ウィキノミクス禍
〜シリーズ「失業革命」(5)〜
【前回「マイクロソフトも『集団自殺』へ〜シリーズ『失業革命』(4)」は → こちら】
インターネット上で大勢のユーザーが無償で情報を提供し合って協力関係を築けば経済的価値が生まれる、という考え方をウィキノミクスという。が、これが景気刺激や雇用創出の役に立ったことはない。それどころか、これはむしろ経済に有害である。
●「なんでもフリー」主義●
インターネットで使われるWorld Wide Web(WWW、またはWeb)の技術は1990年に欧州原子核研究機構(CERN)に所属していた科学者たちが中心となり、科学者同士がお互いの論文を参照しやすくするために、いわば「理科系専門家専用のボランティアネットワーク」のための技術として開発し普及させたため、インターネット上の情報は「無料」で提供されることが基本になっている。
携帯電話は、元々有料が基本の電話網を利用しているせいか、携帯電話で通話以外のサービスを利用する際に課金されても、利用者(ユーザー)はさほどいやがらない。しかし、インターネットのユーザーは、通信料以外の課金をされると「なんで無料じゃないんだ!」式の拒否反応を示す(聞き分けのない子供のような態度をとる)ことが少なくない。
このため、2009年現在、上記のブログサービスのほか、世界最大の検索サイトである米グーグル(Google)やヤフーの検索サービスも、世界最大のオンライン百科事典である『ウィキペディア』、世界最大の動画投稿・閲覧サイト『YouTube』(ユーチューブ)、それに、Windows以外ではもっとも普及したパソコン用OSの1つであるLinux(リナックス)や、ファイル交換(共有)ソフトのWinny(ウィニー)などの「フリーウェア」(インターネット上で無償で公開され、万人が自由に利用できるソフトウェア)も、さらにWinnyを使って入手できるヒット曲の音楽ソフト(の著作権を侵害した違法コピー。海賊版)もすべて無料で利用できる。
【英語のfree(フリー)には、「自由」のほかに「無料」「タダ」の意味もある。】
●マス・コラボレーションの陥穽●
フリー(無料、自由、および知的所有権の否定)を基本に情報を公開し、インターネットを通じて世界中から、それを改良、進化させる無償のボランティアを募って、インターネット上で見知らぬ者同士の協業(マス・コラボレーション)を実現し、オンライン百科事典やソフトウェアを完成させる作業を一種のビジネスとみなし、その経済効果を肯定的にとらえる考え方を、ウィキペディアにちなんで「ウィキノミクス」という(ドン・タプスコット&アンソニー・D・ウィリアムズ共著、井口耕二訳『ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』日経BP社2007年刊)。
たしかにそういう考え方もあるだろう。
ウィキペディアの記事をヒントにアイデアを得てビジネスを成功させた者も少しはいるだろうし、その記事が無料で読めれば取材費や研究費をいくらか、年間数千円か数万円か節約できる。Linuxだって、パソコン用基本ソフト(OS)、とくにサーバー(ネットワークの中心にあるコンピュータ)用OSとしてはかなり普及して来たから、Windowsのシェアをある程度落としたことは間違いないし、Linuxの導入サービスを請け負う米レッドハット(Red Hat)や独スージ(SuSE)などのLinux専門企業は(OS自体の販売で儲けることはできないが)導入コンサルタント業務やシステム構築やメンテナンスサービスを通じてそれなりに利益を上げている。
しかし、タダなのである。
Linuxを独自に改良して普及させようとしたレッドハット、ターボリナックス(TurboLinux)、レーザーファイブ(現ターボソリューションズ)などのベンチャー企業はいずれも、「巨人」マイクロソフトに比べれば「小人」と言ってよいほどの中小企業にすぎず(独スージは2004年以降は米ノベルの子会社)、2009年にマイクロソフトが創業以来初めて実施する大幅な人員削減で生み出される失業者の受け皿には、到底なりえない(2006年、レーザーファイブはターボリナックスの子会社となり、2008年にはターボソリューションズと改称した)。
