星野JAPAN 1.1
〜シリーズ
「北京五輪」
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■星野JAPAN 1.1〜シリーズ「北京五輪」(1)■
国内のプロ野球の試合と五輪のような国際試合とはまったく別のものであることを理解できない「自称野球通」の方々は、北京五輪野球日本代表(星野JAPAN)の戦略や選手選びを見て、見当違いの一喜一憂をしている。
■星野JAPAN 1.1〜シリーズ「北京五輪」(1)■
【お知らせ:佐々木敏の小説『ラスコーリニコフの日・文庫版』が2007年6月1日に紀伊國屋書店新宿本店で発売され、5月28日〜6月3日の週間ベストセラー(文庫本)の総合20位前後になりしました。】
【前回「機密宣伝文書?〜『対北朝鮮・中国機密ファイル』の笑撃」は → こちら】
2004年、日本のプロ野球のパシフィック・リーグで、旧近鉄バファローズと旧オリックスブルーウェーブの合併構想が浮上し、球界全体が「球団数削減→1リーグ化→プロ野球界縮小」の危機に瀕したとき、評論家の田原総一朗(1934年生まれ)は、自身が司会を務めるテレビ朝日の番組(『朝まで生テレビ』か『サンデープロジェクト』)に球界関係者を招いて、このプロ野球の問題を議論した(結局両球団は2004年中に合併して「オリックスバファローズ」になったが、東北楽天ゴールデンイーグルスの新規参入で球団数は維持)。
当時のプロ野球界では、読売巨人軍の試合のTV中継の(関東地区の)視聴率が低下の一途を辿っていて、視聴者の「野球離れ」がささやかれていたので、田原はゲストに「いままで日本のプロ野球界は全国区の超人気チームの巨人にぶら下がってやって来たのに、その巨人の人気が低下したら、どうやって稼げばいいんだ」と質問した。
それに回答したのが田原とほぼ同世代の球界関係者だったせいか、野球界のみを視野に入れた「地域密着」「ファン重視」などの優等生的な処方箋しか出なかったが、筆者は、田原の質問自体に耳を疑った。
なんでそんな質問をするのか。日本の(プロ野球界ではなく)スポーツビジネス界はとっくに答えを出しているではないか。
プロサッカー界、Jリーグを見よ。
周知のとおり、Jリーグだって、各チームはたった1つの超人気チームにぶら下がっている。もちろん、その超人気チームとは「日本代表」というチームである。
これは世界のスポーツビジネスの基本である。
欧州、中南米、アジアのプロスポーツでは、クラブチーム対抗の国内リーグと同時に、それ以上に重要なイベントとして、各国代表のナショナルチームが国家の威信を賭けて戦うワールドカップ(W杯)などの国際大会を重視する。たとえば、各国のサッカーファンは自国のサッカーが世界でどのくらいの水準にあるか知りたいし、高い水準になければ納得できない。自国のA代表(フル代表)や五輪代表(U23)が国際大会で不調だと、国内リーグの人気も下がる。だから、各国の国内リーグはW杯などの国際イベントにおける勝利、優勝を最優先にして、国内のスポーツビジネスを組み立てる。
だから、日本国内のプロ野球人気を盛り上げるのは簡単だ。特定のクラブチーム(巨人)に球界全体が依存するいびつな構造を捨て去って、Jリーグと同様に、「A代表の国際試合を最優先」にする経営態勢に改めればいい。
●愛国心なき世代●
ところが、日本のプロ野球界およびマスコミ界には「サッカーなんぞ知るか」とか「若い頃から毎晩巨人戦ナイターを見ながらビールを飲むのが楽しみだったんだ」とか言い募る年寄りが巣食って権力を握っており、「プロ野球を普通のスポーツビジネスとみなさない」傾向があるようだ。
たとえば、産経新聞の山根聡記者(生年月日不詳)は、2008年12月の北京五輪野球アジア地区最終予選の日本代表の韓国戦(関東地区TV視聴率23.7%)の試合展開の面白さはペナントレース中の試合と大差ない、という非常識な個人的感想を披露しつつ、TV各局は(日本代表の試合よりも)ペナントレースの中継をこそ重視すべきだ、などと愛国心薄弱な意見を述べているので、おそらく彼も「ナイターでビール」世代なのだろう(産経新聞2008年12月4日付朝刊27面「週間視聴率トップ30」)。
