〜シリーズ「砕氷船ライブドア」(3)〜
出張や残業で忙しいサラリーマンは、見たいTV番組を、裏番組の気になる番組ともども、プロ野球中継の延長による放送時間変更にかかわらず、何日も先まで予約録画して見たいと思っている。もちろん出張先から帰ってとりだめしていた番組を見るときは忙しいから、CMはリモコンでボタンを押してスキップしながら見るが、「録画段階でスキップできれば簡単でいいのに」とだれしも思う。
こうした庶民の願いをかなえ、便利で楽しい世の中を実現するのは、技術者の夢であり誇りでもある。
だから永年、ソニーなど一流家電メーカー各社は、莫大なコストと大勢の技術者を投入して、優れた製品を開発し販売して来た。
が、この技術者たちの夢と誇りに、頭から冷水を浴びせた無礼者がいる。民放各局が組織する日本民間放送連盟(民放連)だ。
●民放の謀叛●
04年11月12日、民放連会長は定例記者会見で「(HDD/DVDレコーダーの普及でCMスキップはますます激しく行われるが)どうしたらCMを見てもらえるか、民放連で話し合っているか」と問われて、「著作権」という言葉を使いながら、おおむね以下のように答えた:
「放送局は(番組の著作権を持っているので)放送されたものと録画されたものとが同一であることを要求する。録画する際にCMを自動的に飛ばして放送内容と変えてしまうことは、問題だ」(民放連Web 04年11月12日)。
つまり、TV番組はCMも含めて著作物なので、録画段階でCMスキップをすることは著作権侵害にあたる、という考えを民放連は持っているのだ。
んなアホな!
(>_<;)
もしこの理屈が正しければ、同じ『トリビアの泉』が、水曜午後9時からフジで放送される場合と、土曜午後1時から青森放送(RAB)で放送される場合とで、挿入されるCMが違うことは、どう説明すればいいのだ。RABはフジの著作権を侵害していることになるのだろうか。
ソニーはフジテレビと、スカイパーフェクTV(スカパー)を共同経営するなど長い「付き合い」がある(フジの境政郎・特命担当常務取締役はスカパーの監査役。スカパーの会長はソニー、社長はフジからの出向。スカパーには松下電器、TBS、NTVも出資している。スカパーWeb)。だから、HDD/DVDレコーダーを開発・販売する立場の家電メーカー側はTV録画の未来像に関して事前に民放側にそれとなく打診し、「われわれは技術革新によってTV放送のあり方を徐々に変えて行きたい」「いつまでも、無料放送の番組にCMを挿入して広告料金を稼ぐビジネスモデルだけに固執しないように」とほのめかしていたはずだ。
が、それに対する民放側の回答は、上記のようなへりくつだった。民放連会長がムリヤリ著作権を持ち出してまでCMスキップ録画への拒絶反応を示したことは、「どんなに技術が進歩しても、民放各局はいまのビジネスモデルは変えません」と宣言したに等しい。
そして、これは一流家電メーカーの優秀な技術者の、永年の努力に対する侮辱でもある。
「だれのお陰で放送ができると思ってるんだ! われわれの技術のお陰じゃないか」
「あの会長を制裁をしろ」
「見せしめだ! いちばんいやがることをやってやれ」
と、家電メーカー側が考えるのはごく自然なことではあるまいか。
そうなのだ。この「天下の暴論」を述べた民放連会長こそ、05年2月以降、ライブドアによるニッポン放送(JOLF)株買い占めで苦境に立たされているフジの日枝久会長なのだ。
【これはけっして、ライブドアが家電メーカーと共謀してフジサンケイグループ(略称はFSGでなくFCG。LFや、その子会社のフジ、そのまた子会社の産経新聞などで構成)の乗っ取りを試みた、という意味ではない。詳しくは小誌05年2月10日「●共謀しない黒幕」を参照。】
●次世代CM●
筆者は日枝会長の講演を拝聴して感銘を受けたこともあるし、会長自身から丁寧な手紙を頂いたこともある。拙著『中途採用捜査官』シリーズもフジのトレンディドラマにインスパイアされて執筆した。だから、心情的にはあまりフジを批判したくない。