【日本語版LinuxのLaser 5のみを開発、販売する日本企業、レーザーファイブの本社オフィスには、2000年前後、筆者も行ったことがあるが、どう見てもマイクロソフトに太刀打ちできそうにない小規模経営の企業だった。同社が2006年に身売りしたと聞いたときは「さもありなん」と思われたし、2008年に社名をターボソリューションズに変えたあと自社サイトのアドレス( http://www.laser5.co.jp )を放棄し、自ら築いて来た製品名、商標になんの誇りも愛着も持っていなかったことが判明したときには、「やはり当初から営業戦略としてマイクロソフトに勝つ気などなかったのだろう」と納得できた。】
経済学を専門に学んだことがなくても、タダ働きがなんの富も生まないことは容易にわかるだろう。
美人に片思いしたアキバ(秋葉原)系オタク、通称「電車男」の恋愛相談を、インターネット掲示板(BBS)「2ちゃんねる」上に書き込みをすることによって引き受けた匿名、無償のボランティアたちは、当初は、自分の意見が他人の人生に反映されることで優越感に浸っていたかもしれない。これも一種のインターネット上の協業、マス・コラボーレーションと言える。
が、この匿名、無償のボランティア活動、つまり「タダ働き」の成果は、ごっそり、出版社や映画会社に横取りされ、彼らの書き込みを小説化、漫画化、映画化、テレビドラマ化したアカの他人に「原作料」を奪い取られ、結局丸損した(ボランティアたちは匿名だったため、著作権を主張できず、そのため大きな利益を失った)。
melma.comで無料のメルマガを発行し、それで大儲けした者がいるだろうか…………もちろん1人もいない(筆者はこのメルマガではなく、紙の本で小説を出版することによって生活している)。
インターネット上でウィキペディアやブログによる「無料」(フリー)サービスが展開されることを礼賛する梅田望夫(うめだ・もちお)ミューズ・アソシエイツ社長ですら、莫大な印税収入は紙の本(『ウェブ進化論 本当の大進化はこれから始まる』ちくま新書2006年刊、など)から得ているのであって、彼のブログサイトそのものは所得も雇用もほとんど生み出していない。
【米グーグルが2010年リリース予定のパソコン用独自OS、Google Chrome OSは、いわば「グーグル版Linux」だが、それが無料なのは、他のLinuxが無料なのとは意味が違う(Impress Internet Watch 2009年7月8日「Google、独自OS『Google Chrome OS』の開発を表明」)。
グーグルは自社の検索サイトに大勢のユーザーをアクセスさせてサイト上のネット広告で儲ける会社だが、その儲けを独占的に増やすために、自社サイトへのアクセスを促すOSを配布しようとしているのである。
携帯電話のキャリア(NTTドコモやauやソフトバンクモバイル)が通信料で儲けるために、「サービスの入り口」である携帯電話機を格安で売るのと同じ動機に基づいている。
つまり、マイクロソフトと同様の、単なる金儲け主義である。そして、こういう露骨な金儲け主義の道具にならない限り、Linuxのようなオープンソースのフリーウェアが爆発的に普及することはない(このことはいずれまた小誌上で取り上げる予定)。】
【タプスコットほか前掲書『ウィキノミクス』がマスコラボレーションの成功例として挙げているもののなかには「無料」文化と「有料」文化が混在している。
すなわち、ウィキペディアや、素人の投稿ビデオを全米に衛星とケーブルで配信するTV局「カレントTV」のような、コンテンツ製作者にまったく金銭的利益をもたらさない「無料」文化の例(同書p.p 23-24)に混じって、カナダの鉱山会社ゴールドコープや米化学会社P&Gが褒賞金を用意して社外の研究者からアイデアを募った例が含まれているのだ(同書p.17、p.23)。
この「有料」文化の成功例は、伝統的に世界各国の出版社や映画会社が行って来た「懸賞小説」「懸賞シナリオ」の募集、あるいは、米国の司法当局が「お尋ね者」の逮捕のために賞金を用意して行う捜査協力者の募集となんら変わらない、新味のない事例である(タプスコットらは前掲書でゴールドコープがアイデアを募集するために社内の情報を応募者向けに公開したことを画期的なこととして礼賛する。が、映画・演劇の出演者やシナリオや小説を一般公募するコンテストでも、主催者が一部の応募者と事前事後に情報交換することは珍しくない。タプスコットらのゴールドコープ礼賛には特筆すべき理由は何もない)。
おそらくタプスコットらは、ウィキペディアやカレントTVへの「無料」投稿が経済活動の体を為していないことを知っているので、その実像を粉飾し、彼らの提唱する「無料」文化にさも経済効果があるかのように偽装するために「有料」の成功例を混ぜたのであろう。】