【産経は社説「正論」で繰り返し「愛国心」を説く新聞なのに、なんで山根はこんな暴言を吐くのか。こんな意見の野球ファンが大勢いるから、日本のプロ野球界はいつまで経っても「代表の試合のために国内リーグのシーズン(ペナントレース)を中断する」という世界のスポーツ界であたりまえのことができないのだろう(とくにひどかったのはアテネ五輪本大会の日本代表に「シーズン中なので、代表選手は1球団から2人ずつ選出」という枠を設け、ベストメンバーを組ませなかったことだ)。
ちなみに、筆者は巨人ファンでもアンチ巨人ファンでもない(巨人という一地方の単なるクラブチームの勝ち負けにはなんの関心もない)。野球でもサッカーでも、「日本代表」など、世界と戦う日本人選手の出る試合を中心に見ることにしており、「ナイターでビール」世代の感覚はまったく持ち合わせていない。】
要するに、この「ナイターでビール」世代(1950年以前生まれで、2008年現在60歳前後かそれ以上)は、日本最大の新聞社である読売新聞グループ、つまり巨人の親会社によって、自国の最大の人気スポーツの国際的地位にあまり関心を持たないようにマインドコントロールされた、世界史的に見て稀有な世代なのだ。世界スポーツ史における「失われた世代」と言っても過言ではなかろう。
●時代錯誤の野球解説●
2006年に野球のW杯とも言うべきワールドベースボールクラシック(WBC)が始まって(日本が優勝し)、他方、ペナントレースの巨人戦の関東地区TV視聴率が下降の一途を辿って1桁(10%未満)があたりまえになり、地上波TVのゴールデンタイムからほとんど消えたことで、ようやく日本のプロ野球界も、欧州サッカーなどと同じような経営態勢に移行せざるをえなくなったようだ。
現在の日本のプロ野球界、マスコミ界ではA代表(星野仙一監督率いる北京五輪野球日本代表、「星野JAPAN」)の比重がかなり高くなっている。そして星野JAPANの選手選考では、アテネ五輪本大会のときのような「1球団2人ずつ」の枠は撤廃され「正常化」されることになった(が、五輪期間中のシーズン中断は依然として実現していない)。
他方、A代表の戦力や勝敗を予測するマスコミの側は依然として正常化されていない。
A代表(星野JAPAN)の試合は、国内リーグの試合とはまったく違うということを理解していないジャーナリストや解説者が、マスコミでしきりに的外れな分析や予測を流しているのだ。おそらくその理由は、野球を分析するマスコミの現場で依然として「失われた世代」が力を持っているから、だろう。
直木賞作家の海老沢泰久の批判などはその典型だ。海老沢は一度も日本シリーズで優勝していない星野は短期決戦に弱いので、五輪のような短期決戦に向かないと指摘するが(Sports Graphic NUMBER Web 2007年2月22日『スポーツの正しい見方 星野ジャパンへの懸念。』)、星野が解説者としてアテネ五輪の日本代表(長嶋茂雄監督率いる「長嶋JAPAN」)を現地で見極め、その一員だった大野豊・投手コーチを星野JAPANに迎えたという事実を見落としている。
筆者は最近、マスコミのあからさまなウソや間違いを見ると、放っておけない気持ちになる。前回の富坂聰編『対北朝鮮・中国機密ファイル』(文藝春秋社2007年刊)の軍事的非常識も、そういう動機で指摘したのだが、今回は星野JAPANの分析報道についての誤りを正すことにしたい。
尚、あらかじめ「ナイターでビール」世代の方々に警告しておくが、シーズン中の各球団の戦い方に関する知識だけではA代表の戦力や戦術の適否は判断できないので、「オレは野球通だ」といった類の「根拠のない自信」は捨てるように。
●村田<荒木●
