機密宣伝文書?
その2
〜『対北朝鮮・
中国機密ファイル』
の笑撃
■機密宣伝文書?〜『対北朝鮮・中国機密ファイル』の笑撃■
北朝鮮を分析した中国政府の「機密文書」として日本で出版されているものは、軍事常識に反する非論理的な記述が多い。それを読んでも、米国が北朝鮮の「テロ支援国家」指定を解除する理由はわからない。
●日本へのお願い!?●
ところで、この「機密文書」の原著者は、中国共産党中央対外連絡部亜洲局(対北朝鮮外交の窓口)の官僚、外交部(外務省)亜洲司の官僚、中国社会科学院世界政経研究所の研究者、中国軍事科学院の研究者(鉄条網の意味も知らない軍事的素人?)だそうだ(富坂前掲書 p.1 「はじめに」)。
彼らはなぜかある日突然「禁を侵して北朝鮮の実態を世に問おう」とし、まず中国国内でも権威のある某政府系出版社に、次いで新華出版社に持ち込んだが、両社ともに「北朝鮮の暗部を書きすぎている」という理由で「最後の最後の段階になって」出版を自粛し、最終的には日本での出版を選択した、という(富坂前掲書 p.p 2-3 「はじめに」)。
富坂は「彼らが、どうやって国内での処罰という可能性を克服したのかについてはいま一つ判然としなかった」と心配しているが(富坂前掲書 p.3 「はじめに」)、もちろんそんな心配は無用である。
この「文書」は、元々国内向けに、「部族地域」に対する中国政府の恥ずべき統治能力の欠如を糊塗するために作成されたに違いない。
あるいは、「朝鮮族の男には(追放すべき)悪徳業者がいるが、朝鮮族の女はみんな善良だ(から結婚してもよい)」などと、中国政府の人口政策上誠に都合のいいウソを宣伝するという目的もあっただろう。
上記の顛末を素直に読めば、以下のように解釈できる:
「中国の役人が国内向けに宣伝文書をまとめたものの、その内容たるや典型的な『お役所仕事』の産物で、旧満州に住む中国人が読めばすぐにウソとバレるので、国内の出版社に出版を断られたものの、かかったコストを回収したい役人たちが、旧満州の現状を知らない日本の出版社をうまくだまして、機密文書だということにして出版させた」
おそらく、日本での出版前に「中国国内向け」の文書を「日本向け」に仕立て直す作業は行われているはずだが、元々が中国人の「朝鮮人」と「朝鮮族男性」に対する敵意をかき立てる目的で書かれた文書なので、北朝鮮が日本の軍事的脅威になる理由に「感情論」しか挙げられないなど、お粗末さが目立つ。
つまるところ、中国がもっとも恐れている外国は北朝鮮であり、近い将来「中朝戦争」が勃発する可能性が現実にあるので、「勃発した場合は、日本は北朝鮮の味方をしないで下さい」という思いを込めて、取っ手引っ付けたように不自然に、「[北朝鮮の現政権が軍事的に暴走したら]日本は[中略]最大の被害国になる」(富坂前掲書 p.298 第5章第6節「永遠の敵 - 日本人と朝鮮人」)などという根拠薄弱な結論を突っ込んだのだろう。
この「機密文書」は、軍事常識や地政学的教養のある者が読めば、原著者のウソがわかるし、逆に中国政府のホンネが透けて見えるので、それなりに価値がある。その意味では、版元(文藝春秋社)はいい本を出してくれたと思う。
(^_^)
●絵に描いた餅●
ところで、「機密文書」には、朝鮮族の現状に関する以下のような記述がある:
「地理的な問題もあり、中国に暮らす朝鮮族のほとんどは出身地が北朝鮮で、親戚も北朝鮮に集中している」(富坂前掲書 p.51 第1章第7節「金日成にも大きな借りができた」)
これだけを見ると、中国領内の朝鮮人は本来「よそ者」であるから、場合によっては北朝鮮に移住する(帰る)ことになってもさほど気の毒ではない、と読める。これは、「部族地域」を中国人の手に取り戻したい中国政府の地政学的な願望と合致する。