【ちなみに、カレントTVの創設者はアル・ゴア元米副大統領。このTV局の女性記者2名が2009年3月に北朝鮮に拘束された(産経新聞Web版2009年6月8日「北で拘束の米国女性記者2人に労働教化12年 『朝鮮民族敵対罪』」)。
2人は8月5日、訪朝したビル・クリントン元大統領の交渉によって解放された(読売新聞Web版2009年8月5日「クリントン元大統領、記者2人と北朝鮮出国」)。】
インターネットの「無料」(フリー)な世界こそ、まさしく逆ネズミ講だ(小誌2009年2月5日「逆ネズミ講〜シリーズ『究極の解決策』(5)」)。
あなたがヒット曲の海賊版コピーをWinnyで入手したり、インターネット上の掲示板(BBS)やウィキペディアに書き込みをしたり、ブログを開設して見知らぬ読者の反応を期待したり、紙の朝日新聞の替わりにWeb版の朝日新聞を読んだりするたびに、企業収益は悪化し、雇用は失われ、あなたの人生の時間は無意味に浪費され、そして、やがてあなた自身が資本主義世界の繁栄からはじき出される。
あなたは、いま、自分で自分の首を絞めているのだ。
●究極の詐欺?●
うがった見方をすれば、ウィキノミクスの先導者たち、たとえば、梅田望夫などは「実にうまくやった」と言えるのかもしれない。
彼は同書でウィキノミクスの先進性を説いて大勢の読者をだましてサイバースペースという「パラダイス」に導き、それによって彼らを資本主義という繁栄の輪の外に追い出して、資本主義というネズミ講の参加者数を減らしてそれを逆回転させ、それでいて自分自身はサイバースペースの外で紙の本(『ウェブ進化論』)を売ってしっかり印税を稼ぎ、自分だけは最後まで資本主義の中に踏みとどまろうとしている……ように見えるからだ(小誌2009年2月5日「逆ネズミ講〜シリーズ「究極の解決策」(5)」)。
他人に自分の空疎な考えを信じ込ませ、それによって他人に人生の時間や金銭を浪費させ、自分だけが儲ける…………もし意図的にそんなことをやったのだとすれば、彼らはウィキノミクス教の「尊師」か「正大師」だ(もちろん、梅田にはそんな悪意はなかったと筆者は信じたいが)。
ネズミ講が猛スピードで逆回転する時代を生き抜くコツは、「自らはインターネットの将来性を信じなくても、他人にはそれを信じさせ、インターネット以前に生まれた技術(紙の本)を使って儲けること」かもしれない。
●原理主義者の失敗●
(梅田本人はどうか知らないが)梅田のような「インターネット原理主義者」は、インターネットの世界、サイバースペースはなんでも自由で無償で手にはいることが望ましく、ビル・ゲイツは一種の「悪党」であり、リーナス・トーバルズは英雄だと考える。
すなわち、パソコン用OSとして、全世界で9割前後のシェアを獲得したWindowsのソースコードを知的所有権(著作権)で囲い込んで非公開にし、独占的に大儲けしたマイクロソフトの創業者よりも、Linuxのソースコードの知的所有権を放棄してそれを無償で公開し、「だれでも自由にそれを改良して再配布してよいが、改良した者はその結果(改訂ソースコード)をすべて無償で公開しなければならない」という「オープンソース」の原則を遵守し、だれもLinuxで大儲けできないようにしたフィンランド人のほうが偉大だというのだ。
WWWを発明したCERNの研究者たちは研究機関から給料をもらっていたし、トーバルズも自作のOSで儲けなくても暮らしていけるだけの収入がほかにある。 トーバルズは高福祉国家フィンランドのお陰で全学生の授業料が無料のヘルシンキ大学に在学していた1991年にLinuxの最初のバージョンをリリースし、その後同大学の教育助手、研究助手として給与生活にはいった。1997〜2003年は米トランスメタ社から給与を得ており、2003年には同社に所属したまま同社から無期限の休職期間を獲得して、米IBMなどが出資するLinux研究団体であるオープンソース開発研究所(OSDL)に出向するなど、かなり恵まれたサラリーマン生活を送っている(リーナス・トーバルズ&デイビッド・ダイヤモンド共著『それがぼくには楽しかったから』小学館プロダクション2001年刊p.205、CNET Japan 2003年6月18日「『ちょっと不思議な感じだ』 - Linux開発を仕事にするトーバルズ」)。
世界経済、すくなくとも米国を中心とする先進諸国の経済が順調に成長していた1990年代以降(2008年8月まで)は、彼らのような「インターネット原理主義者」はインターネット上で金儲けをする必要はなかった。彼らは自らインターネット上に無償で情報やソフトウェアを提供し、その見返りに他人がインターネット上に無償で公開している情報やソフトウェアを得るのが当然だと思い込んでいた。彼らにとって「無料」はあたりまえの「既得権」であり、だからこそサイバースペースにはその後も、検索サイトにせよ、ブログにせよ、無料のサービスが次々に登場したのだ。
