放送と通信の融合

〜シリーズ「砕氷船ライブドア」(2)〜

Originally written: Feb. 28, 2005(mail版)■放送と通信の融合〜週刊アカシックレコード050228■
Second update: Feb. 28, 2005(Web版)

■放送と通信の融合〜週刊アカシックレコード050228■
ニッポン放送(LF)の大株主となったライブドアが語る「放送と通信の融合」する時代の主役は、技術や通信インフラや番組ソフトを持つ家電メーカー、電話会社、プロバイダー、検索サイト、TV局などの大手であって、ライブドアではない。
■放送と通信の融合〜シリーズ「砕氷船ライブドア」(2)■

■放送と通信の融合〜シリーズ「砕氷船ライブドア」(2)■
【前回「砕氷船ライブドア〜ニッポン放送株の最後の買い手を読む」は → こちら。】

05年2月、東証マザーズ上場の新興IT企業ライブドアは、東証2部上場のラジオ局ニッポン放送(JOLF)の、議決権のある株式を累計40.5%取得し、同局の筆頭株主になった(毎日新聞Web版05年2月23日)。LFは東証1部上場のフジテレビ(持ち株比率22.5%)や非上場のポニーキャニオン(同56.0%)など、フジサンケイグループ(略称はFSGでなくFCG)各社を子会社に持つ大株主なので、これでライブドアはFCG全体に影響力を行使できる。
典型的な敵対的企業買収、乗っ取りである。

ライブドアの堀江貴文社長は「インターネット通信(ライブドア)と放送メディア(FCG)の融合によるシナジー(相乗効果)」というビジョンを語るが、『週刊新潮』はこれを「分かったような分からないような説明」という(05年2月24日号 p.148「虚業家の正体見たりホリエモン」)。

では、筆者がお教えしよう。堀江の登場如何にかかわらず、5〜10年後の日本の放送・通信は、いまとかなり違う形になっているはずなのだ。

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●通信番組●
(インターネットサービス)プロバイダー(ISP)最大手のヤフーBB(ブランド名。事業会社名はソフトバンクBB、BBケーブルなど)は、映画やTV番組をインターネットで配信するBBTVというサービスを現在展開中だ。

TV番組は今後デジタルハイビジョン化し大容量化するが、インターネットもADSLや光ファイバの普及で高速大容量化して行く。ハイビジョン番組の受信には6Mbpsの通信速度が必要だが、光ファイバでは100Mbpsが可能であり、これが普及して行けば、技術的にはすべてのTV番組がパソコンなどインターネットにつながる端末で受信できるようになる(現状のADSLでも最大50Mbpsが可能だが、通信状態が不安定で、問題がある)。

となると、TV番組を電波を通して見る「放送」のほかに、電話回線や無線LANを通して見る「通信」という形も生まれて来る。

他方、家庭にはHDDレコーダー内蔵TV(またはTV受信機能内蔵パソコン)が普及し、忙しい人は見たい番組を撮りだめしてからまとめて見るようになる。その場合CMはスキップされるので、(無料放送の)番組の途中にCMを挿入して広告料を稼ぐ従来の民放のビジネスモデルは成り立たなくなる。

未来の視聴者がTV局の制作したコンテンツ(ニュース、ドラマ、バラエティなどの番組ソフト)を通信で(有料で)見る場合に必要なインフラ(ハードウェア、ソフトウェア、サービス)を視聴者に近いほうから順に並べると、

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端末(TV、パソコン)

電話(回線サービス)

プロバイダー(ISP)

ポータルサイト(インターネット上の番組を検索する機能を持つ「表玄関」サイト)

番組サイト(TV局、映画会社、レコード会社などのコンテンツ制作会社)

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となる。

米国では96年の通信法改正以降、放送と通信の融合が進み、たとえばニュース専門TV局(CNN)、出版社(TIME誌)、映画会社(ワーナー)、プロバイダー(AOL)、ケーブルTVと固定電話(タイムワーナーケーブル)の合併で巨大メディアコングロマリット、AOLタイムワーナーが誕生するなど(InfoComアイ05年1月「米国の通信事業は今年どう動くか」)、業種の垣根を越えて次々に大規模な企業買収・合併(M&A)や提携が成立し、業界再編が進展した。