しかし、中国と朝鮮を仕切る緑鴨江、豆満江などの河川は上流では川幅が狭く、簡単に歩いて渡れるので、朝鮮族は数百年、いや、数千年前から旧満州南東部に住んでいる。彼らの「親戚が北朝鮮に集中している」はずはなく、現中国領内にも確実に分布しているはずだ。
この見え透いたウソの宣伝を、2002年に中国政府が始めた「東北工程」プロジェクトとあわせて考えると、中国政府の一貫した意図が読み取れる。
東北工程とは、紀元前37年〜紀元後668年に旧満州南東部から現北朝鮮北部にかけて存在した古代国家・高句麗を(朝鮮の王朝ではなく)中国古代の地方政権と位置付けて中国史に編入するプロジェクトで、中国外交部はこの方針に基づいて2004年に、外交部のホームページの朝鮮史の項から高句麗を削除している(小誌2007年2月22日「北朝鮮の北〜シリーズ『中朝開戦』(1)」、朝鮮日報日本語版2004年7月14日付「中国大使館呼び『高句麗削除』抗議」 )。
上記のように、山岳国境は防衛が困難であるため、防衛政策としては、国境山岳地帯の手前(山の麓)まで支配したところで諦めるか、国境を越えて山を降りた向こう側の麓まで支配するか、の2つに1つしかないが、現在の中朝国境の中国側における防衛態勢は前者の状態に留まっている。中国政府がこれを完全に解決しようとすれば、中朝戦争を起こして北朝鮮領の一部を侵略併合するしかないのだから、「東北工程」はそのための大義名分作りにほかなるまい。
中国政府は歴史を歪曲して「古代高句麗は中国領」と主張することで、将来中朝戦争を戦う際には、堂々と北朝鮮北部を侵略して自国領に編入し、「朝鮮族」を旧満州から根こそぎ追放して、鴨緑江・豆満江の向こう側の「占領地」、あるいは、そのもっと先の現北朝鮮領中央部にまで追放して「すっきり」したいと願っているのではあるまいか。
【但し、中国の農村では、「一人っ子政策」の悪影響で、後継ぎに男児を望む夫婦の「女児殺し」(間引き)が横行したこともあって、男性人口が過剰になり「嫁不足」が起きているので、それも解決しなければならない(『R25』2007年7月5日「中国の『一人っ子政策』 30年がもたらした現象とは? 極端な女子不足が深刻化?」)。そこで、「朝鮮族の女性」は上記のとおりみな善人だということにして、中国が中朝戦争に勝ったあとも旧満州に残しておいて「農家の嫁」に充当しよう…………などという、まったく人をばかにしたような、実現不可能なムシのいい計画を、中国政府の現役官僚のだれかが考えて文書にまとめて出版しようとしたものの、その内容のあまりの「身勝手さ」に新華出版社らが呆れて二の足を踏んだのだろう。】
上記の「中国に暮らす朝鮮族のほとんどは出身地が北朝鮮……」の下りからは、朝鮮族(の男性)を中国領内から追い出して「民族浄化」政策を実施したい中国政府のホンネが読み取れる。
●「拉致」<「中国の脅威」●
これで逆にはっきりした。中朝戦争が勃発したら、日本は絶対に北朝鮮の味方(戦後復興援助の約束)をすべきなのだ。それで、北朝鮮は(外国の援軍がなくても単独で)安心して国土を焦土にする覚悟で中国をたたけるし、「部族地域」を実効支配していない中国は旧満州南東部での戦闘では呆気なく大敗し、国家的威信を喪失するだけでなく、「北京政府の戦争」に巻き込まれて北朝鮮のミサイル攻撃を受けることを恐れる、元々独立心の強い上海市や広東省が分離独立を志向するため、国家として機能しなくなるだろう。