さて、上記の「ナイターでビール」世代を生み出した元凶の読売の雑誌、『読売ウィークリー』の記事が、星野JAPANの北京五輪本大会におけるベンチ入りメンバーと先発メンバー(スタメン)を予測しているのだが、いくら「元凶」でも、アテネ五輪や第1回WBCを経た2008年になってもなお、国際試合の意味をほとんど理解していないのには驚いた(『読売ウイークリー』2008年6月22日号 p.25 「故障者続出『星野ジャパン』 昨冬と激変の“新スタメン”」)。
上記の予測記事が、スタメンに村田修一内野手(横浜ベイスターズ)を入れ、ベンチ入りメンバーから荒木雅博内野手(中日ドラゴンズ)も森野将彦内野手(同)もはずしていたからだ。
たしかに村田は強打者だ。2008年シーズンでは前半戦(7月5日現在)だけで打率.280、本塁打19本を打っている。しかし村田は、上記記事がスタメンに入れている新井貴浩内野手(阪神タイガース)と一緒で、守備は一塁と三塁しか守れない。
その守備も、村田はあまりうまくない。2007年に開催された北京五輪野球アジア地区予選(兼アジア野球選手権)の第1戦のフィリピン戦に三塁手として出た村田はエラーをし、翌日の韓国戦では指名打者(DH)にまわされている(野球日本代表公式サイト2007年12月1〜2日「アジア野球選手権2007(北京オリンピックアジア予選)試合結果」)。
ペナントレースの1軍登録枠は28人で、怪我人が出れば2軍選手と入れ替えればいい。WBCの出場選手枠も30人で、入れ替え可能だ(日本野球機構Web 2006年3月10日「2006年 WORLD BASEBALL CLASSIC 日本代表メンバー」)。日本シリーズでは入れ替えは不可能だが、出場選手枠は40人もある(ベンチ入り枠は25人。日本野球機構Web 「2007年度 日本シリーズ 開催要項」)。しかし、五輪代表の枠はたった24人で、しかも、いったん大会が始まってしまうと、いかなる理由でも入れ替えができない。
そのうえ、首脳陣は監督を入れて4人に限定されており、監督、投手コーチ、打撃コーチ、守備走塁コーチだけで定員に達してしまうので、ブルペンコーチも置けない。
もっと厳しいのは、ブルペン捕手の同行が禁じられていることだ。
星野はブルペンでは、リリーフ(救援)投手は、右投げのと左投げのと、同時に2人がウォーミングアップできる態勢が必要と考え、ベテランの矢野輝弘捕手(阪神タイガース)をブルペンコーチ兼任の第3の捕手として同行させる「捕手3人制」を決め、アジア予選で実践した(『読売ウィークリー』の上記記事はこの点を完全に失念して、北京五輪本大会の捕手を2人と予測している)。
その結果、ブルペン捕手の問題を事前に深刻に考えていなかったため「捕手2人制」で苦労した長嶋JAPANに比べて、星野JAPANでは、内外野を守る選手の数が1人減り、たった10人になってしまった。 星野JAPANは、3試合しかないアジア予選では「投手9、捕手3、内外野12」で構成されていたが、五輪本大会は11日間で9試合戦うため投手を増やし「投手11、捕手3、内外野10」となる(長嶋JAPANは本大会では「投手11、捕手2、内外野11」)。
プロ野球の内野手は、本業が遊撃手である場合は、二塁でも三塁でも一塁でも簡単に守れる。現に宮本慎也遊撃手(東京ヤクルトスワローズ)は、2003年のアテネ五輪アジア地区予選では二塁、2006年のWBCでは三塁を守っている。しかし、本業が三塁手の場合は、一塁は守れても二塁や遊撃はこなせない場合が多い。村田と新井はともにそういうタイプの選手で、10人しか選べない内外野の枠の中にそのような使い勝手の悪い選手を2人も選ぶことは考えられない。
しかもただ「守れればいい」というレベルではだめだ。国際大会は短期決戦なので、たった1つの試合のたった1つのミスが命取りになる可能性がある。つまり試合の後半に「守備固め」の選手と交代しなければならないような選手は……たとえば、元一塁手だが肩をこわして一塁手を断念した松中信彦外野手(福岡ソフトバンクホークス)のような選手は……守備に就かせるわけにはいかない。