ほかに「ディズニー+ABC放送+ESPN放送+大リーグ・エンゼルス球団」「マイクロソフト+MSNBC放送+NBC放送」などの連合があり、さらに、固定電話会社SBCはケーブルTVへ、ディズニー傘下のスポーツ専門TV局ESPNは携帯電話事業への参入をそれぞれ狙っている(InfoComアイ前掲記事と、小池良次Web 00年4月「AOLタイムワーナー誕生の舞台裏」を参照)。

日本でもやがて同様の現象が起こるはずだ。ただ、日本では米国と違って映画会社とケーブルTVが弱く、逆に端末を生産する家電メーカーが強いので、日本の業界再編では、ソニーなどの家電メーカーが重要な役割を演ずるはずである。

ソニーは、パソコンのVAIO、ブルーレイディスク方式の次世代DVDプレーヤー、それに、5年以上かけて改良して来たTVとパソコンの中間的存在のロケーションフリーテレビ(エアボード)LF-X5(ソニー報道資料05年2月1日00年9月28日)などの端末を開発・生産する一方で、その端末で再生(受信)すべきコンテンツの制作会社(番組サイト)として、CHEMISTRYや中島美嘉らのアーティストを抱えるレコード会社のソニーミュージックエンタテインメント(SME)や、米映画大手のソニーピクチャーズ(旧コロンビア)、MGMを傘下に持っている。

MGMは『007』シリーズを制作・配給しているが、これを見る手段としては、映画館、レンタル(販売)ビデオ(DVD)、TV放映のほかに「通信」が台頭しつつある。

他方、プロバイダー最大手のヤフーBB、ポータル最大手のヤフーはともにソフトバンク社の傘下にあり、同社はほかに固定電話大手の日本テレコム、プロ野球のホークス球団も持っている。

そこで、たとえばソニーとソフトバンクが手を組むと、通信で『007』や中島美嘉の音楽ビデオやホークスの試合を見たい視聴者は、端末(VAIO、LF-X5)から電話回線(日本テレコム)、プロバイダー(ヤフーBB)、ポータル(ヤフー)を経て番組サイト(MGM、SME、ホークス)まで、すべて各分野の「国内(最)大手」のインフラを経由して、他社傘下のインフラをまったく使わずに到達できる(この場合、ヤフーBBの力で日本テレコムの顧客が増え、LF-X5の売上げが伸びればヤフーBBの顧客もさらに増える、という具体的な相乗効果が期待できる)。

ソニーにしてみれば、このような一貫したインフラの連携が確立され、消費者が面白い番組を見られることが保証されて初めて、LF-X5を大規模に売り出すことが可能となるのだ。

しかしながら、この「(最)大手連合」には明らかに欠けているものがある。それは、音楽ビデオやプロ野球以外の、日本語の国産動画コンテンツ(番組ソフト)である。これを十分に提供できるのは、フジテレビ、FCGのような大手マスコミ企業しかない。前回述べたように『踊る大捜査線』などレンタルビデオ店で人気の高い番組ソフトを多数抱えるフジは日本最強のコンテンツ制作会社だ。

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【脚本家、放送作家、演出家、俳優、タレントを必要とするTV番組は著作権などの権利関係が複雑で「放送」以外で流すのは容易ではない(毎日新聞Web版05年2月16日「デジタル放送の課題」)。が、このような人材の関与しない報道・ドキュメンタリー番組には複雑な権利関係はないので「通信」で流すのは比較的容易だ(この分野に強いNHKが民営化されれば、提携申し込みが殺到するだろう)。また、TV局が作家やタレントと事前に権利処理を一括して済ませる手法も将来は検討されるだろうし、それに、TV各局専属の最強タレント「女子アナ」の場合はそうした問題はない。】

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したがってフジが「CMに依存したビジネスモデルから脱皮すべき」と目覚めてソニー、ソフトバンクと手を組むと、日本最強のメディアコングロマリット(または企業連合)が誕生するはずだ。

これを、LF-X5を売りたいソニーの側から見ると、日本語の優良コンテンツを豊富に提供できる、フジのようなTV局抜きの連合は意味がない、ということになる。

前回述べたように、70〜80年代にアナログVTRの「ベータ・VHS戦争」で敗れたソニーは04年、次世代DVDプレーヤーの販売競争に勝つためにMGMのソフトを傘下に収めた。したがってソニーはLF-X5などのエアボードを売るにあたっても当然、TV局の番組ソフトを自らの影響下に置きたいはずだ。少なくともTV局に「地上波放送の視聴率が下がると困るので、新番組は通信では流さない」と言わせない体制を確立する必要がある。

