機密宣伝文書?

 

『対北朝鮮・

中国機密ファイル』

 

(June 30, 2008)

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■機密宣伝文書?〜『対北朝鮮・中国機密ファイル』の撃■

 

北朝鮮を分析した中国政府の「機密文書」として日本で出版されているものは、軍事常識に反する非論理的な記述が多い。それを読んでも、米国が北朝鮮の「テロ支援国家」指定を解除する理由はわからない。

 

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■機密宣伝文書?〜『対北朝鮮・中国機密ファイル』の撃■

 

【お知らせ:佐々木敏の小説『ラスコーリニコフの日・文庫版』が2007年6月1日に紀伊國屋書店新宿本店で発売され、5月28日〜6月3日の週間ベストセラー(文庫本)の総合20位前後になりしました。】

 

【前回「媚日派胡錦濤〜『福田康夫は親中派』報道のデタラメ」は → こちら

 

富坂聰編『対北朝鮮・中国機密ファイル 来るべき北朝鮮との衝突について』(文藝春秋社2007年刊)の副題を見たとき、筆者は「ようやく中朝戦争の可能性に言及した本が出たか」と喜んだ。が、それについての編者の言葉をWebで読んだとき、がっかりした。「北朝鮮建国の父である故キム・イルソン(金日成)が、1950〜1953年の朝鮮戦争の最中に、北朝鮮を援助する中国人民解放軍の司令官から平手打ちを受けた」などという、地政学上なんの意味もないエピソードを編者が重視していたからだ(文藝春秋『本の話』2007年9月号「来るべき北朝鮮との戦争に備えよ〜自著を語る 富坂聰編『対北朝鮮・中国機密ファイル』」、小誌2007年10月22日「軽蔑しても同盟〜シリーズ『中朝開戦』(11)」)。

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しかしまあ、拙著『天使の軍隊』は小説なので、現時点では、富坂前掲書はノンフィクションのなかでは唯一の「中朝戦争」に関する書籍である。そこで、機会があったら読みたいと思っていて、最近ようやくその機会を得た。

 

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で、じっさいに読んでみて、やっぱり失望した。

(>_<;)

筆者は他人の書籍出版の邪魔をするのは嫌いなので、批判する前によい点を挙げたいのが、上記の「平手打ち」のエピソードや、中朝国境の確定交渉(富坂前掲書 p.51 第1章第7節「金日成にも大きな借りができた」)、さらに「朝鮮人」の女性が中国国内で結婚詐欺などの犯罪をやりまくっている話(富坂前掲書 p.p 145-147 第2章第6節「脱北者の昨今」)など、興味深い下りは多々ある。だから、読み物として面白い。

が、同書には、同書全体の信憑性を疑わせる記述が散見されるため、それが結果として面白いエピソードの信憑性をも落としてしまっている。

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●日本は最大の被害国になる!?●

たとえば、

 

「朝鮮の現政権が危機に瀕したとき、軍事的に暴走するとしたら、おそらく日本は最大の仮想敵国として最大の被害国になるだろう」(富坂前掲書 p.298 第5章第6節「永遠の敵 - 日本人と朝鮮人」)

 

という下りである。これはカバー(ソデ)の宣伝コピーにも使われており、2002年の小泉純一郎元首相の訪朝以降、北朝鮮による日本人拉致事件の処理(拉致問題)をめぐって昂揚している日本国民の「反北朝鮮感情」を刺激し購買意欲をかきたてる役割を担っているのは明らかだ。が、その論拠は、上記の「平手打ち」と同様の、以下のような感情論であって、地政学的な根拠は一切挙げられていない:

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「日本に対する感情はまさしく敵に対する気持ちである。歴史的に見ても、また現実的な意味でも、いじめられて裏切られたという深い恨みの感情を抱えている」(富坂前掲書 p.298 第5章第6節「永遠の敵 - 日本人と朝鮮人」)

 

しかし、北朝鮮の支配階級が具体的に日本の何についてどう恨んでいるかという記述は一切ない。

 

【1970〜1980年代、韓国がまだ日本文化解禁前の頃、日本の民間団体が訪朝したら、北朝鮮側が日本の歌を歌って歓迎してくれて、たいそう驚いた、というエピソードが朝日新聞で報道されたことがあるので、この「恨み説」はかなり怪しい。韓国は日本と同じ資本主義体制をとっているのに国力で日本に勝てない、という劣等感があるが、北朝鮮にはそれがないからだ。】

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小誌既報のとおり、北朝鮮が日本人から見て軽蔑すべき三流国家なのは間違いない(小誌2007年10月22日「軽蔑しても同盟〜シリーズ『中朝開戦』(11)」)。しかし、その問題と「北朝鮮が日本にとって脅威である」かどうかという問題とは、まったく関係がない。

