「謎の愛読書群」
その2
〜シリーズ
「ロス疑惑」
(1)
■三浦和義容疑者「謎の愛読書群」〜シリーズ「ロス疑惑」(1)■
2008年2月、「ロス疑惑」銃撃事件の殺人容疑で米司法当局に逮捕された三浦和義容疑者は、1981年の事件直前の数年間、膨大な点数の推理小説を読んでいた。その小説のリストの謎について筆者は同容疑者に直接問いただした。
●愛読書リスト●
かつて雑貨輸入販売業を営んでいた三浦は、1978年から毎年7〜8回、約10日間ずつ渡米しており、ロサンゼルスの中心部から車で30分ほどの郊外にある寿司屋によく行っていた。この頃三浦は推理小説にはまっていて、いつも推理小説本(文庫本など)を持ち歩いており、この寿司屋の主人の妻が推理小説ファンだったことから、三浦はこの寿司屋に来る際、いつも、読み終わった数冊の小説をこの寿司屋(の主人の妻)に寄贈していた。
この習慣は1984年1月に、銃撃事件の疑惑が表面化するまで約6年間続いたが、その間に寄贈した本の数は異様に多く、なんと合計137冊にもなる。以下は、当時ロス疑惑の捜査を担当した警視庁捜査一課が作成した、その本のリストである。
森村誠一著(10点):
『虹への旅券』『超高層ホテル殺人事件』『鍵のかかる棺』『悪夢の設計者』『分水嶺』『蟲(むし)の楼閣』『新幹線殺人事件』『野性の証明』『虚無の道標』『星のふる里』
戸川昌子著(1点):
『美しき獲物たち』
新章文子著(1点):
『危険な関係』
谷克二著(1点):
『狙撃者』
菊村到著(1点):
『狙撃者は歌わない』
大谷羊太郎著(1点):
『青春の免許証』
島田一男著(1点):
『迷宮捜査官』
松本清張著(21点):
『告訴せず』『落差』『ゼロの焦点』『分離の時間』『黒の様式』『時間の習俗』『考える葉』『球形の荒野』『連環』『風の視線』『影の地帯』『水の炎』『生けるパスカル』『危険な斜面』『砂の器』『点と線』『山峡の章』『黒い画集』『蒼(あお)い描点』『強き蟻(あり)』『高校殺人事件』
清水一行著(10点):
『捜査一課長』『新車作戦』『抜擢』『放火倒産』『怪文書』『副社長』『悪の公式』『蟻の奈落』『匿名商社』『医大理事』
大籔春彦著(6点):
『沈黙の刺客』『処刑軍団』『輪殺の掟(おきて)』『処刑戦士』『戻り道はない』『死はわが友』
西村寿行著(7点):
『去りなんいざ狂人の国を』『遠い渚』『黄金の犬』『神の岬』『回帰線に吼(ほ)ゆ』『虚空の舞い』『蒼き海の伝説』
横溝正史著(4点):
『びっくり箱殺人事件』『死神の矢』『呪いの塔』『恐ろしき四月馬鹿』
黒岩重吾著(4点):
『女の小箱』『影に棲(す)む蛇』『背徳のメス』『夜なき亀裂』
笹沢左保(4点):
『透明の殺意』『結婚関係』『暴行』『金曜日の女』
夏樹静子(3点):
『星の証言』『喪失・ある殺意のゆくえ』『砂の殺意』
西村京太郎著(2点):
『7人の証人』『俺たちはブルースしか歌わない』
梶山季之著(3点):
『青い旋律』『夢の超特急』『黒の花道』
斎藤栄著(4点):
『奥の細道殺人事件』『河童(かっぱ)殺人事件』『謎の殺人海域』『黒部ルート殺人事件』
草野唯雄著(3点):
『見知らぬ顔の女』『甦(よみがえ)った脳髄』『7人の軍隊』
勝目梓著(4点):
『赦(ゆる)されざる者の挽歌(ばんか)』『黒の饗宴(きょうえん)』『逃亡原野』『山口線貴婦人号』
生島治郎著(2点):
『夢なき者の掟』『黄土の奔流』
和久峻三著(2点):
『暗黒山林』『背の青い魚』
邦光史郎著(2点):
『夜と昼の神話』『華麗なる履歴』
福本和也著(3点):
『黒いスパイ機』『空中の襲撃者』『緊急着陸』
佐賀潜著(1点):
『恐喝』
小林久三著(1点):
『黒衣の映画祭』
高木彬光著(1点):
『大東京四谷怪談』
日下圭介著(1点):
『海鳥の墓標』
鮎川哲也著(2点):
『沈黙の函(はこ)』『復讐墓参』
石沢英太郎著(1点):
『退職刑事官』
ほか30点。
警視庁捜査一課は、この137冊のなかに犯行の動機につながるものがないか、と上記のリストを作って検討した。
これらの推理小説から犯行のヒントを得たのではないかと疑った捜査員たちは137冊すべてを読んだが、「外国を犯行の現場に選び捜査権の壁を悪用する」「他人を実行犯に仕立てる」というロス疑惑の手口を、そのまま描いた小説はなかった。
他方、「事件後に三浦が見せた芝居がかった行動、セリフには金欲しさだけで説明しきれない異常さがある」と思った捜査員もいて、彼らは「三浦が(犯罪小説におぼれた結果)自分で犯罪小説を創作し、自ら演じようとしたのではないか」とも考えたが、その答えが得られる前に起訴、公判を迎え、警察捜査は終結してしまった(朝日新聞1988年11月19日付朝刊29面「記写縦横 三浦、ロスのすし屋に『蔵書』 推理小説137冊」)。
そこでこのリストを記事にした朝日新聞の記者は、推理小説に詳しい人物から答えを得ようと考えたようで、中島河太郎・日本推理作家協会理事長(当時)にインタビューした。しかし中島の答えは
「ロスへ行った時期に出版されたものを手当たりしだいに読んだ、という感じ」
「犯行のヒントを得ようとする読み方ではない」
「(推理小説の愛好者の読み方でもなく)異常な読み方だ」
といった曖昧模糊としたもので、結局、中島には謎は解けなかった(朝日前掲記事)。
筆者(佐々木敏)は、この記者が中島という「愛好者」に取材したことを間違いと考える。中島の答えはいかにも「評論家」の答えだ。中島は「推理小説評論家」だが、推理作家ではないので、自分では小説を書かない。つまり、無から有を生ずるが如く、自分で論理的な筋を構築することはないし、(歴史推理作家の井沢元彦のように)資料から歴史の真相を推理することもないのだ。
これがもし推理作家だったら、こんなことは言わないはずだ。筆者は自分でも小説を書くので気付いたのだが、評論家と小説家とでは、「謎」に遭遇したときの思考回路が根本的に違うのではないか。
筆者は上記のリストを見た1988年当時から(当時はまだ作家にはなっていなかったが)このリストをまったく違う角度で読み、ロス疑惑の全体像について仮説を立てていた。
いままでずっとその仮説を公表する機会はなかったのだが、20年の歳月を経て筆者は小説とメルマガというメディアを得て「言論人」になった。いまなら、この仮説を世に問うことも、三浦本人に問うこともできる。
筆者はその仮説を手紙にまとめ、サイパンで拘置中に三浦のもとに送付した。次回は、その手紙の内容を誌上公開する。
【以下、次回に続く。】
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