しかし、暴論は暴論だ。民放TVは、すでに1つの著作物として完成している映画の途中にCMを挿入して放送することもあるのだから、CMも含めた放送全体が1つの著作物であるはずはなく、どう考えてもCMスキップ録画は著作権侵害ではない。
それに、現在の15秒、30秒のCMは、関心のある人にとっては情報不足だし、関心のない人にとってはただの邪魔である。HDD/DVDレコーダーの普及を機に、より宣伝効果の高いものに替えるべきではないか。
たとえばインフォマーシャルという数分間の動画広告がある。ソニーのHDD/DVDレコーダー「コクーン」や、HDDレコーダー付きパソコン「VAIO type X」は何日間もの「常時接続」で、何日間にもわたる番組を何本も予約録画できるので、その機能を利用して、「TV局側はインフォマーシャルを何本もまとめて送り込んで自動録画させておき、視聴者がインフォマーシャル以外の録画番組を再生したら画面にポップアップを表示して、番組スポンサーのインフォマーシャルを見るように促す」という仕組みだ。インターネットと連動させれば、ある商品のインフォマーシャルを何人の視聴者が見たか、そのうち何人がネット通販でその商品を購入したかも(「視聴率」の%ではなく)正確な実数で測定できる(ITmedia 04年11月22日「テレビコマーシャル時代の終焉」(3))。スポンサーにとっては、従来型のCMより、この「次世代CM」のほうが宣伝効果が確実で、好ましいのは間違いない。
●決断せよ●
録画してでも、CMスキップしてでも見たい、と視聴者が思う番組はいい番組だ。フジにはそういう番組が多い。それは誇るべきことだ。「CMスキップもされない番組」というのは、日枝発言に従えば「著作権侵害でないから適法」に視聴されていることになるかもしれないが、ほんとうはいい番組とは言えないのだ。
フジほどの優良TV局が、いったい何をこわがっているのだろう。某弱小局なら、ビジネスモデルをちょっと変えただけで倒産するかもしれないが、フジならびくともしないはずだ。
何も明日から全面的に変える必要はない。たとえば「5年後にインフォマーシャルで広告収入の何割かを稼ぐ」と新しいビジネスモデルの目標を立てて発表すればいい。それだけで、家電メーカーはみんなフジの味方になる。
しかし、もし視聴者(読者)が「FCGは古いビジネスモデルを守るために、わがままを言っているだけだ」と受け取ってしまったら、取り返しの付かないことになる。イメージを気にしてまずCMスポンサーが離れ、製作費が逼迫して番組の質が落ちればやがて視聴者も離れる。すでに、ライブドアとFCGの争いに関する記事があまりにもFCG寄りの「希望的観測」に満ちていて「偏向」している、という理由で産経新聞の経済記事を読まなくなった読者もいる。お願いだから、もうFCGは「著作権」などを強引に持ち出して、技術文明の、時代の流れにさからうのはやめて頂きたい。
たしかにいまのところ家電業界は、民放に遠慮してCMスキップ録画機能を掲げた新製品の発表は控えている。だが、技術的にはとっくに開発は終わっている。だから、家電業界側はべつに民放側の「お許し」など頂かなくとも、一方的に発表することはいつでも可能なのだ。
スキップ録画用の新製品が普及して行けば、たとえば『月9』ドラマの視聴率が20%あっても、番組のスポンサーは「新製品の普及率・利用率から見て、何割かは(従来型の)CMを見ていないはずなので、その分広告料金を値引きしろ」とフジに迫り、フジは大幅な減収・減益となるはずだ…………いや、「そうなるだろう」と市場が予測しただけでフジの株価は大きく下落し、フジが配当を増やそうが増資をしようが、いかなる乗っ取り防止策も無効になる。
将来、スキップ録画用の新製品がアナウンスされた時点で、もしまだ民放各局が「次世代CM」への明確な青写真を示していなければ、民放株の大暴落が起こり、すべての民放TV局が敵対的企業買収の餌食になる。そうなってからでは遅いのだ。いま「青写真」が必要なのだ。
