WBC新ルールの謎
〜2009年WBC
■WBC新ルールの謎〜2009年WBC■
2009年のワールドベースボールクラシック(WBC)のシステムは、2006年のそれと違って、日米に有利なように(両国が決勝で対戦するように)できている。
■WBC新ルールの謎〜2009年WBC■
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【前回「逆ネズミ講〜シリーズ『究極の解決策』(5)」は → こちら】
日本のほとんどの野球ファンはご記憶だろう、2008年北京五輪野球で、星野仙一監督率いる日本代表(小誌の呼称では「星野JAPAN 1.1」)が銅メダルも取れずに惨敗したあと、渡辺(渡邉)恒雄・読売新聞グループ本社会長(ナベツネ)が、その星野を2009年のワールドベースボールクラシック(WBC)日本代表監督にも続けて任命しようと考え「星野続投論」を唱えたことを(小誌2008年8月31日「●読売の陰謀?」)。
星野JAPAN 1.1は、一部週刊誌が指摘するような星野の采配ミスで負けたのではなく、練習試合の質と量の不足で負けた、と筆者は判断しているが(小誌2008年8月31日「●3当2落」)、いずれにせよ、北京五輪で失敗した星野を、WBC日本代表監督として「続投」させ、それでまた日本代表が満足な成績を上げられなかったら、監督を引き受けた星野も、その星野を監督に強く推したナベツネも大恥をかくことは間違いない。
2009年WBCで日本が満足な成績を上げられると決まっているわけでもないのに、2008年9月頃、ナベツネが星野を推す発言をし、それに対して星野がまんざらでもない発言をしていたのを聞いたとき、筆者は、2人とも耄碌(もうろく)してまともな判断ができなくなったのか、と疑った(小誌2008年8月31日「●読売の陰謀?」)。
しかし、その後筆者は考え直した。
ほんとうに2人は耄碌したのだろうか。とくに、80代(1926年生まれ)のナベツネよりはるかに若い、60代(1947年生まれ)の星野が、そう簡単に耄碌するだろうか。
●読売は主催者●
クイズ。
「2009年に開催される第2回WBCの主催者をすべて挙げよ」
米国の野球通ならこう答えるだろう、
「米大リーグ機構(MLB)とMLB選手会である」と。
しかし、実はまだいる。それは、WBC第1ラウンド(R)開催各国の主催者(厳密に言うと興行スポンサー)である。第1Rは東京、メキシコシティ、トロント、サンファンで開催されるため、日本、メキシコ、カナダ、プエルトリコの4か国(地域)は、第2R以降を開催する米国とともに開催国であり、各開催国で興行を仕切る団体は特別な地位にある。日本の場合、それは読売新聞社だ。
つまり、WBCの事実上の主催者はMLB、MLB選手会、および読売など第1R開催各国の団体なのだ。
ちょっとおかしくないだろうか。
米国側の主催者は、MLB、およびその支配下選手の労働組合という「特殊法人」(公益法人?)なのに、日本側の主催者が、日本プロ野球組織(日本野球機構、NPB)ではなくて、読売新聞社などという、株式の上場すらしていない一民間企業だからだ。
読売は2005年以降毎年、日韓台中の国内リーグ優勝チームを集めて行われている「アジアシリーズ」(NPB Web 2008年「アジアシリーズ2008 大会概要」)の主催者(厳密にはスポンサー)の一員であり、同社の幹部は優勝チームなどを表彰する閉会式のプレゼンターとして出て来るので、国際大会の(事実上の)主催者になるのは珍しくない。
【2005年11月13日、第1回アジアシリーズ閉会式には、読売巨人軍オーナーでもある滝鼻卓雄・読売新聞東京本社会長が登場し、優勝チームの千葉ロッテマリーンズを表彰したため、観客席を埋め尽くしていたロッテファンが「ウソだろ」と言わんばかりにどよめいた。当時、東京ドームで取材中、筆者はこのどよめきを目撃したが、1球団のオーナーがライバル関係にある他球団を表彰するのは、どう考えてもおかしい。】
しかし、WBCにおけるMLBのパートナーがNPBでなく、新聞社であるという事実に違和感を抱くのは、筆者だけではあるまい。