北朝鮮と日本の間には領土問題はない。現に北朝鮮軍は佐渡島や隠岐諸島を占領するのに必要な上陸用舟艇をほとんど持っていないので、軍事技術的に見ても間違いない(もちろん、日本側にはも北朝鮮の領土を欲する理由は一切ない)。

となると、北朝鮮が日本を攻撃してなんのトクがあるのか、さっぱりわからない。北朝鮮が日本に望むものは、経済援助などのカネしかない。そしてそれは、2002年の小泉訪朝以来明らかなように、日朝間で国交を結びさえすれば簡単に手にはいるのだ。北朝鮮にとって日本を攻撃することは、日本から得られるはずの援助を失うだけで、百害あって一利もない。

 

「日朝開戦」という、もし実現すれば世界情勢を一変させるような重要な軍事問題の予測の根拠が地政学でも軍事技術でもなく「感情論」であるという機密文書など、ありうるだろうか。

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●素人同然!?●

筆者がいちばん驚いたのは、以下の記述である:

 

「二〇〇三年末から中国政府は、延吉や丹東、琿春などの朝鮮と国境を接する一部地域に鉄条網を張り巡らした。鉄条網の高さは一メートル八十センチ、三メートル間隔で『T』形のコンクリートの柱を打ち付けてつなげてある。これは三十八度線の朝鮮・韓国国境にある鉄条網にそっくりのものである。十数キロメートルの距離にわたって張り巡らせている地域もある。二〇〇六年九月には、長白山(白頭山)の麓の図們江(豆満江)の源流で、数十キロメートルにわたる鉄条網が完成している」(富坂前掲書 p.p 120-121 第2章第5節「国境での犯罪」)

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これを読むと「中朝の国境線は(少なくとも要所要所では)鉄条網でしっかり区切られているので、38度線と同じように明確だ」という印象を受ける方が少なくないであろう。

 

しかし、38度線が朝鮮半島の南北間の明確な境界線として機能するのは、鉄条網があるからではない。鉄条網の両側に韓国、北朝鮮双方の兵力が多数配備されていて、越境しようとする者をいつでも射殺できる態勢がとられているからである。

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鉄条網そのものには大した意味はない。なぜなら、鉄条網はペンチを使えば簡単に切れるからだ。

そして、1300kmにおよぶ中朝国境の場合、その相当部分が急峻な山間僻地を走る「山岳国境」なので、38度線のように常時大量の警備兵力を張り付けておくのは困難だ。38度線の両側の土地はほとんど平地だが、中朝国境の両側の土地は、大半が山岳地帯なので、あちこちで斜めになっている。

警備兵が登山家のような訓練を受ければ、クライミングロープ(ザイル)やピッケルを使って平らでない地面や岩肌や氷壁の上を進むことはできるが、斜面に足を踏ん張って長時間ライフルを構えていることなどできない。エベレスト登頂途中の登山家のように、クリフハンガーを使って山肌にぶらさがることはできるが、その場合は銃などほとんど撃てないし、だいいち銃弾や食糧の補給に膨大なコストがかかるので、急峻な山岳国境地帯では、38度線で行われているような「常駐警備」は不可能である。

結局、そんな山岳地帯に鉄条網を張り巡らせたところで、警備兵のいないときにペンチで切られるのが関の山だ。つまり、中朝国境を明白に区切る「標識」は山岳地帯では事実上存在しないのである。

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上記の中朝国境についての記述は、軍事常識、というより、一般常識に照らして、かなりおかしい。「砲弾や手榴弾で吹っ飛ばされても車両の走行を阻止することのできる、伸縮性のある最新式の軍事用鉄条網でさえ、時間をかければペンチで切断できる」という専門知識がなくても(2008年5月10日放送のディスカバリーチャンネル『フューチャーウェポン 21世紀 戦争の真実』)、1985年の米国映画『ランボー 怒りの脱出』(ジョージ・P・コスマトス監督)で、ランボー(シルベスター・スタローン)が鉄条網のいちばん下の有刺鉄線を素手でつかんで、超人的な筋力で引っぱり上げて、その下をくぐって囲みを抜け出すシーンを思い出せば十分だろう。

(^^;)

鉄条網は、大坂の冬の陣のときの「大坂城の濠」とは違って、それ自体では敵の出入りを遮断する機能を持っていないのである。

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つまり、上記の記述は、「中朝の国境線は鉄条網で区切られていて、ちゃんと存在するんだよ」ということを宣伝するための、中国政府の「大本営発表」なのであって、およそ「機密文書」などと言える類のものではない(ほんとうに価値のある機密文書なら、どこが脱北者のおもな通り道になっているか、といった「不都合な真実」が書かれていなければならない)。

 