現在の民放のビジネスモデルは「裸の王様」だ。ソニーや松下電器のトップがたった1回、新製品について記者会見を開いただけで簡単に吹き飛ぶような「砂上の楼閣」だ。
ライブドアは関係ない。これは家電メーカーと民放の間の問題だ。
いまならまだフジは親会社を選べる。LFが保有するフジ株を家電メーカーに高値で売ればいいのだ。
もうどうせ昔には戻れない。ライブドアが嫌いならソニーの子会社になればいいではないか。「コロンビア映画(現ソニーピクチャーズ)がソニーの子会社になったあと、表現の自由がなくなった」などと不満を言う芸能人はハリウッドには1人もいないのだから、たとえソニー傘下にはいっても、フジ、FCGには失うものは何もないのだ(ソニーピクチャーズは『スパイダーマン』のようなヒット作を多数生み出している)。
それとも、このままライブドアに「資本提携」を強化されて、産経新聞の「正論」路線を否定されたいのか。
選ぶのはいまだ。
●広告代理店黒幕説●
ライブドアのFCG乗っ取り計画に関して、インターネットの掲示板(BBS)などでは、某大手広告代理店の陰謀だ、という説が盛んに飛び交っているようだ。が、たぶん、はずれだ。
たしかに日本では、他国と違って、大手広告代理店のマスコミへの影響力は強い。民放各局から見ても巨大な存在だ。
が、家電メーカーから見ると、そうでもない。
日本の広告代理店の売上高(連結)は、最大手でも2兆円に満たない。これに対して、家電メーカーの売上高(連結)は、たとえばソニーの場合7兆円以上ある(金額はいずれも04年3月期末)。松下電器など他の一流メーカーも同様で、数兆円規模だ。となると、一流家電メーカー数社(売上高合計、数十兆円)が結束して「民放の広告の流し方を変えたいので協力しろ」と要求すれば、最大手の広告代理店でも黙って従うしかない。なぜなら、家電メーカー側は資金力だけでなく、未来の広告のあり方を左右する技術力を持っているからだ。
いままでのTV放送技術に便乗してしこたま儲けて来た広告代理店といえども、家電メーカーがちょっと新技術を発表するだけで、民放TV局からの「安定収入」が激減してしまうかもしれないのだ。技術の進歩に付いて行けなければ、最大手の広告代理店が一転して「二流」に転落する危険性だってある。だから、広告代理店は最大手といえども、しょせん家電メーカーの掌の上で踊らされている「孫悟空」にすぎない。
【かつて70年代、ソニーがVTRを米国に輸出しようとしたとき、ハリウッドは「著作権侵害だ」「収入が減る」と猛反発し、米国で政界や司法や世論を巻き込む大騒動に発展した。が、ソニーは「(弊社のVTRを買えば)『刑事コロンボ』を見ているから(裏番組の)『刑事コジャック』を見逃す、ということはなくなります」という新聞広告を打った(ソニーWeb「ベータマックス訴訟」)。すると、ハリウッドは「VTRが普及すると、われわれのファンが増えるらしい」と思い直し、世論もソニー支持にまわり、最終的にソニーは米国で勝利した。ソニーのVTRのお陰で全米でレンタルビデオ産業が立ち上がり、ハリウッドは予想以上の増収を得、やがてソニーはコロンビア映画の買収に向かう。ソニー1社の力で米メディア界が一変したのだ…………このように、世界一プライドの高いスターや芸術家の集まる、あの巨大なハリウッドを手なずけた経験を持つソニーにとって、日本の広告業界やTV業界をあやつることなど朝飯前のはずだ。】
ソニーから見れば、広告代理店はただのパシリだ。そして、ライブドアなどは、パシリのパシリの、そのまたパシリだ。そこまで格下の下っ端になると、証券会社だの投資ファンドだのがたくさん間にはさまりすぎていて、真の黒幕の姿はまず見えない。
だからたぶん、少なくとも乗っ取り計画開始当初の段階では、ライブドアの堀江貴文社長は、自分がだまされて利用されている可能性には、まったく気付かなかったはずだ。
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