それならそういう選手はDHで起用すればいい、と思われるかもしれないが、それもだめだ。
なぜなら、五輪では、怪我人が出ても入れ替えが利かないからだ。24人枠の中に守備の下手な選手を入れた場合、彼が故障しなくても、不幸にして守備のうまいスタメンのほかの選手が故障すると、その下手な選手は怪我人に替わって守備に就くことはできないから、たちまちチーム全体の守備が崩壊の危機に瀕する。
したがって、ベンチ入りする野手は全員、守備固めがまったく必要のないレベルの、守備の名手でなければならない。
となると、新井(7月5日現在、打率.344、本塁打8本)が怪我でもしない限り、村田を選ぶ理由はない。いや、たとえ新井が怪我をしても、本業が遊撃手の中島裕之(埼玉西武ライオンズ)のほうが、ほかの内野手の怪我人の替わりも務まるので好都合だ(7月5日現在、中島の2008年シーズンの成績は打率.339、本塁打15本)。
ただ、その中島よりも荒木や森野のほうが貴重な存在だ。少なくとも星野はそう思っている(デイリースポーツWeb版2008年6月16日「星野監督 改めて金メダル獲得を誓う」)。なぜなら、この2人は内外野すべての守備位置を守れるからだ。
荒木はシーズン中はほとんど二塁しか守らないが、2007年11月のオーストラリア(豪州)代表との壮行試合(強化試合)では外野も守っている(日本代表公式サイト2007年11月23日「日豪親善 野球日本代表最終強化試合 試合結果」)。森野はシーズン中に三塁、外野のほか、二塁を守ることもある。
この2人は、たとえシーズン中の成績が打率.240であっても、「打率.350でも一塁しか守れない強打者」などよりはるかに価値がある(2008年6月20日に発表された日本代表最終候補選手には、星野は怪我を理由に森野は選ばなかったが、荒木は選んだ。他方、この時点では、まだ新井がどうなるかわからないからだろうが、村田も候補に残っている。野球日本代表公式サイト2008年6月20日「北京五輪 日本代表最終候補選手」)。
【尚、星野は、内外野に怪我人が予想外に多く出た場合は、2軍時代の経験に基づいて捕手の矢野に三塁、外野を守らせる可能性を示唆し、同じく捕手の里崎智也(千葉ロッテマリーンズ)も一塁、三塁の守備もするつもりでいるというから(デイリースポーツWeb版2007年6月27日「矢野“仙闘指令”に「二刀流」やる!!」)、やはり新井が怪我をしない限り、村田が選ばれることはないだろう。】
星野は内野4、外野3のあわせて7つの守備位置を10人で守る方針なので、内外野それぞれに「1人怪我して控えと交代してもまだ控え(荒木)がいる」状態にしたいはずである。
また、星野は、2007年のアジア地区予選3試合とその前の豪州戦2試合、あるいはその前の2週間にわたる長期合宿に参加した選手のなかからなるべく多く、本大会の代表選手を選びたいはずだ(予選のメンバーからはもれたが、千葉ロッテマリーンズの渡辺俊介投手や横浜の相川亮二捕手も、豪州戦やその前の合宿には出ている)。
なぜなら、星野はこの5試合と2週間を通じて代表選手たちに、「四番打者にもバントを命じる戦術」や「国際試合の審判のムラのある判定に慣れること」を徹底させたからだ(2007年の豪州戦は日本で行われたが、球審は2試合とも豪州人が務めた)。星野JAPANは、五輪本大会の直前、8月8〜9日に、パシフィック・リーグ選抜、セントラル・リーグ選抜を相手に、国際審判を招聘して壮行試合2試合を行うが、相手が日本人であるだけに「国際試合のシミュレーション」としては不十分だ。
この「身内」相手の2試合と、その直前の、8月2〜7日のたった6日間の合宿だけで、「代表初召集」の選手が星野の方針や国際試合独特の条件を完璧に理解できるとは思えないので、2007年の合宿参加者の「再召集」は多ければ多いほどよい。
【この問題については次回以降も随時扱う予定です。
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