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【端末メーカーやプロバイダーなどのIT企業がTV局を経営すれば、TV局は「権利関係を事前にクリアした番組作り」に本腰を入れるだろう。が、IT企業に経営されない限り、TV局はそうした番組作りは(面倒なので)しないだろう。】

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もちろん日本の放送・通信業界再編の組み合わせは「ソニー+ソフトバンク+フジ」に限らない。
ヤフーに次ぐポータルはマイクロソフト社のMSNだが、MSNはプロバイダーでもある。また、日本で発売されているパソコンの大半に同社のWindowsが搭載されているから、端末としてのパソコンも同社の「縄張り」だ。したがって「マイクロソフト+NTT+TBS」でもかなり有力な連合になる。傘下に固定電話、携帯電話(au)、プロバイダー(DION)を持つKDDIも、TV局と組めばかなり強いだろう。

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●きっかけはフジテレビ?●
日本の民放TV各局の経営陣は、永年「作家や芸能人の広汎な権利を認めて番組を制作」して「無料放送の番組の途中にCMを挿入」して「視聴率に基づいて広告料を稼ぐ」というビジネスモデルで成功して来た。(ここ数年NHK『紅白歌合戦』が毎年、視聴率の史上最低記録を更新していることで明らかなように)携帯電話やパソコンの普及で年々TV全体の平均視聴率が落ちているとはいえ、この古いビジネスモデルはいまだに健在だ。これを否定し、米国型の「ゼネラルプロデューサーによる権利関係の一括処理」(毎日新聞前掲記事)や「CMなしの有料番組放送」を広めるような、法制や商慣行の「構造改革」は、日本ではまだ起きていない。このため、日本の民放TV各局はなかなか従来のビジネスモデルを捨てようとしない。

一方、インターネットの普及と進歩(高速大容量化)は、すでに放送と通信の区別を無意味にするほどの段階に達しつつあり、端末メーカーやプロバイダーは「通信番組」で儲けたくてうずうずしている。

ソニー、ソフトバンク、フジの3社は、かつて衛星放送のスカイパーフェクTVを共同で設立した「旧知の仲」だ。が、そのソニー、ソフトバンクでも、当のフジが自ら目覚めない限り「ビジネスモデルを見直せ」と強制することはできない。他のTV局もみな同様で、ソニーもソフトバンクも困っていたはずだ。

すると05年2月たまたま偶然(?)ライブドアがLF株の買い占めという形でFCGの乗っ取りをはかり「放送と通信の融合」を唱えてくれた。LF株をめぐるライブドアとFCGの攻防がどのような形で終わるにせよ、フジが自らのビジネスモデルの古さに気付くきっかけになったことは間違いなく、これを機にフジが端末メーカーやプロバイダーと協力してビジネスモデルの見直しに向かうなら、「旧知」のソニーやソフトバンクにとっては絶好のビジネスチャンスになる(きっかけは〜ライブドア♪)。

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●やっぱり砕氷船●
ところで、ライブドアはその「放送と通信の融合する時代」に何をするのだろう?
ライブドアはソニーと違って、端末を製造する技術力や工場は持たない。ソフトバンクのように電話会社やプロバイダーを持っているわけでもない。いちおう検索機能のあるポータルを持ってはいるが、これはアクセス数においてヤフーやMSNに遠く及ばない、二流のポータルだ。

堀江は放送局のホームページ(Web)をライブドアのポータルとリンクさせ、ネット通販やオークション、株価情報などのサービスと結び付けて活性化する、と言う(05年2月20日放送のTBS『アッコにおまかせ!』での、堀江本人の発言)。が、その程度のことなら、ライブドアがLFやフジに腕のよいWebコンサルタントを派遣すれば済むことであって、何も800億円もかけてLF株(FCG)の買収に乗り出すほどの意味はない。また、堀江の提唱する「レコード会社ポニーキャニオンを核にした音楽業界の再編とインターネット音楽配信ビジネス」(AERA 05年2月21日号p.20「堀江フジサンケイ支配」)にしても、ライブドアよりもレコード会社のSMEが主導権を握ったほうがうまく行くのは明白だ。