さすれば、東シナ海の海底油田はすべて日本のものになるし、日中間の尖閣諸島領有権争いはなくなるし、台湾は半ば自動的に対中国独立宣言をするし、中国という巨大な脅威は半永久的に日本(と米国)の前から消えてなくなるし、それでいて、「人口13億の巨大市場」はいくつかの中小国家に分かれてそのまま残る。日本人がどんなに北朝鮮を嫌いでも、北朝鮮をたたくのは、これらすべての問題が日本に有利に解決したあとにすべきだ。
これらの問題に比べると、拉致問題はあまりにも小さい(拉致問題が解決したからといって、中国の脅威がなくなるわけではない)。だから2008年6月、米国政府は北朝鮮に対する「テロ支援国家指定」を解除することを決め、日本政府(福田康夫首相)もそれを容認したのだ(毎日新聞Web版2008年6月25日「福田首相:北朝鮮のテロ支援国家指定解除、容認を示唆」)。
そもそも、いまだに帰国していない日本人拉致被害者のうち、日本国民の大半が生きていると思い込んでいる者の大半はすでに死んでいるので、その身柄(?)を取り返すことを、自国の安全保障より優先する政治家など(よほどの売国奴でない限り)ありえない(小誌既報のとおり、拉致被害者が生きているとする根拠は元々、ほとんど存在しない。日本国民が拉致被害者生存の「根拠」と思っているものの大半は、安倍晋三前首相や彼に近い勢力によって、日本の国益ではなく、中国の国益のために捏造された疑いがある。小誌2007年3月18日「すでに死亡〜日本人拉致被害者情報の隠蔽」、6月14日「安倍晋三 vs. 福田康夫 vs. 中国〜シリーズ『中朝開戦』(8)」、7月3日「『ニセ遺骨』鑑定はニセ〜シリーズ『日本人拉致被害者情報の隠蔽』(2)」)
●どうでもいい「北の核」●
米国が北朝鮮をテロ支援国家指定から公式に解除し、北朝鮮が世界銀行などの国際金融機関からの融資を受ける道が開かれるのは、2008年6月26日の、ブッシュ米大統領による解除手続き開始(議会への通告)の翌日から45日後の、8月11日なので、この45日間を使って米国や国際機関は、北朝鮮の「核開発計画」だけでなく、現在すでに保有している「核兵器」をも慎重に検証し、廃棄させるべきだ、という正論が世界中のマスコミに溢れている(毎日新聞Web版2008年6月27日「北朝鮮:米『テロ指定』解除 6カ国協議再開へ 日朝2国間、模索も」、読売新聞Web版2008年6月24日「北テロ指定解除 核申告の検証を徹底せよ(6月25日付・読売社説)」)
しかし、それほど慎重な検証は必要ない。なぜなら、北朝鮮は2006年10月の「核実験」後も、核兵器など持っていないからだ。あれは核実験ではなくただの宣伝だ(小誌2006年10月16日「北朝鮮『偽装核実験』の深層〜最後は米朝同盟!?」)。たとえその後の「核兵器開発」計画によって、北朝鮮が現在使用可能な核兵器を獲得したとしても(どうせ弾頭の小型化には成功していないからミサイルに搭載することはできず、したがって)単に、軍用機に載せて中国に落とすことができるだけなので、当面日米の脅威にはならない。
というか、そもそも、「核開発計画」の放棄、つまりニョンビョン(寧辺)地区のプルトニウム抽出施設の無能力化のみを記し、ウラン濃縮施設やシリアへの核開発協力などの「核兵器開発計画」の放棄を一切記さない北朝鮮の「核申告」を米国政府(ブッシュ米大統領)が了承したのは、「もしかすると北朝鮮は中国を核攻撃するかもしれない」と中国(の一般市民)に思わせて、中朝戦争勃発時に上海市民や広東省民の「北京の戦争に巻き込まれたくない」という厭戦気分を引き出し、中国の分裂を促すための伏線とも考えられる。
