日中間の条約であり、その締結交渉には朝鮮(韓)民族が参加していないからである。

 

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【間島協約に関する韓国政府の見解としては、2004年にパン・ギムン(潘基文)外交通商相(現国連事務総長)が韓国の国会で行った「法的に無効」という答弁がある(朝鮮日報日本語版2004年10月22日付「外交長官『間島協約は法理的に無効』」)。この種の韓国の主張は「悪辣な日本帝国主義が圧倒的な武力を背景に『善良で誇り高い韓国』を脅して強引に条約を締結させ属国化したのは『侵略行為』だから、その『属国時代』に結ばれた条約は無効」という論理構成であり、それは、幕末に「黒船」に脅されて結ばされた日米修好通商条約など欧米列強との不平等条約を、当時の国際法に従って「有効だった」と解釈し続けている日本人のリーガルマインド(規範意識)とはかなり違う。
日本人は「自分に都合の悪い(国際)法でも法は守るべき」と考えるが、韓国人は「自分に都合の悪い法は守らなくてよい」らしい。
他方、この問題に限っては日中の法解釈は一致していると見てよかろう。中華人民共和国は鴨緑江・豆満江ラインを中朝国境と決めているが、その根拠は間島協約以外に考えられず、間島協約を根拠にするなら、(日韓併合の)1905年の第二次日韓協約を有効と考えるほかないからだ。】

 

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要するに、この旧満州南東部の間島は、朝鮮人(朝鮮族)にとって慣れ親しんだ気候風土の「庭」であり、朝鮮人の兵士はこの地域に来ると、からだがよく動くのである(つまり、間島は、中国領である場合でも常に、朝鮮人にとっては「アウェイ」でなく「ホーム」なのだ)。

 

2008年現在の中国政府は、北朝鮮が中国に戦争を仕掛けて来ることを恐れているが、それは何も「上海や南京が北朝鮮に侵略される」と言って恐れているのではなく、間島の朝鮮族が、北朝鮮の朝鮮人と「合体」することを恐れているのだ。

 

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賢明な読者の皆さんはもうおわかりだろう。高句麗と渤海は地政学上は「朝鮮王朝」であり、彼らは鴨緑江・豆満江ラインをまたいで、つまり現在中国領の旧満州の一部を侵略して国家を打ち建てていた、ということになるのだ。したがって「朝鮮民族が中国と戦って勝ったことがない」とは言えず、現在の北朝鮮軍にとって鴨緑江・豆満江ラインをまたいで侵攻することは、単に「自分の庭に帰るだけ」であり、朝飯前のことなのだ。

 

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●満州の法則●

現在の中国政府にとって、もっともイヤなことは、いったん満州を敵方に渡してしまうと、敵がそこを足がかりにしてあっというまに中国本土を席捲してしまう恐れがあることだ。

 

たとえば、13世紀のモンゴル帝国は、1234年に満州を領有する金を滅ぼしてその領土を奪ったのち、南下して大都(現北京)に元朝を打ち立て、1279年には南宋を滅ぼし中国本土をすべて支配下に置いた。また、16〜17世紀の女眞も、1583年に満州で挙兵し、1616年に満州を支配して清朝を打ち建てたのち、南下して明朝を滅ぼし、1624年に、やはり中国全土をその版図に収めた。そして、20世紀には、1931年の満州事変を契機に満州を手に入れた大日本帝国陸軍がそこから南下して、わずか6〜10年後に北京、南京、香港まで蹂躙している。

 

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そこで、現在の中国、つまり中華人民共和国は、1949年の建国当初から「満州につながる朝鮮半島の付け根(北部)」を確保するために必死になる。

 

建国直後の1950年には、朝鮮戦争に介入し、北朝鮮軍を支援する形で、半島(北部)を敵(米国)に渡すことなく確保しようとした。が、隣国ソ連もよこはいりして北朝鮮を支援したため、中国は半島(北部)の排他的独占支配に失敗し、こんにちに至っている。

 

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ソ連が崩壊する1991年までは、北朝鮮は「中ソ等距離外交」をやって中ソ両国から援助を引き出し、両国を互いに牽制させたため、北朝鮮は中立を守り、自国内に外国軍隊の駐留を許すことはなかった(し、その中立政策は2008年のいまも続いている)。

 

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【この意味で、北朝鮮は、在韓米軍に国防を依存する大韓民国や、日韓併合条約に調印した大韓帝国などよりはるかに独立心が旺盛であると言える。1904〜1910年の大韓帝国は日本の「圧倒的な武力」の脅しに屈して条約を結び、日本の属国になり植民地になったが、北朝鮮は中ソの圧倒的な武力を前にしてもそれに屈することはなく、どちらの属国にもなっていないのだから。】

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しかし、1991年にソ連が崩壊し、1994年の米朝交渉で北朝鮮が米国に「体制の保証」を求めたため、「北朝鮮が米国の勢力圏にはいる」あるいは「北朝鮮国内に米軍基地ができる」可能性が現実のものになって来た(小誌2006年10月16日「北朝鮮『偽装核実験』の深層〜最後は米朝同盟!?」)。

 

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【「米朝同盟」が絵空事でない証拠として、2006年、北朝鮮のキム・ジョンイル(金正日)朝鮮労働党総書記がブッシュ米大統領に「北朝鮮は韓国以上に親密な米国のパートナーになる」という書簡を送った事実がある(産経新聞2007年8月10日付朝刊1面「米の協調路線 背景に金総書記メッセージ『米のパートナーになる』」)。】

 

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すると、2002年、中国は高句麗を(朝鮮王朝ではなく)中国の地方政権と位置付けて中国史に編入するためのプロジェクト「東北工程」を開始し、2004年には中国外務省ホームページの韓国史の項から高句麗史を削除した(朝鮮日報日本語版2004年7月14日付「中国大使呼び『高句麗削除』抗議」)。

 

つまり、中国は、満州を侵略されたら「この世の終わりが来る」ということを歴史的経験で知っており、北朝鮮の「間島併合」を本気で恐れていて、そうなる前に、北朝鮮を間島とセットで自国領に編入してしまおうと考えているに違いないのだ。

 

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 (敬称略)

 

 

 

 

 

 

 

 

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