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現実の中朝間には、国境はあるが、国境はない。朝鮮人たちは大昔から「国境」沿いの鴨緑江・豆満江の両岸に住んでいて、日常的に行き来して来たのだ(小誌2008年3月6日「中朝山岳国境〜シリーズ『中朝開戦』(13)」)。

 

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●朝鮮と朝鮮

「機密文書」は、朝鮮人すなわち北朝鮮国民が、北朝鮮全土から中国に密入国し、窃盗、強盗、密輸、売春、ニセ札取り引き、覚醒剤密売などを盛んに行っている、と記しているが(富坂前掲書 p.p 121-124 「国境での犯罪」)、中朝国境地帯の中国側(旧満州)に住む朝鮮人は「朝鮮」と呼んで区別していて、後者についての犯罪の記述はほとんどない(例外は、第2章第6節「脱北者の昨今」 p.146 6〜7行目の「[人身売買による結婚を仲介する]悪徳業者たち(中国籍朝鮮族が多い)」という記述)。

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たとえば、上記の「朝鮮人」の女性が中国国内で結婚詐欺などの犯罪をやりまくっている話(富坂前掲書 p.p 145-147 「脱北者の昨今」)を読むと、ある疑問が湧く。

若くて美しい「朝鮮人女性」が、中国籍朝鮮族の悪徳結婚仲介業者とグルになり、闇市で買ったニセの「農村戸籍」と身分証明書を用意して結婚紹介所に登録し、「都市で暮らしたいから『都市戸籍』を持つ男性と結婚したい」とウソをついて、都市中国人の男性から仲介料を巻き上げて姿を消すという手口なのだが…………よーく考えてみると、中国籍朝鮮族の悪徳業者は、必ずしも北朝鮮から密入国した朝鮮女性とだけ組む必要はないのだ。

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農村戸籍は都市への移住を原則的に禁じられた約9億の「農村中国人」(筆者佐々木敏の造語)が持つ戸籍であり、都市戸籍は都市居住権のある約4億の「都市中国人」(同)が持つ戸籍である。朝鮮族の多くが住む吉林省延辺朝鮮族自治州など東北地方(旧満州)の大半は農村地域なので、そこに住む中国籍朝鮮の女性、約96万人は当然農村戸籍を持っている(2000年の全国国勢調査によると、朝鮮の総人口は約192万。富坂前掲書 p.51 第1章第7節「金日成にも大きな借りができた」)。

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「機密文書」は、

 

「結婚相手を探す[都市中国人の]男性は、この罠に簡単に引っかかってしまう。三千元から五千元の仲介料を払い、『貧しい農村から玉の輿を夢見てやってきた朝鮮族の花嫁』と結婚する」(富坂前掲書 p.146 第2章第6節「脱北者の昨今」)

 

と記すが、中国籍朝鮮族の悪徳業者は、ほんものの朝鮮の女性と組めば、闇市で買わなくてもタダで農村戸籍も身分証明書も手にはいるのだから、元手がかからず好都合なはずだ。あるいはまた、朝鮮の女性のなかには自分の農村戸籍を闇市で売るより、自分でそれを繰り返し使って結婚詐欺で儲けたほうがトクだと気付く者だっているはずだ。なんで悪徳業者の共犯者が朝鮮に限定されなければならないのか。

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どうやらこの文書の原著者は「朝鮮の女性には悪人が多いが、朝鮮の女性はみな善人である」と言いたいらしい(んなアホな)。

(^^;)

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たとえば、

 

「朝鮮族であれば中国語は朝鮮語と同様に話すことができるのだが、彼女たち[自称朝鮮族]は片言の中国語しか話すことができず、朝鮮語の発音も明らかに朝鮮族のものとは違っていた」(富坂前掲書p.145 第2章第6節「脱北者の昨今」)

 

という下りは、「中国政府は国境の内側を完全に統治していて、国境付近に住む朝鮮にも完璧な中国語教育を施しているから、『朝鮮』は『朝鮮』とは違う」ということを言いたいのだろう。

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しかし、すでに自ら、朝鮮族の悪徳業者の存在を認めていることで明らかなように、朝鮮と朝鮮を区別する意味はほとんどない。小誌既報のとおり、2005年にじっさいに中朝山岳国境を踏破した筆者の知人からの情報では、山岳国境地帯に住む朝鮮には、電気も学校も、軍人や警官や共産党員の監視の目も届かない地域で、まったく中国語を話せないまま、中国国民という自覚もないままに暮らしている者がほとんどだ(小誌2008年3月6日「中朝山岳国境〜シリーズ『中朝開戦』(13)」)。

 

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要するに、中朝山岳国境地帯の中国側は、いかなる国の政府もほとんど管理することのできない、パキスタン-アフガン国境にまたがるテロリストの温床、トライバル・エリア(部族地域)と同じ「無法地帯」なのだ。

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 (敬称略)

 

 

 

 

 

 

 

 

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