かつてソフトバンクも、いまのライブドアのような会社だった。ソフトバンクも95年まではポータルもプロバイダーも電話会社も持たない、つまり、放送と通信の融合する時代において意味のあるインフラを持たない、新時代には無意味な会社だった。が、企業買収などによって、ヤフーや日本テレコムのようなインフラ会社を手に入れ、こんにちの規模(売上高は04年3月期・連結で5174億円)になった。だから、「ライブドア(売上高は04年9月期・連結で309億円)だって、ソフトバンクのように企業買収によってインフラ会社(放送局)を傘下に持てば、次の時代で意味のある会社になれる」という夢を、堀江は思い描いているのかもしれない。

が、依然として端末製造工場も電話回線もプロバイダーも持たないライブドアは「放送と通信の融合する時代」にはソニーやソフトバンクのようなインフラ企業と提携せざるをえない。そしてそういう提携が成立した途端に、ライブドアはもうインフラ企業からは相手にされなくなる。

ソニーやソフトバンクが相談したいのは、永年人気番組を制作して来た放送業界人たちであって、放送の素人にすぎないライブドアの幹部と話しても意味はない。放送界や芸能界の商慣行をまったく知らない企業がLFやフジに役員を送り込んだところで、事業を掌握するのに何年かかるかわからないからだ。その難しさは、旧コロンビア映画を買収した当初苦労したソニーがいちばんよく知っている。

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【歌手の和田アキ子がいみじくも指摘したように、自社の主張を訴えるためとはいえ(05年2月20日などに)生出演、VTRを取り混ぜて異なるTV局に同時に出演する堀江は、明らかに芸能界や放送界の慣行を知らない(前掲『アッコにおまかせ!』)。】

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それでもライブドアは「わが社にはインターネットサービスの豊富な経験がある」と主張するだろうが、ソニーやソフトバンクなら「そんなことはわれわれのほうがよく知っている」(二流ポータルの分際で口出しするな!)と言い返すだろう。

かつて90年、松下電器は米映画大手ユニバーサルを傘下に持つ米MCA(現ビベンディ・ユニバーサル)を買収したが(松下電器Web 90年11月「MCA社を100%子会社に」)、あまりにも大きな社風の違いのために扱い切れず、結局5年も経たないうちに手放した(同Web 95年6月「MCA社株の80%をシーグラム社に譲渡」)。たとえライブドアがLF株の過半数を取得しFCG全体を傘下に収めたとしても、それを維持するのは難しい。なぜ難しいのかと言えば、それはまさに堀江の言うとおり「放送と通信の融合する時代」が来るからだ。

ライブドアはFCG(織田信長政権)の乗っ取りを試みたことにより、日本におけるそういう時代の到来のきっかけになったかもしれない。が、いざそういう時代の「本番」(豊臣秀吉の天下統一)が来る頃には放送・通信業界の第一線からは退けられ、だれからも感謝されない存在(明智光秀)に成り下がっているのではあるまいか。たとえライブドアがFCGの乗っ取りに成功しても、ソニーやソフトバンクのような大企業がライブドア本体を買収してFCGを傘下に置いたうえで「無用の長物」と化したライブドアをFCGから切り離せば、そうなる。

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もしそうなったら、ライブドアは正真正銘の「砕氷船」だ。
堀江は2月26日、突然LF株をフジに転売し「撤退」する可能性を示唆したが(読売新聞Web版05年2月27日「フジのTOB、状況次第で応じる可能性も…堀江社長」)、それは、小誌前回記事を読んで「砕氷船にされるのではないか」と気付いてこわくなったからだろう(堀江は27日、生放送のテレビ朝日『サンデープロジェクト』で自社の立場を説明する際ミネベアとソニーの例を挙げたが、この2社を本件と結び付けて論じたメディアは小誌以外にはない)。

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けっしてソニーに「ライブドアと共謀してますか」という直撃インタビューはなさらないように。堀江社長は、05年2月26〜27日の発言からも、だれかと共謀している可能性より、「砕氷船」としてだれかに利用されている可能性のほうが高いのは明らかですから。
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