ところが、2008年9月の金融危機発生後の世界では、そうは行かないはずだ。
サイバースペースの外の、リアルワールドの経済が全世界的におかしくなって来て、自分の生活がどうなるかわからなくなって来たため、インターネットユーザーは次第に、ほとんど収入につながらないインターネットとのかかわりを見直すか、それとも、インターネットを使って「有償」でビジネスを始めるか、どちらかをせざるをえなくなって行くのではあるまいか。
たしかに「オープンソース」の考え方は、一定の成果を上げている。
米IBMはオープンソースの原則を受け入れたが、それは、もしLinuxの自社製改良版(IBM版Linux)の改良部分のソースコードを秘密にし、知的所有権で囲い込んで守ろうとすると、他社も対抗上同じような囲い込みをするので、レッドハット版LinuxやTurboLinuxやオラクル版Linux(MIRACLE LINUX)など他社製のよりよい改良版が出たとき、それらとの競争に敗れる恐れがあるからである(タプスコットほか前掲書 p.p 124-126)。
にんげんの全遺伝子情報「ヒトゲノム」を解析した先進諸国政府がその全情報を公開したのは、どこかの国の一企業がヒトゲノムを利用した画期的な技術を開発してバイオテクノロジー市場を独占支配するのを防ぐためであり、基本的にオープンソースと同じ考えに基づいている。
が、この手法では、他人が大儲けするのを阻止することはできるが、自分自身が大儲けすることはできない。IBMは「情報を公開することがかえって企業に利益をもたらす場合もある」と気付いたからオープンソースの原則を受け入れたのだが、この原則は企業(IBM自身)に(比較的小さな)利益をもたらしはするものの、その企業で働く従業員や取引先にはけっして大きな利益はもたらさない。なぜなら、オープンソースを受け入れた企業自身がそのソースコードによる利益を極大化することをハナから放棄しているからである。
●タコ足を食うタコ●
「オープンソースにすれば儲かります」というのは、前回紹介した「(翻訳会社は)Trados(トラドス)を導入すれば儲かります」というのと同じで、一種のまやかしである(小誌前回記事「マイクロソフトも『集団自殺』へ〜シリーズ『失業革命』(4)」)。
マイクロソフトはWindowsをローカライズ(日本語化)するにあたって翻訳会社に「差分翻訳ソフトTradosを使って翻訳せよ」と依頼すれば、作業が効率化され、発注する総作業量が減るので経費を節約できる。だから、翻訳会社は競ってTradosを導入し、先に導入した翻訳会社は同業他社を出し抜いてマイクロソフトなどから多くの仕事を受注して儲かった……ように見えた。
しかし、翻訳ローカライズ業界にTradosが普及すればするほど、作業は効率化され業界全体が受注する総作業量が減るので、最終的に業界全体が受け取る総売り上げ額は、Tardos導入以前に比べてマイナスになる。
同じように、IBMは自社製コンピュータ用OS(IBM版Linux)を開発するにあたって世界中の(社外の)技術者に向かって「オープンソース方式で開発する」と宣言し彼らの知恵を借りたため、(社内の)技術者に払うべき人件費などが節約でき、その結果OSの代金を無料にすることができ、その分自社製コンピュータをOS付きで安く売り出すことができ、多くの自社製品を売って儲けることができた(タプスコットほか前掲書 p.p 444-445)……ように見えた。
しかし、IBMの「割安製品」を買った顧客は、その結果、有料OSを搭載した他社製の割高なコンピュータを買うのをやめるので、その分同業他社の売り上げは減る。もしもコンピュータ製造業界のすべての企業がすべての自社製コンピュータにオープンソースの無料OSを搭載して売り出せば、最終的に業界全体が受け取る総売り上げ額は、各企業がOS代金を受け取れない分だけマイナスになる。
つまり、TradosもLinuxも業界全体のパイを小さくする「デフレ効果」を持っているのだ。同じ業界内でライバル企業同士が競ってそれを導入すればするほど業界全体の総売り上げ額が減って行くという点で共通しており、そのさまは、まるで「業界内デフレスパイラル」だ。
【デフレスパイラルとは、値下げが不況を呼び、それがさらに値下げ、不況を呼ぶ、という悪循環のこと。詳しくは次回解説する予定。】