読売がWBCの事実上の主催者になることができたのは、第1回WBCの開催前、2004〜2005年頃、NPBが大会収益の分配率などで難色を示したため、「野球大国である日本が参加しなければWBCの権威がなくなる」と恐れたMLBがNPBに影響力を持つ黒幕、すなわちナベツネに頭を下げたことにある、などと噂されているが、筆者はまだ確認していない(但し、2005年3月に第1回WBC開催を目論んでいたMLBの計画が、日本の反対でいったん挫折し、第1回が2006年3月まで延期されたのは事実である。読売新聞2004年8月11日付20面「野球再生・大リーグビジネス(5) スーパーW杯構想」)。
●国際スポーツビジネスの洗礼●
読売は、傘下に日本プロ野球界最大の人気球団、巨人軍(読売ジャイアンツ)を持っていることを背景に、NPBを牛耳って来た。2000年のシドニー五輪野球にプロ野球選手の参加が認められたとき、読売は、そのシドニー五輪野球日本代表チームが巨人を上回る人気チームになることを恐れたのだろう。NPB傘下の球団のうち、とくに読売が影響力を行使しやすいセントラル・リーグの各球団が一流選手を五輪代表に出せないよう、必死になって妨害した。このため、当時プロ・アマ混成の日本代表を率いた大田垣耕造監督(東芝)が熱望した古田敦也捕手(当時ヤクルトスワローズ)の代表入りが実現しなかった(全日本野球会議Web 2000年「オリンピックシドニー大会」)。
しかし、その結果として、日本が五輪野球史上初めてメダルをのがし4位に終わると、読売に世論の非難が殺到し、読売は態度を変える。今後は、五輪などの国際大会の日本代表チームに、読売の息のかかった監督を送り込み、日本代表チームの人気を読売や巨人のために利用しようと考えたのだ。だから、2004年アテネ五輪野球日本代表監督は巨人OBの長嶋茂雄・元巨人監督、2006年WBC日本代表監督も巨人OBの王貞治・福岡ソフトバンクホークス監督(当時)で、どちらの代表チームでも選手は全員プロの一流選手だった。
つまり、2004年から、日本球界は、最高レベルの選手のみで編成された「A代表」を国際大会に送り込むという、サッカーの世界では何十年も前から行われている常識に、ようやくめざめたのだ。
他方、米国球界がめざめるのはもっとあとだ。
2000年シドニー五輪でも、2004年アテネ五輪でも(2008年北京五輪でも)、MLBは(ドーピング検査を恐れて?)メジャーリーガーの一流選手を五輪代表チームに参加させなかった(代表チームは、MLB傘下のマイナーリーグチームの選手のみで構成された)。
このため、MLBにとっては、2006年WBCが、一流選手で代表チームを編成して初めて臨む国際大会だった。
だから、MLBは、米国代表をどのように編成して、どのように戦えばいいか、まるでわかっていなかった。ただテキトーに強そうな選手を集めて代表チームを編成すれば、そこそこ勝てるだろう、と安易に考えていた。
その証拠に、第1R B組の「米国対南アフリカ」戦で、米国代表監督のバック・マルティネスはまったく緊張感のない態度をとった。なんと試合の途中から采配をコーチに任せ、監督自身は米国TV局の実況放送席に上がり込んで、ゲスト解説を始めたのだ(2006年3月14日放送のJSports『WBC米国対韓国』における実況アナウンサー・島村俊治のコメント)。
結果は「17-0」で五回コールド勝ちだったとはいえ、国際大会で指揮官がこんなに油断していては、厳しい短期決戦を勝ち抜けるはずはない。この度を超した油断は選手にも伝染しており、ケン・グリフィーJr.外野手(当時MLBシンシティ・レッズ)などは息子をバットボーイとしてベンチ入りさせ「家族団欒」を楽しんでいた(島村前掲コメント)。「日の丸を背負う重圧」を感じながら北京五輪野球アジア地区予選に臨んだ日本代表(小誌の呼称では「星野JAPAN 1.0」)とは対照的だ。
【2007年12月1日に台湾の台中インターコンチネンタル球場で開催されたあのアジア地区予選の初戦、星野JAPAN 1.0は格下のフィリピンを相手に「10-0」で七回コールド勝ちしたが、日本のサブロー(大村三郎)外野手(ロッテ)はヒットで出塁した五回裏、油断して牽制球で刺された。試合後、日本の宮本慎也主将(東京ヤクルトスワローズ)はサブローの緊張感のなさを厳しく叱責し、チーム全体を引き締めた。 この「喝」が利いて、翌2日の韓国戦ではサブローは同点打を打つなど活躍し、日本は韓国側の卑怯な「偽装スタメン」作戦に苦しみながらも韓国に勝つことができた(小誌2008年8月31日「●偽装スタメンの背景」、2008年7月8日放送のNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』「チームは、“背中”と“口”で引っ張る プロ野球選手・宮本慎也」)。】