尚、この場合は、北朝鮮の核保有について中国の一般市民をだませばよいので、中国の軍人たちが真実を見破っていたとしても関係ない。中朝開戦後に米国政府高官がひとこと「北朝鮮にはまだ核兵器があるかもしれない」と言いさえすれば、上海市全体はパニックになって、北京と縁を切りたがるはずだからだ。上海市政府のように、北京中央政府の援助なしで自力で豊かな経済を運営できる地域は、税金(基本的に国税はなく、地方政府単位で徴税)を北京の中央政府に渡さずすべて地元で遣いたいと思っているので、上海市民の「民意」を口実に分離独立に動くはずだ(日中投資促進機構 Web 2004年『投資機構ニュース』No.100「中国における今後の会計制度と税制、さらにM&Aについて」)。
ブッシュ現米大統領はイラク戦争でつまづいたので、任期中になんらかの外交的成果を上げたい一心で、焦って「北朝鮮の非核化」をまとめようとして、北朝鮮に対して大甘な、見かけだけの「核廃棄」を進めている、という批判が世界中に溢れているが(AFPBB 2007年6月25日「『北朝鮮外交』で成果狙うブッシュ政権」、産経新聞2008年6月21日付朝刊1面「背信の論理 テロ指定解除(上) 拉致軽視『欠格の融和策』」)、この批判はそれ自体矛盾している。
北朝鮮政府は2008年6月27日、寧辺の核施設の冷却塔を爆破し、全世界にTV中継させたが、事前に外国のマスコミに冷却塔内部を撮影させて、塔内部の冷却装置がすでに運び出されている(から冷却塔は簡単に再建できる)ことも全世界に報道させている(毎日新聞Web版2008年6月27日「北朝鮮:寧辺核施設の冷却塔爆破 『政治ショー』の見方も」)。ブッシュ政権がこの冷却塔爆破を核廃棄への動きと評価したことをもって、「ブッシュは外交上の成果を焦っている」という批判報道が主流だが、世界中で「爆破はショーにすぎない」と報道されていることが「外交上の成果」にならないことぐらい、ブッシュ本人にも当然わかっている。
2008年のブッシュは「北朝鮮の非核化」を達成した大統領として歴史に記録されたいのではなく、将来中朝戦争によって米国の脅威である「邪悪な中国」が粉砕された際に、その前提条件となる米朝接近の道筋を付けた大統領として歴史に名を残したいのだ(つまり、1980年代の中ソ対立、米ソ対立の前提となる米中接近を最初に実現させた、1971年のニクソン大統領やキッシンジャー大統領補佐官のようになりたいのだ)。
【中朝戦争勃発のときの米大統領がだれであるかは不明だが、米国内の「中朝戦争賛成派」(米議会上下両院で多数を占める米民主党の主流派)は、明らかに自分たちの同志であるヒラリー・クリントン上院議員が2008年6月に次期大統領選から撤退したため、中朝戦争を可能ならしめる前提条件の整備を加速するよう、ヒラリーに代わってブッシュをたきつけたに違いない。おそらくその作業はブッシュ現大統領の任期中に終わるだろう。】
たとえどんなにジョージ・W・ブッシュが愚かだとしても、彼のまわりには軍事常識や地政学をわきまえた側近や顧問が何十人もいる。大統領が血迷って冷却塔の「爆破ショー」を核廃棄と言い募るのを、彼らが地政学上の理由もなく許すはずがない。
いやしくも合衆国大統領ともあろう者が「成果を焦った」ぐらいのことで、自ら「悪の枢軸」と呼んだ仇敵に「なし崩し的な譲歩」をすることなどありえない。マスコミはもう少し常識をもって報道してもらいたい。
【「北朝鮮は中国の属国だから、中朝戦争などありえない」という「常識」は、中朝間の国境防衛が完璧であることを前提にした虚構である。】
【お知らせ:佐々木敏の小説『天使の軍隊』が2007年4月26日に紀伊國屋書店新宿本店で発売され、4月23〜29日の週間ベストセラー(単行本)の 総合10位(小説1位)にランクインしました。】
【この問題については次回以降も随時扱う予定です。
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