マス・コラボレーションの成功例として、米IBMが自社版Linuxの開発にあたってオープンソース方式を採用し、その結果生まれた製品を自社製コンピュータ(ハードウェア)に搭載して売り出して、「リナックス関連のサービスとハードウェアで(2007年頃)年間数十億(米)ドルもの収益を上げている」という事実を指摘する者もいるが(タプスコットほか前掲書p.126)、それはべつに特筆すべきことではない。
OS代金を無料にするという「原価割れ」の大安売りによってライバルを出し抜けば、最初にそういう「禁じ手」を使った者の出荷額が伸びるのはあたりまえである。
しかし、やがて他のIT企業がLinux搭載製品を売り出して同じようなサービスを始めれば(それによって、マイクロソフトなどのライバルを倒してしまえば)、IBMの先行者利益は時間の問題としていずれなくなるし、そうなると、後発参入者も含めてすべてのLinuxベンダーがOS代金分の売り上げを失った「デフレ状態」になり、最後にはだれもあまり儲からない状態になる。
つまり、これは、短期間で業界全体のデフレという「破綻」が到来することが確実な「ネズミ講」の典型なのだ。
【1973年の石油危機の際には、アラブ産油諸国が原油の輸出価格を一気に4倍に引き上げたため、日本の富の多くが石油輸入代金(貿易赤字)として産油諸国に渡り、日本は不況になった(但し、その富を貿易黒字として得た産油諸国は国内で公共投資をして国内を好況にしたので、世界全体が同時に不況になったわけではなかった)。このとき日本経済が受けた影響を経済用語で「所得移転によるデフレ効果」という。富(所得)が石油の買い手から売り手に大規模に移転したからだ。
これに対して、TradosやLinuxが各国にもたらすのは「所得消滅によるデフレ効果」である。ソフトウェアやその関連サービスの代金として買い手が支出すべき富が節約され、その節約された分は売り手に移転することなく消えてしまうからだ。
Linuxの場合、全世界で「『現存するLinuxをすべてWindowsに置き換えた場合に売り手が得るOS代金の総和』マイナス『現在現実にLinuxまたはWindowsを売る売り手が得ているOS代金の総和』」という差額に相当する富が、本来の売り手である米レッドハットなどのLinuxベンダーの手にはいらず、消滅しているのである。
これは、世界全体に「同時不況」をもたらす要因になりうる。経済的にいいことは何もない。】
オープンソース、あるいは自分の知的所有権を放棄してそれを社会全体の共有財産(パブリック・ドメイン)にしようというこの種の考え方がいかに儲からないものであるかを理解するには、ハリウッドの映画人全員が、ハリウッドで生まれたすべての大ヒット映画の著作権を放棄して、その動画ソフトをインターネットを通じて無償で配布すると決めた場合を想起すれば十分であろう。
もしそんなことが起きれば、ハリウッドのプロデューサーたちは新作の製作費を集めることが不可能になり、ハリウッドには優秀な人材は集まらなくなる。過去の秀作がすべてタダで見られるとわかれば、各国の映画ファンはそっちばかりを見るので、フランスや韓国など世界各国でTV視聴率や映画館の売り上げが急激に低下し、芸能界や映画界は産業として成立しなくなるだろう。
いったい、それでだれがトクをするのだ。
カレントTVへの投稿者のような、「自分の映像作品を世界中の人に見せる機会を与えてくれればギャラは要らない」という「コストゼロのボランティア」たち(タプスコットほか前掲書p.433)が自己満足に浸れば、それでいいのか。それにどんな経済効果があるのか。
「理科系オタク」の連中は知らないだろうが、文科系(経済)の世界では、無償で商品やサービスを配布する行為はダンピングあるいは不当廉売と呼ばれる「卑怯な行為」なのだ。
オープンソースのような「無料、自由」型ビジネスを推奨することは、世界中の情報発信者に「原価割れの値引き合戦を極限まで永遠に続けろ」と迫るに等しい。デパ地下の惣菜屋からレジを一掃して、すべて試食コーナーに変えるのと同じであり、それはデパートを衰退させようとする悪魔の経営だ。必要な材料や人手を寄付やボランティアで賄おうとする「無責任経営」と言ってもいい。
中国の石鹸メーカーが米国内で石鹸をタダで大量に配って米国の同業者を倒産させたら、確実にダンピング輸出とみなされ「米中貿易摩擦」になるのに、なぜオープンソースやウィキノミクスを名乗ればダンピングが許されるのか、理解に苦しむ。
【ちなみに、朝日新聞Web版は、紙の朝日新聞に対してダンピングをしていることになる。】