その後米国は第2R 1組に進んだものの、初戦の日本戦では、塁審が認めた日本の決勝点を、マルティネス監督の抗議を受けたボブ・デービッドソン球審が取り消した「疑惑の判定」のお陰でかろうじて勝ったのを始め、苦戦の連続だった(朝鮮日報日本語版2006年3月13日付「『明らかな誤審』に救われた米国」)。
米国は日本戦に続く韓国戦、メキシコ戦に連敗し、勝率では日本、メキシコと並んで2位になったが、失点率で日本を下回り、結局決勝トーナメント(T)に進めなかった。
米国が国際大会にいかに不慣れだったかを如実に示す証拠は、アレックス・ロドリゲス(A・ロッド)三塁手(MLBニューヨーク・ヤンキース)を米国代表に入れたことだ。
彼は所属球団では四番打者であり、年間40本前後の本塁打を放つ「大砲」(ホームランバッター)で、米国籍を持っているが、親がドミニカ共和国出身であるため、WBCのルールでは同共和国代表として出場することも可能だった。
【カリブ海には、旧英国領のドミニカ国と、旧スペイン領で野球の盛んなドミニカ共和国とがあるが、ここでいう「ドミニカ」はすべて後者である。】
マルティネスは、A・ロッドを重要な戦力と考え、米国代表に加えた。しかし、A・ロッドは2006年WBCでは大して活躍できなかった。6試合に「主砲」(打順は四番、おもな守備位置は指名打者、DH)として出場したのに、1本の本塁打も打てず、米国敗退の一因となった。
なぜこんなことになったのかと言えば、米国が国際大会と国内リーグの違いを知らなかったことに尽きる。
日米のプロ野球で年間何十本も本塁打を打つような「大砲」であれば、韓国、メキシコ、キューバの代表チームの投手陣など、自国の基準では二流選手か「一・五流選手」にすぎない選手が多いため、通常はさほど恐れることはない。
そんなレベルの投手が相手チームの先発投手として出て来ても、(1試合に3〜4打席対戦するとして)3試合10打席ぐらい対戦すれば、その間に球筋が読めるようになり、10打数3安打、つまり3割ぐらいの確率でヒットを打つことは十分可能だし、その3本のなかに本塁打が含まれることもありうる。
が、国際大会ではほとんどの場合、同じ投手とは1試合、3打席以下、最悪の場合は1打席しか対戦しない。つまり、球筋が読めるようになる前に、大会は終わってしまうのだ。
このため、一流の打者が二流の投手を打ちあぐねる、などという「番狂わせ」が頻繁に起こる。だから、たいていの国際大会の試合は投手戦になり、大砲が額面どおり本塁打を量産することはほとんどない。
国際大会で勝つには、本塁打は打てなくても出塁率が高く、少ないチャンスを確実に活かせる機動力(盗塁、バント、ヒットエンドラン)を使える選手と、そうやって取った少ない点数を確実に守り切れる投手力と守備力を持つことが、必要かつ十分なのだ。
したがって、日米のプロ野球の1軍(メジャーリーグ)ではほとんど通用しないレベルの二流選手ばかりをそろえた代表チームでも、事前の合宿や練習試合や、国際審判(のストライクゾーン)への対策がきちんとできていれば、一流選手をそろえた強豪国の代表チームに勝つことができる(その典型が、2006年WBCで米国に勝ち、2008年北京五輪本大会で優勝した韓国)。
2006年WBCでは、A・ロッドは守備力に問題があってDHにまわされ、機動力もあまり使えず、韓国戦やメキシコ戦の勝負どころではほとんど打てなかった。つまり、いちばん国際試合に向かないタイプの選手だったのだ。
そのA・ロッドが、2009年WBC代表候補選手のリストにもはいっている…………但し、こんどは米国代表ではなくドミニカ代表の候補だ。
つまり、前回A・ロッドを主砲として必要としていた米国は、こんどは一転して「要らない」と言った(米国代表にはいれと説得せず、本人の意志に任せた?)のだ。
この米国の豹変ぶりに、「いい意味でも悪い意味でも、米国は国際スポーツビジネスとしての野球にめざめたのだ」と筆者は感じた。
【この問題については次回以降も随時扱う予定です。
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