オープンソースなど、ウィキノミクスの「無償ビジネス」は、コストの節約を実現するので「企業」と「消費者」には一時的にある程度利益をもたらすものの、企業に雇われるべき「労働者」にはほとんど恩恵をもたらさない。それどころかむしろ……これをIT業界で実践した場合は、メンテナンスの手間があまりかからない、良質なソフトウェアを自社内で開発しなくてもタダで入手できたりするので、開発やメンテナンスの要員の多くが不要になり……労働者の解雇につながる可能性がある。
労働をせずに消費だけをして生活できる消費者(の世帯)がほとんど存在しない、という現実を認識すれば、「無料、自由」を原則とする経済など、そもそも成り立つはずがないとすぐにわかるはずだ。
【タプスコットらの前掲書は、オープンソースの、マスコラボレーションの開発手法を使えば、OSどころか、本来それよりはるかに高価な企業業務用ソフトを「開発コストゼロ」で開発し、低価格で普及させることができると主張する。
はっきり言って、ウィキノミクスを信じるやつはバカだ。それは、文科系(経済)の知識を持たない世間知らずのパソコンオタクが、サイバースペースという「温室」の中で考え出した妄想だ。昔、筆者が在籍していたソフトバンク出版事業部に、パソコンの知識はあるものの、出版業界の一般常識をまったく持たない編集者が大勢いて、「普通、本作りとはこうやるものだ!!」などと、文藝春秋社や講談社ではまったく通用しそうにない「非常識な常識」を力説していたのが思い出される。
いや、さすがに「バカ」といったら失礼だろう。
タプスコットらは前掲書でいくつか斬新な見方を披露している。たとえば、現代のインターネットユーザーは、情報を受け取る消費者(consumer)であると同時に、自らブログ(blog)などを書いて情報を発信する生産者(producer)でもあるので、彼らを「生産者兼消費者」という意味でプロシューマー(prosumer)と呼び、新しい経済の担い手とみなす考え方を提唱しているのは興味深い(同書p.219)。
しかし、よく考えてみると、少なくとも日本語圏のWebでは、彼らの大半は他人が書いた記事を0円で購入して閲覧し、自分が書いた記事は0円で他人に売っている(から、国内総生産、GDPへの貢献は0円である)。なかには自分のblogに(ネット通販企業の)広告をリンクさせて広告収入や販売仲介報酬(アフィリエイト)などを得る者もいるが、その金額は多くてもせいぜい1か月あたり数百円から数万円ぐらいまでで、とてもそれだけでは生活できない。
プロシューマーがプロシューマーであり続けるためにはほかに収入源を持つ必要があり、プロシューマーそのものは何百万人、何千万人に増えても経済的には意味がない……ということが、タプスコットらにはわからないらしい(同書p.219、p.p 240-241)。
やっぱり、こいつら、バカだ。
(^_^;)
オープンソースやウィキノミクスの考え方は、べつに「進歩した、先進的な思想」ではない。世間知らずの「甘ったれ」どもの妄言である。
では、彼らのどこがどう「甘ったれ」ているのか。次回はその点をより経済学的に解説したい。
【そして、この次回の記事が、小誌が無料で公開する最後の記事となる予定である。】
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【この記事は純粋な予測であり、期待は一切含まれていない。】
【小誌をご購読の大手マスコミの方々のみに申し上げます。この記事の内容に限り「『天使の軍隊』の小説家・佐々木敏によると…」などの説明を付けさえすれば、御紙上、貴番組中で自由に引用して頂いて結構です。ただし、ブログ、その他ホームページやメールマガジンによる無断転載は一切認めません(が、リンクは自由です)。】
【中朝国境地帯の情勢については、お伝えすべき新しい情報がはいり次第お伝えする予定(だが、いまのところ、中朝両国の「臨戦体制」は継続中)。】
【2007年4月の『天使の軍隊』発売以降の小誌の政治関係の記事はすべて、読者の皆様に『天使』をお読み頂いているという前提で執筆されている(が、『天使』は中朝戦争をメインテーマとせず、あくまで背景として描いた小説であり、小説と小誌は基本的には関係がない)。】
【出版社名を間違えて注文された方がおいでのようですが、小誌の筆者、佐々木敏の最新作『天使の軍隊』の出版社は従来のと違いますのでご注意下さい。出版社を知りたい方は → こちらで「ここ」をクリック。】
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